第32話 グシャン事変

パラト暦 215年 5月6日 夜

アトネス パルディオナ城 謁見の間


 イリアスの報告を受けてすぐ、オレ達は城へと最短距離でつけた。元の姿になったナイルが、3人の人間を背中に乗せながらも、軽々と夜空を舞って見せてくれたのだ。

 まぁ、離陸時に風圧で何人か吹き飛ばしたり、着陸時に城の中庭にクレーターを“こさえたり”したのは、ご愛嬌として見逃そう。

 今はそれどころではないのだから・・・。


 通い慣れた通路を駆け抜け、扉が開いたままの謁見の間へと入ると、そこにはグシャンと最初に対峙した時の状況が再現されていた。


 一番奥、数段上がった玉座にはアトネス王と王妃様、姫さん、団長殿と、いつものセット。

 その正面、段差の一番下では、グリアムさんにキルカー御大おんたいといった、各ギルドマスターが左右に分かれて、遅参したオレ達へと視線を向けている。


「ずいぶん早かったな、3等地区に居たんだろ?オレの弟より早く来られるなんて、空でも飛んだか?」


 そう率直に驚きを見せたのは、鍛冶ギルド長エリック。彼の弟ニオスは、3等地区の商工会長である。

 

 言われると確かに、あの時と異なり一人分の空白があった。

 だがオレが真っ先に気付いたのは、スタン給仕長に代わり、被服長であるクルトの姿があった事だ。


 しかもオネェなマッチョマンは、あの時の違和感バリバリなメイド服ではなく、筋肉が浮き出た黒尽くめの全身スーツ姿だった。

 それを見たオレの脳裏に、1ヶ月前に彼に仕立ててもらった際の言葉が蘇る。


「・・・なるほど、<庭師>ってそういう事ですか」

「あら、流石は<グルゥクス>ね。それとも、どこかで私のご同業と会った事が?」

「面識はありませんが、オレの故郷にも昔、<御庭番衆>という似たような役職が存在したので。あと、それに由来する称号を持っています」


 FFOにおけるオレの職<オニワバン>。その由来となったのが、江戸時代の隠密組織『御庭番衆』だ。

 史実では、8代将軍吉宗が地元紀州から連れてきた情報収集兼監査官として、フィクションでは、暴れん坊なマツケンと一緒に悪党を叩き斬る有能な忍者として、それぞれ有名である。


「あらら、やっぱり勧誘しとくべきだったかしら?・・・と、こんな話をしてる暇はないわね。改めて自己紹介をするけど、これは他言しないで。パルディオナ城極秘諜報係<庭師>師長のクルトよ」


 エレフシナ口調のダッキ並みにねっとりとした声で、クルト庭師長は告げた。


「・・・メドゥの宣戦布告も、情報源はあなたですか?」

「正確には、先月の一件以降グシャンに張り付かせていた部下だけどね?だから公式には、メドゥはアトネスへは“まだ”宣戦布告をしていないの。おそらく3日か5日ほど後に、布告状を持った特使が来るわ」


 それでも、前もって知っているか、いないかでは、その後の動きに大きな差が出る。

 例えば、こうして街の重鎮たちを集めての作戦会議など・・・。

 


 オレ達が来た5分ほど後、最後の1人であるニオスが到着し、アトネス王が口を開いた。


「皆の者、夜分遅くの急な呼び出しにもかかわらず、よく集まってくれた。こうして見ると、あの聖堂での夜が思い起こされるな。だがこれは、ワシの単なる懐古では、決してない。事実、あの夜の続きである為だ!」


 もとより皆の真剣な表情で引き締まっていた場の空気が、王の言葉でさらに締め付けられた様に感じた。


「クルト、皆に詳細の説明を」

「はい、陛下」


 指名されたクルト師長は、一変して見た目相応な野太い声で、普通の口調で説明を始める。


「・・・事の発端は皆さまがご存知の、イルマ姫がグシャン元皇太子に毒を盛られた事件。アレで皇族としての地位をはく奪されたグシャンは、辺境の領地で軟禁されていました。ところが2日前、の地で大規模な武装蜂起があり、グシャンは負傷。放逐しても息子の事が可愛かったのか、メドゥ皇帝は彼を宮殿へと呼び戻しました。

