第26話 夜明けの小芝居

パラト歴215年 4月の末 某日 ニノ刻(午前4時)

アトネスの西方14kyキルヤー(約42km) 旧ダフニー街道監視塔付近


 東の遠方に見える山の尾根に、ほんのりと淡い青が差し始めた頃。

 満月によって夜でも明るく、また遮蔽物の少ない平野部のど真ん中という、隠密行動にとっては最悪な条件の中だったが、オレ達は目的地である廃墟の150y手前まで、難なくたどり着けた。

 10人の冒険者は皆、金属がほどんと使われていない革製装備に身を包んでおり、その上からさらに、深緑とこげ茶の混ざったマントをかぶっている。そこへオレの広域索敵能力と、ダッキの幻惑魔法が合わさっての成果である。


「・・・どうだ?黒髪の。アタリか?」


 抜き身のショートソードを片手に周囲を警戒しながら、リートが訊いてくる。

 それに対してオレは、視線を石造りの砦に向けたまま返す。


「・・・人影は27、いや8。石壁の上で弓を構えてるのが3、塔の上に2、建物の入り口前で酒盛りしている奴が3。

 残りは建物の中に散らばってるが・・・うち5人は地下の一か所で〝Yの字”だ」

「ワイ?」

「・・・壁に両手を繋がれて吊られてるって事。ああ、アタリだ。姐さん達はあそこにいる」


 目を閉じて<索敵>を終えたオレの背後で、9名が静かに喜びの声を上げた。



3時間前

アトネス南側3等地区 冒険者ギルド ギルド長室


「・・・この場に居て、訳が判らんなどと抜かすアホウはいないだろうな?」


 秘密会議を始めると告げたグリアムは、オレ達を見回しながらそう付け足した。


 まぁ、営業担当の殺され方を考えれば、ほとんどの人間は気づくだろう。

 彼は日没後に、アトネスの中で刺された。つまり犯人もまだ街にいるということだ。

 営利誘拐をやらかした連中だ。夜の街を観光するより、要求先の反応を確かめるはず。

 

 だからグリアムは、公の場では身代金を集めると声高々に言い放ち、その監視者に偽の情報を与えたという訳だ。

 そして、今からこの場で行われるのは、彼の本当の作戦、<アマゾーン>救出へ向けての打ち合わせだ。


「まず、今日ギルドに加入したルーキーが居る為、救出チームのメンバーについて軽く触れておく」


 オレの傍らで緊張気味に立つダッキへ、皆の視線が集まる。


「まずは、ついさっきギルドカードを渡したばかりのダッキ。前は盗賊ギルドに身を寄せていたそうで、幻惑魔法が使える。この作戦のかなめだ」

「よ、よろしくお願いします」


 萎縮しながらの挨拶に、場の空気が少しだがなごんだ。


「次に、<グルゥクス>のジェイル。まぁ、推薦人だから知っているか。

 こいつは自分でも売り込んだ通り、広域の索敵ができる上、隠密行動がうまい。

 過去3回の盗賊団討伐での活躍から、偵察と遊撃役として選んだ」


 オレは陣羽織を正して、ちょっと格好つけてみた。

 が・・・


「ただし、今回は陣羽織を脱いで行け。その悪趣味な焔が目立ってしょうがない」


 ダメ出しをされ、周囲から小さく笑い声が漏れた。・・・恥ずかしい。


「次に<鞘なし>のリート。普段はソロでの活動ばかりだが、即席パーティでも使える人材だ」

「よろしく頼むよ、蒼髪の」


 顔なじみである軽装鎧の青年は、そう言ってダッキに笑みを投げる。

 膝のあたりが、血糊で赤黒く汚れているが、誰も気にしていない。

 それに対し彼女は、ふと小首をかしげて、リートに返す。


「・・・なぜ<鞘なし>なんですか?」


 奴の腰には、〝鞘に収まった”ショートソードがぶら下がっている。

 彼が身に着けている鎧に比べると、かなり低品質な安物だ。


「ああ、それね。・・・まぁ、説明するより実際に見てもらったほうがいいかな?一応ヒントを出しておくと、僕は前衛担当だ」

「???」


 訳が判らないというダッキだが、グリアムは無視して、次の冒険者を紹介する。


「そこのバディは、ヴィンスとキャメロン。サテュロ王国の冒険者だが、このアトネスにもその名は知れているベテランたちだ。特にキャメロンは、王国軍の遊撃部隊長だった経歴を持つ」


