第24話 『ダッキ』

盗賊ギルドのアジト


「本当の名前は判らない。あえて名乗るなら・・・森の精霊?たまに人に化けて、悪戯とか小遣い稼ぎとかして、“遊んでいた”の。

 でも、1年前に最初の<グルゥクス>達にちょっかい出したら、討伐されちゃってね。霊体だけで彷徨っていたら、家出してアトネスを飛び出したエレフシナと出会ったの。

 親が盗賊ギルドのボスって知って、死のうとしていたみたい。私もそろそろ消滅しそうになっていたから、合意の上で体を貰ったってわけ」


 先程までとは違い、語尾が間延びしない真面目な言葉遣いで、彼女は語った。

 オレはため息交じりに、感想を述べる。


「やれやれ、本当に『封神演義』とそっくりだな」

「・・・ホウシン?」

「オレの世界の、古いおとぎ話だよ。妲己だっきって姫さんが、国王へ嫁ぎに行く道中に、魔物のキツネに体を乗っ取られて、国を無茶苦茶にするって内容。君とエレフシナの関係に似てるだろ?」

「『ダッキ』・・・」


 何やら興味を持った様子だったが、エレフシナの身体に宿ったナニカは、すぐに話を戻した。


「ま、そんな訳で、私は今の“エレフシナ”になった。 それから今日まで、ダマスやギルドの皆を幻惑で操って、また遊びを始めたの。

 お金とかご飯とか、欲しい物は手下達が手に入れてくれたし、前以上に楽しかった。それで文句を言ってくる奴らも居たけど、魔法で操るか、ダマスに黙らせていたわ。

 そうしたら、なんだか物足りなく感じてね?エレフシナの記憶を探ったら、『友達』っていうのを持っていないことに気付いたの」

「それでオレにこんな真似を?何でオレなの?」


 自分の身の上を明かす魔物に、オレはあきれ半分に返した。


「初めて作るんだから、一番上等な『友達』にしようって思って・・・。そうしたら丁度、新しい<グルゥクス>が来たって聞いて」

「人間関係を、流行りのファッションかなにかと一緒するな!」


 思わず突っ込みを入れると、少女は悲しげに呟く。


「だって、私は下僕しか作った事なかったし、この子も私と会うまで、同世代の人間が距離を置いて、独りだったし。家出したのも、それがきっかけよ?」


 言い訳をするように呟いた魔物は、そのまま押し黙ってしまう。


「・・・」


 いつでも逃げ出せそうな状況なのだが、オレはその場を動けずにいた。

 相手の目的があまりにもショボすぎて、脱力してしまっているのもあるが、目の前の魔物が、見た目通りの世間を知らない幼子おさなごにしか見えなくなっていたのだ。


「・・・はぁ。オレ以外なら、1年前と同じ展開になってたぞ」

「え?」


 驚いてこちらを見上げる少女。その蒼い髪を、オレはクシャッと撫でてやった。

 縛られていた時は目線が同じで解らなかったが、彼女の身長はオレよりも頭三つ分ほど低かったのだ。

 


「君の友達に、成ってもいいよ」


 そう告げてやると、赤と金の瞳が嬉しさで輝きだす。


「本当!」

「ああ。ただし条件がある。もうこれからは、むやみにヒトを上から襲いかかったり、眠らせて拉致・監禁したりしない事」

「約束するわ!ありがとう、ジェイル!」


 ガバッ!


 無邪気な声を上げて、彼女はオレの胴に抱きついた。


「ちょ!?」


 咄嗟に引き剥がそうとするが、ふと気づく。

 

 “エレフシナ”は16歳だと言っていたが、中身である魔物の方は年齢を聞いていない。

 精神は身体と同じか、それよりもさらに幼いようだ。

 


「(・・・寂しかったんだな、昔の“私”みたいに)」


 親が大物だったり、家が金持ちだったりすると、その子供は孤独な半生を送ることになる。マンガやアニメでは良くある設定だ。


 特別であるという事は、“普通じゃない”という事。人間は、そういった自分たちと違うモノを排除したいと思う習性を持っている。

 すべての人間がそうだとは言わないが、少なくとも“私”の周りに居た人間は、半分近くがそうだった。

 だから、この少女の心境が手に取るように解るのだ。


 誰か、本当に信じられる存在が欲しかった。そして手を伸ばした相手が、オレだった。

 ここでその手を払いのけるなんて事は、理想のオレジェイルはもちろん、現実の私にだってできようはずがない。

 