 しかし、それは全て彼の策謀で、武装蜂起も彼が集めた傭兵集団でした。ついでに解った事ですが、その一部がアトネスへ流れてきた野盗の正体でした。銃も魔導具も、グシャンの息のかかった者が横流ししたと判明しています。

 その後、怪我をしたフリで宮殿へ入ったグシャンは本日未明、就寝中の皇帝を殺害。第一皇太子も刺客により負傷し、今は宮殿地下に幽閉されている模様です。グシャンは夜が明けると同時にメドゥ軍の半数以上を掌握。手際の良さから、事前に将軍級も味方に引き入れていたと思われます。

 反グシャン派は帝都ナカラを脱出し、現在帝国内で身を隠しておりますが、反撃には時間が掛かるでしょう。

 最後の仕上げとして、グシャンは国民に対し、

『自分はアトネスと、それに悪しき知恵を与えた偽<グルゥクス>の策謀に嵌められた。アトネスの傀儡となった現皇帝を倒し、メドゥの自立を守るべく、アトネスへ反撃する』

 という声明を発表。・・・以上が、部下の持ち帰った情報です」


 事態はかなり深刻だった。特に現皇帝の死によって、この件は泥沼化するだろう。の御仁が生きていたなら、アトネス・メドゥ両国が連合し、鎮圧する事が出来た。

 しかしグシャンが帝国を乗っ取った現状では、こちらは単独で相手をしなければならない。

 

「ありがとう、クルト。ギルド長の諸君。聴いての通り、メドゥ帝国は元皇太子グシャンに占領された。正式な宣戦布告文はまだ届いていないが、ヤツは混乱を治め次第、この国に侵攻するだろう。アトネスも現時点を持って、非常事態を宣言する」


 アトネス王の言葉で、謁見の間に改めて緊張が走る。


「諸君らにはギルドを通じ、職人や商人、民間人の退避に当たってもらいたい。

 特に冒険者ギルドと聖堂には、中立的立場での避難民護衛、傷病者保護をお頼みする」  


 各ギルド長はこれを承認し、グリアムと大司教様がそれぞれ付け加える。


「ただし国王陛下。アトネス出身者を除く冒険者は、徴兵の対象外とする事をもう一度確認させてもらう。また、アトネスが戦場と化した場合、ギルド集会所は攻撃を受けぬ限り、双方どちらにも加担しない」

「聖堂も同じく。逃げ込んできた者は所属に関係なく受け入れますが、必ず武装を放棄した状態で入るよう、徹底していただきます」


 その他、各ギルドの立ち位置についての確認が行われる中、オレはその輪から外れ、苦悶の表情を浮かべていた。 

  

「・・・嫌~な予感がするなぁ」


 込み上げてくる不快感で痛む胃を押さえながら、オレは呟く。それに気づいたダッキが、心配そうにこちらを見上げる。


「ジェイル、大丈夫?予感って何?」

「グシャンの声明、最後の部分さぁ、本当に宣戦布告してくるのかな?」


 するとそれを聴き付けた団長殿が、こちらに疑わしげな視線を向ける。


「何を今更。これまでの経緯を見れば、ヤツがアトネスを逆恨みする理由は十分にある。現に、ヤツはメドゥ軍を掌握しているではないか」

「ジェイル様は、何かお気づきになったのですか?」


 姫さんも問いかけてくるが、こちらは疑念よりも不安の色が濃い。アトネス王や王妃様も同じだ。


 皆の視線が集中する中、オレは胸に抱く不快感の正体を、皆に打ち明けた。


「グシャンが軍を率いてアトネスを攻める事には、異議はありません。ただ、、という事が気になりまして」


 しかし皆、オレの考える不安が理解できない様子だ。


「それはないだろう。いかなる外道でも皇族として育った者ならば、宣戦布告をするぐらいの礼儀は叩き込まれているはず」

「レオンの言うとおりですわ、ジェイル様。パルターナンの歴史上、宣戦布告無しに他国へ攻め入るなどという表現しがたき愚行は、いかなる暴君も行っておりません」


 カルチャーショックという言葉は、こういう時にも使えるのだろうか?


