第28話 クエストクリア

アーノルド側


 人数は3人、大剣使いのアーノルドには楽な戦いだと思われたが、2人を一薙ぎで討ち倒した直後、その脳天に向けて、ほぼ真上から戦鎚が落とされる。


「なっ!?」


 後ろへ飛び、間一髪で避けたアーノルドの前の床に、戦鎚は柱のように突き刺さり、その石突部分では彼と同程度の体格の頭領が、猿のように易々やすやすと胡坐をかいていた。


「・・・っち、魔法使い、いや魔導具使いか!!」


 魔法の効果をオプションとして持つ武器や防具、『魔導具』。なるほど、それがあれば<アマゾーン>が負けるのも無理はない、とアーノルドは心中で考える。

 鎚から飛び降り、さらにはアーノルドの大剣以上の重さがありそうなソレを軽々と持ち上げ、頭領は笑う。


「ひひひ、この籠手はなぁ、どんな重い武器だろうが木剣程度にしか感じねぇくせに、ぶん回した時にはちゃんと元の重さで攻撃できるってぇ代物よ」

「・・・重さと威力が比例する戦鎚とは、相性が抜群ってわけだな」

「おうよ。おまけに効果は“全ての武器”。てめぇのその得物も、オレの籠手があれば棒キレ同然よ」


 そう勝ち誇る野盗のリーダーに対し、アーノルドは落ち着いた様子で、構えていた大剣を下げる。

 それを見た頭領は、彼が降参したと解釈したのだが、直後、アーノルドが拳を突き出しながら突進してきた。


 頭領はそれを、籠手で受け止めようと軽く腕を伸ばす。

 しかし・・・


 ゴキっ!


 拳は勢いが弱まらず、男の腕は嫌な音を立てて、曲がってはいけない箇所で『く』の字に折れ曲がった。

 

「がっ・・・なぜ!?」

「魔導具の殆どは各国の軍が管理しており、巷には滅多に出回らない。だからこそ、貴様はそこまでのぼせ上ったのだろう?

 ・・・だがな、この程度ならば、“オレは飽きるほど見てきた”」


 背を丸め崩れ落ちる敵に対し、冒険者歴40年の男は、冷徹に告げる。


「その籠手は“武器の重さ”を消せるが、“それ以外には効果がない”。今のように素手が相手なら、ただの籠手でしかなくなる」

「ば、ばかな・・・」

「貴様の力は所詮、道具に頼った物でしかなかったという事だ。・・・聞こえていないか」


 アーノルドが言い終える前に、頭領は痛みで意識を失っていた。

 彼はそのまま己の大剣を再び握ると、テーブルの向かい側へと目を向ける。


「さて、アチラも終わったか」


 視線の先には、野盗5人が転がる中心で、返り血を優雅にぬぐうリートの姿があった。



少し遡って、リート側


「あれま、大物はあっちに行ったか・・とッ!」


 テーブルの左側に居るリートは、野党5人の攻撃をかわしつつ、残念そうに呟いた。

 それを聴いて、野党の一人が苛立たしげに叫ぶ。


「てめぇ、この状況解ってんのか?5対1だぞ!」

「それがどうした?お前らこそ、・・・自分で名乗るのも恥ずかしいが、<鞘無し>を相手にしているんだぞ?」


 レイピアをもてあそび言葉を返しつつ、リートは敵の“得物”を観察し始める。


「(ショートソードに両手斧。片手斧と盾持ちに、細長い暗器。そして・・・銃か?)」


 最後に目に入った野盗の武器に、リートは驚いた。一年前に現れた<グルゥクス>が発明したというソレは、野党ごときが手に入れられるほども、出回っていないはずの物だったからだ。

 

「(生死不問だが、ヤツは生かしておくか。となると順番は・・・)」

「なぁに黙ってんだよ!てめぇなんざ知るか!」


 野盗の一人が堪えきれず、リートへと斬りかかる。


「まずはショートソードか」


 サクッ!


