第7話 試練の始まり
ステアに促され、俺は部屋を出た。
ハインツはロッキングチェアーに揺られながら、笑顔だけをこちらに向けていた。
いやいや、見送りはきちんとしようよ!
今生の別れになるのかもしれないでしょ……それはちょっと言い過ぎか?
ステアの後ろについて行くと、家の外へと出て行った。何処に行くんだ?
外に出てみると、成る程。周囲は深い森に囲まれて、外界からは離れているような印象を受ける。
実際、わざと離しているのかもしれない。俺のように、竜の試練を受ける者が他にいたとして、軽い気持ちで来られても困るだろうし、そんな噂が出回ろうものなら……
だが、そんな噂は耳にした事がない。という事は、嘘か?
もしかして、過去に何人か試練を受けた者が居て、皆死んでしまったのか?
それとも、秘密を守るためにハインツ達に始末されたのか?
考えにくいな。とりあえず、ステアの後ろをついて行くと、屋敷の裏側に回って行く。
屋敷の裏には、石造りの小屋があった。大きさは家畜の納屋程度だろうか。そんなに大きくはない。
入口の扉には竜の顔を型どった紋章のような模様が彫り込まれている。
何の部屋だろう?
「今から、あなたはこの小屋で試練を受けます」
「え? ここで?」
ステアが頷く。
この小屋は、試練の間と呼ばれ、試練を受ける者だけが入り、三日三晩の間は鍵をかけるそうだ。
その間、試練を受ける者はこの小屋の中で暴れ、狂い、叫び続ける。その暴れ方がとんでもないらしく……
頑丈な石造りのこの小屋で行われるという事だ。
「一人で三日三晩……か」
「今なら、まだ考え直せますよ?」
ステアが顔を覗き込んでくるが、俺の決心は変わらない。
実際は怖い。でも、男の意地みたいな物もある。馬鹿馬鹿しいかもしれないが、男って生き物はそんなもんだろ。
一度決めた事を覆さない。
男に二言はないって言うし。
俺は、口を真一文字に結んで小屋に入った。
小屋の中は何もない。ただ、壁に囲まれた空間があるだけ。窓もない。そこから逃げ出されたら困るからか。
窓もないから、小屋の中は暗い。
隙間すらないから、扉を閉めれば闇の空間がそこに現れる。
この中で三日三晩か……
ステアを振り返ると、その目は哀しみか、哀れみか……何とも言えない表情で俺を見送り、静かに扉を閉めて、鍵をかける音がした。
この空間に俺一人……
そう思いながら、俺は壁を伝ってそこに座り込んだ。
少しだけ冷んやりする。
天井を見上げると、そこに小さな天窓があった。入り口からは見えなかった位置だ。
森に閉ざされていて気付かなかったが、今は夜だった。月の光がほのかに見える。
その光は小屋の中までは届かなかったが、窓からは光がさしている事が分かる。
こんな夜はもう来ないのかもな。
俺は小瓶を取り出した。僅かに揺らすと、中からチャプチャプと音が聞こえる。
これを飲んだら、死ぬかもしれない。そう考えると背筋がぞっとした。
話を聞いた時は怖さだけだったが、改めて小瓶を手にすると、死に対する恐怖だけが襲って来る。
体の底から震えが出て来て、止まらない……
小瓶を持つ手にも震えが伝わり、思わず小瓶を落としそうになるが、片方の手でそれを抑えた。
……だけど、震えは止まらない。
これが死の恐怖か……戦場では感じなかった。もっとも、生きるか死ぬかの瀬戸際で、常に緊張していたあの場所では無理もないか……
落ち着いてる今だからこそ、実感する恐怖だ。
いや、待て。俺は一度死にかけた。本当なら、あの戦場で死んでいた。ここにはいなかったかもしれない。
今さら、生きている事に執着してどうする?
せっかく拾った命だから、この先大切にしたいのか? それなら、今まで考えてきた事はどうなる? 死んでいった仲間の無念を晴らすんじゃないのか?
王を倒すんじゃないのか……
どれだけ自問自答を繰り返したのか?
ようやく震えは止まった。いや、気が付いたら止まっていた。
俺は静かに小瓶を開ける。
中からは、少し生臭い匂いがプーンとただよってきた。。
これが竜の血か。どんな色してるんだ?
ちょっと出して色を見てみたかったが、少なくなって効果がなくなったら大変だ。ステアに何を言われるか……
俺は息を止め、口を大きく開き、小瓶の中身を口に流し込むと一気に飲み込んだ。
変な匂いがする……ちょっと辞めとけばよかったと思った。
しかし、何も起こらない。飲んですぐだから当たり前か……
それからしばらく待つが、何もない。五分か十分か、時計すら無いからどれくらい時間が経ったかも分からない。
ただ、外でフクロウの鳴き声だけが聞こえる。
俺は大きく息を吸い込むとゆっくり吐き出した。睡魔が少しずつ襲ってきた。
これが試練? まさかな、もっと凄いだろう。
だが、心地良い睡魔だ。もしかしたら、これでこのまま眠りこけて死ぬのなら、それでも良いかと思ってしまった。
いや、思わなければ良かった。
始まりにしては優しい。その優しさが憎くもある……
心地良い睡魔が遠ざかると、全身に激痛が走った。そのひとつひとつは、まるで丸太を勢い良く全身に打ち付けてくる程の衝撃だ。
そして、一発が重く、一瞬で意識を飛ばされて気絶しそうになる。
痛みは皮膚を突き破って外に飛び出して行きそうな衝撃。
痛みが皮膚を破かんばかりに暴れると俺の口から、
「ガフ! ……うぐ、げはぁ!」
と、断末魔と疑われる声が絞り出される。
……こんなのが三日三晩……
始まったばかりなのに、俺は死を予感した
。
ーーーーー
「始まったな」
ハインツはロッキングチェアーから足を下ろすと、部屋から出て、廊下の窓から外の小屋を覗いた。
深い闇の中で、月明かりだけが小屋を照らしている。
小屋からは、トーラの叫び声だけが聞こえ、その声は窓を締め切った屋敷の中にも響いていた。
外から戻ったステアは、廊下に立っている老人の横についた。
「耐えられるでしょうか?」
その問いに、ハインツは首を横に振る。
「全ては、トーラ次第だ……」
試練は始まった。
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