ジェイル・バード

第29話 女神からのクリア報酬

パラト歴215年4月末 某日 

四ノ刻(午前8時ごろ。<アマゾーン>救出より、数時間後)

カルナトス村 パラス聖堂


 コリンティア湖。元の世界におけるコリンティアコス湾に相当する、およそ1300ky^2平方キルヤー(3900k㎡)という広大な湖だ。

 『湖』と呼ぶのは、パルターナンではアフリカ大陸が全体的に北へ昇り、イオニア海が消滅している為。

(ちなみにアトネス南部の平野も、元の世界ではサロニア湾というラグーンである)

 水質は淡水、それゆえ沿岸部にはいくつもの村落が点在しており、その中の一つが、オレ達がいるカルナトス村だ。

 『村』という呼び方ではあるが、それはこの世界の基準に照らしての話。(パルターナンでは、城壁がある街を『都市』、ない街は一律で『村』と呼んでいるらしい)

 実際には、サテュロ王国との水上航路の玄関口として、レンガ造りの建物からなる立派な港湾都市が形成されている。

 

 オレ達がカルナトスに着いたのは、市場が朝のピークを終えた頃。

 村の入り口にあった衛兵の詰所で、事情の説明と野盗共の引き渡した後、オレ達は1台の馬車に合流し、<アマゾーン>達を治療すべく、この村にあるパラスの聖堂を訪れた。


 馬車を聖堂の前で止めると、なぜか中から司祭服を着た中年の女性が飛び出してきた。


「よ、ようこそ!<グルゥクス>ジェイルと冒険者の皆様。カルナトスの聖堂を預かる、ぐ、ぐ、グラウケと申しますです・・・はい」

 

 緊張でガッチガチになっている彼女に、オレは気さくな笑みを浮かべて返す。


「そう畏まらないでください。まだまだ新米なんですから。ところで、どうしてオレ達が来ると判ったんです?」

「は、はい!今朝、日の出時の祈りをささげていると、パラス様からのご神託がありまして。『新たな<グルゥクス>が、冒険者と共に怪我人を連れてくるから、用意しておくように』と」


 ほう、あの百合っ娘女神がねぇ。・・・“丁度良かった”。


「ありがとうございます。怪我人たちは馬車の荷台に居ます。全員、半日以上飲まず食わずで監禁されていて、1人は足にひどい怪我があります」


 予想外の展開だったが、オレは文字通りの『神の采配』に感謝しつつ、グラウケさんと彼女に続いて出てきた聖堂の聖魔法使い達に、姐さん達を託す。

 アーノルドさんに助けられながら、馬車を降りたシレイア姐さんが、聖堂に入り際、オレに礼を言ってきた。


「ありがとうよ、ジェイル。あんたはアタシらにとって、まさに『天の助け』だったよ」 

「ふふ、じゃあお布施として、今度一杯奢ってくださいよ?」


 安いお布施だねェ、と笑いながら、姐さん達は建物の奥へと消えた。

 すると入れ替わりに、キャメロンが背後から問うてきた。


「さて、リーダーさんよ。早いとこ戻らねェと、アトネスの奴らが心労で倒れちまうぜ?」


 しかしオレは、彼に向かって首を横に振る。


「皆、徹夜で行軍した上に乱戦の後でしょう?暫く街で休息を取ってください。アトネスへの連絡は、オレの伝手でやっておきますから」

「伝手って・・・おい!」


 呆れ顔のキャメロンを放って、オレは聖堂の中へと入っていく。


 

 聖堂の内部はアトネスと同じ構造で、中央に槍と糸巻きを持った女神の像がステンドグラスを通った光に照らされている。

 オレはその前まで来ると、左腕にめているリングを触りながら念じる。


「(・・・女神パラス、お願いしたいことがあります。お目通り願いたい)」


 すると・・・


『そんな堅っ苦しい祝詞のりとは必要ないわよ。アンタの事は感知できるんだから、次からは適当に『バルス』とか唱えなさい』

「ちょっ、それって滅びの呪文じゃ・・・」


 頭の中へ響いた言葉へツッコミを入れようとした、次の瞬間、オレはまばゆい光に包まれた。



パラスの領域


 光が収まると、そこは洗礼の時に訪れた、白い空間だった。

 そしてあの時と同じく、パラスはぽつんと置かれたテーブルに着いて、こちらに手招きしていた。


「監視塔跡ではご苦労様。あなたの演技、なかなか見物だったわよ?」


 以前と同じく、ふわふわとした空間を泳ぐように進むオレに、少女の姿をした女神は言った。

 


