百花繚乱学園異世界召喚部!!

弓月ゆら

Episode:0

異世界召喚部の日常

 は自分に降りかかった理不尽を理解できずにいた。

 強大な力を持ち、それを十全に発揮できる状況にあった筈だった。

 それなのに、何故自分はこんなに無様に逃走しているのか?

 最強は自分であり、そんな自分を脅かす者は存在する訳がない。存在していい筈が無いのだ。

 漆黒の夜闇の中を常識外れな速度で走るは、おおよそ人と呼べるような姿ではない。

 その目は金色に輝き、左右に大きく裂けた口からは鋭い犬歯が覗いている。

 体は獣のような黒い剛毛に覆われ、その背からは蝙蝠を思わせる翼膜を広げている。


 ーー《吸血鬼ブラッドサッカー》ーー


 夜の支配者であり、人間の命を獲物として狩り取る者。

 しかし、今彼を追い詰めているのもまた、人間であった。


「くそっ…!なんなんだ…あいつらっ…!この俺が…全く歯が立たな…ぎゃうっ!!」


 背後から迫り来る脅威を確認しようとスピードを落とし振り返ろうとした瞬間、彼の足を激痛が貫いた。

 その勢いのまま地面に投げ出される。


「バカなっ…!この俺に傷を付けるだと…っ!」


 吸血鬼である彼の身体は祝福された聖銀の武器でしか傷を付けることはできない。

 追跡者の姿が見えないと言うことは、弓矢などの飛び道具で射られたのだろうが、銀の鏃などという馬鹿げた代物が存在するとは到底考えられない。

 何より、射抜いた筈の矢がどこにも見当たらないのだ。


「ちぃっ!今はそれどころじゃねぇか…っ!」


 正体不明の攻撃は気になるが、今は追われている最中。

 一刻も早くこの場を逃げるべきだ。

 幸い、この程度の怪我であれば、吸血鬼の種族特性である《急速回復》ですぐに治す事ができる。

 そう思い、《急速回復》を発動して傷を塞ぐ。

 これで再び逃げられる筈だ。

 だが、その希望は暗闇から聞こえてきた声に打ち砕かれる。


「へぇ。良い能力持ってんじゃん?…うーん…とりあえず《超回復エクストラ・ヒール》で良いか」

「なっ!?」


 この緊迫した空気にそぐわない軽い声。

 その、余裕すら感じられる声が吸血鬼かれの恐怖を掻き立てる。

 闇の中から姿を現われたのは三人の男女。

 中央に立つ黒い髪の男は黒い見慣れぬ黒い衣服に身を包み、口の端に笑みすら浮かべながら這い蹲る吸血鬼を見下ろしている。

 その左右にはそっくり同じ顔をした少女が男を護るように立っている。

 二人とも栗色の髪を短めに刈り揃えてあり、紺を基調とした揃いの衣服を着ているが、見分けるためか色違いのスカーフを巻いている。


「《超回復エクストラ・ヒール》って!相変わらずセンス無いねっ!」

「うっせ!即興で考えるのも面倒なんだよ!…と、『剥奪』っと…」


 赤いスカーフの少女の言葉に、黒尽くめの男が応える。

 もう一人の青いスカーフの少女はそれを見て可笑しそうに笑っている。

 側から見れば、仲の良い友人同士のくだらない会話のような光景。

 だが、それを見上げる吸血鬼の目にはとても異常で理不尽な光景に映っていた。

 無理もない。

 吸血鬼の能力は夜に真価を発揮する。

 だが、それを物ともせずに打ち破りここまで追い詰めたのは目の前で呑気に会話している者達なのだから。


「さて、すまねぇな吸血鬼。

 別にあんたに恨みはねぇが、そろそろ大人しく逝ってもらおうか」

「ふざけるなっ!貴様ら何者だっ!…まさか、貴様らが吸血鬼狩り《ヴァンパイアハンター》の一族だとでも言うのかっ!」

「ヴァンパイアハンター?