「・・・それに、そろそろ固定したパートナーが欲しいなって思っていたんだよなぁ」

「そうなの?」


 少女は抱き着いたまま、上目づかいな姿勢で尋ねる。


「ああ。最初にパーティを組んだは、近衛騎士団の所属でね。

 今は通常業務に戻っていて、たまに街を巡回してるところへ出くわすぐらい。だから、依頼以外で一緒に居られる相手が恋しくなってたんだ」


 これは嘘ではない。イリアス本人はオレとのコンビを続けたかったらしいが、オレが自立出来る程度には知識を蓄えたって事で、補佐の任をレオネイオス団長に解かれたのだ。

(まぁ実際は、グシャンの一件で、メドゥのスパイじゃないって判断されたからなんだけど・・・)


 おかげで一人でいる時間が増え、相棒のような存在が居たらなぁ、と思い始めていた。   

 独りぼっちは、寂しいもんねぇ。


「そんなわけで・・・改めてよろしくな。えっと・・・、名前はエレフシナのまま、で良いのか?」


 中身が『名無しの精霊』という事を知ってしまったので、彼女を“どちら”として扱えばいいのか、ふと疑問に思ったのだ。

 すると、彼女はオレに抱き着くのを辞め、数歩下がってから返す。


「そうね・・・これからは『ダッキ』って呼んでほしいかな?」

「え・・・?」

「あなたと一緒に行くってことは、表の世界で暮らす事になるでしょう?

『エレフシナ』のままだと、色々と不味いのよ」

「・・・ああ。そう言えば君、粛清とか、いろいろ好き勝手やっていたんだっけ?」


 幻惑魔法でギルドの内側は支配していたのだろうが、その外側には、彼女を目の敵にする輩がいるだろう。


「だから、これからは『ダッキ』って名前に・・・してもいい?私と似ているんでしょう?」

「・・・まぁ・・ね」


 ボイラーで人間を蒸し焼きにしたり、正真正銘の『酒池肉林』をやらかしたり、本当はあまり似てほしくない相手なんだが・・・。教えなければいっか。

 

 さっさと状況を次に進めたかったオレは、それを受け入れた。



暫く後 『ネズミのしっぽ亭』


 オレが監禁されていた部屋は、意外なことに、情報屋が居た部屋の左隣だった。

 廊下の突き当たりだと思っていた壁が、隠し扉となっていて、その奥にさらに3部屋とアジトへの階段があったのである。


 エレフシナ、もといダッキの案内で、再び『双剣の部屋』まで戻ってきたオレは、ふと双子の様子が気になって覗いてみた。

 2人ともオレの顔を見ると、罪悪感を覚えたのか、目をそらした。

 だがオレが現れたこと自体には驚いていなかったので、おそらくテレパシー能力でこれまでのやり取りを確認していたのだろう。

 

 ダッキによれば、イヤヤもコヤヤも今回の件には関係なかったらしいので、オレは特に怒る事も無く、双子に「気にするな」とだけ伝えて退室した。


 そして、下の酒場に降りてみると・・・意外な光景が飛び込んできた。


 酒場に居たゴロツキ達が皆、先に居たダッキを取り囲んで、こうべを垂れていたのだ。

 当の彼女は、彼らを前に平然と何かを語っている。


「・・・そういう訳でぇ、私はジェイルと一緒に行動するからぁ。

 何か手を借りたいときには、また戻って来るわぁ」


 ・・・どうやら語尾が間延びする話し方は、エレフシナの癖だったらしい。

 ねっとりとした少女の言葉を、ゴロツキ達はとろんとした表情で聴いている。・・・あ、これ幻惑魔法使ってるな。

 

