第30話 <グリフォン>のナイル

パラト歴215年 4月の末某日 五ノ刻 

カルナトス村 ペレネーの泉


「けほっけほっ・・・監視塔で使わなくてよかった」


 顔のあちこちが擦り剝けて痛いわ、埃で呼吸がつらいわと、自らも散々な有り様になりながらも、オレは勝ちを確信し、立ち上がる。

 


 あの爆弾は、アトネスの花火職人から買い取った火薬で作った物だ。

 

 元々は、下水処理施設の竣工式典で打ち上げる予定だったが、姫さんの服毒未遂事件で中止となり、在庫過多となっていた物の一部を譲り受けたのだ。


 冒険者ギルド長のグリアムが、初めて会った時にMrアラバマを『火薬臭い男』と言った事から、この世界に火薬が存在する事は察していた。

 FFOで爆砕系トラップを愛用していたオレは、その頃から設計図を作成し、件の事件の後、原始的な手投げ爆弾を試作したのである。

 花火玉から取り出した火薬を、油を染ませたボロ布切れを芯に固めなおし、手のひらサイズで球状の鉢植えに詰め込んだだけの簡単な物だが、街中で実験するわけにもいかず、かといって爆弾を使うほどのモンスターの討伐依頼も無かった為、ポーチの肥しになってしまっていた。


「・・・ようやく使えたと思ったら、成功率3分の1か。まだまだだなぁ」


 踏み潰されて不発、羽ばたきで導火線の火が消える、とても使えたモノではない。

 やはりゲームと違って、現実は厳しい。

 オレはため息を一つ、気を取り直して瓦礫の山へと近づいて行く。


「さてと、今ので死ぬようなザコだったら、アテナは贈り物になんか寄越さないよな?」


 黄金の手綱を手に、そろりそろりと、慎重に・・・。


 すると、瓦礫の一角がゴトリと崩れ、下から鷲の頭が弱々しく出てきた。


『キュリュゥゥ・・・』

「ちょっとやりすぎたか・・・?あー、グリフォン、で良いよな?お前」


 オレが問いかけると、怪物は忌々しげにこちらを睨むが、コクリと肯いた。

 やはり、人語を理解する知能を持っているようだ。


「お前、ここに居たのはアテナが関係しているか?オレはジェイル、あの女神様から<グルゥクス>を任じられている者だ」

『キュリッ!?』


 猛禽類らしい鋭い眼が大きく開かれる。・・・が、すぐに不服だというように、その首は左右に振られた。


「・・・もしかして、“アーテナー”か?」

『リュリュリ!』


 その通り、とでもいうように、今度は大きく縦に振られた。


 こいつもパラスと同類か。


 オレは呆れて頭を抱えるが、同時に安心した。

 コレが彼女からの贈り物、『翼』であることは間違いない。

 黄金の手綱を、グリフォンへ見せるように掲げ、尋ねる。


「じゃあ、グリフォン。これからどうなるかは判っているよな?」

『キュル、キュルキュッキュ、キュルル』


 なにやら言葉を紡いだように鳴いたが、オレには理解できない。ただ、手綱に忌避を示さないところから、オレにくだる事に異議はないようだ。

 オレは瓦礫を登り、グリフォンのすぐそばまで寄る。


「・・・えっと、首にかければいいのか?」

『キュル!』


 肯いたので、馬に付けるように、手綱をグリフォンの首に巻き付ける。すると・・・


『キュ、リュル「と契約するか?」』

「え?」

「汝、我と契約するか?と、問うたのだ」


 グリフォンの鳴き声が、手綱を巻いた途端に、人間の声へと変わった。

 

「・・・ええっと、契約の内容は?一応法学部の出身だから、中身を確認しないでハンコ押すわけには・・・」


 CMでも『事前によくご確認を』とか流れているからなあ。


「はぁ、空気の読めぬやからめ。そこは深く考えずに『そうだ』とか『応、よろしくな』とか、『我に従え』とかと返すのが王道だろうが・・・、まあいい。我は汝の翼となり汝の望む場所へ、可能な限り導こう。汝は我の主となり我の望む対価を、行使せる分と相当に与えよ」


