ア=メ戦争 開戦前夜

第31話 冷たい戦争

パラト歴215年4月の末某日  正午

都市国家アトネス 南門


 カルナトス村で一泊したオレ達は、出発時の3倍の人数でアトネスに凱旋した。追加人員の内訳は<アマゾーン>の5人、捕縛した野盗5人に、野盗を連行する衛兵隊が10人。

 すれ違った隊商が「何事か?」と道の端に寄って身構えるほどの大所帯は、日の出と共にカルナトスを出て、サロニック街道を東へ行軍。正午に6回鳴らされる鐘の音が響く頃、アトネスの南門へ到着した。

 

 すると、門を潜ってすぐに、パルディオナ城の近衛騎士団がオレ達を出迎えた。

 その中には、半月ぶりの再会となるイリアスだけでなく、騎士団長のレオネイオスまでおり、相も変わらず、獅子のような雰囲気を放っていた。


「カルナトスの兵たちよ。罪人の護送、ご苦労であった。今宵はこちらの用意した宿で休まれよ。冒険者たちもよくやった。後ほどギルドへ、褒賞金が届けられる手筈となっている」

 

 それだけ告げると、団長殿は引き取った罪人を牢へ送るよう指示を残し、この場を去ろうとする。


「団長殿!陛下やあなたに伝えねばならない情報があります」


 オレは背中を向けた団長殿を、そう呼び止めた。

 さらにその左右には、ボスから奪った『魔導具』なる特殊な籠手を持ったアーノルドさんと、同じく押収品である拳銃が入った革袋を腰に下げたリートが並ぶ。

 そしてオレの背後にダッキとナイルが控え、その他の冒険者たちは、皆オレ達から距離を置いている。

 サロニック街道を往く道中で、打ち合わせたとおりの並びだ。


 皆、尋常ならざる雰囲気を醸していたと、後にイリアスから聴いた。

 それを読み取った団長殿は、ただ事では無いと判断したようで、必要な質問だけを投げかける。


「城で報告を行うのは貴様と、両隣の冒険者、・・・そして後ろにいる1人と1体か?」

「はい。アーノルドさんとリートからは、今回の野盗について。オレからは、例の素性不明の給仕についてと、メドゥに関する気になる情報を」

「・・・承知した。陛下に先触れを出しておく。食事を摂ってから来るといいだろう」


 団長殿はそう告げると、今度こそ野盗共を引っ立てて、城へと還って行った。

 それを見送った後、オレは冒険者たちを振り返り、告げる。


「それでは、打ち合わせの通り、オレ達は城へ報告しに行きます。皆さんはギルドに戻ってください。お疲れ様でした」


 48時間を共に過ごした救出部隊は解散し、アーノルドさんとリートも、一足先に食事へと向かう。

 そしてオレは、残ったダッキとナイルに向き直り、伝えた。


「ダッキ、最後に確認するけど、・・・やれるかい?」

「“まっかせてぇ、これでも演技は得意なんだからぁ♪”」

 

 ねっとりとした声と仕草で、少女は返した。



2時間後 七ノ刻(午後2時ごろ) 

アトネス一等地区 パルディオナ城内 謁見の間


 オレ、ダッキ、ナイルの<グルゥクス>パーティに、救出チームの代表者であるアーノルドさんとリートを加えた4人と1体は、イリアス案内の元、王と王妃、イルマ姫の前へ整列し、跪いていた。


「<グルゥクス>ジェイルとその供2名、そして冒険者のアーノルド、リート、参上いたしました」

こうべをあげよ、<グルゥクス>殿、そして冒険者の諸君」

 

 王の許しを待ってから、オレ達は立ち上がった。

 するとイルマ姫が、王の隣で黄色い声を上げる。


「なんと可愛い!ジェイル様、抱かせて頂いてもよろしいですか!?」

「キュル!?」


 どうやらナイルに反応したらしい。

 すると脳内に、


『喰われる!?』

 

 という悲鳴じみた声が響いた。

 どうやら口に出さずとも、脳内で会話ができるらしい。・・・さすがはファンタジー世界。


「『落ち着け、ナイル』・・・姫さん、あとで時間を作りますので、今はどうかご勘弁ください。こいつのさわり心地よりも、アトネスの今後を左右しかねない重大な情報がありますので」

「!?・・・解りましたわ」


 さすがは一国の姫、やや心残りがあるようにナイルを一瞥するが、すぐに真剣な表情へと変えた。

 そして、アトネス王から発言を促される。

 