 巻き込まれまいとして、オレは彼女を遠巻きにしてカウンターまで、素早く移動した。

 すると・・・


「おい、あんたが<グルゥクス>か?」


 正気を保った声の主は、オレを2階へ上げたバーテンダーの男だった。


「ああ、そうだが。・・・あんた、魔法に耐性があるのか?」

「まぁな。今は引退してバーテンダー何ぞやってるが、元は先代クルステスから当代ダマスまで、ボスの右腕を担っていたんでな。

 敵対する連中に、散々魔法を浴びせられて、頑丈になったんだ。まぁ同時に、片方の足をやられて退くことになったんだが」


 うわ、結構な大物だったよ、この人。

 慌てて態度を改めようとするオレを、バーテンダーは笑って制し、さらには一本の酒瓶を押し付けてきた。

 情報屋への取り次ぎの際に、注文するフリをした『ウーズ』だ。


「お嬢が世話になるらしいからな。その詫びと礼として受け取ってくれ。

 何があったんだか、1年前から様子の変わっちまって以来、あのの、あんな無邪気な笑みを見たことがない。ボスには上手く言っといてやるから、どうか我らがエレフシナに、表の楽しさを教えてやってくだせぇ」

「・・・心得た」


 バーテンダーの意思と共に、オレは酒瓶をしっかりと受け取った。



それからさらに暫く後

東側3等地区→南側3等地区 冒険者ギルド


 盗賊ギルドとのやり取りを終え、最低限の荷物を持ったダッキと外へ出ると、日は既にパルディオナ城の向こうへとかなり傾いていた。

 今日中に終わらせたい事があったオレは、彼女の手を引いて、街を掛けた。


 そして、9回の鐘が鳴らされる(九ノ刻午後6時)頃、肩で息をした状態で、冒険者ギルドの集会所へと、ほぼ四半日ぶりに帰還した。


「ダッキ、オレと行動を共にしてもらう為に、君にはギルド公認の冒険者に成ってもらおうと考えている」

「え?私が冒険者?」


 等々に出たオレの提案に、それまで黙ってついてきた彼女は、驚きの声を上げた。


「ああ。さっきも言ったように、オレはパートナーが欲しい。それにギルドのメンバーカードは、全国家共通で使える身分証明になる」


 『ダッキ』として再スタートした彼女には、まず身元の保証が必要だ。彼女もそのことを理解したようで、オレの提案を快諾した。


「解ったわ。・・・でもどうすれば成れるの?」

「ギルマスとの面接にパスすればいい。・・・一応言っておくけど、幻惑は禁止な」

「・・・解ってるわよ、それくらい」


 ちょっと間が空いたものの、彼女は肯く。使うつもりだったか。


 やや気まずい空気が流れるが、振り払うように二人でギルドの敷居を跨いだ。



ギルド内 受付付近


 日が暮れて、討伐や護衛の依頼を終えた冒険者たちでごった返す中、オレ達はステラ嬢の取次で、マスター・グリアムと面会していた。

 カウンターは換金作業で忙しい為、空いたテーブルに座っての試験となった。

 “あの夜”の当事者でもある彼には、ダッキが例の給仕であることを明かしたが、見つかったのならどうでも良いと返された。


「・・・俺にとって今のお前さんは、毎日毎日、俺の大事な大事な休憩時間を無駄に消費させる、50人近い命知らず共の一人だ!」


 オレの時と同じセリフと共に、グリアムはダッキに向けて、威圧感を放った。

 途端に、集会所に充満していた喧騒がぴたりと止む。


「こんな時間位ギルマスの洗礼?誰だよ」

「あそこに居るの。新参のジェイルだろ?なんでまた・・・」

「アレ?その隣にいる女の子、奴が探し回ってた・・・」


 だが少女は、グリアムの圧に押し負けるどころか、逆に緊張を和らげた様子だった。

 それを確認したグリアムは、面白そうに顎鬚あごひげを触った。


「ほう、肝が据わった嬢ちゃんだ。・・・ダッキとか言ったな。何もんだ?」

「・・・クルステス・ファミリアの、関係者の娘でした。でも今は、ただの<ジェイルの友達>です」


 必要最低限、しかし嘘はつかず、ダッキは答える。

 その答えに目を僅かに広げながらも、ギルマスは再び言葉に圧をかけ始める。


「あの盗賊ギルドの?・・・なるほど。では最後の質問だ。お前は揉め事を解決したり、賊を捕えるとき、何を頼る?