 まぁ、中世の世界観なのだから、“まだ”そう言った儀礼が守られているのだろう。 


「・・・こちらの世界では、これまでそうだったのでしょうが。オレは、その前例を知っているんですよ。ほかならぬ、オレの祖国がやったんですから」


 中学生以上の日本人なら誰もが知っている負の歴史、第二次世界大戦の話だ。

 一般的に『日中戦争』と呼ばれる日本と中国との戦いは、当時の定義だと、厳密には『戦争』とは言えない、当時の呼称でいう『事変』という状態だった。

 『戦争』と呼ぶには、宣戦布告が必要だった。が、それだと「戦争当事国には物資を輸出してはいけない」という国際法が発動してしまう為、輸入無しでは戦えなかった日中両国は双方とも、宣戦布告を行わなかった。


 しかし、日本が頼りにしていたアメリカにはその屁理屈は通じず、結局輸出を止められた。

 それが日米開戦へとつながってしまったのだが、そこから先は今は関係のない話である。


「ゲスな方向には頭が回るグシャンなら、同じような屁理屈で、布告無しの侵攻を仕掛けるでしょう。ではないのだから、戦場でのルールなんてガン無視。やりたい放題する可能性があります。あくまでも、最悪な予想が的中した場合の話ですが、それを念頭に備えるぐらいはした方がいいです」


 オレはそう説得するが、団長殿は未だ半信半疑な様子。しかしアトネス王は熟考の末、オレの案に乗ってくれた。


「いずれにしても、アトネスの防備を固めるのは必要な事。そしてそれは、やりすぎという事も無かろう」

「陛下?」


 振り返ったレオネイオスに頷き返すと、アトネス王は玉座から立ち上がり、声高々に告げた。


「メドゥ帝国からの宣戦布告はないが、クルトの報告により、敵意を向けている事は明らかである。よって、先ほど取り決めた計画を前倒しし、明日より開始する。各ギルド長には、猶予期間が無い事で苦労を掛けさせるが、よろしく頼む」


 それに対し、各ギルド長達は少し間があったものの、全員が承諾の意を伝え、今回の緊急会合は終了した。



暫く後


「そこの新米2人、少し話がある」


 話し合いが終わり、他のギルド長が城を辞する中、マスター・グリアムただ一人がその列から外れ、オレとダッキを呼び止めた。


「(・・・やっぱりまずかったか)」


 先ほど謁見の間でやらかした件だと察したオレは、無言でうなずき、踵を返した彼の後に続いた。


 3人が移動した先は、人気ひとけの無い中庭。つぼみが出来始めたオリーブの木々が、月明かりに照らされている。


 庭の中央まで先導したグリアムは、オレ達の方を振り向き、唐突に問い詰めてくる。


「ギルド入会時に教えた二つの鉄則、覚えているよな?」

「・・・ええ。『自由』と『尊命』の原則ですよね?そしてオレはさっき、『自由』の原則に触れた、ですか?」


『ギルドはいかなる国家からも、その活動に制約を受けない。逆にギルドも、国家のいかなる施策にも干渉しない』


 オレはアトネス王へ、グシャンによる布告なき侵攻への備えを求めた。立派な干渉である。


「・・・解っているなら、今回は『警告』で許してやる。だがな、オレ達<冒険者>が自由に行動できる理由を、絶対に忘れるんじゃないぞ」

「・・・はい」


 本物の熊を相手にしたような恐怖感に耐えながら、オレ達は肯く。


 すべての国へ自由に出入りできる冒険者は、見方を変えれば諜報活動に最も適した職種だ。

 普通なら、そんな存在を認める国家は無い。ギルド側から不干渉を徹底する見返りに、どうにか自由な行動を許可されている。そう言う構図なのだ。

 さっきのオレの言動は、下手をすればアトネスにおける冒険者の立場が悪くなるものだった。警告で済んだのは、本当に運の良い事だった。


 オレがそう自省していると、今度は逆に、励ましの声が掛けられた。


「まぁ、<冒険者>の肩書ってのは、あくまで副次的なモノだがな。さっきの会議で聴いたと思うが、戦争に成ればアトネス出身の者は冒険者であっても徴兵の対象となり、選挙でも冒険者だから投票できないなんて縛りはない。