 ちげぇよ。俺たちはただの学生。日本の高校生だよ」

「ガクセイ…?コーコーセイ…?」


 意味がわからない。

 数百年の永き時を生きてきた吸血鬼ですら聞いた事のない者達だった。

 だが、そんな事は関係ない。今はこの窮地を逃れる事が先決だ。

 見た所、男は丸腰だが得体の知れない力を持っているのは明白だ。

 赤いスカーフの少女は両手に黒い鉄の塊のような物を持っている。

 青いスカーフの少女はその手に見慣れない片刃の剣を提げている。

 剣の方は聖銀製ではないようだが、不気味な魔力のような物を感じる。

 ならば、赤いスカーフの少女を狙って隙を作り逃げ出すのが確実だろう。ただの鉄の塊なら殴られてもダメージは通らないのだから。

 吸血鬼はそう判断し、即座に行動に移す。


「ちっ!」


 赤いスカーフの少女は短く舌打ちして両手を前に突き出す。

 その行為が何を意味するかは不明だが、そんな些事を気にする必要は無い。

 少女が何か動きを見せるより早くその小さな体を引き裂けばいいだけなのだから。

 その意思を具現化するように右手の爪が伸び、鋭い凶器と化して少女に襲いかかる。

 それと同時に乾いた破裂音が響き、吸血鬼の右肩に灼けるような痛みが走る。

 それでも、吸血鬼は速度を落とさない。

 その回復力に任せて少女に襲いかかる。

 …筈だった。

 だが、いつまで経っても傷が塞がる様子はなく、その意思に反して右腕が上がることはない。

 右肩に空いた穴からは、吸血鬼にとって生命の源とも言える血液が流れ続けている。


「な!何故だ!何故傷が回復しないっ!」

「あぁ、悪い。あんたの《急速回復》とやらは俺がさっき『剥奪』しちまった」

「はぁぁぁぁっ!?能力を奪っただと!?そんな、そんな事がある筈が…」

「あ、カムイ気を付けてー?そいつ、その血で攻撃してくるよ」


 赤いスカーフの少女が吸血鬼の言葉を遮る。

 そしてその言葉は吸血鬼に残された最後の奥の手を示唆する物だ。

 吸血鬼の心が絶望に塗り潰される。

 目の前の三人には何をしても勝てない。

 ならば、読まれていても良い。

 せめて最後に一矢報いよう。

 その心が吸血鬼に最後の攻撃を決意させた。


「おおおぉぉぉぉ!!」


 吸血鬼の雄叫びと共に両肩から流れ出る血液が意志を持ったように動きだし、巨大な剣を形作る。

 彼が今までその牙にかけてきた獲物の血液は魔力に変換して体内に蓄積させてある。

 それを再び血液に戻し、その全てを注ぎ込んだ正真正銘最終手段だ。

 残された左腕でその柄を掴みカムイと呼ばれた男に向かってその肉厚な刃を降り被る。


「おお!かっけー!そうだな!夜の血の剣と書いて《夜血剣ブラッディ・ナイト》!!『剥奪』!」

「「出た!中二病!!」」


 興奮気味のカムイの声と共に振り下ろされようとしていた剣は形を失い地面に落ちる。

 残されたのは大量の血液と、目の前で起こった事に自我を喪失した吸血鬼の姿だった。


「さて、それじゃ終わらせるか…」

「ちょっと待って!依頼者に見せてあげたいから〜…っと、はい!チーズ!」


 赤いスカーフの少女はスマホを取り出すと、茫然自失とした吸血鬼と一緒に自撮り写真を撮る。

 もちろん、アングルを厳選し、お約束のピースサインも忘れない。


「うっへ…悪趣味だな…」

「え?そう?」


 悪びれる様子もない少女の背後で青いスカーフの少女がそっとスマホをポケットに戻した事には二人とも気付いていない。


「よっし、それじゃくるりちゃんお願い〜!」

「いや、ここで喋っても聞こえないだろ」


 立ち上がり、あらぬ方向へ向かって手を振る赤いスカーフの少女。

 その直後、闇夜に銀色の閃光が走り、吸血鬼の眉間を貫く。

 その一撃で、この世界に恐怖をもたらしていた吸血鬼は永久に消滅したのだった。


「はい、お仕事完了!」

「久しぶりに走ったから汗かいた…早く帰ってシャワー浴びたい」

「ちょっと待て、今呼び出し中」


 カムイがスマホを取り出して耳に当てている。

 もちろん、吸血鬼が跋扈し街灯すらないこの世界に携帯電話会社なんて無いしアンテナも勿論ある筈が無い。

 それなのに、カムイのスマホはその相手に繋がった。


『はいは〜い!私メリーさん!今、あなたの…』

「うっさい」

『えー!最後まで言わせてよっ!!』

「どうせ背後まで来ないだろうが。

 それより仕事は終わったから早く魔方陣を出せ」

「ぶー」

「くるりも忘れんなよ?あいつ泣くから」

「へいへ〜い」


 やる気の無い返事と共に通話が切れる。

 それと同時にカムイ達の前に光の粒が舞い落ち始め、それが集まってぼんやりとした光を放つ魔方陣を形成する。

 その数は三つ。


「それじゃ、帰るか」

「だねっ!」

「シャワー…」


 各々が自分の目の前の魔方陣に足を踏み入れると、それまで放っていた淡い光が強くなっていき、再び燐光となって宙に舞い上がる。

