第6話 決心
ハインツの急な申し出は、正直俺を困惑させた。
いきなり強くしてやると言われても、イマイチピンと来ない。そんな簡単にできるものなのか?
確かに、今のままじゃ王には勝てない。なぶり殺しになるだけ。それは分かっている。
だけど、このままではいたくない。
……強さが欲しい。王に勝てる強さが……
だけど、どうすれば俺を強く出来るのか……
興味がある。興味はあるが、逆に怖さもある。
見た所、ハインツは初老で何か知っている様にも見える。恐らく知識も豊富だろう。ステアの能力についても理解していた。
この世界には、まだまだ理解できない事が多い。ステアの能力もその一つに入るのではないか。
王の豹変についても、何か知っているのかもしれない。だとすれば、彼はどうやって俺を強くするんだ?
今まで、王はどんな強者もことごとく捻り潰してきた。
世界に名を連ねる冒険者、あらゆる格闘技を会得している傭兵、極大系の魔術が使える術師……挙げていけば切りが無い程の猛者を、王は簡単に殺して行った。
ある者は首から脊髄ごと引き抜かれ、ある者は身体を焼き尽くされ、ある者は胴体を粉々にされた。
殺戮に続く殺戮を繰り返し、王は従える者達に恐怖を植え付けていった。その圧倒的な力を見せつけて。
俺が挑んだ所で、きっと一瞬で殺られる。だけど、どうしても一矢報いたい。
王の謀略で死んでいった仲間の為に。
自分に続く者がいないだろう。だが、自分の行動で何かが変わるかもしれない。
案ずるより産むが易し。
そう考えると、自然と体が動いた。
たった一つの可能性の為に。
俺はハインツの部屋を尋ねる事にした。
このままウダウダ悩んでいても仕方がない。考えれば考えるほど時間だけが過ぎて行く。
話を聞くだけでも価値はあるだろう。決めるのはそれからでも遅くはない。彼の部屋には難なく辿り着けた。
この屋敷自体、そんなに大きい訳ではないようだ。玄関を開ければすぐにリビングが見え、ソファでくつろぐ事が出来る。暖炉もある。その奥に部屋がいくつかあるんだが、ハインツの部屋は、一番奥に位置している。
ハインツの部屋の扉は、目立った装飾はないが、何処か古めかしい感じの扉だった。扉にはノックが付いており、それをコンコンと鳴らすと、中からはステアが顔を覗かす。
その表情に、思わずハッとなるが、俺はすぐに冷静な顔を取り戻した……はず……
中に招かれると、そこにはロッキングチェアーが置いてあり、ハインツ心地良さそうに揺れていた。
「やぁ、その様子だと決心がついたようだな」
ハインツは優しい眼差しでイスへとうながす。俺はそれに従い、イスに腰掛けた。ハインツと視線がピッタリ合う。
「俺は強くなりたい。強くなって王に一瞬でも傷が付けられればそれでいい。その前に殺されると思うけど……」
そう言ってうつむく俺を見て、ハインツはニッコリと笑った。笑顔らしい笑顔を見たのは初めてのような気がする。
こんな顔で笑うんだ……
と言っても、口元がほころんだだけで、目は真剣だ。
「心配はいらん。恐らく、その王に勝つ可能性は高い。だが、それはお前さん次第じゃ。お前さんの、その王を倒したいと、勝ちたいと願う想いの強さ。それが全てじゃよ」
え? それだけ? 俺は呆気に取られた気がした。
ハインツはステアに言って、小さな瓶を取ってこさせた。手のひらにすっぽり収まるような瓶を、ハインツは指で掴んで俺の前に差し出した。
「この中には、我が一族に伝わる竜の生き血が入っている。これを口にすればその竜の力が手に入るという訳だ」
そう言うハインツの顔には、もう笑顔はなかった。あったのは俺を見据えた鋭い視線だ。
俺はゴクリと唾を飲んだ。ハインツににらまれ、身動きが取れない。金縛りにあったようだ。指先一つ動かせないとは、この事だろうな。