 ふむふむ、つまりは課金制のライドモンスターになるという訳か。

 対価は使った分だけ発生するようだし、悪くない内容だ。


「その対価って?特別なアイテムとか、オレの生命エネルギーとか?」

「我は魔物なれど、生物でもある。飲み食いせねば死んでしまう」

「ああ、食事が必要なのか。・・・エンゲル係数どれだけ増えるだろう」


 ちょっと不安要素はあるものの、許容できる範囲内でよかった。


「さてどうする?我と契約するのか、しないのか」

「・・・契約しよう、グリフォン。どうすれば成立する?」


 オレが問いかけると突然、瓦礫から生えていたグリフォンの頭部が輝きだし、そのまま光の粒子へと変わる。

 さらには瓦礫の下からも同様の粒子が噴出し、グリフォンが埋まっていた一角が崩落する。


「おわっ、と」


 慌てて飛び降りると、それを追うように粒子は流動し、オレの足元で大型犬ほどの塊となる。

 そして、それに肉づけされる形で、先ほどより小さなグリフォンが形成された。


「我が主となる者よ、左手を差し出せ」

「手?」


 超常現象に思考がマヒしたまま、言われるがままに差し出す。

 

 ザクッ!


「っっ、なにを!?」


 前触れの無い激痛に、伸ばした手を引っ込める。

 手首を抑えながら見ると、左掌の中央が抉るように食い千切られていた。

 しかし不思議と、傷口はすぐに塞がっていき、鷲のエンブレムのような跡が残った。


「これで契約は完了した。我が約定を破った場合、この身は腐りおち、汝が破った場合、残りの血肉を戴く」

「く~~、ほんっと洋ゲーってそういうの好きだよなぁ!!」

 

 痛みだけがしつこく残る左手を庇いながら、オレは返す。

 なんでワザワザ、グロテスクな表現にするかね?ポッと光ってハイ終わり、でもいいじゃん!そんなんだから子供に悪影響とか偏見持たれて、規制されるんだよ!!


 我ながら場違いな事を喚いているうちに、痛みは引いていった。 

 まぁ、冷静に考えれば、神話とか昔話の類って、原点は普通に過激な表現が使われているしなぁ。

 そうすることで、現実とは別物って境界線を引いていたのかもしれない。

  

「・・・すまぬ、少しやりすぎたか」


 気が付けば、グリフォンが心配そうにすり寄って来ていた。

 なんだ、意外と可愛いところがあるんだな。


「・・・心配ない。久々で驚いただけさ。子供の頃は、この程度の怪我なんかほとんど毎週だったよ」


 遊具に上って、サッカーや野球をして、子供らしく動き回っていれば、怪我の10や20は当たり前だ。元の世界のわたしの手足にも、線状だったり皮膚が盛り上がっていたりと、いくつもの傷跡が残っている。

 だがそれらは全て、現在の危険から身を守るための教訓として、役に立っている。

 逆に、子供の頃から怪我をしないように大人しくしていた連中ほど、最近になって大きな事故や怪我に見舞われていたように思える。

 ま、今のオレみたいに久しぶり過ぎて油断する場合もあるが・・・。


「それに、この程度で立ち止まっていたら、世界なんか変えられない。これからよろしくな、グリフォン」

「う、うむ」


 グリフォンの反応が妙だったが、疲労が限界だったオレは、ダッキやキャメロンたちと合流すべく、街の中心部へと戻ることにした。



暫く後

カルナトス村 某所


「あ、ジェイルぅ!」


 ミニサイズになったグリフォンをお供に、街を歩いていると、探していた相手の方から声を掛けてきた。

 ダッキの声がした方を向くと、彼女は他の冒険者たちと一緒に、オープンカフェらしき場所に居た。

 よく見ると、そこはこの街の冒険者ギルドの集会所だった。


「待たせたね、ダッキ。アトネスのギルドには、女神パラスが連絡してくれたよ」

「おいおい、神様をメッセンジャーにしたのか?<グルゥクス>ってのは恐れを知らねェんだな」


 キャメロンがコーヒーを片手に、苦笑いを浮かべる。

 その隣にいたヴィンスも、同じような表情を浮かべ、これまでの流れを説明した。


「<アマゾーン>達はもう一日療養したあと、アトネスに戻れるそうだ。僕たちもそれに同行しようってことになって、君が来るのを待ってから、ギルドに紹介された宿へ向かう予定だった。・・・おや、その連れているのは?」

 