「して、ジェイル殿。その情報とは、いかなるものか?」


 オレはダッキを右隣へ来させ、毛を逆立てて警戒するナイルをいさめつつ、王へと返答する。


「・・・順を追って説明します。まずは今月の初めに起こった、給仕の入れ替わりについて。・・・“エレフシナ”」

「はい」


 黒を基調とした、飾り気の少ないドレスに着替えてたダッキは、ゆったりとした仕草で話し始める。


「お初にお目にかかります、国王陛下。私は、エレフシナ・クルステス。クルステス・ファミリアの頭領ダマスの娘でございます」


 その言葉に、オレを除く全員が驚いた様子を見せる。


「クルステス・ファミリア、だと!?」

「このアトネスの裏社会を仕切る、闇のギルド!?」

「連中に睨まれたら、ゴロツキだろうが名うての賞金首だろうが、自首か自害以外に逃げる術がなくなるといわれている、あの・・・?」

「その頭領の娘という事は、・・・アトネスの影の王女という事だぞ」

「そんな人間がなぜ<グルゥクス>と?」



「・・・あれ?“読み”を間違えたかな?」


 予想よりも騒ぎが大きくなってしまい、オレの背中に嫌な汗が流れる。どうやら表社会における盗賊ギルドの影響を、過小評価してしまったらしい。


 どうやって騒ぎを治めようか考えあぐねていると、アトネス王が皆を制した。


「静まれい!今は斯様かような事で騒ぐ時ではない。失礼したなエレフシナ嬢、続けよ」

「はい、陛下。まず最初に。数週間前、私は身分を偽り、3等地区での式典に紛れ、ジェイルに接触しました。

 しかし、それは同時に起こったグシャンの盛毒事件とは、“直接”は関係のない事でございます」


 ここまではウソ偽りなく、彼女は語った。


「私が接触したのは、<グルゥクス>である彼に、アトネスの裏社会に起こっている、ある異変の解決を依頼する為でございました」


 これはオレがでっち上げた嘘。本当はただ興味本位で接触したのだが、こう説明した方が信憑性が高まると判断した。


「ある異変・・・?」


 団長殿が反応する。この国の治安を守る者として、アンダーグラウンドの動向には気を配っているからだろう。 


「・・・そう言えば、1年ほど前から野盗による被害が増えていたな。お前たち盗賊ギルドが動きを活発にしているというのが、こちらの見立てであったが?」

「それは誤解でございます、騎士団長殿。1年前からは、私がギルドを仕切り始めましたが、まだまだ父ダマスの補佐が必要な程度の技量。それ故、皆様がお考えのような荒事とは、ここ最近無縁でございました」

「では、近頃の凶行の数々は誰がやったというのだ!?現に此度、隊商1つが皆殺しにされ、護衛の冒険者が攫われたではないか!」


 声を荒げる団長殿に対し、エレフシナとして振る舞うダッキは、前髪で顔を隠すように俯き、悔しげな声で返した。


「・・・新参者、それもメドゥ近辺より流入してきた者たちです!」

「なに!?」

「それはまことか!?」


 玉座に座っていたアトネス王も、思わず立ち上がるほど驚いたようだ。


「事実でございます。の者共は、主にアトネスの南北、サロニック街道とエヴォド街道を“狩場”としており、その戦利品の一部が、メドゥへと送られている事を、ギルド配下の者たちが確認しております」


 サロニック街道は今回の事件の舞台。西門の旧ダフニー街道に代わり西側諸国との交易路として機能している。もう一つのエヴォド街道は、北で国境を接するラミアンへ通じている交易路。どちらもアトネスにとっては、人・物・金の流通経路として重要なものだ。


「・・・『冷たい戦争』というやつですよ」


 ダッキの言葉を補足するべく、オレも口を開く。


「『hotホット warウォー=暖かい戦争』が、両国の武力を直接ぶつけ合う戦争。

 それに対して、自分たちは直接手を出さず、貿易封鎖などの経済制裁や、汚い方法では今回のように、テロや暴動を相手国内で誘発させ、間接的に攻めるのが『coldコールド warウォー=冷戦』と呼ばれる戦法です」


