エピローグ 次は侵略者として 前編

仮想西暦2030年 8月

日本 東京都某所『ミネルヴァ・カンパニー』本社ビル

地下フロア 転移鏡前


 灰とみどりのオッドアイを持つ女性、女神アテナは、鏡に映る己の箱庭を、厳しい目つきで観察している。

 パルターナンの中央付近、メドゥ帝国とウエイスト連合があった地域は、今や禍々しい瘴気に包まれた、魔の領域と化している。

 ア=メ戦争終結からおよそ3か月、領域は東側へと徐々に伸びているが、西側への侵食は留められている。アテナの最愛の友、パラスが直接守護する都市アトネスが、防波堤の役割を果たしていた。


「・・・パール、そちらの様子は?」


 鏡に手をかざし、アトネスを拡大表示させると、アテナは尋ねた。

 すると、姿は見えぬが、パラスの声が鏡面に波紋を浮かべ、返ってくる。


『パラディオンのおかげで、まだまだ大丈夫。・・・と言っても、防げるのは魔物と瘴気だけで、人間たちの消耗がちょっと心配になってきた。特に最前線って事で、兵士たちがかなり参ってる』

「そうですか・・・他の国はどうです?」

『サテュロ以西の国々は、軍の準備を整えつつも、出撃する様子はなし。相手が<グルゥクス>って事で、警戒してるのね。南側も同様だけど、こっちはどちらかというと、流入してくる魔物の所為で動けないって感じね』


 現時点では、アテナ側とアレス側は拮抗しているという事だ。


「・・・<スパルテュイ>、あれからさらに数が増えて、12人となったようですね」

『ええ、あのアラバマとかいう裏切り者をリーダーにして、いっぱしの軍隊と化しているわ。巷ではだれが呼んだか、『魔王軍』なんて名前がついてるよ』


 魔物を使役し、他国を侵し、自国内には奇怪な気が立ち込める。

 ゆえにアレスの領域は、パルターナンの人々から『魔界』と呼ばれ始めていた。


「・・・戦に狂った国を広めるとは、相も変わらず許しがたい男ですね、アレス」

『それで?その許しがたい魔神と魔王を討伐してくれる、我らの勇者はどこに行ったのかしら?』


 パラスが催促するように尋ねると、知の女神は困ったような、それでいてうれしそうな笑みを浮かべた。


「・・・<グルゥクス>ジェイルは、残念ながら落命しました。しかし、新たな希望の種が、まもなく芽吹きます」



本社ビル内 ???


 アテナがパルターナンとの定期連絡を行っている頃、私は同じ建物内のとある場所で、戦闘訓練を行っていた。


「はぁ・・・はぁ・・うらぁ!」


 ガキィン、キン、グシュ!


 2回の打ち合いで、ターゲットであるゴーレムの態勢を崩し、その急所に一撃を決める。

 岩製のゴブリンが砂となって崩れ落ちるのを見届け、私はその場に膝をつく。やっぱり、ジェイルのような激しい運動は、どう頑張っても無理だ。


「・・・あと、何体?」

「今ので最後だよ、ジェイ・・じゃなくて、イオリ」


 そう言って近づいてきた小さな影が、私にそっとタオルを渡してくれた。

 それを受け取り、ふわふわな生地の感覚で疲れを癒しながら、彼女に礼を言う。


「ふぅ・・・ありがとう、

「どういたしまして、・・・で合ってる?」 


 自信なさげに首をかしげる、世間知らずな妖狐の少女に、私は笑顔で頷いた。


3か月前 

パルターナン メドゥ帝国 イズミラ

秘密の中庭


 ダガーナイフを片手に、シドの急所を狙ったオレだったが、渾身の一撃は失敗した。


 パァン!


