カルナトス電影戦

第25話  レイド結成

パラト歴215年4月末 某日 十ノ刻(午後8時)

アトネス南側三等地区 冒険者ギルド集会所 


 生活様式や技術が中世レベルのこの世界では、夜の灯りは松明かオイルランプが一般的だ。魔法を動力とする光源装置もあるが、高価なので公共施設以外では滅多に見られない。

 その為、街は日没とともにその活動を止める。街を出入りする門は閉じられ、その半~一刻ほどで、大抵の酒場も暖簾を下ろす。



 冒険者ギルドも同様に、普段なら十ノ刻で業務を終了するはずだったが、しかしこの日は違った。

 まだ灯りが落ちないどころか、続々と人が集まってきているのである。

 この日の朝に出立した隊商が襲撃を受け、護衛にあたっていた女性冒険者5人が、犯人グループに拉致された為だ。


 集会所内では、変事を知らせに来た商人の遺体が運び出され、その場に居合わせたオレやダッキ達のほか、騒ぎを聴きつけて推参した冒険者二十数名と、同じく駆けつけたアトネス衛兵隊12名が、揃って険しい顔を並べている。


 彼らの視線の先、ホールの中央には、事務室から運び込まれた巨大なボードが置かれ、そこにアトネス周辺の地図が張り出されている。

 その前に立つのは、ギルドマスターであるグリアム。彼はオレを含めた一同を見渡し、淡々と説明を始める。


「・・・状況は、かなり悪い。伝令役にされたあの男は、アントーニオ商会の営業担当だと確認された。他3人と隊商を組んで、絹や生活雑貨を運んでいたらしい。

 ・・・彼の最後の言葉が正しければ、商会側の人間は全滅してる」


 入り口付近には、営業マンの男性がのこした血だまりが、赤黒く歪な円を描いている。

 医術に詳しい冒険者によると、彼は細長い刃物で内臓を刺されており、すぐには死なない致命傷だったとのこと。

 

 犯人の残虐さに、皆の中では怒りが沸々と湧いていた。

 

「そして、これが一番の厄ダネだ。護衛についていた冒険者チーム<アマゾーン>、シレイア、オーレイ、ポリー、ティオ、メラニーの5人が犯人どもに拉致され、身代金を要求されている。

 その額、金貨で80万枚。明日の日没までに、アトネス西方14kyキルヤーにあるカルナトス村まで届けねばならん」


 金貨は1枚で日本のおよそ五千円、80万枚なら約40億円に相当する。重さは約50g。

(ちなみに先ごろの下水道工事は、総計で金貨90万枚が使われたと、姫さんから聞いていた)

 そしては14kyは、メートル法に換算すると、およそ42km。地図で確認すると、問題の村はオレの世界でのコリントス周辺となっている。


 まとめると、1つの国家事業に匹敵する額の金(約40トン)を用意し、それをマラソンと同程度の距離も運ばねばならないのだ。

 

 はっきりと言って、無理ゲーというもの。

 他の者達もそれが理解でき、グリアムの説明に対して怒号が飛んだ。


「無茶だ!時間が足りない!」

「カルナトスなら、一番早い馬車なら一刻半(約3時間)で行けるが、それでも猶予はあと半日。80万もの大金を集められるのか?」


 次々にヤジが飛ぶ中、ギルマスはそれを抑え込むように、声を張り上げる。


「ギルドには、賞金首の報酬として城から交付された金貨が10万枚がある。他には、俺の個人資産のうち、すぐに動かせる分が500枚。

 ・・・残念ながら、それが今の限界だ」

  