 元軍人と言うより元囚人のような、しかし精神面は清らかそうな中年の男と、インテリ風の優男が反応する。


「お嬢ちゃん、ウサギは好きか?」

「・・・?」


 キャメロンが唐突に質問し、ダッキは戸惑いながら、オレの後ろに隠れた。

 すると隣のヴィンスが、彼に呆れ顔で言う。


「まだこだわるのか?・・・すまない。彼の娘さんが君と同じくらいでね。騒ぎが起こるまで、土産を何にするか揉めてたんだよ。彼はウサギのヌイグルミにすると頑固でね」

「はぁ・・・」


 一応は警戒を解いたらしいダッキだったが、キャメロンは最後にもう一押ししてくる。


「女を大事に扱わない、ゴキブリ共を潰した後にまた訊く。考えておいてくれ」

「・・・もういいか?親バカ。以上の四名は道中はダッキの護衛をし、到着後は賊の制圧を担当する。各自、得物の準備を怠るなよ?」

「「「応!!」」」


 キャメロンは拳闘士のようで、指の部分がメリケンサックのようになった手甲てこうを打ち鳴らし、ヴィンスは背中のクロスボウを親指で指した。

 オレも腰に指したコンバットナイフに目をやり、錆や欠けがない事を確認した。後で宿に弓も取りに行かないと・・・。


 それからグリアムは、残りの5人についても簡単な紹介をしていく。

 

 初代007っぽい老人メイソン、グラサンが似合いそうなマッチョマンはアーノルド、いずれもアクションスターのように鍛えられた体格の女性トリオのアンジーにミラ、ミシェル。


「みな冒険者としては経験豊富な猛者達だ。5人には、<アマゾーン>の搬送を担当してもらう」


 メイソンは素手だが、腰に普通の倍はあるポーチが巻かれている。

 アーノルドは片刃の大剣、アンジーとミラは弓、ミシェルは槍の使い手らしい。

 

「それでは段取りを説明する。チームは半刻後に出発。ダッキを案内役に、彼女の幻惑魔法とジェイルの<索敵>を使いつつ、ダフニー街道から監視所を目指せ。

 現地で野盗と人質を発見した場合、生死を問わずに制圧、人質を生きたまま連れ戻せ。

 万が一、ハズレだった場合は、カルナトスを経由してサロニック街道をアトネス方面へ進みつつ、手掛かりを探れ。

 作戦は以上だ。・・・時間が限られている。気張って行け!!」

「「「「「応!!」」」」」


 10人分の怒号が、ギルド長室に反響した。


現在

旧ダフニー街道監視塔まで、50yヤー(150m)


 秘密会議が終わった後、オレ達は監視役を警戒して、ギルド内で装備を補充し(オレは陣羽織を渋々預け、ギルドの武器庫にあった弓を借り受けた)、城壁の上を経由して西門からアトネスを発った。

 そしてダッキの幻惑魔法で、周囲に存在を察知されないようにしつつ、馬でダフニー街道を猛進した。

 だが、ひたすら平原を進むだけのサロニック側に比べ、こちらはうねうねとした山道。

 道のりでは南ルートと同距離であったが、速度が出せない分、到着に時間がかかった。  


 だが幸運にも、ダッキの予想通りの場所に、野盗と<アマゾーン>たちは居た。


 廃棄されて久しいはずだが、それでも壊れかけの塔は3階ほどの高さで残り、その下にはバスケットコートほどの広場を囲む形で2階建ての砦と、同じ高さの石壁が、ほとんど崩落せずに建っている。


 オレは皆の元へ戻ると、<索敵>スキルで読み取った情報を、手持ちの羊皮紙に書き込んでいく。

 

「敵は総勢23人、外にいるのは8人。塔の上の2人は、1人が周りを見回して、もう1人は寝っ転がっている。たぶん交代要員だな。石壁の上には一面につき1人の弓持ちが居て、互いが見えるように歩き回ってる。そして、建物入り口の前で、酔っ払いが3人。二人はどうも泥酔して寝てるな。残りは正面奥の建物内に散らばって居て、姐さん達は地下一階の奥、留置所みたいな場所に拘束されている」


