第23話 妖女現る

???


 どんよりとした、しかし心地よいまどろみの中で、オレはFFO時代のある一件についてのプレイバックを観ていた。


仮想西暦2028年 某月某日

MMORPG『Freedom Fantasy Online』 

日本サーバー内 キョート・ポリス ニジョウ・エリア 『いおりあん


 サービス開始から三周年を迎えた頃。その記念として、新たなレイドボスが導入された。

 公式発表から導入までの猶予期間は2週間。そして発表の2日後、その対策会議が、オレが自作したプレイヤーハウスで執り行われていた。



 『庵』と聞くと、茶道で使われるような質素な小屋を思い浮かべることがほとんどだろうが、平安時代ごろには、『軍の陣営・泊地』という意味で使われていたりする。

 もちろん、プライベートルームとして前者の『庵』も造ったが、今回使ったのは後者。

 大政奉還が行われた二条の大広間を模した、100人が収容可能な大会議室である。


 そこに集まったレイド参加予定者は、オレを含めた最古参勢が18名に、後発組ながら、廃人寸前なほどのプレイ時間で鍛え上げた成り上がりが9名。

 総勢27名が、来たるボス戦に備え、己のステータスや戦法を紹介し合った。

 そんな中、オレの番が終わってすぐ、向かいに座る後発組の青年が問うてきた。


「ジェイルさんは、古参組ですよね?それにしては、<状態異常耐性>のスキルがやけに低いような・・・」


 FFOにおいてスキルは、能力を使えば使うほど強化され、逆に現実の時間で一週間、まったく発動しなければ退化する、という仕様になっている。

 防御系スキル、例えば今挙がった<状態異常耐性>の場合、モンスターからその手の攻撃を受け続けることによって強化され、次回以降に受けるダメージや効果時間が軽減される、という具合だ。

 故に、モンスターとのエンカウント回数や、攻撃を食らう頻度によって、同じ時期に始めたプレイヤーでも、スキルレベルに大きな差が出やすい。


「・・・ああ。今説明した様に、オレの戦法は動き回って一撃、っていう遊撃タイプだ。

 だから他のメンツより、被弾回数が少なくてね」


 一応、期限である1週間が過ぎる前に、ワザと攻撃を食らって、スキルの退化を防ぎ、最低限度の数値は保っている。

 が、死亡=キャラデータの消滅となる上、雑魚モンスター相手でも普通に即死しかねないFFOでは、肉を切らせる方法はリスクが大きい。


 だが、正面の青年は続ける。


「今回の相手、『タマモゴゼン』は、中国サーバーで先行導入された『ダッキ』と同じ個体だと、公式でアナウンスされてますよね?

 『ダッキ』が元ネタ、『封神演義』の『妲己』通りの性能だったことを考えれば・・・」

「『タマモゴゼン』も、『玉藻前たまものまえ』の設定に由来する技を使ってくる、だろ?だとすれば、状態異常が付与された攻撃であるのは確実。『ダッキ』の方も、紂王を籠絡したように、敵味方の識別を逆転させる技を使ったそうだな」


 『玉藻の前』は日本の伝説に登場する、時の上皇に仕えた絶世の美女とされる人物。

 その正体は、中国の古典ファンタジー『封神演義』で紂王に嫁ぐ前の妲己姫を食い殺し、成り替わって国を傾けた九尾の妖狐とされる。

 

 この伝説の肝は、上皇を含めた彼女の周囲の人間が、次々に病で倒れたという部分だ。

 討伐された後も、病魔を撒き散らす『殺生石』を遺したとまで描かれている事から、毒の類を使ってこない方がおかしい。

 つまりこのレイドの参加には、<状態異常耐性>スキルが必須となるのだ。

 オレの<耐性>系スキルのレベルは、他の最古参勢の7割といった所。

 通常のモンスター相手なら、状態異常がほとんど起こらない程度だ。


「まぁレイドだからな。心配は理解できる。一応、期日までにレべリングをやっておくが、何度も言うように、オレは回避重視の遊撃手。しかも可能であるなら、隠密からの弓狙撃を主体にする。

