VSおっさんズ

「…くそったれ共が…」


 俺の呟きは畏怖と歓喜の騒めきに遮られて誰にも届く事はなかった。

 胸中に渦巻くのは激しい怒りと俺達を見つめる視線への憎悪。

 今すぐにでもこいつらを八つ裂きにしてやりたい気持ちをなんとか抑え込む。


 …俺達三人の視線の先には小さな少女が全裸で横たわっていた。

 見た所、十二、三歳程か、その小さな胸には鈍色のナイフが墓標の様に突き立っている。

 …生贄だ。

 この少女は俺達を召喚する儀式の為に、その命を消耗品の様に使われたのだ。


「ちょっと!早くなんとかしないと!九郎先輩!すぐにメリーちゃんに言ってメンタムさんを呼んで!!」

「あ、あぁ…!」


 鍋島が慌てて駆け寄り少女を抱き起こす。

 乾はすぐにスマホを取り出してメリーに連絡を取ろうとするが、俺はそれを片手で制して少女に歩み寄る。


「二人とも、大丈夫だから落ち着け。俺がなんとかする」

「でもっ!」

「…大丈夫だ」


 溢れ出そうになる憤りを抑え、少女のかたわらに膝を付くと、その胸に刺さるナイフを抜く。

 微かに漏れる苦悶の声。

 …思った通りまだ生きている。

 メリーが転送したのだから当然だろう。

 あの呆れるほどに優しいメリーが、手遅れになる様なタイミングに転送する訳が無い。

 俺はその小さな手を取り、静かに宣言する。


「…《超回復エクストラ・ヒール》、『譲渡』する…」


 宣言に応じて、俺の中から『能力ちから』が失われ、握った手を通じて少女の内にそれが流れ込んで行くのを感じる。

 それと同時に胸の傷が見る間に塞がり、ほんの僅かな傷跡すら残さずに消えていく。


「そっか…その手があったか…」

「よかった…よかったよぅ…」


 安堵の声を漏らす乾と、気を失っている少女を抱きしめて涙する鍋島。

 とりあえず、これでこの子のことは心配無いだろう。

 …さて。


 振り返ると、今の光景をデモンストレーションとでも捉えたのか、やたらとテンションが上がった男達が俺達を見つめていた。

 この場にある無数の蝋燭に照らされたその顔は覆面で隠されてはいる物の、期待に満ちた目を向けてきているのは明らかだ。

 …バカだな。こいつら。

 少し冷静になってこの空間を見回すと、周囲は土壁に囲まれていて、いろいろな拷問道具らしき物が並べられている。

 察するに、悪魔信仰集団かなんかの秘密の地下室ってとこか。

 都合のいいことに、出口はこいつらの後ろにある扉一つだけの様だ。


 よし、潰そう。


「…乾」

「…あぁ」


 たったそれだけのやり取りで意思の疎通を果たし、乾の姿がその場から消える。

 伊達に俺の親友を自称してないってとこだろう。


「し、召喚されし黒衣の悪魔よ!我等が願いを聞き届け、我等に王家を打倒する力を授けてくれ!」


 リーダー格と思しき男が恐る恐る俺に声をかけて来る。

 なるほど、俺があの少女に《超回復エクストラ・ヒール》を『譲渡』したのを見た事で召喚が成功したと思い込んでるのか。

 まずはこの勘違いを訂正してやるか。


「おい、おっさん。何を勘違いしてるのかは知らんが、俺達を召喚したのはお前じゃねぇよ」

「…は?」


 何を言われたのか理解が追いついてないみたいだな。

 俺は間抜け面を晒しているおっさんに更に追い打ちをかけるため、言葉を続ける。


「俺達を呼んだのは、あの子の生きたいと言う想いだ。お前らのくだらない願いよりそっちの方が強いのは当然だろ?血を流したのもお前らじゃなく、あの子だしな?」

「…あ…うあ…」


「うあ」じゃねーよ。

 まぁ、その反応も当然か。

 あの子を生贄にしたのはこいつらだし、その報復が自分達に向かうと宣言されたような物だからな。

 このままぶっ潰すのは簡単だが、もう二度とこんな事をしようとは思わないくらいの恐怖を刻み込んでやらなきゃならない。


「さて、一、二、三、四……全部で十二人か。お前らの薄汚れた魂でも、それだけあれば手間賃くらいには良いだろう」

「そ、そんな…っ」


 勿論、殺すつもりはない。

 花房こっくり三姉妹辺りに見られたら思いっきり笑われそうな下手な芝居だが、この状況で怯えきったおっさん達には効果覿面だったようだ。


「うわぁぁぁぁ!!」


 一人が悲鳴を上げて出口に向かったのをきっかけに、全員がパニックになって扉に殺到する。

 唯一、リーダー格らしいおっさんだけは腰を抜かして俺の目の前でへたり込んだままだが。

 まぁ、結果的にはそれが正解なんだけどな。

 真っ先に逃げ出したおっさんの目の前には、既に乾が陣取っていたからだ。


「おいおい、どこに行こうっての?悪いけど、一人たりとも逃すつもりはないから」

「なっ…!」

「ほい、まずは一人っと…」


 乾の拳がおっさんの鳩尾にめり込み、あっという間にその意識を刈り取る。

 一見すると何でもない当身あてみだが、おっさん達は散々脅したせいで仲間が殺されたとでも思ったのだろう。

 比較的冷静な数人が壁に立てかけてあった剣を抜いて乾に向かって構えを取る。

 窮鼠猫を噛むって奴か。

 そっちは犬…じゃなくて狼だけど。


「ちょっ!刃物持ち出すとかアリ!?