 報告を聴き終えた一同は、安心と不安の混じった表情を浮かべている。


「5人は一番奥か。野盗を制圧しながら行くしかないな」


 メイソン老がそう呟くと、ミラ姐さんが同意しつつ続く。


「しかも、最後まで私たちの侵入がバレないようにしないと。取り逃したり、奥の方にいる仲間に知らされたりすれば、5人が危なくなるわ」

「そこは幻惑魔法でどうにかできるのでは?・・・いけるか?蒼髪の」


 リートに問われるが、ダッキは首を横に振った。


「私の魔法は、相手に自分の姿を見せなければ効果が無いの。

 それも相手の心理状態で効果に差が出ることも・・・」


 なるほど、肉体面の耐性に加え、催眠術と同じように、その時の気分次第で効果が変わるのか。

 そんな事を考えていると、何やら準備を終えた様子のメイソンに釘を刺された。


「そろそろ夜が明ける。早く仕掛けねば、夜道を駆けた意味がなくなるぞ」


 するとキャメロンがそれに同調し、オレに投げかける。


「ご老体の言うとおり、さっさと始めようぜ、リーダーさんよ」

「解りました。それじゃあヴィンスさんとオレ、弓持ちの姐さん方で歩哨を・・・って、リーダー?」


 ノリっ込みのような形で、オレは目の前の細マッチョに返した。そう言えば、このパーティのリーダーって誰になったんだっけ?

 するとキャメロンは、何をいまさらという風な顔で告げる。


「おいおい、あんたは名高き<神の遣い>だろう。

 ド新人の嬢ちゃん以外で、一番に名乗り出たのもあんただ。しっかり言い出しっぺの責任を果たしな」

「それに、今回の一件を片付ければ、アンタの実績が一つ増える事になる。悪い話じゃないだろ?アタシらはね、あのアラバマとかいう調子者よか、アンタに期待してんだ」


 ミシェル姐さんの言葉に、皆が肯いた。


 ・・・なんなんだ?このハリウッド映画のラスト直前みたいな空気は?唐突すぎだろ。

 てかシドの奴、嫌われすぎだろ。何をヤラかしたんだ?


 色々思う事は有れど、時間がないので、オレはそれらを呑み込んだ。


「・・・仕方ない。それじゃあ皆様方、オレの英雄譚の一節を、派手に盛り上げてください」


 そう言って、岩陰から颯爽さっそうと飛び出そうとしたのだが、


「ああ、そういうのは要らないから、普通に指揮をしてくれ、“普通に”」


 大事な事らしく、2回言われました。



暫くして 日の出直前


 遠く東の山脈から淡い暖色が空に差し始めた頃。

 砦を囲む塀の上で見張りをしていたひげ男は、平原をこちらへと歩んでくる2つの人影を見つけた。


「・・・だれだ?おいそこの!いったい何者だ!?」

「・・・んあ?ハンス、どうした?」


 すると、入り口の前で酒盛りをしていた筋肉質な男が目を覚まし、二日酔いの頭を抱えながら尋ねた。

 ハンスと呼ばれたひげ男は、他の二人の歩哨を呼び寄せつつ、人影を睨みながら返す。


「二人組がこっちにやって来るんだ。アレク!そっからも見えるだろ?」


 ハンスは背後にそびえる塔の上にいる仲間に声を掛ける。

 が、返事は帰ってこなかった。


「・・・ったく、居眠りしやがったな。あとでボスに言いつけてやる」

 

 しかしサボりだと判断したハンスは、背中に回していた弓を構え、すぐ傍まで来ていた来訪者二人に再度問いかけた。


「何モンだ?怪我したくなかったらうせな!」


 すっぽりとフードで顔を隠す二人組は、その言葉に怯えたように、互いに抱き合った。

 

