Episode:1-1

今日のお供は犬と猫

 私立百花繚乱学園。

 それが俺の通う学校の名前だ。

 『常識に囚われず個性を伸ばす』と言う校風が示す通り、この学園には学園長が各地から集めて来た『個性的』な生徒達が常識外れな学園生活を送っている。

 その最たる物が俺の所属している『異世界召喚部』だろう。

 その活動内容は、『異世界からの召喚に応じ、困ってる人を助けること』らしい。

 何故異世界限定かって?

 そりゃ、この世界の問題にはそれなりに対応できる組織が色々あるからだ。

 閑話休題。


 とにかく、そんな非常識な学園の非常識な部活に所属する俺にも非常識な『個性ちから』がある。

 っと、まずは自己紹介をしとくべきか?

 俺の名前は穂高神威ほだか かむい、17才。

 私立百花繚乱学園高等部二年。

 ひょんなことから異世界召喚部の目に止まって半強制的に在籍させられている。

 と言っても、あれで居心地だけは良いんだよな…あの部。

 まぁ、目を付けられた理由ってのが俺の持つ能力ちから、『命名権ネーミングライツ』。

 目にした超常現象や特殊能力に勝手に名前を付ける事で、それを支配下に置く事ができる能力だ。

 支配下ってのは、その能力を自分で行使できるようにする『剥奪』と、それを他者が使えるようにする『譲渡』の二つがメインだ。

 場合によっては『命名』によって能力自体が人格を持ってしまう事もあるが、それは本当に稀な事だ。

 とにかく、その能力ちからを買われて異世界召喚部の便利屋として日々色んな異世界に派遣されている。


「おーい、神威!今日も部室寄ってくんだろ?一緒に行こうぜ!」

「なんだ、いぬいか。ちょっと待っててくれるか?」

「なんだってなんだよ。どうせなら女の子が良かったってか?花房とか?」

「…刺すぞ?よし、刺す。」

「…冗談だって…。てか、普通そこは「殴るぞ」くらいじゃね?いきなり命狙いにくんなよ…」


 この頭の悪そうな奴は乾九郎いぬい くろう

 同じクラスのクラスメートであり、こいつも異世界召喚部の一員だ。

 能力は《獣化・狼ヴェアヴォルフ》。

 人狼に変身するという単純な能力の持ち主で、部内でもトップクラスの戦闘力を有する。

 きっと、頭の中身が単純だと能力も単純な物になるに違いない。


「お前、今なんか失礼な事考えてたろ?」

「はぁ?そんな事ねぇしっ!?」

「その慌て方は完全に図星じゃねぇか!」

「否定はしない」

「いや、そこはしっかり否定する所だろ!頼むから否定してくれよっ!!」


 さっきから人の台詞にいちいち文句付けやがる。めんどくさい奴だな。

 とりあえず教科書類を適当に鞄に詰め込み終わったので、乾の戯言を聞き流しながら教室を出る。

 乾もなにやらブツブツ言いながら俺に続くが気付かない振りをしてやるのも優しさだと思うのでスルー。

 と、二人とも廊下に出た所で一人の女子生徒がこっちに向かって走って来る事に気付く。

 あれは…


「かっむいせんぱーーーーーい!こっんにっちはーーーーっ!!」


 俺の名前を大声で叫びながら物凄い勢いで走って来る。

 恥ずかしいからやめて欲しい。

 ってか、これヤバいヤツだ。

 乾が。

 そう判断した俺が安全な位置に一歩下がるのと、女子生徒が廊下を蹴って宙に舞うのはほぼ同時だった。

 その長いツインテールを靡かせ、まるでフィギュアスケートのジャンプの様に空中で数回転し、そのしなやかな脚を鞭の様に振り上げる。

 …スパッツか…。


「だいたい神威は…ぶびょっ!?」


 その脚の先にあったのは乾の頭。

 ありえない程の助走と回転数から繰り出された蹴りは、乾の身体を窓ガラスに叩き付け…なかった。

 …窓、開いてた。

 ここ、四階だけど大丈夫だろ。多分。

 邪魔者いぬいを一瞬で排除したその女子生徒は、重力を感じさせない動作でふわりと着地すると、何事もなかったかの様に上目遣いで俺を見上げてくる。


「神威先輩っ!今から部室ですかっ!?」

「あ、あぁ…」

「ご一緒しても良いでしょうかっ!」