「こは!?」

 

 我流で隙だらけの斬撃を交わしつつ、リートは冷静なまま、カウンターでレイピアを男の喉に突き刺した。

 そして刺さったままのソレを手放すと、力が抜けた野盗の手から、代わりの得物を奪う。

 

 一連の動作を1秒かからずに終えたリートは、次に盾持ちの野盗へと駆けだした。

 

「っく、なろぉがぁ!?」


 防御の構えで待ち受ける野盗。

 しかしリートは、その手前で飛び上がると、つられて上向きに角度の付いた盾を踏み台にし、空中で体を捻ると、無防備な盾持ちの背中を、落下の勢いが加わったショートソードで斬りつける。


「う・・そぉ!?」


 斬撃で背中が反り、バンザイ姿勢で崩れ落ちる盾持ち。

 リートは彼から一旦目を離し、縦軸に体を半回転させると、こちらに照準を向けた銃持ちへ、牽制として剣をブン投げた。

 銃持ちは横へと飛び退く事で回避したが、引き金を引き損ねる。

 その間に、盾持ちから片手斧を奪ったリートは、両手斧をこちらへ振り降ろそうとした野盗との距離を詰め、脇をすり抜けざまに、がら空きとなった胴を薙ぐ。


 急所から吹き出した血が、リートの頬に掛かるが、彼は気にせず、死角に回り込もうとしていた暗器持ちを捕まえると、とっさにその陰へ隠れる。


 パン!


「ごふっ!?」


 直後、暗器持ちの右肩が弾ける。


「くそが、人間を盾にしやがった」

「酷い殺し方をする奴には、言われたくないっ!」


 言うが早いか、リートは野盗から奪った暗器が投げつけ、射手の右肩を封じる。

 さらに追撃として、椅子からテーブルへと駆け上がると、うずくまって別の武器を抜こうとする野盗の顔面へ向かって、勢いよく飛び降りた。


「ふぅ、終わったな。栗毛の旦那は・・・あれま、先に片付けてたか」


 テーブル越しにもう一方の修羅場を確認すると、アーノルドが白目をむいた野盗のボスから、魔法陣が描かれた籠手を脱がしていた。

 

 すると、入ってきたのとは別の扉から、若きリーダーの喜びを含んだ声が届いた。


「みんな、手を貸してくれ!<アマゾーン>全員の生存を確認した!」

「・・・いつの間に!?」

「やれやれ。相も変わらず、抜け駆けが得意な御嬢さんだ。ま、本当にヤバい時は、逆に1人だけで敵に突っこむんだが・・・」

「どっちにしろ、組んだら目が離せないルーキーって事だね」


 互いに苦笑いを浮かべつつも、アーノルドとリートは、他の冒険者たちと共に、5人が捕らわれている牢獄へと向かった。 



ジェイル視点


 アーノルドさんとリートが乱戦を始めてしまい、ブルーオンブルー同士討ちしそうだったので、オレは<隠密>スキルを発動させつつ、テーブルの上を走って部屋の奥へと突貫した。

 そこにあった扉を開けると、正面と左に向かって廊下が伸びており、左側は崩落、正面は鉄格子の扉が行く手を塞いでおり、シレイア姐さん達の反応は、鉄格子の向こう側にあった。

 当然、扉には鍵がかかっている。

 だが・・・


「すぅ・・・セイ!」


 ガァン!


 軽く貯めた後、回し蹴りを叩き込むと、鉄格子は『く』の字に折れ曲がって倒れる。

 <俊足しゅんそく>スキルを取得している事で、『蹴り』系統の攻撃技に威力増加のボーナスが付いたが故の所業である。

 ただし・・・


「・・・かぁあぁあ!?」


 威力が強いという事は、その反動もしかり。

 めちゃくちゃ痛かった。膝から下が爆発して、無くなったんじゃないかと錯覚するぐらい。

 コンマ何秒と掛からずうずくまり、涙があふれて止まらない。

 

 しかしその甲斐あってか、奥から聞き覚えのある、しかし弱りきった女性の声がした。


「・・・随分と荒っぽい来訪だね?」

「!?・・・姐さん、シレイア姐さん!?」


 未だに片足が痛み、ケンケン状態ではあったが、オレは牢の中へと進んでいく。

 そして、壁に打ち付けられた手枷に拘束され、横一列に吊られていた<アマゾーン>の5人を見つけた。

 幸い5人とも、損傷の程度に差はあるが鎧は付けたままだった。


「・・・ジェイル?驚いた、もう救助が来たのかい?」


 来ることだけは解っていた、という風に、シレイア姐さんは端の切れた唇を歪める。


「はい、この辺に詳しい新入りが居たおかげで。野盗共もほぼ全員制圧しました。姐さん方は?ひどい怪我をしていたりしませんか?」


 灯りが松明一本だけという暗さの為、5人の詳しい負傷は判らない。

 シレイア姐さんは、もぞもぞと体を動かしてから返す。


「アタシは大丈夫だよ。ただ、襲撃されたときにティオが足を挫いてる。1人で動くのは無理そうだね」

「ゴメンね、姉御」

 

