置き土産

キオス砦側


『敵騎馬隊の先頭、『騎馬落とし』に引っかかりました』


 砦内部の指揮所に入っていたメスタは、伝声管から響く報告を聴き、にやりと顔を歪める。


「点火しろ」

「はっ」


 短いやり取りの直後、ごぅっという低く“くぐもった”音が、指揮所内に響き渡る。 


「馬鹿ですねェ、敵さん。斥候放っておけば、ウチらが備えていることぐらい、すぐに解ったでしょうに」

「内乱起してすぐに他国へ侵攻してくる上に、長く戦えない日没前に仕掛けてくるようなやからだからな。グシャンとやら、長丁場ながちょうばに慣れてないと見た。

 ・・・まぁオレ達も、準備が出来たのはコレを予見した<グルゥクス>のおかげだがな」

 

 副官の女性にそう返すと、メスタは窓の向こうの平原に炎のカーテンが引かれていく様子を睨む。

 数日前、アトネスからメドゥ軍の奇襲に関して警告を受けた彼は、その日のうちに砦内部から帝国側の平野部へL字型の堀を敷設し、油をまいた上で木材と土の蓋で隠ぺいしておいたのである。 

 狙い通り、最も勢いのある第一陣を止める事は出来た。だが、メスタの表情に余裕はない。


「・・・200、いや150ぐらいか」


 黒煙の向こうに見えるメドゥの軍勢は、先ほどとほとんど変わらぬ姿をこちらにさらしている。

 突貫工事であった為、堀の範囲は狭く左右に迂回路が存在するのである。

 そして、後続のメドゥ歩兵部隊は、それに気づき、一直線だった陣形がY字に分かれて、進撃が再開される。

 『騎馬落とし』の策で削れた兵力は、3万6千の内の僅かでしかなかった。


「パサラ、アトネスへの伝令は、もう出たか?」

「裏の脱出口から、無事に出ましたよぉ。・・・3日ぐらいで、いいんじゃないでしょうかねェ」

「妥当だな。こんなアホみたいな戦いで死んで良いほど、オレ達は安くない」


 そして、キオス砦総大将は、伝声管に向かって吠える。


「野郎ども!俺たちの役目は、アトネスにいる軍本隊が出張ってくるまでの時間稼ぎだ!3日で良い。3日間だけ、メドゥ軍をこの砦に留めろ。その後はさっさとトンズラこけばいい。くれぐれも、名誉だの武功だの、一時の酒の肴にしかならんもんの為に命を張るなよ。そういうのはレオネイオス辺りに任せておけばいい。以上!!」


 言いたいことを言い終えたメスタは、指揮所内の卓上へ広げた地形図に目を落とし、おおよそ正規軍の将とは思えないような悪人風な笑みを浮かべる。


「さぁて、派手に“負けようぜ”」



2時間後 九ノ刻(午後6時)

 


 メスタの罠により初撃が失敗し、勢いを削がれたメドゥ軍は、それから日没まで一応の攻撃を続けた。

 だが、深さ1ヤー(3m)/幅2y(6m)の炎の堀を迂回させられた為、陣形は乱れ兵は混乱。さらに防壁に取り付こうとしても、上から熱湯や油、溶けた鉛が降りそそぎ、防壁の外周は地獄絵図と化した。

 これにより、メドゥ軍は砦への侵入を断念し、弓矢と投石による遠距離攻撃に変更。1刻2時間後、1200人ほどの死傷者を出し、この日の戦闘を終えた。

 対するキオス砦側の被害は、死者0人負傷者68人、物資の焼失及び建物の損壊多数。やはり数の暴力は凄まじく、特に投石攻撃では、指揮所が半壊し使用不能という、今後の行動に大きな支障を生む損害を被った。

 

 しかし、キオス兵たちの顔には疲労の色こそあれど、士気は未だに健在である。直径半y(1.5m)もある大岩の直撃から、無傷で生還した豪運の持ち主、メスタが居るからだ。

 彼は指揮所であった瓦礫の山に立ち、応急修理に追われる兵士たちに告げる。


「野郎ども、今日はよく耐えてくれた。砦はボロボロだが、どうせ捨てる場所だ。明日一日を乗り切れる程度に修理して、夜襲の警戒に当たれ。まあ、連中にそんな度胸があるとは思えんが」


