第9話 ミクテリア・ルワージュ

……身体の痛みは引いた。

全身を駆け巡り、貫く痛みは、激痛と呼ぶには優し過ぎる。

痛みが来る度に、俺の意識は奪われそうになり、身体もまた、痛みに慣れるなんて事はなかった。

普通なら、痛みは快感に変わり、頭は逆にスッキリして、愉快な気分になる。

確か、先輩が「人間てのは、痛みがすぎれば笑うしかなくなっちまう」って言ってたかど、それは普通の場合だ。


喧嘩とか、試合とか、いたぶったり、拷問したり……


そう考えると、戦争てのは最高の拷問なのかもな。

生きたまま身体を切り刻んで、相手の血を浴びて。

それで相手が死んだら次の相手を探す。


これで生き残る奴はロクな奴じゃない。


だから、犯罪者は無くならないのか。戦争は無くならないのか。

……変に頭がスッキリしてる。身体の痛みが引いたって事は……次の試練だな。


もう一昼夜過ぎたのか……天窓から、小さいが夜空が見える。

星が瞬いているのが見えると、今日は天気が良かったみたいだ。天気が良いと、畑の野菜もよく育つ。

その傍らで、子供達が仲良くチャンバラてて……


え? 何だ、これ?

なんでこんな事……


俺が視線を変えた先に、黒い格好をした、男なのか女なのか、分からない奴がいる。

そいつは、ニヤニヤ笑うと子供達に近づいて、刃物を出して……


「や、止めろーーーー‼︎」


俺は奴が何をするか分かった。叫ぶと同時に走り出すが間に合わない。

子供達は奴に気付かないまま切り刻まれて死んだ。

走りながら不思議な事に気が付いた。子供達は切られても血が出ない。

そのかわり消えていく。何も無かったかのように。そして俺は……走っても走ってもたどり着けない。その場から動く事が出来ない。


何だ、これ?


思うと同時に、黒いあいつが俺に振り返った。そして言ったんだ。


「ようこそ。知識を求める探求者よ」


探求者? 知識?

そう言われて気が付いた。これ、試練だ。

て事は、今から始まるのか?

新しい試練が。


「その通り。私はこの知識の案内役。あなたがこの知識を持つ者として相応しいか、見極めさせて頂く」


こいつ、俺の頭を読んだ? ステアと同じだ!


「ほう? ステアをご存知か?」


え? あぁ……と口を開こうとしたら、


「考えるだけでよろしい。わざわざ口に出す必要もない」


そうなの? なんか上から目線ですが……


「ステアは……まぁ、後で聞けば良い事。早速だが、試練を始めよう」


いやいや、ステアが気になるでしょ?


「そんな事は試練が終わってから、ハインツにでも聞けば良い。時間がないのだ、時間がな」


そうですか……しかし、これが試練か。何か……

ちょっと難しい顔でもしていたのか。俺の顔をニヤニヤしながら、奴が言った。


「先程の光景が、効いたかな?」


え? 何が?


「くっくっく、先程の光景だよ。子供が私に切り刻まれて死んでいく様は、ショッキングだったろう?」


いや、別に。


「……な!? あれが平気と言うのか!?」


だって、血も出ないし、死んでいくったって。

あの子達、泣き叫んで逃げようともしないし。第一、リアルじゃない。

俺の考えを読んだのか。奴の顔からサーっと血の気が引き、青くなっていった。心なしか、冷や汗? も見える。


まずい事、言ったかな?


「何と……普通ならば、あれで大分参るはずなのに……」


あら? なんかガッカリしてません?


「んー、どうやらあなたを買い被っていたようだ。失礼。では、趣向を変えよう」


そう言って指を鳴らすと、周りの景色が変わった。

建物の中か? 俺の目の前には木で作られた机が並び、俺はその一つの前に良い子よろしく、椅子に座っていた。

そして、奴は……黒い格好だが、上はブラウス、下は長いスカート。髪は後ろでくくり……

よく見ると、女性でしたか?


最初は男かと思った。奴の後ろには黒板があり、奴の前にはこれまたでかい机……教壇かな? はて、この景色は?


「ようこそ! 竜の学校へ!」


キャピルン! と言った感じで言われるが、これ本当に試練なのか?

何なんだ、この緊張感の無さ。何処に死の恐怖があるんだ?


「あの、質問。していいか?」

「こら! 先生にはちゃんと敬語使いなさい!」


そう言われて頭をこずかれた。

瞬間、俺の身体は後ろに弾き飛ばされ、壁にぶつかる衝撃が身体中に走る。


俺はそのまま床に突っ伏して、


「がはっ!」


と口から血反吐を吐いた。


「目上の人に対する態度がなってませんわ。あなた、今までどんな教養を受けられて?」


教養なんて受けてません。しかも先生て……

そうか、これが学校か……そういえば、さっき言ってたな……


「わかったなら席につきなさい」


澄まし顔だが、相当なパワーだ。しかも、状況でキャラ変えるなんて、やりにくい!

俺は促されるまま、席についた。


「よろしい。それでは今から……」

「あの、先生……」


話しかけたら、ピシャリと止められた、


「トーラ君。発言がある場合は、挙手をし、許可を得てから発言なさい」


お? そんな事言われたのは初めてだ。成る程、挙手ね。

俺は言われた通り挙手して質問した。


「先生から受けた傷の治療を……」

「問題ありません。既に治っていますわ」


そう言われて手で傷の確認をすると、全て何事も無かったかのように治っていた。


「え⁉︎ 傷がない?」


その様子を、奴は見下すような目線で眺めていた。


「当然ですわ。あなた、第一の試練を乗り越えたのでしょう? 既に竜と同等の身体を手に入れましてよ。でなければ、あんな強さで殴りません」


俺は呆気に取られた。そんな凄い身体になっていたなんて……

思わず浮かれそうになるが、奴の言葉で引き戻された。


「しかしながら、竜の力を得ても扱えなければ意味がありません。今からその知識を授けます。その為の授業が第二の試練ですわ」


成る程ー、て事は勉強しないといけない訳ね。


「申し遅れましたが、私があなたの担任。ミクテリア・ルワージュ。通称ミルージュ。よろしくお願い致します」


深々と頭を下げるミルージュ。

やっと名前も分かったが、このとてつもない礼儀正しさと、あのパワー。


うっすらと死の恐怖が湧いてきた。


……気がする……



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る