 ヴィンスはふと、オレの足元に控えるグリフォンに気付いた。

 つられて気付いたダッキが席を離れ、その傍にしゃがみ込む。


「グリフォンだね。もっと東の方に居るはずの獣なのに。それに・・・ジェイル、この子と契約したの!?」


 種族は違えど同じ魔物であるダッキには、オレ達の関係が解ったようだ。


「ああ。アテナからの贈り物、オレ達の新しい仲間だ」

「キュルル、汝・・・いや、貴女あなたは、もしや」


 グリフォンもダッキの正体に気付いた様子だが、ダッキは慌ててその嘴を塞いだ。


「ゴメン、細かい事は詮索しないで。私はダッキ、幻惑魔法が得意な新米冒険者。そういう事にしといて」

「・・・心得ました、ダッキ嬢」

「なんだ?えらくかしこまって」


 グリフォンの様子から察すると、魔物にも上下関係があり、ダッキの方が奴より上位なのだろう。

 少し興味が湧いたものの、ダッキが話題を変えてしまい、それ以上は判らなかった。


「ねえジェイル、この子に名前は付けたの?」

「ん?名前って、グリフォンだろう?・・・もしかして、新しい奴が必要なのか?」


 ダッキとグリフォンが、そろって頷いた。


「ジェイル、あなたが魔物とパートナーになって、相手から『人間』としか呼ばれなかったらどうする?」

「・・・なるほどね。信頼関係を築くために、名前が必要なのか。って、グリフォンって固有名詞が無いのか?」 

 

 あるのならそちらで呼んだ方がいいと思ったのだが、帰ってきた答えは、否。


「我らは魔物は、よほどの力を持たぬ限り、名を必要としない。持っていても、使う場が無いからな」


 そう言えばダッキも、身体の主であるエレフシナと出会う前は、名無しの精霊だったか。人間と違い、魔物の世界では個人という概念が希薄らしい。


「ふむふむ、新しい名前かぁ・・・。って言われても、すぐに思い浮かばないけど」


 グリフォンにちなんだ名前だから、やっぱ鳥っぽい方がいいよな。

 そんでもって、相棒であるオレと関わりのある名前・・・。

 

「鳥・・・ジェイル・・・ジェイル・バードで『ジェバ』、はひどいよな」


 グリフォンは激しく肯く。

 ・・・ん?『ジェイル・バード』?


 ふと離れた場所に座っている、キャメロンとヴィンスに目が行った。

 直後、オレの脳裏に、古いアクション映画の記憶が浮かび上がる。


(『con air』・・・conair・・・コナイル・・・!)


「ナイル、てのはどうかな?」

「ナイル?」


 グリフォンが首をかしげる。提案自体に不服はないようだ。


「あー、オレの世界の映画・・・演劇のタイトルをもじったんだ。それに出てくる、大きな鉄の鳥の名前が『ジェイル・バード』なんだ」


 詳しくは囚人輸送機の便名(それもハイジャックされるヤツ)なのだが、まあ黙っておけば問題あるまい。

 狙い通り、グリフォン改めナイルも、その説明に納得してくれたようだ。


「それで我とあるじの間に、信頼関係が築けるのなら」

「よろしくね♪ナイル~」

「・・・キュルぅ」


 ダッキは愛犬と一緒な女の子のように、ナイルにじゃれ付く。

 鷲の頭をわしゃわしゃとされ、ナイルは迷惑そうな顔をするが、引き剥がそうとはしない。やはり力関係はダッキの方が強いらしい。


「・・・もう済んだか、黒髪の、蒼髪の」


 何やら悟ったような顔で、リートが問いかけてくる。


「グリフォンなんて、そのサイズでも討伐依頼に金1000が出されるような魔物を手なずけたってのは十分に理解した。だから、普通に人間である俺達は、そろそろ体を休めさせて頂きたいのだが・・・?」


 他の冒険者たちも、一様に同じような表情を浮かべている。

 

 そう言えば、この世界はモンスターのテイミング慣らしが未発達だっけ?

 

 微妙な空気を作ってしまったようなので、オレはソレを吹き飛ばすように、皆に告げる。


「そ、それじゃあ救出作戦も成功したことですし、リーダーとして最後の通達を出します。皆さん、宿へ移動しましょう!」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・キュル?」


 盛大にスベッてしまった。

 

 その後、恥ずかしさで顔を覆いながら、オレは冒険者の一団の最後尾をついて歩き、本日の逗留先へと向かった。

 その夜、添い寝してくれたナイルの羽毛を涙で濡らした事は、皆には内緒である。

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