 熱湯や鉛による迎撃であっさりと後退したままのメドゥ軍を揶揄した言葉に、兵たちから笑いが起こる。


 その後はメスタの予想通り、メドゥ軍の奇襲が無いまま夜は明け、それどころか、敵は翌日も投石による攻撃のみで、歩兵による突撃は無いまま、日没を迎えた。

 しかし砦側も、シェルターの半分以上が破壊され、防壁も全体にひび割れが入るダメージを負い、瓦礫が当たるなどして負傷者が増加。メスタの指示で夜陰に乗じて脱出した為、戦力は3千人ほどに減っていた。



5月12日 日没後

 

「こりゃ、明日の昼まで持たないな。闇ン中の作業になって悪いが、『置き土産』を準備しといてくれ」

「了解!」


 疲労の色濃い部下たちに詫びを告げながら、メスタは己が心中に巣食う違和感について考える。


「攻め方がぬるいな。もっとゴリ押しで来ると思ったが、メドゥの奴らも兵の損耗を嫌っているのか?」


 数百の投石器による攻撃は、確かに砦へ甚大な被害を出している。だが、此処をいち早く落とそうというのであれば、歩兵による直接攻撃が一番有効であり、メスタもそれを一番警戒していた。

 しかし、1日目の中途半端な進撃以降、乗り込んで来ようとする部隊は来なかった。


 兵力が劣るメスタ達が損耗を嫌うのは当然だが、本国からの増援を加え今や5万に届こうとしているメドゥ軍が、攻撃を躊躇ためらう理由が解らない。

  

 メスタの奇策を警戒しているという可能性もあるが、彼にはなぜか、今この時に防壁の向こうにいる敵軍が、あまりこの戦いに積極的でないように感じられた。


「だがグシャンは、アトネスを目の敵にしている。一日でも早く叩き潰そうとしているはずだが・・・」


 動機と実際の動きが食い違っている。そこに何があるのか・・・。


 開幕からして既に異常なこの戦争に、メスタは不穏な空気を感じ取った。



5月13日 午前


ドーーーン!


 開戦から3日目。夜明けと同時に仕掛けられた2度の投石攻撃で、東側防壁は崩落。それに続く騎馬隊の突撃でメドゥ軍の侵入を許したキオス砦は、乱戦状態となった。

 しかしメスタ隊は、あらかじ瓦礫がれき土嚢どのうでバリケードを各所に設置。それらを盾とした迎撃を行いつつ、砦西側からの脱出を始めていた。



キオス砦内 本番所ほんばんどころ


 本番所は、旅人の所持品や積み荷の検査を行う、現代でいう『税関』である。

 だが、本来検品の為に並べられていた机や道具の数々は、2つの出入り口と部屋の中央の3か所に障害物として固められており、そのうち東側を塞いでいた塊が、轟音と共に吹き飛ばされた。

 

「正面口のバリケード、突破されました!」


 配下の兵士が叫ぶと同時に、身体のあちこちに鉄条網によるひっかき傷をこさえた敵の一団がなだれ込んできた。


「槍使え、槍!向こうは剣だ、距離稼げ、距離!」


 メスタは最後尾の部隊に混ざり、自らもトライデント三叉槍を突き出しながら、中央にこしらえた三日月上のバリケードで、撤退の時間を稼いでいた。

 

「パサラへ連絡!!第3陣はどうか!?」


 バリケードの内側へ転がり込んだ敵兵を仕留めながら、メスタは後ろの伝令へ尋ねる。

 槍が折れた兵へ新品を手渡してた兵士は、手近の伝声管へ飛びついた。

  

「アネゴ、本番所がヤバいです!そちらの状況を教えてください!」

『全員、北の塔から撤退完了しましたよぉ。今は第4陣の先頭が西門から出て行くところですぅ。そこは捨てても大丈夫ですよぉ』

「了解!・・・西門は、既に第4陣が脱出を開始!我々も後退しましょう」


 脱出口の防衛を指揮している副官の声が返ってくると、伝令役は斧で伝声管を叩き壊した。

 敵にこちらの情報を聴かれないようにする為の措置である。


「よし!野郎ども、こっからトンズラだ!1、2の3で一斉刺突しとつ!1、2、3、突けぇ!」 



 メスタの合図ですべての槍が一度引込められ、敵兵の波がバリケードに押し寄せる。

 そこへ、今度は逆に数十の鋭い刃が同時に突き出され、人間の皮膚を切り裂きながら押し返す。


「ごふぁ・・・かぁ!?」

「ぎゃぁ、めがぁ!?・・めぇ・・・!!」

「まずい、いったん下がれ、下がれぇ!」

 