 なんだか女みたいな仕草だと、ハンスは小首をかしげる。

 すると、背が高い方の人影から、震えた声が投げかけられた。


「あの、お水を少々分けてもらえませんか?野盗に襲われ、命辛々逃げだし、道に迷ってしまったのです」


 疲労困憊で枯れていたが、それは若い女のものだった。もう一人の方も、フードの下から蒼く長い髪が覗いていた。

 ハンスは彼女の言葉が気になったのと、もう一つの理由から、二人に中へ入るように促した。

 すると、共に歩哨をしていた二人からいさめられる。 


「おいハンス、勝手に入れていいのかよ?」

「お前、ボスが“上玉”を5人も独占したからって、飢えてるのか?」


 もう一つの理由というのは、ソレだった。

 彼ら野盗一味の頭が、昨日ある隊商を襲った際、護衛に就いていた女冒険者たちを攫って帰ってきた。

 しかし下っ端であるハンスたちには手も触れさせず、最近根城としたこの廃墟の地下へ幽閉してしまったのだ。


 しかしハンスは、己の下心を隠して告げる。


「お前ら今の聴いてたか?俺ら以外の盗賊団が、この辺に居るんだぞ。詳しく話を聴いて、ボスに報告しとかねぇと」


 そして彼は壁から飛び降り、まだ酔いの残る兄が迎えている二人組に、背後から近寄ろうとする。

 その時、


「ぐ!?」

「げほ!?」


 ド、ドシャ


 そのさらに背後で、二人分おうめき声と、何かが上から落ちる音がして、振り返る。


「なんd・・!?」

 

 そこで彼の意識は、永遠に途切れた。




「ひっく、嬢ちゃんらぁ、何しに来たッテェ?」


 あまり呂律が回らぬ状態で、サイモンは2人に問いかける。


「はい・・・私どものりましたキャラバンが襲われ、仲間は散り散りに。私は妹と逃げるのに必死で、飲まず食わずで一昼夜、この辺りを彷徨さまよっていたのです。どうか一時、落ち着く事の出来る場所か、せめて水の一杯をこの子に・・・」


 そう苦しげに伝えると、女は耐えかねたように片膝をつく。 


「(・・・言葉といい仕草といい、どっかのご令嬢か?)」


 サイモンの酔いは徐々に覚めていき、代わりによこしまな感情が浮かび上がる。

 

「(へへ、ボスが女傑どもで遊んでんだ。俺だって少しぐらい・・・)

 おう!そうかぁ、そりゃ大変だったなぁ。水ならタンマリ在るからよぉ、お前さんも飲みな」


 そう言って彼は、昨日さくじつの分捕り品である小樽に手を伸ばす。

 キャラバンの商人たちが道中の飲用に持っていた物で、酒を水割りにするためにくすねていたのだ。

 それにはしっかりと、『アントーニオ商会』と印字されている。

 封の開いた樽から水を掬い飲むと、女は呟く。


「アントーニオ・・・商会」

「ん?ああ、こいつかぁ。昨日襲った隊商の荷車にあった奴だ。なかなかしぶとかったぜぇ。護衛は皆、女だったから楽生だと思ったんだが、意外としぶとくてよぉ。ボスが生け捕りにして、今頃は“お楽しみ”してるだろうよ」


 頭の中が、捕らぬ狸の皮算用で一杯であるサイモンは、獲物と決めた女に対して簡単に打ち明ける。

 その為、離れたところに居た弟や歩哨二人の異変に気付かない。


「襲った・・・?もしやあなたも!?」

「へへへ、気付いても遅いさ。これからお前は俺のもんに・・」


 下卑た笑みを浮かべながら、サイモンは汚れた手を女に伸ばす。

 すると突然、その腕が横から握りられ、止まる。


「ああ、本当に手遅れだよ」


 女の声色ががらりと変わり、同時に伸びた腕から激痛が伝わる。


「ひぎぃぃ!?」

「ダッキ、幻惑を解除しろ!シラフになって貰わねえと困る」

「解ったわ、“オネェちゃん”」

「・・・てめぇら一体っ!?」


 蒼髪の少女の声が聞こえた途端、サイモンの感覚が急に明瞭となり、周囲が惨状となっている事に気付いた。

 傍で呑んでいた二人のうち、一人は若い男の足元で剣を手にしながらも斬り殺されており、もう一人は手甲を付けた男と老人に取り押さえられている。

 そして門の辺りでは、ハンスがガタイの良い男の大剣に串刺しにされ、他の2人も喉から矢を生やしコト切れていた。


 周囲の変貌ぶりと、それに気づかなかった事に動揺を見せるサイモン。

 だがすぐに、骨を握り砕かれそうな激痛によって、意識を無理やり引き戻された。


「がはぁ!?」

「・・・いいか下郎、一度しか訊かねぇ。地下に繋がれてる女5人は、冒険者ギルドの人間か?」

 

 掴んだ腕をサイモンの背中でねじり上げながら、女は問い詰める。

 すると一陣の風が彼女のフードをめくり上げ、その下から、殺気に満ちたジェイルの顔が現れた。

 

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