第3話 老人と少女
遠くでパチパチと音がする。
薪か何かを燃やしているのか? 暖かい。暖炉かストーブがあるのだろう。
俺はゆっくりと目を開いた。目がぼやけているが、薄暗い小屋か部屋か……外ではない事は確かだ。
風の音や獣の鳴き声も聞こえないし。という事は、建物の中だろう。
しばらく薄目を開けていると、少しずつ視界が鮮明になってきた。と言っても天井しか見えないが……
隙間が見えない所から、石造だろうか? 造りは良いようだ。顔を横にすると、部屋の奥には暖炉が見える。炎はゆったりとゆらめき、時々木がパチン! と弾ける音がした。
とても心地良い。
薄暗いが心地良い部屋だ。
よく見ると、暖炉の前に影がある。ロッキングチェアーだ。ギシギシと揺れているから、誰か座っているんだろうか。
俺は体を起こそうとするが、途端全身に激痛が走り、
「痛っ!」
と、声を上げてしまった。
すると、ロッキングチェアーは動きを止め、そこに座っていたであろう何者かが、ゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
……何だ? 誰なんだ、一体……ここは?
そう考えていると、右手を差し出した。俺はビクっとしたが、その手は俺を掴もうとしたのではなく、「まだ寝ていろ」というサインのようだった。差し出した手が、上下に動いていたからだ。
起こそうとした体を横にすると、影が俺を覗き込んできた。
薄暗くてよく分からないが、高貴な感じの服を着ている。ローブのようにゆったりとしていて、くすんで見えるが、華やかな装飾が分かる。
そして、影は男性だった。まだ初老に手が届いたくらい。顔に刻まれたシワはさほど多くはなかった。
その男が口を開いた。
「まだ動かん方がいい。大怪我だぞ?」
そう言われ、俺は動く事を辞めた。
それを見た男は、ニッコリ微笑んで「うんうん」と頷いている。悪い人物ではなさそうだ。
男は、椅子を俺が寝ている側まで持ってくると、ドカッと座った。そして、こう言ったんだ。
「アバラが五本、肺に刺さりかけとった」
どうやらかなりの重症のようだ。その男が言うには、森で見つけてから丸一週間は眠っていたらしい。その間、見ず知らずの俺を献身的に手当てをしてくれたらしいのだ。
「もっとも、ワシは何もしとらんがね」
イタズラっぽく笑う。だが、嫌いじゃない。こちらも思わず微笑んだ。
「助けて頂き、感謝します。申し遅れました、トーラと言います」
「こちらこそ、久しぶりの来客だ。ワシはハインツ。この森で暮らしとる。それから……」
ハインツはそう言って、俺の耳元に口を近づけ、
「ワシは暖炉を見とっただけなんだ。お前さんを手当てしたのは……」
と囁くと、部屋の扉が開く音がした。
ハインツはすぐに顔を上げて、入ってきた誰かに声をかけた。
「ステア。目を覚ましたぞ」
ハインツが声をかけた方に視線を向けると、そこには白い(そう、見えたんだが……)質素なローブに身を包んだ、少女のような顔が見えた。その顔が、やはり、俺の寝ている所の近くに来て覗き込んだ。
「良かった……手遅れかと思いましたわ」
遠目には少女に見えたが、幼さは残るものの、俺と同い年くらいに見える。白い肌に、青い目。髪は……金髪だろうか、暖炉の光に反射してキラキラしている。
ステアと呼ばれた彼女は、どうやら包帯を巻き替えに来てくれたようだ。
体をを起こし、自分の状態を確認すると、改めてよく助かったと言える。
全身包帯だらけだ。
「見つけた時は驚きました。話しかけても死んだように動かなかったし。体が冷え切っていたのが、良かったみたいです」
ステアが言うには、見つけた時には意識は無し、出血が多く虫の息。幸い、雨に濡れて体が冷え切っていた為、軽い仮死状態(軽いのか?)にあったらしい。
それを拾い上げてこの屋敷に(屋敷だったのか、道理でいい造りな訳だ)運び込まれ、手当てを受けた訳だ。
「ありがとう、命を救われた」
俺がそう言うと、彼女は、
「困った時はお互い様ですわ」
と、手慣れた手つきで包帯を巻き直していく。怪我をしてこの屋敷に運び込まれる人間は多いようだ。
「さて、話が出来るようになったところで、この森にいた理由を教えてもらおうか」
ハインツが急に切り出した。ハインツ曰く、この森は古えの森と呼ばれ、旅人や冒険者も滅多な事では近寄らないと言う。入ったが最後、森から出るのは困難を極めるらしい。
俺みたいに、怪我をしたり道に迷って迷い込んでくる事が時折あるだけだそうだ。
俺も何故ここに来たかは分からないが、一通りの説明はさせてもらった。
ハーディス公国の親衛兵団の一兵という事。この森の先にある平原で敵国と戦闘をし、重症を負った事。その戦闘で友を無くし、形見を持ち帰ろうとしていた事。歩き続ける内に森に迷い込み倒れた事……
ハインツが少し険しい表情で俺に尋ねてきた。
「お前さんが戦っていた平原は、ラルトニア平原か?」
「そうです、そこで大雨の中……」
そう答えると、ますます彼の顔は険しくなった。
「歩いてどのくらい時間が経っておったか、分かるか?」
「いえ、ただ長い間歩き続けたのは確かかと……」
ハインツは黙ってしまった。
「何か?」
俺は聞くのをためらったが、気になりハインツに尋ねた。すると……
「ラルトニア平原はこの森の目と鼻の先だ。お前さんはこの森の入り口で倒れとった。普通に歩いても、あの平原までは大人の足なら一時間ちょっとでたどり着く。そんなに長い時間を感じたと言うなら、お前さんは歩きながら意識を失っとった事になる」
確かに、意識が朦朧としながら歩いてはいたが、まさか失っているとは思わなかった。
そう言えば、体が痛む度に意識が鮮明になる気はしたが……あれは意識を失っていたのか……
我ながら、よく歩いていたものだ。
「とにかく、今はゆっくり休みなさい。怪我が治ってから先の事は考えれば良い。さ、ステア」
ハインツはそう言って、ステアと共に部屋を出た。
暖炉はまだ炎が揺らめいており、柔らかい温もりを与えてくれている。
お言葉に甘えるとして、ゆっくり休もう……
ーーーーー
部屋を出ると、ハインツはステアに向かって口を開いた。
「ハーディス公国と言っていたな?」
ステアが頷く。
「邪竜に魅入られた王の国か……あの若者、王の事をかなり憎んでおった」
「憎しみからは、何も生まれませんわ」
「そうじゃな。とにかく、今はゆっくり体を休ませよう。今はまだその時ではない」
そう言って、ハインツとステアはそれぞれの部屋に戻っていった。
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