 喉や顔面に致命傷を負った仲間を抱え、メドゥ兵達は退く。

 その隙にメスタ達もバリケードを放棄し、建物を脱出。パサラ達の待つ西門へと移動した。



キオス砦 西側の端。


 平時はアイギーン平野を横断してきた旅人達を出迎え、又は送り出してきた石造りの門には現在、血と汗と粉じんにまみれたアトネス兵たちが、砦中から集まっていた。

 その数、およそ2400。殿しんがりを務めて居るメスタ他50人を除き、キオス砦の生存者全員が揃っている。

 

 彼らが続々と出て行く様子を、パサラは弓を片手に見張り台から見下ろしつつ、いつも通りの“のんびり”口調で指示を飛ばしていた。


「元気な人は、なるべく武器や防具を捨てないようにぃ!負傷者の馬車はこれが最後、大将の組が戻ってきたら出発ですぅ。・・・乗っていいのはアトネス人だけ!メドゥの蟲どもはお断りだ!」


 ビィーーン、シュtttt!


 だが突然ドスの利いた声を上げ、番えていた5本の矢を放つ。

 すると、兵舎の屋根からこちらへ来ようとしていたメドゥ兵4人が転げ落ち、かろうじて矢が外れた1人が、慌てて向こう側へと引っ込んだ。


「ちっ、1人逃しちまった」

「4人ヤれれば十分だろうが。この猫かぶり!」


 そうツッコむ声が聞こえたのでそちらへ目をやると、己の本性を知る数少ない人物が笑ってこちらを見上げていた。


「大将ぅ!そちらで最後ですかぁ?怪我人は?」

「一人だけ、膝に矢を食らった奴がいる。馬車はそいつを乗せたら出発させろ!・・・何人残る?」


 防壁の階段を登り、パサラの隣へ来たメスタは、打って変わって重い口調で問うた。


「・・・北の守りについてた連中が誰も来なかった。他の所も3、4組ずつ。合計で645人だ。

 5万を相手に、アンタはよくやったよ」

「・・・、・・・そうか。さっさと終わらせて、迎えに戻ってこねぇとな」


 そう呟いた男の両こぶしは、爪が食い込み裂けた掌からの血で染まっていた。


 犠牲の無い戦争など存在しない。ソレを熟知しているメスタは、部下の死に対する悲しみではなく、その原因を作ったグシャンへの怒りを、胸中にたぎらせた。

 そしてその一部を、砦を制圧しつつあるメドゥ兵へとぶつける事で発散させようとしていた。


「よし、野郎ども!急いで砦から離れろ!敗走なんて滅多にできねェ経験だ!存分に走れ!」

「滅多どころか、一生で一度も味わいたくないですよぅ」


 ツッコみを入れ返したパサラを無視して、メスタは見張り台を降りる。

 そして西門から脱出する兵たちを庇うように、自分たちが逃げてきた道を向いて、傍に転がっていた剣と松明を拾う。


 そして配下の兵士全員が脱出したのを確認すると、残されていた馬へパサラと共に騎乗した。


 その直後、メドゥ軍の小隊が西門へと到達する。


「いたぞ!大将のメスタだ。横の女共々討取れ!」

「手柄よりも、自分の身の心配をしろよ!・・・それ!」


 メスタは馬上より、手に持った松明を投げた。

 するとそれは、水面が虹色に煌めく排水溝へと落ち、砦の各所に仕込まれた爆薬をゴールとする、炎のリレーが始まる。


 メドゥ兵たちは溝を遡っていく炎をポカンと見つめ、その間にメスタ達2人は、門の外へと飛び出していた。


 十数秒後、勝鬨かちどきをあげようとした5万人の兵士を巻き込んで、キオス砦は爆砕した。


 その地響きは、遠くアイギーン平野を往きながら、脱出した兵士を回収していたアトネス軍本隊まで届いたとも言われ、砦の残骸は数百yも飛散した。


 アトネス軍約700人、グシャン・メドゥ軍2万4000人の死者を出したこの戦いが、パルターナンの常識を、幾度となく覆す戦争の始まりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る