 腰にぶら下げている武器か?それとも魔法か?それとも知恵か?」

「・・・・」


 グリアムが語気を強めて問うと、暫しの思案の後、ダッキは返す。


「・・・魔法と知恵を。ただ魔法を使うだけなら簡単だけど、それで自分を傷つけたり、不要な損害を出したりしないように、知恵を使うわ」


 その割には、ホイホイ使っていたような・・・。と、一瞬頭の中に浮かんだものの、思い返してみれば、彼女の魔法は人間を操れるレベルだ。

 しかし、彼女がオレに使ったのは催眠魔法のみ。それがオレに効いたと解っていながら、他の術は使わなかった。

 意外にも、物事をちゃんと考えているのかもしれない。


 そんなことを考えている間に、グリアムの判断が出た。


「武器も魔法も、別に使うこと自体は悪ではない。その目的や用法を深く考えない連中、それが悪だ。ダッキ、お前は知恵を使うと答えたな。くれぐれも、慢心して判断を誤らぬように。・・・・合格だ」


 ギルマスの宣言によって、集会所内に歓声が沸きあがった。

 

 そして、時刻的に多くの者が酒を持ち込んでいた事が主な原因となり、ギルドで祝いの宴が始まった。

 かくいうオレも、盗賊ギルドOBから渡された『ウーズ』を開封し、杯を持ってきてくれたステラ嬢と二人で呑んだ。

 ダッキは未成年(こちらの世界では18歳で成人)だったので、これまたステラ嬢の用意した無発酵果実汁フレッシュジュースで乾杯した。



 発行されたばかりのメンバーカードを、宝石のように見つめる彼女の可愛らしさを肴に、ステラ嬢や絡んできた冒険者とはしゃぐこと、2時間ほど。

 皆手持ちの酒が尽き、酔いもある程度覚めてきた為、解散しようとした矢先、その知らせは物理的に、飛び込んできた。


 ドーーン!


 血まみれの男が、ギルドの扉を押し倒して転がり込んできた。

 その只ならぬ光景に、皆の酔いは一気にさめた。


「おい、大丈夫か?なにがあった?」


 一番近くにいたリートが、自分が酔い覚まし用に持っていた飲料水を、男の口元へ運びながら問うた。

 それを2口ほど舐めるように飲んだ後、男は振り絞った声で応える。


「ア、アントーニオ商会の、隊・・・商が、襲われた。仲間は・・・殺され、護衛の冒険者たちは、攫われた。オレは・・伝令に、わざと・・・」

「伝令?・・・何を伝えろと?攫われたのは誰だ?」


 リートはこれまで見たことがないほど恐ろしい形相で問うが、男の顔からはどんどん血の気が無くっている。


「身、身代金・・・金貨8千枚。明日の日没までに・・・カルナトスへ

 そこから、別の運び手が・・・・」


 最後まで言い終わらぬまま、男の手から水入りの杯が落ちた。


「おい・・・おい!!」


 リートが揺さぶるが、目が虚ろに開かれたまま、男は永遠に沈黙した。


「金貨八千枚を今日・明日中に?・・・無理だ!」


 名も知らぬ、初対面の冒険者が吐き捨てた。

 ほかの者たちも、犯人の非常識に要求と、その為に殺された男の事を想い、怒りを露わにする。

 しかしギルマスであるグリアムは、冷静に、オレの隣に座るステラ嬢へ声を掛ける。


「ステラ。アントーニオの隊商を護衛していた冒険者、依頼の記録から確認できるか?」

「は、はい!」


 椅子を倒す勢いで、ステラ嬢は事務室へと駆け込んだ。

 そして、30秒ほど後。


「あ、あああ、ありましたぁ!!」


 悲鳴に近い声を伴い、彼女は戻ってきた。


「依頼人、アントーニオ商会の隊商4名。ご、護衛をしていたのは・・・」

「誰だ!?」


 ただならぬ様子を、皆が感じ取る中、グリアムが吠えた。

 すると、オレがこの世界に来てから、いやこれまでの人生で一番の、悪い知らせが告げられた。


「5人組のパーティ、<アマゾーン>・・・シレイヤさん達ですっ!」


 ステラ嬢は泣きながら、5人のサインが入った書類を掲げた。

 

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