第4話 英雄の軌跡

俺が目覚めてから、一週間は過ぎた。

怪我は順調に回復し、痛みもだいぶ良くなってきた。こうなって来ると悪い癖で、ついついトレーニングを隠れてやってしまう。


さっきも、息抜きに腕立て伏せをやっていたら、部屋に入ってきたステアに大目玉をくらった。


「せっかく骨が繋がったのに! 何やってるんですか⁉︎」


だってさ……

トレーニングくらい、させてくれてもいいのに……


しかし、ステアが塗ってくれる傷薬は凄い効能だ。


ハインツが特別に調合している薬らしく、この森で怪我した旅人に必ず渡すらしい。


「お守りみたいなものですね」


ステアがはにかむ。

彼女の笑顔はいい。何か、不安とか悩みとかあっても、それを全て吹き飛ばしてくれる。


見ていて心が癒されるんだ。


「ハインツも物好きだよな? 俺みたいに行き倒れ寸前の奴ら、よく助けてるんだろ?」


何気無い質問を、俺はぶつけた。だけど、その質問の後に返って来たステアの表情は、何処か俺を軽蔑したような顔だった。


「物好きじゃありません。ハインツなりの考えです。それに、あなたは助かりましたが、大体の人はここに運んで直ぐに亡くなります。あなたは運が良かったんですよ?」


どうやら、無い命を助けられたらしい。これには感謝しないとな。


しかし、こんな時のステアの顔はズルい。見ていてこちらが悪いように思えてくる。こちらとしては、悪気があった訳じゃないが、何と無く後味が悪い。


俺は一人ばつが悪そうな顔をしていた。


「何か気に障る事、言いました?」


ステアが心配そうに聞いてくる。


「いや、何も……命が助かったんだ。何が出来るか、考えないと……」


ステアに向かってそう言ったが、心の中では決意は固まりつつあった。でも、今の俺には困難な事が多すぎる。まずは怪我を治す。これが先決だろう。


「はぁ、ハインツが言った通りかな? まずは体を優先……か」

「そんな事言って! またトレーニングするんでしょう?」


ステアが釘を刺してきた。俺は思わず笑って誤魔化したが、バレている事は間違いないだろう。


しかし、何だな。ちょっと怒ったステアも、悪くない。


最近まで、こんな事は考えた事もなかった。怪我が快方に近づき、余裕が出てきたんだろうか? 不謹慎だろうが、気持ちのゆとりは自然と体がリラックス出来ている証拠だ。これでトレーニングも出来れば最高だが、生憎監視の目が光っている。


近衛兵団時代の教官よりも目が鋭いから侮れない。ある意味束縛だ。


だが、それも俺の怪我を早く治す為の彼女なりの策なのだろう。


仕方なく、俺は体を横にした。フカフカのベッドは気持ちがいい。


この屋敷で目が覚めてから、ずっとこのベッドだが、こんな寝心地がいいのは久しぶりだ。


兵団時代は硬いい草のベッドだったし、戦争に出てからは殆ど横になって寝てはいない。座ったままか、何かに寄りかかって寝ていた。

それでも、集中している時は寝る事が出来たものだ。


人間は極限状態なら大概の事は解決出来る。

だが、その分判断力に掛けてしまう。

だから、此処ぞという時にミスを犯してしまうのだ。

故に、指導者は優秀でなければならない。極限状態でも、的確な指示を出し、結果を残す指導者が……


訓練兵の時、よく言われたものだ。目指すなら王を目指せと。

そんなのはゴメンだ。優秀かもしれないが、指導者としては失格だろう。


民を苦しめ、私利私欲の為に無駄な争いを仕掛けるなど……

一国の王がする事ではない。


俺はいつもそう思ってた。思うだけで反発出来なかった。そんな力は無いから。


力が欲しい……

王を倒す力が……


だけど、そんな力を手に入れたら、俺も気が触れるかもしれない。


気が付いたら眠っていた。


眠っている間、夢を見た。ずっと昔……


子供の頃だ。英雄が帰ってくる日。


邪竜討伐を成功させ、世界に平和をもたらした英雄、アスター。


道に並んだ人達が今か今かと待っている。そこに、討伐隊が見えると歓声が上がって手を振っている。


俺も英雄を一目見たくて、人混みを掻き分けていった。すると、突然視界が開けたと思ったる、勢いが強すぎて道のど真ん中に出てしまった。


歓声は止み、討伐隊は俺の目の前に立ち塞がっていた。いや、俺が塞いだんだ。


怖かった。絶対怒られると思った。


でも、英雄は俺の頭にも手を乗せて、クシャクシャ撫でてくれたんだ。


そしてニッコリ笑って、


「もう、外で遊んでも平気だからな」


って言ったんだ。


優しい笑顔だった。俺もアスターみたいになりたいと思った。


アスターみたいに……


でも、今は違う。

王が憎い。殺してやりたいほど憎い。

英雄はもういない。英雄はやがて王になり、全てを支配した。


俺たちが憧れたアスターは、もう帰ってこない。

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