 元の世界では、第2次大戦後にアメリカや現EU諸国ら資本主義陣営と、旧ソ連圏と中国など社会主義陣営の間で起こった『冷戦』が有名だろう。

 技術開発や経済成長を競うだけでなく、朝鮮戦争やアフガン紛争など、他国を駒とした代理戦争までやらかした彼の戦争は、ソ連の自滅で一旦の幕を下ろした。


 今のアトネスは、その冷戦をメドゥ帝国に仕掛けられていると見て良いだろう。


仕組みはこうだ。


・メドゥと通じている盗賊がアトネス領内へと入り、犯行に及ぶ。

・この時点で、治安の悪化というダメージがアトネスに与えられ、さらにその回復に兵力が削がれる。

・さらに、アトネスと他国の“繋ぎ”である街道でキャラバンを襲撃する事により、経済面でもダメージ。

・おまけに、(メドゥにとって)うまくいけばアトネスの信用も落ち、政治的にもダメージ。


 まったくもって下劣な戦法である。


「・・・そして、この様な状況は我々ギルドだけでは手に余ると判じた折、新たな<グルゥクス>の来訪を耳にしました。そして、神の遣いの力を借りるべく、あの夜に接触したのでございます」


 ダッキは説明を終え、オレの後ろに下がる。

 すると、苦い汁でも飲まされたような顔のアトネス王が、彼女に問いかける。


「筋道の通った説明だったが、それを証明する物はあるのか?野盗共がメドゥにより送り込まれたという、確かな証が」


 王の疑念は最もだ。ダッキの説明は、あくまでも状況証拠の積み重ねでしかない。下手を打てば、メドゥは濡れ衣を口実に、『hot war』を仕掛けるだろう。


 ・・・“それ故に”、オレはあの2人も連れてきたのだ。


「証拠になりそうな物なら、俺達が持参しております。陛下」


 タイミングよく、アーノルドさんが歩みでる。その手には、野盗のボスから奪った籠手が握られている。

 それに続いて、リートも布にくるまれた何かを、お歴々の前に差し出した。


「貴殿らは、冒険者の・・・」

「アーノルドと申します。こちらの優男はリート。既にご存じでしょうが、我々は昨日、隊商を襲い同胞をかどわかした賊を討伐いたしました。これは、連中が使っていた籠手と武器です」

「・・・レオン、確かめてみよ」

「はっ!」


 王の命令で団長殿と近衛騎士の1人が、2つの品を受け取り、玉座へと持っていく。


 すると、途中でそれらが何か察した団長殿が、深刻な声で王へと伝える。


「・・・魔導具と、『銃』でございます」

「なっ!?」


 息を飲んだアトネス王に、オレは語りかける。


「姫さん達による『花婿修行』の時に聞きかじったのですが、魔導具はその優れた性能ゆえ、各国が厳重に管理しているそうですね。

 万が一流出した場合に備え、制作者名と国籍の刻印が義務付けられているそうで・・・」

「その通りだ。アトネスには5人、・・・メドゥには7人の魔導具職人が居たと記憶している」


 団長殿は肯き、その刻印を探す。籠手の裏側、手首を守る関節部分に、それはあった。


「製作者はアテシ、国籍は蛇のシンボル・・・メドゥ製だ」

「野盗共が帝国から流れてきたのは、これで確実です。その籠手が誰かに横流しされた物なのか、自分たちで強奪した物なのかは解りませんが。

 ただ、もう一つの判断材料が・・・」

「この『銃』、という訳ですね」


 姫さんが興味深げに、ほどかれた布に納まった武器を覗きこむ。


「1年前、最初の<グルゥクス>の1人、Mr.アラバマ様がこの世に伝えた武器、『銃』。その研究と製造は、アラバマ様の厳命により、ほとんど許されておりません」


 一般市民の子どもですら触れる程の<銃社会>アメリカの民であるヤツにしては意外な事に・・・いやだからこそだろうか、アラバマは文明・技術力が中世レベルなこの世界で、銃が広まらないようにしているらしい。

 アテナに命じられた、『異世界の革命』というお題目が易々と達成出来るにもかかわらず、だ。

 

 オレは旧友の良心(?)に少し感心しつつ、姫さんの説明に耳を傾ける。


「・・・つまり、野盗がこれを入手できるのは、アラバマ様が研究を許した3ヶ国、“メドゥ”、“現・ウエイスト連合”、“サテュロ”の内、いずれかの国の宮廷技術者、もしくはその近辺から。

 魔導具の事を考えると、メドゥから流れた物でしょうね」

「まぁ、銃についてはグレーゾーンとしても。魔導具の件だけはメドゥ帝国に探りをいれた方が良いです。あとは・・・、野盗共を問い詰めるぐらいかな?」


 連中が素直に「メドゥに頼まれてやりました」何て言うわけはないだろうけど。

 

 とにかく、こちらが提示できる情報はすべて出した。あとは王の決断を待つだけ。皆の視線が、アトネス王へと向けられる。


「・・・挙げられた証拠は、彼の帝国が我らに敵意を向けていると確実に語っているとは言い難い。が、現にアトネス周辺で起こっている盗賊被害の根源があるとするならば、それを取り除くのが我らパルディオナ城の勤め。・・・レオン、早速帝国へ使者を立て、この籠手と『銃』についての情報を探れ」