「そりゃ、どうも。・・・ところで、あなたに頼みたい事があるんだけど・・・」

「アトネスへの連絡、でしょう?それ以外に、あなたがここを訪ねる理由が思い付かないもの。とりあえず、あなたが最初にここへ来たときの聖堂で良い?」

「ええ、あそこならギルドから近い上に、司祭様がギルドと付き合いのある御仁ですから」


 これがオレの伝手。聖堂が各地にある事を利用して、離れた場所に情報を送ろうというものだ。

 我ながら、「こんなのアリかよ?」と思える手段だが、せっかくの<神の遣い>という肩書を使わないのはもったいない。


 パラスはテーブルに置かれたティーカップを煽ると、その姿を光の粒子へと変えて消えた。

 おそらく、3等地区にある聖堂へと、救出作戦の成功を伝えに行ったのだろう。


「・・・って、あれ?なんでオレは戻らないんだ?」


 この空間の主が出かけたにも関わらず、取り残されている事に首をかしげる。

 すると、


『私もあなたに用があるので、残ってもらいました』


 パラスとは別の女性の声が、背後から聞こえた。

 振り返るとそこには、オレをこの世界へと送り込んだ張本人、女神アテナが居た。


「<グルゥクス>としての第一歩は、上手くいったようですね、イオリ。下水道の敷設に、イルマ王女を害そうとする者どもの撃退、そして此度の人質救出。その褒美として、私からもささやかな贈り物をいたしましょう」


 知恵の女神らしい、思慮深そうな笑みを浮かべるアテナ。

 彼女が贈る品と言えば、ポセイドンとアテナイを賭け競り勝った際の『オリーブ』、メデューサ退治に向かうペルセウスに渡した『鏡の盾』、黄金リンゴを巡る争いの際、パリスに送ろうとした『人類最強の権利』等があり、どれもゲームに出そうものなら、課金必須な便利アイテムだ。 


 ・・・だがなぜだろう、嫌~な予感がこみ上げてきた。

 

「・・・その贈り物とは?」


 恐る恐る訊いてみる。

 すると、女神はこちらを見定めるように目を細め、答えた。


「この世界に慣れてきた貴方に、『翼』を授けましょう。<グルゥクス>としての使命を果たすのに、馬では行動範囲が限られてしまいますので」

「(アテナの与える翼・・・ペガサスか!?)」


 知の女神にまつわる伝説の中で、翼というキーワードが出てくるのは、思いつく限りではそれしかない。

 ペルセウスによって倒された怪物(ただし腹黒アテナの被害者)メデューサの血から誕生したの天馬は、ギリシャ神話を知らない人間でも知っているビックネームな生物だ。


 僅かに興奮を覚えるオレに、アテナはさらに、あるアイテムを差し出しながら続ける。


「これを持って、村の外れにあるピレネーの泉へ行きなさい。あなたが相応の実力を持っているならば、アレを従わせることが出来るでしょう」


 そう言われ渡されたのは、黄金のオーラをまとった手綱。そして指定された場所がピレネーペイレネの泉という事は、ペガサス当確のビンゴ状態だ。

 

 伝説においてペガサスは、冒険を終えたペルセウスから父親の海神ポセイドンへと渡り、さらにその後、コリントスの王子であるヒッポノースがキマイラ退治の為に、アテナより渡された“黄金の手綱”を使い、“ペイレネの泉”で休んでいたところを捕らえ馴らしたとされる。


 

 僅かどころではないほどの興奮を抑えつつ、オレは手綱を受け取ると、アテナに礼を告げる。


「ありがとうございます、アテナ」

「フフフ、これからの活躍、期待していますよ」


 アテナが、何やら裏の在りそうな笑みを浮かべた直後、オレの視界は光に覆い尽くされた。

 そして視界が回復すると、オレは人気ひとけのない聖堂の真ん中で、手綱を手にポツンと佇んでいた。

 

「さ~て、やりますか。ペガサスッ、ゲットだぜ!」


 とあるモンスターハントアニメのセリフをマネながら、オレは女神に示された場所へと、足取り軽く向かっていく。


 だがオレはこの時すでに、普段の自分なら気付いたであろう、あの腹グロ女神の言葉の罠に、まんまと引っかかっていたのである。



暫く後 ピレネーの泉 


 ・・・確かにさぁ、贈り物が『ペガサス』だなんて、断言していなかったよ。

 オレが勝手に、昔話とかさねただけだよ。

 だから変な生物が出てきても、普通は文句を言えないよ。

 でもさぁ・・・


「これは明らかに詐欺だろぉがぁ!?」


―キュリゥゥゥゥ!

 

 笛の音のような甲高い鳴き声と共に襲い掛かる爪を避けつつ、オレは叫ぶ。

 獲物を捕らえ損ねた前あしは、直径5メートルほどの泉を囲う様に造られた屋根付き廊下の、大理石製の柱を抉った。

 その破片を背中に浴びながら距離を取り、オレはもう一度、“贈り物”の姿を確認する。


 大理石を豆腐のように砕きながら、血の一滴も流れない強靭な前肢。

 地面を蹴る度に楕円状の溝を作る、蹄のある後脚。

 体格は軽トラック程の大きさ。胴体は白く、しかしそこから生える翼は金色に輝いている。

 そして、頭部には、その名の由来となった曲がったくちばし


 ペガサスに並ぶほど広く名を知られた怪物、グリフォンである。

 しかし・・・


「お前、ギリシャ神話と関係ねぇバージョンだろうが!」

『キュルゥゥ!』


 前が鳥、後ろがライオンである四肢を地面につけ威嚇してくる怪物と向き合い、手綱をナイフに持ち替えながら、オレは抗議の声をあげた。

 

