第37話 アトネス防衛戦 人(中編)
メドゥ帝国領内 地方都市イズミラ
公衆集会場アゴラ敷地内 中庭
Mr.アラバマに案内されて辿り着いたのは、ひどく寂れた一角、元は植物園だったらしいドーム状の建物だった。
もう長い間放置されているようで、花はすべて枯れ果て、ツタや苔が石畳を覆っていた。
「・・・ここは?」
「数年前の地震で、あちこちガタが来て放置されたサロンらしい。ちょっとした衝撃で崩れるんじゃないかって、ビビッて誰も近寄らねぇ。・・・それで?話ってのは?」
蹴って適当に苔を払った大理石に腰かけると、シドはこちらを見返しながら尋ねる。
オレは彼の正面に佇み、意を決して切り出す。
「今回の戦争、仕組んだのはあんただね、シド」
今思い返せば、もっと早くに気づけた事だった。
オレがこの世界に来たとき、シドがウエイスト連合特使としてアトネスに居たのは、メドゥ帝国がアトネスに軍を向ければ、その背後にあたる南東側から、連合軍が襲い掛かるぞという牽制の為だった。
しかしグシャンは、その牽制を無視してアトネスを攻撃した。でもそれは、連合の存在を軽んじた訳ではない。グシャンは確実に、<グルゥクス>Mr.アラバマを脅威と認識していた。
すると、背後を気にしなくても良い合理的理由として考えられるのは、一つだけ。ウエスト連合がメドゥを攻めないという密約が結ばれていたから。
さらにグシャンは、オレを『偽の<グルゥクス>』と判じていた。この世界でたった2度しか派遣されていない神の遣いを『偽』と考えたのはなぜか。先に来ていた『本物』がそう吹き込んだから。
そして、その二つをなせる人間は、たった一人だけ。
ウエイスト連合の外交特使にして、世界の誰もが認める最初の<グルゥクス>・・・。
「全部バレてるか。・・・ああ、そのとおり。俺がこの戦争を始めさせた。グシャンの野郎に嘘の中立条約を持ち掛け、ついでに<エニューオー>3隻を、闇の武器商人経由でくれてやった」
後悔している様子は全くなく、しかしどこか吹っ切れた様子で、シドは語る。
予想通りの、しかしまったく望んでいなかった事実に、オレは両拳を固く握りしめ、シドの言葉を引き継ぐ。
「そして、いざ戦争が始まり、グシャンの注意がオレ達に向いたのを見計らって、中立条約をひっくり返し、メドゥを占領したんだな。きっちりグシャンの口を封じるという徹底ぶりで。あのサブアンとかいう副官は、お前が送り込んだスパイだろ」
「ああ、やっぱり“あの夜”で気づかれたか」
毒杯事件の時の事だ。サブアンは一見すると、グシャンを庇うような言動をとっていたが、その節々からは、彼が内心ではグシャンに忠を尽くしていない事が感じ取れた。
さらに、ウエイスト連合によるナカラ制圧後、その消息が不明となっており、アトネスでも<庭師>による調査が行われている。彼がスパイだったとすれば、納得がいく。
しかし、今度は別の部分に納得がいかない。
「なんでこんな事をした!?メドゥを手に入れる為?アトネスを囮に使うなんて、アレスになにか吹き込まれたの!?」
激しいストレスで立っているのもやっとな状態になりながらも、オレはそれを隠し、シドを糾弾する。
「『
おどけた口調で語り始めたシドだったが、その表情に、徐々に苦悩が見え始める。
「だがあの愚者は、サブアンの頑張りをことごとく無駄にしやがった。それで、野郎が<影>を使ってストーカー行為を始めた時、イルマ姫誘拐“未遂”の濡れ衣を着せて、おとなしくさせようとしたんだが・・・」
姫さんの誘拐。その言葉に、オレは目を見開く。
「それって、オレがこの世界に来た直後の・・・」
「ああそうだ。お前さんの登場で、致命的に計算が狂っちまった。オレはな、ジェイル。お前がイルマを助けようとドロップキックかました時、反対側の森に隠れていたんだよ」
「なっ!?」
「本当なら、連中に引き渡し場所と教えていた野営場所で、潜ませていた連合のワイバーン部隊が姫を取り返し、クリットには金を握らせてグシャンの仕業だと証言させる予定だったんだ」
・・・あの事件、愚者皇太子は本当に無関係だった。当然、奴は身の潔白を主張するだろうが、それ以前の行いの所為で信じてもらえない。『オオカミ少年』に仕立て上げられたわけだ。
そしてそんなグシャンに、あえてサブアンが味方し改心させる。それがシドの計画だったのだろう。
「だがそこへ、アテナに寄越されたお前が現れて、先にイルマを助けちまった。その所為で、クリットの身柄は直にアトネスへ渡り、グシャンが黒幕という偽情報が伝えられなくなった。おかげで野郎を疑う決定打を欠き、計画は失敗した」
後日の謁見の際、顛末を知っていたのは、おそらくアラバマがサブアン経由で伝えたからだろう。知らないはずの情報を知っている、そうすることで、グシャンに濡れ衣を着せるという本来の目的を、少しでも達成しようとしたのだ。
しかし、それも失敗した。グシャンは姫さんへの執着をより一層強め、彼女の方はオレを偽の夫としてソレを避けようとし、それがまたグシャンをさらに暴走させるという、悪循環が起こってしまった。