 被弾しないようにするから、堪忍してくれんかね?」


 オレの言葉に、青年はなんとか納得してくれたようだ。彼ら後発組もまた、被弾の少ない遊撃戦を考えていた為だ。



 だが結局、オレは『タマモゴゼン』戦終盤において、瀕死の状態に陥ってしまった。


 レイド戦は、専用ステージにおいて、3段階に変化した彼女を倒すというもの。

 最初は人型を相手にした。1対多数の乱闘。毒の塊の投擲とうてきや近接攻撃のみで、僅か5分ほどで済んだ。

 次が隠遁した『タマモゴゼン』を探し一撃を加えるというもの。15分ほどかかった。

 ここまでは、盾役以外は誰も消耗せず、オレも弓による遠距離攻撃だけで来れた。

 だが、最終形態である九尾の妖狐となるや、オレは地獄を見せられることになった。


 場所は樹木の多い森林。しかし『タマモゴゼン』の状態異常攻撃が、距離や遮蔽物に関係なく当たるようになったのだ。

 おまけに、元が日本妖怪のお局級。そのビックネーム振りは、彼の安倍清明の母という話があるほど。

 <耐性>のレベルがオレと同程度だった後発組は、2,3撃で全滅。

 オレも最古参ゆえのHP量と、回復薬の保有数でなければ、同じ目に合っていた。

 結果、討伐されるまでのラスト30分は、タダ逃げまわるしかなかった。

 FFOで数少ない、ジェイルのトラウマである。



パラト歴215年 4月の末 

アトネス 3等東側地区 ???


「(・・・あれの後、<耐性>スキルが上がるほどのダメージを避けるようになって、鍛えてなかったんだよなぁ)」


 そのしわ寄せが今、催眠呪文を掛けられて拉致されるという形で来た訳だ。

 オレは徐々に、意識を覚醒させていく。だが身体の方はそれに比例せず、身動きがとれない。


「うぅ・・・なんだ?」


 ゆっくりとまぶたを開けると、自分の膝と太腿が見えた。 

 視野は、ひどく暗い。


「あら、お目覚め?・・・少しは耐性が有るみたいね」


 女の声がした。意識を失う前に聞こえた、あの声だ。

 どれぐらい同じ姿勢でいたのか、うつむき姿勢で固まり、鈍く痛む首を持ち上げる。

 丁度正面、3メートルほど離れた場所にもう一つの椅子が置かれており、その足元にランタンが1つ、それがこの場を照らす唯一の灯りだ。

 そして声の主は、椅子にゆったりと腰かけ、オレが書いた似顔絵を自分の顔の前に掲げていた。


「会ったのはほんの僅かの間、それもすぐ後にあんな騒動が有ったのに、よく描けてるわぁ。

 私、自分の幻惑魔法には自信が有ったのよ?」

 

 似顔絵が降ろされ、その背後からほとんど同じ顔(ただし総天然色版)が現れた。

 唯一の違いは、前回左半面を隠していた前髪は耳元へ寄せられており、左右で色の違う瞳がはっきりと確認できた点だ。

 遊びのつもりか、あの時と同じ給仕服に身を包む彼女は、オレの記憶よりも一層幼く感じられた。


「そんな残念そうな顔をしなさんな。<グルゥクス>であるオレ以外には、効果覿てき面だったぞ?」


 言いながらオレは体をよじったが、両手首が椅子の背の裏で縛られているらしく、また両足も、左右別々に椅子の足へ縛り付けられていた。


「(ドラマとかでこういうシチュエーションをよく見るけど、大抵は拷問がもれなくついてくるんだよなぁ)」

 

 なんてことを頭に浮かべながら、ランタンの灯りが届く範囲を見回すと、まさしく“そんな事”に使う部屋だという事が解った。

 壁のあちこちに描かれている魔法陣は、おそらく防音効果。床には赤黒いシミや刃物による傷が無数にあった。


 嫌な汗をかきながら目の前に意識を戻すと、少女は立ち上がって、こちらに近づいてきた。


「・・・なぁに?その目。心配しなくても、私は自分がして欲しくない事を、他人にしたりしないわ」

「普通に聞けば、聖人の言葉って捉えられるけど。君がドMだったら、命の危機だな」

「どえむ・・?」

「痛みを快楽と感じる変態的思考の事。逆に、相手を痛めつけるのが気持ちいい人間は『ドS』って、オレの世界じゃ呼ぶんだが。君はどっちだ?」

「あら、2択しかないの?・・・私はどっちでもないわぁ。痛いのは嫌だし、痛くするのもつまらないから。・・・そんな事より貴方、随分と冷静ね」

 

 呆れ気味に尋ねる少女に、オレは苦笑いで返す。


「目的は達成できたからな。思っていたのとは違う形で、だけど」

 

 そして表情を引っ込めて、少女を見据える。


「単刀直入に聞く。君は誰だ?なんの為にあの夜、給仕に化けた?」

「・・・つまんないなぁ」


 あからさまに落胆すると、彼女はそのまま、オレの周りをグルグルと歩きながら、少し間を置いて語りだす。

 

「私は・・・エレフシナ。クルステス・ファミリアの現首領、ダマスの娘。歳は確か、今年で16歳だったかしら?

