第5話 与えられた選択
ハインツの部屋では、パチパチと暖炉にくべられた薪が柔らかい炎をあげていた。
炎は温かい光を発し、その光はハインツとステアの顔を闇に照らし出している。
「さて、どうしたものかな」
ハインツが答えの無い考えに眉をひそめている。
「トーラの……事ですか?」
「うむ……」
ステアの問いかけに、ハインツは更に眉間にシワを寄せた。
「彼なら……授けてもよいと?」
「今まで見てきた者と比べても信念が違う。とても屈強だ。しかし、それに負けない程の憎しみも抱いておる。授けた所でどうなるか、予想もつかん」
ハインツは考え込んだ表情を見せた。
「試されても良いのでは?」
ステアの一言はハインツの心を揺さぶる。
しかし……と言って、ハインツは座っていたロッキングチェアーを揺らし始めた。
「予想がつかん事は不測の事態に繋がるぞ」
「何もしないよりは、マシですわ」
ハインツは再び考え込んだ。
二人のやりとりは、夜遅くまで続いた。
ーーーーー
俺は天井を眺めていた。
ここに来て、どれだけ経っただろう?
故郷の様子は、どうなっているだろう?
俺は、いつまでこの部屋にいるのだろう?
生活に不満がある訳ではなかった。食事も出るし(美味いし!)、ゴロゴロしていても、文句は言われない。
怪我もだいぶ良くなり、ステアからはトレーニングの許可が出た。
訓練兵の頃のメニューを再開し、最初こそキツかったが、今は普通にこなせる。リハビリは早い方が良い事を痛感した。
今、考えている事を整理する。
まず、ここを出て故郷に戻る。
俺はきっと戦死した事になっているから、こっそりと国に侵入する。
仲間の協力をもらい、城に潜入。アスターを討つ。
完璧だ。……いや、完璧なのか?
こんな単純な方法で討ち取れれば、今まで誰かがやっている。
俺程度のレベルで完璧とは……
笑うしかないじゃないか。
それに一筋縄ではいかないはずだ。
故郷の仲間達も生きていればいいが、戦場に駆り出されていれば、まず生還はしないだろう。
死ぬまで戦わされるのが、故郷の軍隊だ。
下っ端は最後までこき使われ、上官は下っ端が戦って死ぬまで、その数を競いながら酒を飲んでいる。
いい気なもんだ。
俺は考えるのを止めた。思わずフーッとため息が漏れる。
目を閉じて、ここに来る前の事を思い浮かべる。
親友の代わりに戦場へ来たが、何故か親友が戦っていた。
俺は運良く生き延びたが、親友は俺の腕の中で息を引き取った。
ボロボロになりながら、この森まで歩き、俺は倒れた。
気が付いたら、同じ天井を見上げている。
何も変わっていない。変わったとすれば、怪我が治り、トレーニングしている。
何をしているんだ? 傷は癒えた。後はここから出ればいい。出れば、故郷へ帰るだけ。
だが、帰った所で何が出来る?
なぶり殺しに合うだけだ。
俺には力がない。王を殺すだけの力が……
王の力は絶大だ。何人たりとも、王を殺す事は出来ない。
せめて、一太刀でも傷を付ける事が出来れば……
「それで、あなたの気は晴れるんですか?」
俺はビクッとした。顔を上げると、そこにステアがいた。その顔は何故か冷めている。
だが、おかしいことがある。何故……
何故、考えている事が分かった?
「そう思うのは当然ですわ」
冷め切った表情で、彼女は答えた。
「私の一族特有の力です。ただ、読む事は出来ても語り掛ける事は出来ませんが……最も、この力のせいで、周囲からは忌み嫌われていましたけど」
彼女はサラッと答えた。それでも表情は変わらない。何だ? 次は何が待っているんだ?
不意に背中を悪寒が襲った。手には自然と力が入り、握った拳からは汗が滲んでいる。
俺の表情は、きっと険しいのだろう。眉間にシワを寄せ、こめかみからはスーッと汗が伝う。
「迫害が続くと、悲しみしか残らん」
ステアの後ろから声が聞こえた。
暗闇から現れたのは、ハインツだ。
ステアと違い、彼の表情は穏やかではあるものの、目は笑っていない。彼女同様、冷め切っている。
「彼女の一族は、古来からある者と関わりがあった。悟りの能力はその為だ。その者は、時には言葉ではなく、心で語りかけてくるからな」
そう言うと、ハインツは俺を鋭い視線で見つめてきた。
「トーラ。運命は常に選択の繰り返しだ。何処でどう選択するかで、その後の道は変わる。だが、定められた運命からは逃れる事はできん」
「何の話ですか?」
俺は焦った。ハインツの言っている意味が全く理解出来ないからだ。ハインツは俺に何かを伝えようとしている。それは分かる。
だが、その先が分からない。
「運命は予め決められている。それが創造神の理だ。だが、決められた運命に向かってどう歩むかは自由だ。常に選択できる」
神? 運命? 選択?
ますます訳が分からなくなった。
ハインツは何を言っているんだ?
「トーラ。運命は今が分かれ道となった。力を求めるか、このまま何も得ずに故郷に戻るか……」
「ちょ、ちょっと待って! 話が見えません! 一体何を……」
ますます訳が分からなくなって言い返した俺を、ハインツは黙り込み、ジッと視線を浴びせてきた。
「お前に、力を与えよう。かの王と渡り合える力を……」
ハインツは表情を変える事なく、俺にそう告げた。
「私なら、お前を強くする事が出来る。誰よりも……その王よりもだ!」
それを聞いた俺は、呆然とした。
ハインツの言葉を何度もリフレインしたが……
どうやら、選択肢を与えてくれるらしい。
どうするか考えたいが、これもステアに読まれているのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます