第35話 アトネス防衛戦 地
パラト暦 215年5月15日 日没直前
都市アトネス3等地区 東側防壁
アンドロス山脈での空中戦から数時間後。オレとナイルはアトネスへ帰投し、戦闘の様子をレオネイオスに報告した。
結局、3隻全てを撃沈できたものの、空中で完全に破壊できた明けではなく、最後に沈めた3隻目に至っては、操舵していた魔法使いの粘りにより、甲板部分が原型を留めた状態で着地させてしまった。
<索敵>スキルによると、合計で数百人のメドゥ兵が生き残り、部隊を再編したうえで、再度アトネスを目指している。
爆薬を使い切っていたオレ達は手が出せず、仕方なくその場を離脱。カリストス砦を経由し、できる限りの兵をアトネスへ集める事しかできなかった。
次々に人員と物資が集まる中、オレはレオネイオスに呼ばれ、南側の城壁に上った。
「日没前だが、門を閉めた。メドゥの部隊がアンドロス山脈から来るのなら、そろそろだからな」
城壁の各所には、魔導ギルドのメンバーが見張り役として配置されている。彼らの魔道具による索敵は、オレのスキルよりも有効範囲が高い。
だがその分、使用者への負担も大きいらしく、今のようないつ来るかわからない敵を警戒するというのは、本来の用法ではないという。
また、アンドロス山脈はアトネスから見て南東の方角に位置しており、そこからメドゥ軍が攻めてくるルートは、南門と東門の2通りか予想され、それも守備に当たる兵たちにとって、負担となっている。
「・・・申し訳ない。山脈の東側に落せていたら」
そう悔やむオレに、レオネイオスは珍しく、励ましの声をかけてくる。
「いや、空を飛ぶなどという奇天烈な船で来られるよりは、遥かに良い状況だ。むしろ感謝の言葉を送らせてほしい、ジェイル」
「・・・?何か、変なモノでも食べました?」
いつもは、猛った獅子のような形相でこちらを威圧し、時にはねちねちと小言を言ってくるのに、空中戦から戻ってからは、それがない。
「お前は俺をなんだと・・・まぁいい」
一瞬、いつもの獅子の風貌を覗かせたレオネイオスだが、すぐにそれをひっこめると、暗闇が広がる東の空を見つめながら、語りだす。
「・・・俺はな、ジェイル。<グルゥクス>という存在を胡散臭いと思っていた。1年前、最初に現れた3人は、世界を変えると大口を叩いておきながら、失敗した」
Mr.アラバマ、クイーン・アバディーン、
「アビィはまだ良かった。剣の腕も確かで、騎士とはかくあるべきという女性だった。
オーレアンの街を、異常発生した飛竜から守るために命を落としたと聞いた時は、珍しく泣いたよ」
厳密には死んでないけどね、という突込みを呑み込んで、オレは耳を傾け続ける。
「だがあとの2人は、神の遣いとは程遠い俗物だった。ラオとか言ったあの小僧は、違法な賭博で散財した挙句に失踪。そしてアラバマも、2人が去ってからは最初の気概はどこへやら。一国の特使の座に就いた後、正体の掴めぬ
「・・・・」
悪友の尋常でないけなされっぷりに、オレは苦笑いを浮かべるしかない。
「パラスの『洗礼』に立ち会った故、お前たちが2大神に遣わされた存在だという点は疑わない。だが、本当に世界を変える力があるのか、女神が見誤ったのではないか・・・この半年、信仰が揺らいでいた。
だが、それをお前は正してくれた」
「・・・オレが?」
「最初の『下水道』、実はアラバマ達からも打診があったのだ。当時、既に人力での浄化に限界が来ていてな。だが3人は、水が貴重だからと我々が渋ると、そこで話を断ち切った。水筒を例えに用いて、ああも食い下がったのはお前だけだったんだ」
そうだったのか、とオレは自分の記憶を振り返る。
言われてみれば、おなじFFOプレイヤーであるアラバマ達が、アトネスの課題に気づかぬはずがない。
「お前は以前の<グルゥクス>と違い、心から我々の世界を変えようとしているように思える。故に、姫様に盛られた毒に気づき、盗賊ギルドと縁を結び、此度の戦争でアトネスが蹂躙されるのを防ぐ事ができた。お前は、誰よりも<グルゥクス>に相応しい人間だ」
まさか毛嫌いされていると思っていた相手から、こんな高評価をもらうとは、予想すらしていなかった。
それでもって、励ましの言葉のはずなのに、オレにとっては、これまでで一番重いプレッシャーになっているのですが・・・。
度重なるストレスで胃潰瘍寸前な胃に手をやると、それを見たレオネイオスが笑う。
「まぁ、そんなお前でも、経験が不足しているという欠点を持っているがな。これは場数を踏む以外に改善策はない故、俺から助言できることは、『とにかく突き進め』だ」
「さらなる胃への一撃、ありがとうございます。レオネイオス団長殿」
「レオンで良い。いやはや、この場でそれほど緊張するというのも、良い経験だぞ。俺はもうそんな痛みとは無縁になってしまってなぁ」
皮肉たっぷりに返すが、獅子団長殿はさらりとそれを流した。
この野郎、遊んでやがる。と、レオンをにらみつけていると、伝令役の兵士が城壁の上をこちらへ駆けてくるのが見えた。
「魔導ギルドより報告。敵勢600、東側に接近!」
それを聴いたレオンは、肩にかけていた弓を構えながら呟く。
「さて、無駄話はここまでだな。どんな策を用意しているのかわからぬが、存分に暴れろ<グルゥクス>ジェイル!」
だからストレスを増やすなと・・・。
「ああもう、やってやるよ畜生!」
一言叫んでから、オレはジェイルのシンボルである陣羽織を翻し、レオンや他の兵を追って城壁を東へ駆けた。
日没から少し後
東側城壁
「敵の主な装備は弓と剣、素早さに重きを置いた兵が半数以上!ただし、中には重装鎧と大舘を持った連中もいる!城壁に取り付かれない様に注意!!」
東側に着いたオレは、全員に聞こえる声で叫ぶ。事前に伝えてあった情報の復唱だが、直前での再確認というのは、いかなる状況でも重要だ。
するとレオンが、自らも先端に油脂を固めた矢を構えながら、兵たちに叫ぶ。
「火矢を用意しろ!日が沈んですぐだ、城壁の外で火を起こせば、敵の目をくらませられる!」
「ま、待って待って!射かけるなら城壁から30メ・・じゃなかった10
命令が実行される前に、オレは慌てて注意事項を伝える。
「・・・?まあいい。<グルゥクス>から補足、火矢は城壁より10y以上の場所に放て!森の手前だ」
「「「「了解!!」」」」
レオンは理由を問うことなく、部下に命じてくれた。
そして、足元に置かれた火種で着火された矢が、一斉に夜の闇へと放たれる。
トトトト・・ボゥ!
城壁の外側に広がる耕された平地、そのさらに35y(約100m)先の森との境目が、
すると、それにあぶり出されるように、アトネスの物ではない鎧姿の兵士が姿を表す。
四半日かけてたどり着いたメドゥ軍の兵士たちは、獣のような眼でシミターを抜き放ち、森との境に整列する。
合図1つで、直ちに突撃してくる構えだ。
「弓兵、構え!」
対するアトネス側も、レオンの命令を待つのみ。
城壁の内と外で、ピリピリと緊張が高まる。
そして・・・
ビィンビィンビィン!!
メドゥ側から開幕を告げる矢の雨が放たれた。
「防御ぉぉ!」
通路の欄干に次々と盾が掲げられ、アトネス兵はその後ろに隠れる。
オレもレオンの盾の中に、カンカンという金属音が止むまで身を潜めた。
「ごぅ!?」
「がぁ!衛生兵!」
「今は無理だ、少し辛抱してくれ!」
全員が身を守れたわけではなく、周囲で悲鳴が上がる。
鉄の雨は10秒ほどで止み、オレたちはすぐさま反撃の矢をつがえて壁の向こう側を見やる。
すると、敵兵の波がすでに平地の半分ほどを占め、ゆっくりながら確実に城壁へ迫っていた。
「各自、攻撃はじめ!城壁に取り付かれたら終わりぞ!」
「撃てぇ、撃てぇ、撃てぇ!」
レオンや小隊長たちの号令によりアトネス軍の反撃が始まる。オレも躊躇うことなく、手当たり次第に敵を狙撃した。
墜落による負傷とここまでの行軍による疲労の為か、足並みが遅いメドゥ兵は射手にとって的でしかなく、次々に倒されていく。
しかし、その頂点にいるグシャンの執念が乗り移っているのか、彼らの足は止まらない。
更に、森の中と前進してくる部隊の双方から、再び矢が放たれ始め、迎撃のペースが落ちる。
「ええい、キリがない。奴らは死霊の群れかなにかか?」
盾だけでなく県も振るって矢を防いでいるレオンが、苛立たしげに吠える。
その隣で、撃ち尽くした矢筒を捨て、周囲に落ちている矢が使えないか探しながら、オレは考える。
「奴らも人間だ。おそらく<空飛ぶ船>で直接街に乗りこむ算段だったはずで。それが失敗して相当参っているはず」
もう一度、連中の精神を粉砕することが出来れば・・・。
「・・・そろそろ“使い時”か?」
「なに?」
オレの呟きに、レオンが問い返してきたその時、突然敵からの矢の雨が止む。
そして代わりに、ボゥッという太い音が響いていることに気付く。
「・・・角笛?」
吹奏楽器のようなその音の出どころを探っていると、アトネス兵の一人が叫ぶ。
「敵軍第一波、後退していきます!」
見ると、城壁まで7y(20m)まで迫っていたメドゥ兵の波が、一転して引いていた。
「・・・なんだ?」
アトネス、メドゥ双方とも攻撃が止まり、不気味な静けさが訪れる。
すると・・・
「伝令!第一波の後方より、重装兵多数!!」
「!?」
身をひそめながら敵を窺った兵士が叫び、城壁の上に、より一層の緊張が走る。
だが、オレの心中は彼らとは逆に、何かが吹っ切れたように
(後に思い返してみたが、この時のオレは度重なる緊張で精神が錯乱していたとしか思えない)
本来予定していた装備と人員の多くを失ったメドゥ軍にとって、重装歩兵は貴重な切り札。それを出してきたというのは、敵にはもう後がないという事。これを防げば、こちらの勝利だ。
そんな考えが頭の中を占領し、いつの間にかオレは、眼科の敵を見据えながらほくそ笑んでいた。
そして、手近な兵士に短く
「火矢を持っている兵は、オレの合図で8y(約25m)の辺りを燃やせ、と伝えて」
「・・・は?」
「それで敵を一網打尽にできる。早く伝達!」
「・・はっ、はい!」
伝令を受け取った兵士は、身を屈めた姿勢で通路を駆け、射手たちに伝えていく。
「・・・何をする気だ?」
怪訝そうに問うレオンに、オレは心底楽し気に返す。
「<グルゥクス>の、神の御業を見せてやる」
同時刻 メドゥ軍側
メドゥ軍の大尉ユラン・タウにとって、今回の戦争は不幸の連続でしかなかった。
信仰心が薄いメドゥ人としては珍しくパラス教を信奉している、それだけの平凡な軍人として帝国の首都ナカラの警備に就いていた彼の人生は、グシャンのクーデターで一変。訳も分からぬまま、気づけば所属する部隊ごと、グシャン派の兵とされていた。
その上、命じられた作戦は、新兵器による空からのアトネス奇襲。戦の作法に反するだけでなく、人間を空を飛んで運ぶという前代未聞な計画に、ユランは反対した。
だが、彼以外の将兵は皆、まるで何かにとりつかれたように、戦に狂いグシャンの言葉に従った。
「・・・こんなことで、うまくいくのか」
そんな不安を抱きながら、新兵器<エニューオー>に乗り込んだユランだったが、彼の予感は的中した。 アトネス軍を首都から引き離したうえで侵入し、陸路では最大の難所であった山脈をやすやすと超えられるという時に、モンスターの襲撃を受けたのだ。
背中に人間の上半身が生えたようなグリフォンが現れ、迎撃しようとしたその時、突然船が爆発した。
空には自分たち以外は何も存在しないと考えていた為、弓以外の対抗手段はなく、船は瞬く間に地上へ沈められた。
魔法使いの命を賭した働きで、3隻合計で600人ほどの生存者がいたものの、一番階級が高いのは自分だけという状況だった。
一兵卒としてしか戦闘の経験がない名ばかり大尉なユランに、大部隊の指揮などできるはずなく、アトネスへの攻撃も他の兵が成すがままとした。
「女神パラスよ、アトネーよ、我を救いたまえ」
折れた左腕を庇いながら、重装歩兵たちが突き進む先の城壁へ向かって祈るユアン。
そんな彼の願いが聞き届けられたのか、
しかしユランの眼に飛び込んできたその姿は、<エニューオー>を沈めたモンスターだった。
「あ、あれは・・・アンドロソスの!?」
化け物でも見るようにおびえるユランを無視して、メドゥ軍兵士は進撃し続ける。
その先陣が、彼の潜む森と城壁の中間に差し掛かったとき、城壁から複数の火矢が放たれた。
しかしそれは、メドゥ兵のはるか先、城壁から8y(約25m)に落ち、あたりの雑草を燃やした。
―アッハハハハ・・・
まったく効果のない行動を、狂戦士たちは
しかし・・・
「大地よ!その怒りを
全身が炎に包まれた漆黒の人影が、城壁の上で叫んだ瞬間、メドゥ軍が駆ける大地が弾けた。
ドドドドドドdddd・・・・
地下から炎が噴き出し、その場にいた兵士が、次の瞬間には地面に呑まれる。そんな現象が津波のようにこちらへ押し寄せ、メドゥ軍にトドメをさす。
「ぐぉあああ、足がぁ俺の足がぁ」
「うごけねぇ・・・からだがぁ、うあぁ」
瀕死な兵士たちの悲鳴と異様な臭いがユランのもとに届くと、彼は驚きと恐れの混じった声を、か細く紡ぐ。
「ば、ばかな!あやつは、魔物か!?」
目の前で冥府の門が開いたような惨状に打ちひしがれていると、城壁の方からこちらに呼びかける声が聞こえた。
「あー、メドゥ帝国軍の兵士達に告ぐ!
直ちに武器を捨て投降するなら、命はとらない。
しかし!まだ歯向かうようなら、もう一発、大地の怒りを発動させる!!」
それを証明するように、耕された地面から、もう一度炎が吹き出した。
完全に心折られたユランの返答は、素早かった。
「こ、く・・・降伏だ!全員武器を捨てろ!命令だ!これは命令!アトネス軍に降伏するぅ!!」
ユランの指揮官としての最初で最後の職務が果たされる。城壁の上の人影は、いつの間にか姿を消していた。
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