「・・・毒杯の一件は?チェルノブ草とかいう毒物をグシャンに使わせたのは、お前か、サブアンか?」
そう問いかけると、シドは眉間のしわをさらに深くし、首を横に振った。
「あれは本当に、グシャンの独断だった。俺もサブアンも、お前が壇上で防いでくれるまで気づけなかった。あの野郎、独自の闇ルートを作ってやがったんだよ。毒杯事件のすぐ後、サブアンが調べたら、野郎は自分の管轄している軍の武器庫から、魔導具をスラムの盗賊どもに横流して手なずけてやがったんだ!!」
グシャンのコントロールに失敗した事が、よっぽど悔しかったのか、シドは語りの途中で急に立ち上がると、座っていた大理石をガシガシと蹴りつけ始める。
完璧を求める性格なのは知っていた。だが、これほどまでに取り乱すシドを、オレは知らない。
「シド、・・・」
10年来の悪友の、初めて見る様に、オレは言葉を失し、ただ見つめることしかできなかった。
5回目の八つ当たりで大理石にヒビが入ると、シドはようやく足を下ろし、疲れた表情をオレに向けながら、イラついた声で続きを語る。
「・・・もう我慢の限界だった。俺は、あの愚者皇太子を切り捨てることにした。奴を、奴が作った帝国の
それが今回の戦争だったわけだ、と。無理やり押し付けられた残業を終えたという風に、シドは重い溜息を吐いた。
シドは、皇族としての地位を奪われ辺境に飛ばされていたグシャンに、オレが偽の<グルゥクス>だというデマ、手下の盗賊どもを使った『冷戦』のアイデア、そして、この世界史上初の航空兵器である<エニューオー>を与えた。
だが、グシャンにそれらを使いこなす能力があったかは、この戦争の終わり方が立証している。オレ達が翻弄されたのは、あくまでもシドのシナリオ。
全てが後手に回ったアトネス陣営だったが、キオス砦でも、アトネスでも、そして、オレが関われなかったアイギーン平野での『会戦』も、撃退することはできた。
それでも・・・
「・・・必要、なかったんじゃないか?」
「あ?」
感情を込めすぎて、うまく声が出せなかったようで、シドが聞き返してくる。
オレは、自分やグシャンへのいら立ちしか見えないその顔へ吐き出すように、もう一度叫ぶ。
「グシャンをツブしたいんだったら、戦争を起こす必要はなかったんじゃないのか、って言ったんだよ!!あんたのせいで、どんだけの人間が死んだと思っている!?」
アトネスを急襲し全滅し、異郷の地に埋葬された、名も知れぬメドゥ軍兵士たち。
ナカラ陥落後のキオス砦跡で、初戦時に戦死した部下を弔う、メスタ将軍とパサラ姐さんの背中。
そして、アイギーン会戦で戦死したアトネス兵を出迎え、泣き崩れる遺族たち。
この数日で目にしたそれらの光景は、オレの精神をざっくりと抉る傷となっている。
だが、シドには、オレのこの気持ち悪さは伝わらなかった。
「おいおい、何をそんなにムキになってんだ?RPGでNPCがバタバタ死ぬのは当たり前だろう?」
あきれた様子で、シドはそう言った。
「・・・ジェイル、お前は感情移入しすぎなんだよ。俺たちがプレイしているクエストは、『革命』だ。フランス革命にロシア革命、革命は戦争や流血が付き物だって知識は、お前にも当然備わっているよな?」
「でも・・・」
「まぁ、グシャンを倒すのが目的だったから、俺もアトネスに被害を出そうとは思っていなかった。だからアレスの能力でメドゥ軍にデパフかけて、お前らが勝てるようにアシストしたんだ」
「・・・シド」
「”Mr.アラバマ”な。というか、お前だってFFOで散々殺しまくっただろう。知ってんだぜ?チーターズ、そっち日本でいうグレープレイヤー狩りを最初にやったのはおまえだって。こっちに来てからも野盗を何度も討伐してんだろ?それと一緒・・・」
「一緒にすんじゃねぇ!!」
気づけばオレは、シドの左頬を殴り抜いていた。親指と小指以外の3本から、ポキリという音が聞こえる。
しかし、脱臼の痛みが脳に届く前に、オレは顔面から石畳に倒れた奴に馬乗りとなって、頭突きをくらわさんという勢いで掴み掛った。
「これはゲームじゃねぇんだよ!FFOとは違うんだよ、シド!立派な現実なんだ!ジェイルだのアラバマだの、キャラネームを名乗っちゃいるが、ここにいるのは正真正銘、
左手でシドのカウボーイハットをはぎ取りながら、私は右手で自分の髪留めも引きちぎる。
視界の左右から赤茶色の毛髪が、シドの顔へと降り注ぐように垂れ下がる。
「確かに”私”たちは、異世界に居て、こんなを格好している。でも私たちのやってる事は、まぎれもない現実の出来事なんだよ。この世界の人間たちは、本当に生きているんだよ。軽々しく、NPCみたいに扱っちゃいけないんだよ!・・・わかっているのか、しどn(パァン)・・・?」
心から湧き上がる叫びを、私は最後までシドにぶつけられなかった。
乾いた破裂音と、それに続くわき腹の焼けつくような痛みに、遮られたのだ。
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