「お前からは強い信念を感じる。同時に強い憎しみもな。竜の血は、飲んだ者の想いを形にする……」
ハインツは説明を続ける。竜が血を分ける時には、自分と同じ、もしくは近い想いを持った者に分けるそうだ。
ハインツに血を渡した竜は、この世界に生きとし生けるもの全ての調和を望んでいた。
その為にあらゆる手を尽くしたが、世界は欲望と憎しみに溢れ、竜は涙し悲しんだ。
欲望を希望に、憎しみを慈しみに変えようと奮闘したが、志し半ばで寿命が尽き、ハインツに想いを託したそうだ。
その血に全てを込めて……
「故に、この血にはその竜の願いが込められている。意思を継ぎ、世界を変える者に出会うまで、わしが守護者となったのじゃ」
「ハインツは、その竜の意思を引き継ぐ者に会う為に生きてきたのです。いつか、きっと出会える事を信じて……」
ステアが付け加えてくれた。何と無くだが、自分の中にも飲み込む事が出来てきた。
でも、まだ解せない部分がある。それは、何故俺が選ばれたか?
いや、そう自分が思い込んでいるだけであって、実際はそうじゃないのかもしれない。
だが、ハインツの言葉ではっきりした。
「出会ったからこそ、この血を見せたのだ。トーラ。お前は、竜の意思を継ぐ気はあるか?」
そう言われ、俺は首を縦に振ろうとしたが、ステアがそれを止めた。何だか神妙な面持ちだ。
「トーラ。強要する気はありません。ハインツ、試練の事は話さないのですか?」
試練? ステアの口から聞き捨てならない言葉が出ると、ハインツはやや重たい口調になった。
「トーラの意思を確かめてからにしようと……」
そう言うハインツを、ステアはキッと睨みつけた。その表情、ちょっといかす……
「トーラ。ハインツは簡単に言いますが、あなたが竜に認められるには、試練に耐える必要があります」
ステアは俺に向き直るが、視線は厳しいままだ。
「その試練、場合によっては死にます。覚悟はいいですか?」
え? 死ぬ? ハインツはそんな事一言も言わなかった。そう思い、ハインツを見ると……下を向いている。なるほど、言いにくい事はステアが言うのか……
「ハインツの言うとおり、その瓶には竜の生き血が入っています。そして、その血は飲んだ者に竜の力を与える……」
でも……とステアは付け加えた。
生き血を飲むと、まず血がその者の体を巡る。体の隅々まで行き渡ると、その身を刺激する。刺激の表れ方はそれぞれだが、まず想像を絶する苦痛、気絶するかしないかの瀬戸際らしい。
それが終わると、飲んだ者の中に潜む闇を引きずり出し、自らを襲いくる悪夢に変える。
悪夢の後は、無だ。時間を置き忘れ、ただ広がる静寂がそこに訪れる。死に向かうか、生に向かうか……
飲んだ者が全てを決める。
だから、ハインツは言ったのだ。俺の強い意思が必要だと……
だが、そこまで聞いても、俺の決心に揺らぎはない。どうせ死んだも同じ。そこに生きるチャンスを与えられ、更に力を得るチャンスがある。
答えは一つ!
「その試練、引き受けた」
俺が静かに答えると、ハインツは眉をピクリと上げ、ステアは更に俺を見据えた。
「本当にいいんですか?」
ステアの問い。それは、俺の身を案じてか、それとも世界の行く先を案じてか……
まぁ、どちらにしても俺の決心に揺らぎはない。
ここで逃げれば全てが後悔に変わる。そんな思いはもう沢山だ。
俺は黙って手を差し出した。
ステアは目を閉じると、まだ迷っているようだったが、何も言わず俺の手に瓶を置いた。
今だ……
今から全てが変わる……
俺は……王に勝つぞ……
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