 …しゃーない、こっちも少しだけマジで行かせてもらうわ」


 ポリポリと頭を掻きながら学ランを脱ぎ捨てる乾。

 その軽い言葉とは裏腹に鋭い眼光で剣を構えるおっさん達を睨み付け…


「…《獣化・狼ヴェアヴォルフ》」


 その『能力ちから』を発動させる。

 同時に乾の身体が一回り膨張し、質量を増した筋肉に耐えきれずにワイシャツのボタンが弾け飛ぶ。

 露わになった肉体は見る間に灰色の獣毛に包まれ、その姿を獣の物へと変えていく。


「う、うわぁぁっ!ば、化け物っ!!!」

「ひっ!ひぃぃぃっ!!」


 おっさん達の悲鳴。

 おいおい、元から悪魔を呼び出すつもりだったんじゃないのかよ…?

 悪魔も人狼もあんまり変わらないと思うがなぁ…?

 間の抜けた事を考えている俺の横を、乾にぶっ飛ばされたおっさんがかすめていく。


「おい!乾!危ねぇだろっ!」

「がるっ!」


 こっちに向かって片手で謝る人狼。もう片方の手はおっさんの首を掴んで片手で持ち上げている。

 おお、ワンハンドネックハンギングツリーだ!


「九郎先輩!私の分も残しといてっ!《獣化・猫チェシャキャット》!」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、少女を床に寝かせた鍋島が獣化を終えた所だった。

 と言っても、こちらは乾みたいな完全獣化とは違い、猫耳猫尻尾が生えただけの簡単な獣化だ。

 うん、あざとい。


 それでも、その身体能力は乾と比べてもなんら遜色がない。

 乾が主に筋力が強化されるのに対して、鍋島のそれは敏捷性が大幅に強化される。

 まぁ、どちらも全ての身体能力において常人を遥かに上回る事には変わりはないんだが。


 鍋島は地面に両手を付き、まるでクラウチングスタートの様な姿勢になると、その尋常じゃない瞬発力を発揮して獲物と見定めたおっさんに襲いかかる。

 目で追うのがやっとな程の速度で一人目のおっさんの延髄に飛び蹴りを入れ、崩れ落ちるおっさんを踏み台にして宙を舞い、別のおっさんの顔面を蹴り飛ばす。その反動を利用して空中で後方宙返りを決めると、両脚を揃えて着地点にいた三人目のおっさんを踏みつける。

 この一瞬で三人のおっさんを倒すとか…恐ろしいわ。


 おっと、このままじゃ俺が何もしないまま終わってしまうな。

 そう思い、目の前のリーダー格のおっさんに目を戻すと、腰を抜かしたまま阿鼻叫喚の地獄絵図に目を奪われていた。


「おい、お前は確か力が欲しいとか言ってたよな?」

「う…え?は…はい…」

「まだ力が欲しいんだったら、あの子と同じ回復能力をくれてやってもいいぞ?」

「ほ、本当ですか…?」

「あぁ、ただしその後、俺達三人で死なない程度に気が済むまで甚振いたぶらせてもらうけどな?

 丁度、拷問器具には事欠かないみたいだしな?」

「けけけ結構ですっ!申し訳ありません!どうか!どうか命だけはっ!」


 命乞いを始めるおっさんリーダー。

 見苦しいったらありゃしない。

 おかげですっかり毒気が抜かれてしまった。

 そこに、おっさんの群れを片付け終わった乾と鍋島も近づいて来ておっさんを取り囲む形になる。


「ひっ!」


 二人の姿を見たおっさんリーダーは短く悲鳴をあげると、そのまま気絶してしまった。

 まぁ、これだけ脅された挙句に人狼いぬい猫娘なべしまに取り囲まれたらこうなるのも当然か…


「どうする?こいつ」

「うーん。さすがにこれ以上は…」


「もうやめてくださいっ!」


 失神したおっさんを囲んで思案している俺達に、声がかけられる。

 振り向くと、さっきまで気を失っていた少女がいつの間にか目を覚ましていた。

 その目は完全に怯えきってはいるが、おっさん達の様に無様に目を背けるわけでもなくしっかりと俺達を見据えている。


「お、目が覚めたみたいだな?」

「良かった…傷はもうなんともない?」

「がるぅ…」

「お前はもう戻れよ」

「え?…あの…?」


 化け物だと思ってた奴らに身体の心配をされて戸惑う少女。

 そりゃそうだ。

 俺や鍋島はともかく、乾なんて完全に人じゃないからなぁ。

 とりあえず、学ランを取りに戻った乾は放っておいて、この子に説明をしなくちゃな…


「あー、えっとなんだ?俺達はお前を助けに来たんだけど…身体は大丈夫か?」

「助け…?えっと…は、はい…」

「自分が生贄にされて刺された事は覚えてるか?」

「っ!」


 慌てて自分の胸に手を当てる少女。

 この様子だと、胸にナイフを突き立てられた事は覚えてそうだな…心的外傷トラウマにならなきゃいいが…


「あのっ!私っ…死んだんじゃ…?」

「ギリギリってとこだったな。もう少し来るのが遅れてたら、確実に死んでたぞ?」

「え?あの…?助け…?え?」


 うーむ。どうやって説明したら良いんだろう…?

 俺達は召喚された悪魔ですってか?

 怪しい事この上ないじゃないか…


「なんにせよ、とっととこんな所出た方が良くね?」


 人の姿に戻った乾が素肌の上に学ランを羽織りながら戻って来た。

 確かにいつまでもこんな所にいても仕方ないな…とりあえずここから出るとしようか。

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