第38話 アトネス防衛戦 人 後編

 パァン!


 シドに掴み掛っていた俺の耳に聞き覚えのある破裂音が届く。


「な・・んい・・い、い、いたいぃぃ!!」


 痛い、痛い痛い。それだけが思考を埋め尽くす。

 右の脇腹が、鉄の棒をツッコまれてかき混ぜられたように痛い!

 周りの筋肉がビクビクして、じんわりとした熱を持って痛い!!


 私はシドの横に転がると、両手で痛みの根源を抑え、続いて自分の眼でそこを確認する。

 重ねて押し付けた両手の隙間から、赤黒い液体が漏れ出していた。


「うぜぇんだよ、お前は」

「し・・・ど?」


 ふと聞こえた声に、反射的に顔を上げると、もう一度あの破裂音、銃声が響く。


 パァン


「がぁ!?」


 今度は右肩に、あの焼け付く痛みが走る。

 しかし今度は、逆に思考がはっきりしてくる。・・・撃たれた。

 シドに・・・私の友人に・・・?


「シドって呼ぶな、俺は”Mr.アラバマ”だ!」


 なおも銃口をこちらに向け、引き金に指を掛けながら、は言った。


「こんな世界が現実?ざっけんな!こんな俺が、本物であってたまるか!!」


 こちらを向く銃口が、ブルブルと震える。


「あのクソビーナスに誑たぶらかされて、1年間!1年間も、俺はここに居たんだ!アビィがクソ飛竜どもに喰われて、ラオの野郎が逃げ出して!アステリアの内紛に巻き込まれて!こんな悪夢が現実なわけねぇだろ!」

「!?・・・そうか、シド」

「アラバマだ!!何度も言わせんな!」


 パァン


 怒号と共に放たれた弾丸は、明後日の方向に飛び、大理石の柱を穿うがった。


「今の俺がシドニー・グリーンヤードなら、こんな事には成ってねぇよ。全部親父が、元大統領のベンジャミン様が助けてくれるんだもんなぁ!」


 ベンジャミン・グリーンヤード。私の祖父じいさんの友人で、アラバマ州の知事を経て、昨年までの4年間、アメリカ合衆国の頂点に居た人物。シドの親父さんだ。


「昔っからそうだった。俺のやることなす事、全部あの親父が裏で支えてくれやがった、頼んでもいないのに!

 俺がスクールで優秀だったのは、バカ高い家庭教師を付けていたから。

 俺がスポーツで優秀だったのは、親父の名前でビビった皆が八百長したから。

 俺は、そんな作り物の<シド・グリーンヤード>が嫌いだった!!

 だがアラバマは違う。<Mr.アラバマ>は、俺が自分で勝ち取った、本物の俺だ!」


 ネットゲームの、ヴァーチャルの世界では、現実の身分は関係ない。自分がこうだと信じふるまえば、それが本物となるのだ。

 にとってのジェイルオレのように。


「・・・でも、矛盾してるよ、あんたの論理」


 <グルゥクス>という立場によるの特性か、傷の痛みが和らぎ、私は体を起こす。


「そんなにシドが嫌いなら、Mr.アラバマが本物だというなら、なぜこの世界を偽物と言うの?」

「はぁ?決まっているだろう。本物の俺であるはずのMr.アラバマが、まったく役に立ってねぇからだよ!

 革命なんて、さっさと終わるはずだったんだ。なんせ24時間、全部プレイにつぎ込めるんだからな。廃人って呼ばれてる連中すらドン引く時間を俺はつぎ込んだんだ。

 なのに、この世界の連中は言う事きかねぇし、パートナーは半年待たずに脱落。

 1年かけて成し遂げたのは、内紛でボロボロになった国を乗っ取ってウエイスト連合を創った、それだけ。

 アラバマ州最強だから<Mr.アラバマ>、なのにこの世界の俺は、低スペックにもほどがある有様だった」


 俺の周りをぐるぐると歩きながら、シドはそう自虐的に笑う。

 私はその動きを目で追い、できる限りの回復を待ちながら、反論しようとする。


「でも、それは・・・」

「それが俺の実力だ、とでも言うんだろう?俺も最初はそう思ったさ。

 だがな、あのお方が、我が主神アレスが現れて、俺に真実を教えてくれたんだよ。女神アテナは不完全な世界しか創れなかった。完璧に仕上げるには、他の神の介入が必要だってな」

「・・・それを、信じたのか?」

「信じるも何も、結果は出てるだろう?俺はアレスの加護を得た。するとどうだ?アテナが目指した革命が、見事達成できただろう?

 テイミングの成功も<エニューオー>も、アレスの遣い<スパルテュイ>の加護のおかげ。しかもこれは<グルゥクス>と違って、この世界の誰もが使えるようになる。・・・お前もどうだジェイル?」


 たった今2発の銃弾を撃ち込んだ事を忘れたように、シドは聞いてくる。


「(ああ、そうか。シドが受けたのはアレスの加護じゃない。呪いだ)」


 私の中で、再びオレが目覚める。大っ嫌いな親友を救う、その為に。

 髪を結い直し、オレは立ち上がる。血がかなり流れたせいか、視界が暗くふらつく。


「・・・オレの答えはノーだ、<スパルテュイ>。オレは<グルゥクス>、女神アテナの遣いだ。<城壁の破壊者>にはならない。それは、この世界のGMが禁止したことではないが、望まない事だから」

「・・・お前にとって、今の俺は<グレー・プレイヤー>ってことか?」

「そうだ、・・・だからオレは、お前を、倒す!」


 そしてオレは、腰に差したダガーナイフを逆手に抜き、銃をこちらへ構えたへと踊りかかった。





パァン


エピローグへ続く

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