第12話 試練の終わりに残るは涙
月が屋敷の屋根を照らし出した。
トーラが小屋に篭り、既に予定の三日三晩が過ぎた。だが、小屋からは気配が感じられない。
廊下の窓際から小屋を眺めていたハインツは、目を細めながら中の様子を想像していた。
トーラは試練を乗り越えたか、さもなくば死に絶えたか……
彼の気配は感じられない。
神の引き出しを持っていた事は意外だったが、最後の試練は彼の人格を滅ぼしかねない。
だが、乗り越える事が出来れば、途方もない力を得る事が出来る。世界を導く事も滅ぼす事も出来る。
生きているのなら、彼はどちらを選択するのか……
「不安ですか?」
ステアが話しかけた。口調よりも、表情が浮かない。
「ミルージュは、どうしたのかな?」
「彼女は嘆いていました。彼に見せるべきではなかったと」
ステアの言葉を聞いて、ハインツは肩を落とした。後悔の念が頭を支配する。
自分の選択は間違っていたのだろうか……?
未来を託すには、彼では重荷だったのだろうか……
しかし、今更嘆いても始まらない。ハインツはステアを振り返った。
「小屋に行こう……」
小屋は静まり返っていた。人の気配は若干ながら感じるが、それ以外は静寂そのものだ。
扉を開けるかどうか躊躇うほど、ハインツの手は震えていた。
開けた瞬間、変わり果てた彼の姿が目に飛び込むのではないか?
そんな事を考えると、指先は震え鍵を鍵穴に差し込む事が出来ない。カチャカチャと音を鳴らす鍵を見て、ステアは強引にハインツから鍵を奪うと一言告げた。
「今更、後悔は無しです。彼を選んだ時に既に覚悟は決まっていたはずでは?」
そう言うと、ガチャと鍵を勢いよく回し扉を開けた。
瞬間……
ゴォォォ! と何かが、二人の身体をすり抜けて行った。恐ろしい程の殺気。立っているのがやっとの重圧感。
二人は見た。暗闇の中に光る、二つの紅い点を……
何かの光だが、この小屋にそんな物はない。あるとすれば……
「トーラ、試練が終わったのですね……」
開かれた扉から、月明かりが差し込む。ほの光が小屋の様子を浮かび上がらせる。
ステアが話しかけた青年は、三日前とはその様子が変わっていた。
身体の中から溢れる、抑えきれない程の殺気。それを具現化するように鋭く見据える視線。その瞳の色は、血のように濃い紅色に輝いている。
そして、その瞳からは、涙が溢れていた。
俺の試練は終わった……
何なんだ……あんな終わり方があるのか?
何故、ハインツは俺にこんな事を……
俺は、三日ぶりに再会したハインツに対して牙を剥き出しにした。恨む理由はないが、このどうしようもないわだかまりは、誰かにぶつけても無くなる事はない。
「ハインツ……あんた、どういうつもりだったんだ?」
自分でも驚く程の低音が効いた声だ。
「俺に飲ませた血の持ち主は、どんな奴だったんだ?」
ハインツはただ、俺を見ているだけだ。イラつく……
「どうなんだよ? 答えてくれよ」
それでもハインツは何も言わない。俺は限界を感じた……
「答えろって言ってるだろぉぉ!」
俺のいら立ちは怒りに変わり、小屋の壁に思いっきり拳を叩きつけると、小屋の壁は豪快な音を立てて吹き飛んでしまった。
とんでもない力だ。こんな力が俺に宿ってしまった。
だが、ハインツとステアは冷静だ。
何でそんなに冷静でいられる?
こうなる事は分かっていたのか?
俺は二人を見据えたまま、その場に立ち尽くしていた。息遣いが荒くなっている事も分かる。
ハインツはゆっくりと口を開いた。
「とりあえず、屋敷の中に戻ろう。ステア、暖かい飲み物を用意してくれ」
そう言われ、ステアはその場を去った。ここにいるのは俺とハインツだけ。
どうしてそんなに冷静でいられるんだ?
「さ、行こう。トーラ」
「……俺の質問に答えていないぞ?」
俺がそう言うと、ハインツの目付きが変わった。
わがままを言う子供をなだめるような視線がさっきまであったが、今は違う。
俺の殺気をかわし、それ以上の殺気をその目から放っている。
俺の背筋に悪寒が走った。とんでもない殺気だ。
たじろぐ俺を尻目にハインツは視線はそのままで、穏やかな口調で、もう一度同じ事を俺に投げかけた。
「中に入りなさい。ステアがお茶を用意してくれている」
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