 シドとは真逆の位置、つまり背後から、鉛の弾丸がオレの背中を貫いたのだ。


「ごふ!?」


 オレの身体はその場で静止し、垂直に崩れ落ちる。


「何をグズグズしておる、アラバマ。障害となるなら即座に消せと、何度も言っているだろう」

「我が主・・・」


 顔面を枯れ葉とコケにうずめる姿勢だったが、やたら上から見下した物言いとシドの様子から、それが誰だかわかった。


「・・・ア、レスか」

「ふん、さすがはあのアテナの遣い、察しがいいな」


 狂神アレスは、そう告げるとオレをまたぎ、シドの隣へ立つ。


「さて、トドメはお主がさすか?このまま放置しても、致命傷で助からぬがな」

「・・・いえ、それはさすがに・・・」


 オレを確実に殺す事に、シドはためらいを見せる。

 対するオレは、アレスに遊ばれたと直感し、怒りを覚えた。

 だが、おそらく肺をやられたのだろう。呼吸が苦しく、満足に動けない。


「(・・・はは、こんな時でも、人って冷静に考えられるんだな)」


 不思議なほど明晰な思考に自分でも驚きながら、オレは静かに、意趣返しを思案する。


「・・・は、ほぁほぁ」

「・・・?何か言ったか?アテナの遣い」


 振り返るアレスの足元に、オレはわざとらしく、口の中に溜まった血を吐きつける。


「そうか、肺がつぶれては話せぬか。・・・ほれ」


 アレスがこちらに手をかざすと、途端に呼吸が楽になる。


「戦場で、深手を負いながら奮戦する者がおろう。今の貴様はそれと同じ、痛みを忘れただけだ。もう少しすれば死ぬことに、変わりはない」

「はは、そりゃどうも・・・だが、それだけで十分」

「なに?」

「アレスさんよぉ。オレがなんで、あんたの存在に気付けたか、教えてやるよ」

「・・・ほう、聞いてやろう」


 興味深々に喰いつくアレス。その横のシドは、何やら怪しむ様子を見せる。

 残念だったな、シド。もう手遅れだ。


「簡単さ、あんたの・・<スパルテュイ>だったか?その加護をシドが受けた時点で、ソイツからはアテナの加護が消えていたんだ」

「ふん、あんな引きこもり女の加護なぞ、我の力に比べれば・・・」

「・・・!待て、ジェイル。消えた加護って、まさか」


 オレのに気づいたシドの顔が、さっと青ざめる。

 それを見て勝利を確信したオレは、一気に畳みかける。


「おまえらさぁ、オレを消したとして、後始末はどうするつもりだった?今議場に居る、各国のお歴々に、どう説明する?」

「ふん、そんな事。まだ我の存在を明かす時期ではない故、適当な罪を丁稚あ・・げ・・まさか!?」


 あはは♪戦の神を、出し抜けた!

 アレスがオレに掛けた魔法の効果だろうか?オレは今、かなりハイになっていた。


「これまで、ここであった出来事全部、女神パラスの領域を中継して、姫さんたちのところへ筒抜けだったんだよ!ざまぁみろ!シドの自白とあんたのご登場で、真実が皆に知れ渡った!」

「・・・貴様、人間の分際で!!」


 アレスの手の中で、オレを撃った拳銃が一振りの剣へと変わる。

 

「(ああ、やっぱりここで終わるのか。ごめん、姫さん、ナイル、そして・・・)」


 走馬灯のように、仲間たちの顔が浮かぶ。すると・・・



「させない!」


 オレの影の中から、小さな影が飛び出し、アレスの剣を叩き落とした。

 オレの横へと着地したその姿は・・・9尾の狐。


「・・・その姿とか、どっから出てきたとか、いろいろ聞くこと多いなぁ。ダッキ」

「話なら後でたっぷり!!逃げるよ、ジェイル」


 そう言うとダッキは、9本の尾のうち1本をオレにからめると、ダンッ、っと両前足で地面をたたく。すると、サロン跡の景色が一変し、気づけばオレ達4人は、切り立った山の上に居た。


「・・・ここうぉあ!?」


 周りの切り立った山々に見覚えがあったオレは、それらをよく見ようとした。

 が、急発進したダッキに引きずられる形で、悪友と狂神から遠ざかる。

 グングンと遠ざかるオレを、シドは最後まで見つめていたようだが、どんな顔をしていたのか、わからない。

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