 同時に、魔方陣の中に居たカムイ達も光の粒となり舞い上がり…虚空へと消え去っていった。



 ◇◆◇◆◇


『こころちゃん、くくるちゃん、くるりちゃんおかえり〜!』


 聞きなれた声に目を開けると、そこはいつもの部室だった。

 今回も無事に戻ってこれたみたいだな。

 転移だけはいつまでも慣れる事ができない。

 何かの手違いがあって、あの光の粒のままどこかの異世界に流されてしまったらどうなるのだろうと考えてしまう。

 まぁ、そんな事は今までに一度も無かったから大丈夫なのだろうけど。

 …それよりだ。


「おい、メリー!なんで花房達だけなんだ!俺も帰って来たぞ!」

『えー。こころちゃん達は可愛いけど、神威は可愛くないんだもーん』

「このっ…」


 目の前のデスクトップPCの中で、西洋風の人形を模した二頭身のキャラクターが口を「3」の形にして鳴りもしない口笛を吹いている。

 こいつがメリー。一応、この部の顧問という事になっている。

 てか、この上なく憎たらしい。


「電源抜くぞ」

『ごめんなさい。おかえりなさいませカムイ様』


 一瞬にして土下座をするメリー。画面の中だが。

 それよりなんだろう、口調は丁寧なのにそこはかとなく馬鹿にされている感じがする…


「神威ー!メリーちゃんいじめたら許さないよ?」

「はぁ?今のやりとり聞いてただろ?こいつが…」

「いじめ、かっこ悪い」

「ぐぬぬ…」


 たった今俺と一緒に戻って来たばかりのがこっちを見ている。

 三人とも、制服のスカーフを抜いて学校指定の白いスカーフに取り替えているところだ。

 三人は三つ子の為、全く区別が付かない。

 だから、『仕事』の時は色違いの物を身につけるようにして区別を付けている。


 赤いスカーフを付けていたのが、花房こころ。

 性格は明るくて活発、クラスのムードメーカーとして男女問わずに人気があるみたいだけど、俺に言わせれば何も考えてない能天気おバカ娘だ。

 その隣で青いスカーフを弄っているのが、花房くくる。

 クラスでは普段は物腰の柔らかいお嬢様タイプだと思われているみたいだが、実際は超が付くほどのマイペース人間。

 正直、何考えてるかわからない不思議ちゃんだ。

 そしてもう一人、緑のスカーフを丁寧に畳んでいるのが花房くるり。

 二人の姉とは全く似ていない大人しくて地味な性格をしている。

 とはいえ、その優しい性格のおかげでクラスの癒しとしての地位を確立している。


 三人は名前をもじって『こっくり三姉妹』と呼ばれ、校内ではちょっとした有名人だ。


「む。こころ。神威がバカ娘だって」

「ちょっ!!」

「なんだと!弱虫神威!!」


 こころが机の上に置いてあったセロハンテープの台座を投げてくる。


 ドゴッ!!


 やべぇ!この重量はマジでやばいって!

 まぁ、当たらなかったって事はこころの方にも当てるつもりは無かったって事なんだろうけど、これはビビる。


「ふ、二人とも、神威ちゃんで遊ぶのはそれくらいにしといた方が…」

「ちっ!命拾いしたわねっ!神威!くるりに免じて許してあげるっ!」

「残念…」


 助かった…

 ありがとうくるり…

 なんとなく納得できないものを感じながらも、助けてくれたくるりに感謝の気持ちは忘れない。

 あ。でも今なら少しくらいの怪我はすぐに治っちゃうのか。

 さっきの吸血鬼から奪った《超回復エクストラ・ヒール》と《夜血剣ブラッディ・ナイト》の所有権は今の所俺になってる筈だ。


「なぁ、メリー?一木ひとつき先輩はもう帰ったのか?」

『ん?ヒミコならついさっき帰ったみたいねー』

「そっかぁ…」

『副作用がある能力じゃなさそうだし、明日で良いんじゃない?』

「…だな。それじゃ俺達もそろそろ帰ろうぜ」

「おっ!帰る帰るっ!」

「シャワー…」

「あっ…みんな待って!」


 花房達も一緒に帰るみたいだ。

 と言うことは、PCの電源も落とさなきゃいけないんだが…


「メリー、お前はどうする?」

『あー、この後リカちゃんも来るって言ってたからこのままにしといて!』

「了解。それじゃまた明日な」

「メリーちゃんまったねー!」

「また明日」

「…さようならっ!」


 モニターの中から手を振るメリーに背中を向け、部室を後にする。

 今日は疲れたし、帰って風呂にでも入ってゆっくりするとしよう。

 どうせ、また明日からもこの非常識な日常が続いて行くのだから。



 本日の成果

 《超回復エクストラ・ヒール

 自然治癒力超向上。

 《夜血剣ブラッディ・ナイト

 血流を操作し、剣を作り出す。

 作成した剣の大きさ、数は自由だがそれに応じた血液を失う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る