 右端に繋がれていたティオちゃんが、申し訳なさそうに言った。

 だが姐さんは、彼女に慰めの言葉を投げた。 


「あんたが悪いんじゃないよ。あの“ぴすとる”とかいう変な武器の所為で、馬が暴れちまったんだから。

 アタシを含めた残り4人は、軽い怪我程度だけど、この半日ほど飲まず食わずでね。悪いけど、他の救助隊を呼んできておくれよ。

 あんたの事だ、どうせ雑魚だと判った途端、他のメンツに押し付けてきちまったんだろ?」

「あはは、・・・ご名答です」


 オレは誤魔化すように笑うが、すぐに真顔へと戻し告げる。


「もう少し辛抱してください。すぐに助け出しますから」


 そしてオレは、戦闘が終わっているであろう食堂へと、踵を返した。



暫く後 屋外


 野盗の頭領が持っていたカギを使い、<アマゾーン>の5人を救出したオレ達は、敵の生存者5人(頭領と暗器使い、表に居た酔っぱらい2人と、塔の上で寝ていた見張り役)を捕縛した後、監視塔を脱出した。


 幸い、強奪された物資をここまで運んだ荷車が、馬つきで2台も手に入った。

 片方に囚人とリートら男性陣全員にミラ姐さんとミシェル姐さんが、もう片方に<アマゾーン>とアンジー姐さん、ダッキ、オレが分乗し、旧ダフニー街道に沿ってカルナトス村を目指す。

 

 本来の予定では、このままアトネスに向かう予定だった。

パルターナンこの世界では情報の伝達手段が発達しておらず、アトネスは俺たちが帰還する事でしか、作戦の結果を知る事が出来ないからだ。


 だが<アマゾーン>達の体調、特にティオちゃんの負傷した足の具合が思った以上に酷く、先にカルナトス村で治療を行おうという事になったのである。


 そういう訳で、総勢20人の大所帯は朝日を背に、自然へと還りかけている街道を突き進んだ。


 その道中、オレと一緒に御者席に座っていたダッキが尋ねてくる。


「ねえ、ジェイル?アトネスへの伝令役に、誰か1人を向かわせた方がよかったんじゃない?」

「・・・いや無理だ。馬が四頭しかいなかったし、何より10人で野党5人と怪我人5人を運んでいる状態だ。

 伝令役に割く余裕はない」

「私はどう?元の姿になって、一人でアトネスに・・・きゃっ!?」


 2つの獣耳を生やしかけたダッキの頭を、オレは無理やりフードをかぶせて隠す。


「“今の君”は、新米冒険者のダッキだろう!

 せっかく手に入れた新しい自分を、そう簡単に手放すな!」

「・・・ジェイル?」


 つい語気を荒げてしまい、ダッキに身を縮めさせてしまった。


「ゴメン、・・・けど、心配なんだよ。君は消滅しかけの魂で、エレフシナの身体に乗り移っている状態。1年前より回復しているだろうけど、独りで行動するのは危険だ」

「こちらこそ、ごめんなさい。そうだよね、今の私は、“人間の冒険者・ダッキ”なんだった」


 さらに落ち込んでしまったダッキを横目で見て、オレは背中と手綱を握る手に嫌な汗をかく。

 まずい。これじゃオレ、悪者じゃん!


「ええっと・・・力を使うなとは言わないよ?カルナトスまでの間に、ヤバい魔物とか出てきて、人間では対処できなくなったら、君の能力を目一杯使ってほしい。

 ただ、伝令の件は他に“良い手”があるから、君ががんばる必要はない、っていいたかっただけで・・・」

「・・良い手?」


 元の調子に戻ったダッキが尋ねるが、それは後ろでティオちゃんの看病をしていたアンジー姐さんに遮られる。


「あなた達。2大しん様見たく、女の子同士でイチャイチャするのは構わないけど。目的地がどこか忘れていないでしょうね?」


 姐さんが指示した先へと目をやると、道が緩やかな下り坂になっており、その先には巨大な湖の畔に栄える漁村、カルナトスが在った。 

 

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