 グリフォンは古来より、様々な伝承に登場する存在だ。初めて登場するのが、ヨーロッパ最古の歴史書とされている。

 しかし、ギリシャ神話に登場するソレは、目の前にいる通常版ではなく、全身が漆黒という、いわばイベント特別仕様なはず。

 おまけに、通常版は宝物の守護というダンジョンボスのような存在で、このような泉で出会うような野良モンスターではない。

 当然、ペイレネの泉とも関連性は全くない。これを詐欺と言わずして、何と言おうか。


「・・・って、そんなのは後回しだな、くそぉ!」


 この場にいない女神への恨みより、今は生き延びる方法を考えるのが先だ。


 全体重が載ったグリフォンの突進を側転でかわし、オレは回廊の中へ逃げ込む。


 ペレネーの泉は、利便性の悪さから放棄された旧市街の水源だった場所らしく、雨天に備えた屋根付き廊下や、洗濯場などの施設跡が、近い位置に遺されている。

 身体のデカいグリフォンから逃げ回るだけなら、こちらに利がある。


 だが、それでは解決にはならない。


「はぁ、はぁ・・・ったく。徹夜明けにこの運動量、キッツイなぁ」


 女性用の沐浴場と思しき建物に入ったオレは、柱の陰をうまく利用し、一時的にグリフォンの視界から逃れると、その場にへたり込んで息を整える。  


『キリュ?キュー!』


 獲物を見失った怪物は、手近な柱を削って、こちらを誘い出そうとしている。かなり知能が高いようだ。


「手綱を使うには、ある程度弱らせないといけないよな、絶対。でもアイツに攻撃するってのも・・・」


 グリフォンは機動力に優れており、その四肢から繰り出される蹴りは言わずもがな。近接戦闘を挑むのは無理だ。

 しかし遠距離からの攻撃というのも、オレの手持ちの弓では翼の風圧で弾かれ、魔法による攻撃は、そもそも火の玉1つ生み出せないレベルだ。

 

「・・・となると、“コレ”か」


 腰元のポーチに手を入れ、その“丸い感触”を確かめる。

 中身の調合はプロの職人がやっているので、威力は確実。

 しかし器を詰め替えるなど手を加えた為、ちゃんと作動するかに問題が残っている。

 

「それでも、これしか手が無い。・・・やろう」


 オレはソレをポーチから取り出し、同時に反対側にぶら下げた火種入れの蓋を開ける。灰を詰めた陶器の中に、火の燻った木片を入れ、野宿の時の焚火を起こすのに使うものだ。


 数は3つ。一番大事なのはタイミングだ。

 オレは深呼吸を一つ、意識を切り替える。


「さぁて、派手に決めるか!」


 わざと大声を出し、グリフォンに位置を知らせる。

 即座に激しい空気の動きがあり、オレが飛び出した直後、隠れていた柱は粉砕された。


『キュリュリュゥーー!』


 ようやく獲物が見つかった喜びと、仕留めそこなった悔しさでグリフォンは地団太を踏んだ。

 その為、転がしておいた一つ目が踏み潰され、こぼれた中身は羽ばたきで散ってしまう。


「一度目は不発か、次!」


 出入り口へと走りながら、オレは二つ目に点火し、振り向き様に怪物へと投げつけた。 


『キュー!』


 しかし何かに感づいたグリフォンは、金色の翼をしなやかに羽ばたかせ、こちらへと突風を起こす。

 オレは煽られて転倒し、その視線の先では、風で火の消えた“二つ目”があさっての方向へと転がっていった。


「くそ、お手上げだ!」

『キリュリュリュっ!』


 オレの言葉を理解したのか、グリフォンは勝ち誇るようにいななく。

 オレはソレに背中を向けると、全速力でその場から逃げる。


『きゅっ!?』


 <俊足>スキルが効いたダッシュに、グリフォンは呆気にとられ、一瞬動きが止まったようだ。

 だがそれは、奴にとって致命的なミスとなる。

 設定通りなら、もう間もなく・・・


「3、2、1・・今!」


 建物から飛び出したオレは、すかさずヘッドスライディングの形で、地面に伏せた。

 オレより一拍動きが遅れたグリフォンは、出入り口まで1ヤー(3メートル)ほどの位置。

 そして・・・


 ドーーン!


 グリフォンの腹の真下で、オレの『手製爆弾』がさく裂し、その巨体を爆炎が包み込む。


『ギュリュィ!!』


 さらには奴が散々暴れた為に、支えがボロボロとなっていた建物がトドメを刺され、砂埃を派手に巻きながら倒壊した。

 傷つき倒れ伏したグリフォンを、屋内へ抱えたまま・・・。

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