 それは要求された額の、12%ほどでしかない。


「そもそも、どうしてあの人たちが。貴族ならともかく、そこそこ名が通っている程度の冒険者を人質にするとか、意味ワカンナイ・・・」


 泣きはらした顔にタオルを当てながら、ステラ嬢が震える声で呟く。

 <アマゾーン>と交流の深かった彼女にとって、この事件は相当に応えているはずだ。

 皆が彼女に同情の視線を向けつつ、同じ疑問を抱いた。


 冒険者という職業は、一見すれば、モンスターや賞金首の討伐により、一般より飛び抜けた収入を得ているように見える。

 だが実際は、それに比例して武具の手入れや消耗品の補充など、多額の出費を強いられる。

 さらに報酬についても、いつも高額な依頼が来るとは限らない不安定な状態であり、ベテランの冒険者すら、何か月も薬草採取でその日暮らしを送るときがあるほど。

 営利誘拐のターゲットとしては、まったく不相応な相手なのである。 


「そもそも、隊商を襲った時点で、かなりの稼ぎを得たはずだ。

 そこからさらに無理な要求を吹っ掛けるなんて・・・」

「他にも、奴らは伝令役に、瀕死の商人を使った。下手をすれば、彼はここに来る前に死んでいたかもしれない。現に、人質に関しては言えぬままこと切れた」


 衛兵が血の跡を遡った結果、男は“アトネスの中”、城門を潜ってすぐの、人目につきにくい一角で刺されたと判った。

 距離を考えると、たどり着けずに死んでいた可能性の方が高いらしい。

 ギルドに事件を知らせることができたのは、ひとえに犠牲になった営業マンが、文字どおり命をして伝えようとしたからであった


 他にも、一番金策が困難な夜間に事態が発覚した点や、受け渡し場所が遠く離れたカルナトスである点が挙げられた。


 それら不可解な状況を整理していくうちに、オレ達はある可能性に行きついた。


 人質の情報を、ギルドに伝えるつもりがなく、伝令役を寄越したという、形だけを作りたかったのだとしたら・・・。


「もしかして、ギルドの悪評を作るのが目的、なのでは?」

 

 リートが投げかけたのに続いて、オレもグリアムに問いかける。


「身代金を提示されながら、それを用意できず、人質を死なせた。これって、ギルドにとってはかなりの痛手になりますよね?ギルマス」

「・・・ああ、俺たちは『尊命』を掲げて冒険者ギルドをやっている。シレイア達を死なせれば、それに背いたことになる」

「・・・だとすれば、身代金を集めるより、今から5人の救出に向かうべきでは?」


 この場にいるほぼ全員が、それに賛同した。だが、大きな問題にぶち当たる。


 5人と野盗が、どこにいるのか・・・・


「今からカルナトスへ向かい、村を捜索すれば・・・」

「それだと敵にバレて、5人の命が・・・」

「探知系の魔法を使えば、遠距離からでも・・・」

「そこまでの熟練度持ってるヤツなんか、ここにいるのか?」


 それを聴いて、オレは名乗りを上げようとする。

 オレの<索敵>スキルの限界は900m。こっちの世界の300ヤー圏内の人・動物を察知できる。

 さらに<隠密>スキルも使えば、敵にバレる危険もない。


 しかし、オレより先に声を上げる者がいた。 


「・・・野党たちの隠れ家なら、心当たりがあるわ」


 ここに集まった者たちの中で、一番幼い声・・・ダッキだった。

 一同の視線が、彼女に集まる。


「ダッキ・・・そう言えば、君は盗賊ギルドと繋がりがあると言っていたな」


 グリアムが確認するように呟くと、ダッキはそれに肯き、地図へと近づく。


「ギルドの拠点や隠れ家は、ほぼ全て頭の中に入っているわ。カルナトス周辺で、隊商を襲った後に隠れられる場所は、・・・ここ!