 早い話が、アトネスの裏社会を牛耳るギルドのお姫様ね」

「・・・」 

 

 オレは彼女の言葉に、違和感を覚える。自己紹介のはずなのに、まるで他人について語っているように聞こえたのである。

 そんなオレの様子に気付かず、エレフシアは正面まで来ると、身を屈め、オレを見上げる恰好で続ける。

 

「あなたに会いに行ったのは、面白そうだったから」

「面白い?」

「だって1年ぶりの<グルゥクス>なんだもの。前の3人の時は、満足に遊べなかったから、今回はひと手間かけたのよ?さて、なにをしたでしょ~かっ?♪」


 悪戯をする子供のように笑いながら、エレフシアは問いかけた。

 オレは改めて、あの夜から今日までの事を振り返り、考える。


「・・・初対面の時、あえて何もせず、オレが自分で君を探すように仕向けたのか?」

「せいか~い♪」


 ニヒヒと笑いながら、少女は勢い良く立ち上がる。


「<グルゥクス>に幻惑魔法が効かないのは、前の3人で判ってたわぁ。だから、今回は情報を制限するのに使ったの。私を憶えているのは貴方だけだから、探すのも単独になる。そうなれば頼れるのは、アトネスで唯一の情報屋、イヤヤとコヤヤだけ。読み通り、貴方は二人の所へ来たぁ。でも~・・・」

「2人が居る『ネズミのしっぽ亭』は、実は盗賊ギルドの隠れ家。オレはまんまと、君の縄張りに誘い込まれたわけだ」


 そりゃ情報屋も言い渋るわな。探している相手が、同じ屋根の下で罠を張っていたんだ。言っても時すでに遅し。オレは最初から詰んでいた。


「・・・で?これからオレはどうなるんだ?そこまでして手に入れたんだ。よほどの訳があるんだろう?盗賊ギルドなら、どこかへ押し入る手伝いをするのか?それとも、ギルドの内紛でも片付けるか?」


 オレの知ってるRPGだと、こういうヒール系のイベントは、


1,仕事をいくつか手伝う。

2,次々に手柄を立てて出世(そうしないと進まないだろ、という突っ込みは無しで)。

3,ギルドの運営方針(プレイヤーの扱いとか後継者云々)を巡り内紛勃発。

4,プレイヤーがお偉方をぶん殴って解決。新しいリーダーに。


 という流れがほとんどだった。


 今回も、わざわざパラスがヒントをくれた事から、そういうクエストが発生するのだろう。


 と、思っていたのだが、・・・・


「そんなこと、別に求めていないわぁ。ギルドは衰退しない程度に仕事をこなしているし、文句を言ってくる奴はダマスが消しちゃうし」

「・・・オレ、ここに来てからアトネス周辺の盗賊やゴロツキを、それなりに捕縛してるんだけど?」

「あいつらは余所から流れてきた商売がたきよぉ。多分メドゥ帝国が嫌がらせに送って来てるのね」


 さらりととんでもない情報が出てきたが、今はそれを気にする余裕がない。


「じゃあ何のために?お茶会に誘おうとしたなら、不意打ちとか椅子に拘束とかしないだろ!?」


 オレは皮肉を込めて、そう告げた。


「・・・そうなのぉ?」


 すると意外なことに、エレフシナは真顔で尋ね返した。


「そうだよ。友達が欲しいなら、まずは普通に声を掛けろ!『ご機嫌いかが?』とか、『お隣イイですか?』とか」


 ふざけているのかと思い、オレはついそんな事を言った。もちろん、それで友人に成れるなんて、本気で思っていたわけじゃない。

 

 しかし、それを聴いたエレフシナは、慌てた様子でオレの後ろへ回り込む。

 何をされるのかと、身構えるオレ。

 

「ちょ、ちょっと!?・・・!?」


 ところが、気が付くと両腕が自由に動かせるようになっていた。

 実際にこの目で確認すると、赤い痕が両手首についているのみ。

 

 呆然とそれを見つめている間、エレフシナはさらに、両足を縛っていたロープも、小さなナイフで切り解き、恐る恐る告げる。


「ご、ごきげんいかが?おとなりいいですか?」

「・・・何のつもりだ?」

「だって、お友達になるには、こうするんでしょう?」


 まるで幼子の様に尋ねる彼女を見て、オレはある可能性に思い至る。

 奇しくもそれは、彼女に催眠魔法をかけられたおかげで至ることができた結論だ。


「君は・・・“エレフシナ本人じゃないな”。体はそうだとしても、中身は違う。・・・モンスターか?」


 僅かに痛む手首をさすりながら、オレは問いかけた。 

 そして、少女の姿をしたソレは、恥ずかしげに答えた。

 

「えへへ、バレちゃった?」


 左右で色の違う瞳が細められ、その奥に妖しい光が宿る。

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