第2話 森に眠る

雨が降り続く中、俺は歩き続けた

体中から痛み、骨のきしみが聞こえるのに、よく歩けると自分でも驚く。体はとうに限界を迎えているのに。


だけど、歩かないと行けない理由があった。親友の形見を、国に残された家族に届ける為だ。


何処をどう歩いたか、どのくらい歩いたのか……記憶が定かではないが、道らしき道をひたすら歩き続けている事は覚えている。


だが、体のダメージが重く、足が前に進まなくなっていた。この道の途中までは死体から拝借した剣を杖代わりにしてきたが、体力の消耗と共に重くなってきた。


武器を手放す事で、身の危険から自分を守る事が出来なくなるが、武器を持っていても、歩くのがやっとの体力では満足に振り回す事は出来ない。


体力の温存を優先し、剣を捨てて木の枝を杖代わりにした。曲がりくねった枝ではなく、なるべく真っ直ぐな物を選んだつもりだったが……やや曲がった枝は見た目よりも丈夫で、割と使えそうだ。敵と遭遇しなければ、この枝で充分だろう。


ハーディス公国へは、今歩いている道で合っているとは思うが、仲間と一緒に歩いてきたし、生きて帰れる保証も無い為、道標になるような物には何一つ見覚えがない。ここが敵地ならば、国境や分かれ道に差し掛かって標識などが見えてくればいいのだが……


なかなか見えない所をみると、あまり距離は進んでいないのかもしれない。


意識は相変わらず朦朧としたままだ。だが、親友の形見だけは、自分の装備のポケットに閉まっている事だけはしっかり覚えている。


もし、道中に俺が死んだら、誰か届けてくれるだろうか?


いや、誰も届けてはくれないな。それに、こんな所で死んだら、行き倒れと思われ、近くの街の警備隊やら何やらに戦死者とかいう理由で処理されるだろう。


こんな所で死ぬ訳にはいかない!


そう思うと、力が湧いてくるような気がする。根拠はない。そんな気がするだけだ。



気がつくと、いつの間にか雨が止んでいた。


いや、止んだのではなく、木の枝が雨を遮っていた。森の中に入っていたようだ。


どうりで、辺りが急に薄暗くなった訳だ。


薄暗い森の中にいると、急に心細くなってきた。特に獣の鳴き声がする訳では無いが、雨が葉に当たる音と、自分の吐息ぐらいしか聞こえない。


不思議だ。それくらい静かだ。音がない世界だと心細くなると聞くが、それは本当のようだ。


ふと、国で訓練に明け暮れていた日々を思い出す。あの頃は、フェイトや友達とよく剣を重ねていた。と言っても木刀だが。


良く笑い、泣き、励ましあい……そんな日々が、この戦争でガラッと変わってしまった。全てが、である。


平和という物は、何を持って平和と言うのか……


誰も教えてはくれなかった。


そんな事を考えていると、急にガクンと視界が下がった。下がったと言うよりかは、一段道が落ちたようだ。


違う。道が一段下がれば、自分がこけるはず。よく足元を見れば、自分が地面に膝をついていた。


そうか、力が抜けたのか……


力が抜けるという事は、自分の体力の限界が来たと言う事か……そんな事にも気付かないなんて。


俺はふと思った。そして、そこから立ち上がろうと試すが、力が入らず、そのまま地面に倒れてしまった。


体を起こそうとしても、頭では分かっていても、体が言う事を聞かない。朦朧としていた意識もいよいよ薄らいできた。


そうか、さっき懐かしい光景を思い出したが、あれは走馬灯と言うやつか……


人は死ぬ時、過去を振り返るように思い出すと言うが、その通りなんだな。


戦場で死んだ仲間達は、これを見る事が出来たのか?


しっかり死を感じる事ができる自分は、幸せなのかもしれない。


だが、友の形見を届ける事が出来なかった……あの世でフェイトに会ったら、謝ろう……

瞼が重たい。開けているのも億劫だ……


フェイト、今行く。

俺は静かに目を閉じて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る