「良いけど、今度からはトリプルアクセルローリングソバットはやめてくれ。軽く死ねるから…」

「えー?先輩には当てないから大丈夫ですよっ!」


 こいつは鍋島環なべしま たまき

 御察しの通り、異世界召喚部メンバーだ。

 まるで小学生みたいな身体つきではある物の、乾と同系統の《獣化・猫チェシャキャット》を持つバリバリの武闘派少女。

 その並外れた身体能力から繰り出される技の破壊力は、たった今乾がその身を以て証明してくれた通りだ。


「タァァァマァァァァ!!このヤローー!!」


 その乾が戻って来た。

 おー、怒ってる怒ってる。

 つーか、四階から飛んだにしては復活早くね?


「あ、九郎先輩ちーっす」

「ちーっす。…じゃねぇよ!いきなり何してくれやがる!死ぬかと思っただろ!!」

「たかだか四階から落ちたくらいで九郎先輩がどうにかなる訳ないじゃないですかー!」


 …どっちもどっちだな。

 あんまり気にしてると部活に遅れそうだし、ほっといて先に行こう。


「おい!神威!?ボロボロの親友を放ったらかして先に行くつもりか!?」

「神威先輩ーっ!私も行きますーっ!」



 ◇◆◇◆◇


 百花繚乱学園には本校舎とは別に独立した部室棟がある。

 その校風のお陰でアクの強い生徒が集まるこの学園にはそれこそ無数の部活動があり、それに応じて部室棟も四階建てという恐るべき規模の物になっている。

 これでも部室を獲得できていない部が存在すると言うのだから驚きだ。

 そんなシビアな部室じゅうたく事情の中、何故か我が異世界召喚部は二つの部屋の壁をぶち抜いて使用している。

 そのせいで、部室を与えられていない弱小部活動発信のあらぬ噂が後を絶たない。

 曰く、顧問が何処ぞの金持ち令嬢で学園に多額の寄付金を納めている。

 曰く、歴代の美人部長が学園長の愛人である。

 などと言った具合だ。

 勿論、後者の噂に関しては部員一同一丸となって発信元の部を調べあげ、強制的かつ物理的に廃部になって頂いた。

 今では半分伝説と化して、『異召部の乱』として語り継がれている事件である。

 …まぁ、二ヶ月程前の話なのだが。

 ちなみに、鍋島のセーラー服の襟に輝く六つの星型のピンバッジは、その時の撃墜数を表すキルマークであり、撃墜数エースの証でもある。

 そんな撃墜王エースを連れて部室棟を歩くのだから、否応無しに注目が集まる。


「…あれが異召部の…」

「…たった五人で潰したらしいぜ…」

「…うわ…こえー…」

「…穂高だっけ…?あいつが一番えげつなかったって噂だぞ…」

「…マジか…」


 …色々と誤解があるみたいだ。

 時間があればゆっくり話し合って誤解を解いておきたいところだが、今日の所は見逃してやろう。

 好奇の視線もある事だし、これ以上要らぬ噂が広まるのは目に見えているからな。

 乾と鍋島がわざわざ手を振ってるのも敢えてスルーしてやる、こんちくしょう。


「神威、そーやってシカトしてっから無駄に怖がられるんだぞ?」

「そーですよー?ちゃんと笑顔で接すればわかってくれますよー?」

「うるせー。俺は別に何言われても良いんだよ!」


 …あんまり良くないが。

 早足で廊下を歩き、やっとの事で目的の部室に辿り着く。

 この中に入ってしまえば外界の情報はシャットアウトされるから安心だ。

 単に、誰も近寄りたがらないってだけの話だが。

 そんな想いと共に、勢い良くドアを開けて中に入る。


「ちーっす」

『お?神威ちーっす!』

「俺も来たよーっ!」

「メリーちゃんちーっす!」

『九郎とタマちゃんもちーっす!』


 モニターの中のメリーが俺達を見て挨拶してくる。

 それとなく部室内を見回してみても二部屋分の部室の中には誰も居ない。

 PCが点いてるって事は俺達が一番乗りって訳じゃなさそうだが…


「あれ?他の面子はどっか召喚さよばれてるのか?」

『んーっとね。花房こっくり三姉妹が来たけど、いつものアレで呼ばれたから学校霊七人衆ななふしぎ連れてお仕置きに行ったかな?