 略奪品だけじゃなく、5人も人質を抱えて居るなら、この廃墟以外にないわ」


 指し示されたのは、カルナトスから東南東へ数kyの場所、赤い×印がつけられた砦だった。

 そのすぐ北側には、アトネスの西側、ダフニー山地から延びた街道が通り、南には、かなり距離を開けてサロニック平原から下に凸の緩やかな弧状の街道が通っている。

 

 砦の地図記号を睨みながら、グリアムは独りごちる。

 

「旧ダフニー街道の監視所だな。確か十年前、より短距離でカルナトスと繋がるサロニック街道の完成と共に、廃棄された砦だ」

「建物はそのまま残っていたから、ギルドがこっそり接収して、活動拠点にしていた。私も何度か使ったわ。

 ・・・一応付け加えると、今回の件に彼ら盗賊ギルドは無関係なはず。老朽化して隙間風とか崩落が酷かったから、半年前に放棄したの」

「つまり、同業他社が目をつけてもおかしくない場所ってことだろ?」


 今がチャンスとばかりに、オレは自分を売り込む。


「オレなら<グルゥクス>の力を使って、砦を遠方から探れる。それに、忍んで動くのは、オレの十八番おはこだ。

 オレとダッキだけとは言わない。だが5人の救出には行かせてくれ、ギルマス!」


 オレだって『ネェル・スネェク』の件以来、シレイア姐さん達とは深い付き合いだったんだ。

 例えここで無理だと言われても、無視して助けに行く腹積もりだ。 

 他にも数名、夜戦に慣れていると言う冒険者が立候補したが、グリアムはそれらを黙殺し、誰にともなく問いかける。


「・・・城門はどうだ?この時間に開けられるのか?」


 すると、衛兵隊を指揮している中年の男が返す。


「非常事態であれば、私の権限で門を開けることができます。今回はまさにそれですが、外へ出せるのは最低限の人数だけです。人質が5名なら、救助と護衛で10名前後かと」


 それを聞いた冒険者の一人が、隊長に食って掛かる。


「それだけか!?何人いるかわからない相手に、その程度で対処できるわけ・・・」

「静かにしろ!気が散って考えがまとまらん!!」


 グリアムの怒声に、ギルド内は一気に静かになった。

 そしてギルマスは、意識を集中するように、暫し沈黙し、決断した。


「犯人の要求を無視して、人質奪還を行うには課題が多すぎる。

 相手は未知数、どこにいるかもわからない。それなのに、此方の手勢は多くても10人、これで話にならん。

 夜が明け次第、各ギルドや城に連絡を取り、身代金を用意する。今の状態では、犯人の言う通りに動く他ない!」


 事実上の敗北宣言だった。

 当然、冒険者達は強く反発する。


「そんな!?」

「あの男の遺体を見たでしょう!?どう考えても、金を渡して解決するような連中では・・」

「これはギルドマスターとしての決定だ!不服があるなら、メンバーカードを置いて出ていけ!」


 横暴な物言いだが、ギルドの加護を失うというリスク故に、誰も反論出来なかった。


「・・・無いなら一時解散だ。日が登り、アトネスが動き始めるまで待機せよ。勿論もちろん、事件のことは他言無用とする!」

 

 グリアムはそのまま、ギルド長室へ下がろうとする。

 が、ふと思い出したように振り返った。


「それから、今から名を呼ぶ者は、ギルド長室に泊まれ。勝手な行動をやりかねんからな、オレが直接見張る!」


 そうして名を呼ばれた冒険者は、総勢10名。その中には、オレとダッキも含まれていた。


「・・・まさか」


 ギルマスに不信感を抱いていた者達は、指名された者を確認すると、唐突にそれを失い、形ばかりの不満を漏らしながら、集会所を去った。


 そして、残留組も互いに確認するように目配せした後、無言で集会所の奥へと進む。


 普段利用している時には意識していなかった廊下を進み、金色のプレートが吊るされたドアをくぐった。


 すると・・・


「早く入って、戸を閉めてくれ。それで防音魔法が発動する」


 待ち構えていたグリアムの指示に従い、オレ達はギルド長室の中へ素早く入った。


 最後の一人が鍵を閉めるカチャンという音を合図に、ギルマスは先程よりも凄みのある声で告げた。


「これより、“<アマゾーン>の救出作戦”について、極秘会議を始める」


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