「御意」


 団長殿は魔導具を受け取ると、謁見の間から退席する。


「冒険者の諸君、ギルドマスターへ伝えてほしい。アトネス王の名において野盗の一斉討伐を執り行うと。またそれに関連して、エレフシナ・クルステスよ」

「・・・はい」

「このような事は異例であろうが、そなたらクルステス・ファミリアの力を借りたい。“何者か”の手引きにより、アトネスへ侵入した賊について、盗賊ギルドは調べておるのであろう。その情報を、我らに開示していただきたい」

「うわぁ・・・ホントに異例だな」


 アトネス王の言葉に、オレは感心半分、戸惑い半分で呟いた。

 一国の王が、犯罪者に協力を乞うているのだ。より凶悪な連中を倒す為といえど、バレた時を想像したくない、禁じ手中の禁じ手だ。

 するとアトネス王は、堂々とした態度で語る。 


「なに、国家の元首たるもの、腹の中に黒い異物の一つや二つは抱えておるものよ」

「・・・ふふ、さすがですわぁ、陛下。解りました。すぐさま見張りの配下へ連絡を取り、所在を押さえますわぁ。それから、此度の件が漏れぬよう、“裏”の情報網へ手を加えておきますゆえ・・・」

 

 アトネス王の事が気に入ったらしく、ダッキは上機嫌に応える。王妃様や姫さんは、今の会話を聴かなかった事にするつもりのようで、2人であさっての方を向いて、何やら中身のないひそひそ話をしている。他の近衛兵たちも同様だ。随分と慣れた様子なので、今までにもこういう事があったのかも知れない。

 まぁ、そういう話は忘却の彼方へと放り投げておこう。

 


 この謁見の後、ダッキ経由で伝わった盗賊の隠れ家を標的とする大規模な討伐作戦が、パルディオナ城よりギルドへと公布された(ただし情報源は、カルナトスで捕えた野盗から、と発表された)。

 その数27か所。予想を上回る多さに、近衛騎士団も動員された。

 

 そして、月を跨いだ5月2日。日の出と同時に総勢600人が一斉に賊の拠点へ突入。

 逃亡やねぐらを直前に変更する等して行方をくらました賊の追跡も含め、4日という時間をかけて、その全てを制圧した。

 そしてその多くで、賊の魔導具使用を確認。乱戦の中で破壊された物を除き、確認できた出所は全て『メドゥのアテシ』だった。



5月6日 九ノ刻(午後6時)

3等地区 とある酒場


 ギルドの集会場は、アントーニオ商会の男性が死んだ場所である為酒盛りは自粛され、その分、街の酒場へと冒険者たちは流れた。

 その影響で店内が混んでいたので、オレとダッキ、ナイルの3人は、店の前に特設されたオープンスペースの一角で、今日の労をねぎらっていた。


「それじゃ、カンパーイ!」

ヤマス乾杯!」

「キュルーー!!」


 ウーズ入りのグラスとジュース入りの瓶が、リーンと心地よい音を響かせる。

 そしてローストビーフとピットアに舌鼓を打ちながら、互いの成果を褒め合った。


「ナイル、<アマゾーン>が喜んでたぞ。お前が空から姐さん達を運んだおかげで、あの砦をあっさり落とせたって」

『キュル・・・おかげで外に居た賊を喰えず残念だったが、そう言われると気が晴れる。そう言えば我が主殿も、あの「ぐれねーど」なる武器で活躍されたとか』

「いやいや、アレはまだ失敗作だよ。威力を下げすぎて、こけ脅しにしかならなかったし、要らんタイミングで誤爆して魔導具の一つを壊しちゃうし・・・。おかげで先輩冒険者に拳骨落とされたよ」

「そりゃ、国宝級の武具が粉々だもの。あの時の皆の青い顔、思い出しただけで・・・ウフフ」


 そんな風に食事をして、次の客に席を譲ろうとした頃 、警邏をしていたはずのイリアスが、こちらへと駆けつけてきた。


「居た!ジェイルくん!大変!今すぐ城に来て!」

「・・・今度はなんだ?」


 まったく、あの腹グロ女神は。酒盛りに何か恨みでもあるのか、飛び込んできたのは、またもや凶報だった。

 

「あ、あの皇太子クビになった奴、グシャンが、帝国を乗っ取ったの!!」


 通りにまで漏れ聞こえていた喧騒が、一瞬にして静まった。

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