 それと、地下にリカちゃんが泊まってるけど、なんか徹夜オールしたみたいだから触らない方が良いよー』

「あー。どっちもいつも通りか…」

『そそ。あ、後はヒミコは今日はお休みだってー』

「そっかー…一木いちのき先輩は休みか…」

『あれ?残念そうだね?もしかしてー…』

「ちげーよ。昨日の収穫を早よ書籍化ストックして欲しいだけだ」


 壁際にずらりと並んだ本棚を顎で示す。

 あそこに並んでいるやたらと分厚い本は全て部長である一木先輩の能力で『書籍化ストック』された『能力』だ。

 俺が『剥奪』して来た『能力』を一木先輩が『書籍化』してコレクションしてあるのだ。

 読むだけでその『能力』を発現する事が出来るその書籍群は魔道書と呼ばれ、それを管理するのも俺達の仕事の一つと言える。

 ともあれ、本来速やかに『書籍化』される能力を何時までも自分で持っているのはあまり気持ちの良いものじゃないのだ。


「お?昨日の収穫って何?どんな能力ちからGETしてきたんだよ!」

「あ?あれだ、吸血鬼云々って依頼のヤツ。《超回復エクストラ・ヒール》と《夜血剣ブラッディ・ナイト》って名前付けた」

「ブラッディ・ナイト!すげぇかっけー!なぁなぁ、それ俺にくんね?」

「自分の血で剣を作るだけの能力っぽいぞ?」

「マジか!欲しい!それ欲しいっ!」

「あと、使った分の血はしっかり減るから、吸血鬼でもない限りは使うと死ぬ」

「いらね」


 …こいつ。

 まぁ、確かに使うと即死って事は無いだろうけど、大量の血液を失ったらいくら乾でも洒落にならんだろう。

 そして乾が興味を失ったと同時に鍋島も残念そうな顔をしたのを見逃してはいない。


「鍋島も残念だったな?」

「にゃっ!?ななななっ!?何がですかねっ!?」

「…わかるぞ、その気持ち。中二ネームはかっこいいものなぁ?」

「せ、先輩達と一緒にしないでくださいっ!!」


 鍋島は否定しているが俺は知っている。

 ヤツもまた、こちら側の人間だという事を。

 乾と二人で生暖かい視線を送ってやろう。

 この辺のコンビネーションは完璧だ。


『っと、三人ともふざけてる場合じゃなかった!至急向かって欲しい依頼があったんだ!』

「ん?メリーの《時空間転送パラレルトランスポート》は召喚された瞬間に跳ばすんじゃなかったっけか?それなら急ぐ事はないと思うんだが…?」


 そう、メリーの能力の一つである《時空間転送パラレルトランスポート》なら、依頼が届いてから何日経過しようがその召喚が行われた瞬間に転移させる事が出来る。

 しかも、戻る時も出発した直後の時間に戻る事ができる為、その気になればどんな長期間のミッションでも日帰りで済ませる事ができる。

 まぁ、それをするとメリーに負担がかかるみたいだから、ミッションを区切ったりして負担を減らす様にしている。

 とにかくその性質上、本来なら至急なんてことはあり得ない筈なのだが…


『えっと…行けばわかると思う』


 メリーの歯切れが悪い。

 経験上、こういう時は決まって厄介な事になるのだが、逆に言えばそれだけ深刻な事態でもある。

 無論、俺達に断る理由なんて無い。


「メリー、魔方陣を」

『了解!多分武装は必要無いとは思うけど、必要だと思ったら言って!リカちゃんに声をかけてすぐに転送する!』

「あと、もしもの時の為に一木先輩にも連絡だけよろしく」

『うん!空間接続完了。魔方陣、形成するよ!』


 メリーの宣言とともに光の粒が舞い始め、俺達の前に魔方陣が形成されていく。

 乾も鍋島も真剣な表情になっている。

 日常モードはここまでだ。

 俺達三人は光の魔方陣へと踏み出す。


 さて、今日はどんな厄介事が待っているんだろう。

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