 先の野盗討伐だってそうだ。国の危機を察知して意見具申するのが冒険者には許されないってなら、アーノルドやリートもクビにせねばならん。だからお前も、<グルゥクス>ジェイルとしてなら、革命でも何でもやればいい。

 ただ今回のように、立場が不明確な状態での言動はするな。ここへ呼ばれた時も、『発言は<グルゥクス>としての物』と言えば、『警告』は与えなかった」


 あれ?てことはオレ、答えの選択肢を間違えたのか。

 例えるなら、シナリオの分岐点で『反省する』以外に、隠しコマンドで『開き直る』が有った訳だ。

 まぁ、気持ちを引き締められたから、この選択肢でも結果は良かったのだが・・・。

 1人で悶々としているオレを余所に、ギルド長はオリーブの木に背を向ける。


「話は以上だ。・・・お前の・・、・・・・・だ」


 最後の方がよく聞き取れず、オレは尋ね返す。


「はい?」

「なんでもない。明日からしばらく依頼が減少するから、蓄えには気を付けろよ。最近大口の仕事をこなしてるからって油断していると、すぐに底をつくぞ」


 そう誤魔化す言葉を残して、グリアムは去って行った。


「『お前の予測、俺も同意見だ』だって。きっと、グシャンの事ね」


 ダッキは聞き取れていたらしく、耳打ちで教えてくれた。

 観察眼に優れたギルマスまでもが、グシャンが先振れ無く攻めると踏んでいる。

 これでオレのイヤな予感は、現実味がより濃くなった。

 だとすれば、オレのすべき事は・・・、


「ダッキ、先にナイルと宿へ戻ってくれ。オレはちょっと行くところが出来た」

「へ、どうしたの急に・・・?ちょっと!ジェイルー!?」


 ダッキの声を背中に受けながらも、オレはそれに答えず、夜のアトネスの街を、東へ向かって駆け抜けて行った。



 翌日、アトネス王より非常事態が宣言され、街の空気は一変した。

 日を追うごとに、他国からの行商人が姿を消し、地元の商店でも並ぶ品物の数が減った。

 街を行き交っていた人々は、その多くが外出を控え、大通りは野良猫が真ん中で昼寝をしているほど閑散とした状態となった。

 

 冒険者ギルドでは、メドゥ帝国方面へ行く必要のあった依頼は全てギルド長権限でキャンセルされ、、掲示板から事務所の金庫へと移された。

 魔導ギルドでは、広域索敵魔法が3交代制で24時間フル稼働し、鍛冶ギルドと合同で、アトネス兵士の武具や防具を魔導具へ加工する作業が行われた。

 商工ギルドでは、アトネスに存在する同種の商店間で会合が行われ、価格の統一と在庫の共有が取り決められた。

 アトネー/パラス両宗教の聖堂では、より優秀な技能を持つ聖魔法使い達が選抜され、元の世界でいう赤十字のようなチームが結成された。


 このように、着々とグシャンの侵攻に備える一方で、アトネス王は戦争をどうにか回避すべく、<庭師>を使い帝国内部の調査や、周辺国を仲介しての交渉を試みた。

 ・・・残念ながら、それは水泡に帰すことになる。


 時にパラト歴215年、5月11日。グシャン=メドゥ配下の部隊が国境を越え、アトネスの領土を侵犯したのである。

 パルターナンの歴史に、『グシャン事変』『ア=メ戦争』という二つの名で記される戦いが始まった。

 帝国側からアトネスへの正式な宣戦布告は、

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