第22話 ネズミのしっぽ亭

同日 中天の刻(正午)

アトネス東側3等地区 某所。


 ステラ嬢から紹介状と共に受け取った地図を頼りに、オレは情報屋の滞在先である宿屋を探して回った。


 実を言えば、この辺りに来るのはまだ3度目であり、地区の構造をまだ把握できていないうえでの来訪だった。

 最初に来たのは、オレがアトネスに初めて来た時。その次が下水処理施設の竣工式典。

 どちらもただ、大通りをまっすぐ進んだだけ。

 しかし今回の目的地である宿は、大通りから遠く離れた裏小路の一角にあるらしく、オレの足取りは、土地勘の無さからゆっくりとしている。

そのせいか、周りの建物や道を、じっくりと眺めていた。


「・・・なんだか、薄暗いな」


 時刻は正午。太陽が真上から照らしているにもかかわらず、オレが歩いている区画は、所々に暗がりがあるように感じられた。

 それは、周りに並ぶ建物の劣化具合や、ゴミが散らばりあるいは張り付いた地面の様相がそうさせているのだろう。

 一言で表せば・・・


「・・・アンダーグラウンド」


 呟いた直後、オレの背中に悪寒が走った。

 先ほどから人影が無くなり、寂しいと感じていたのが一変。今は誰とも出くわさない事を願うようになっていた。


 さっさと用事を済ませて、出来るだけ早く立ち去ろう。


 オレは立ち止まると、周囲の気配を探るように、神経を研ぎ澄ませる。

 直後、<索敵>能力が発動する。

 周りの壁が半透明になり、その向こう側にいる生命体が、ボンヤリとしたシルエットとなって、視野に表示される。

 右の小道では犬が二匹、ゴミを漁っている。

 左の手前から二つ目の家では、男が胡坐をかいて瓶をあおっている。

 今通り過ぎた角の向こうでは、女性が一人、小袋の中の金貨を数えていた。


 他にもいろいろ、中には視ない方がよかった光景などを感じ取りながら、オレはようやっと大勢の人間が集う建物を見つける。


「あそこだな」


 まっすぐ進んで、右に曲がり、そこからまた進んで左。


 広げた感覚を引き戻すようにし、<索敵>を切ると、オレは再び歩き出した。



数分後 

『ネズミのしっぽ亭』


 ようやく見つけた目当ての宿は、2階建てのそこそこ大きい建物だった。

 2階部分にしっぽだけが黒い白ネズミのシンボルが掲げられ、その左右にはハメ殺しの窓が2つずつ。

 しかし一階部分の窓は、全てガラスが入っておらず、中の喧騒がダダ漏れであった。

 

「うわぁ・・・『ザ・悪の巣窟』だな」

 

 そう呟いた自分の言葉で、オレは目の前の宿に関する重要情報を思い出した。

 

『東の3等地区には、盗賊ギルドの隠れ家があるらしいわ。「ネズミのしっぽ亭」という酒場がキナ臭いわね』


 洗礼を受けた時、パラスがくれたヒントで聴いたのだった。 


ヒール悪人系クエストの対象エリアか。・・・これ置いてくればよかったなぁ」


 城で作ってもらった、オーダーメイドの陣羽織をつまみながら、オレは後悔する。

 が、今脱いだとしてもカバンには入りきらないし、かといってこの辺に隠して置くわけにもいかない。


「はぁ・・・こりゃまたひと波乱ありそうだ」

  

 毎度おなじみの、嫌~な予感がこみあげてくる。

 が、今更戻る訳にもいかず、オレは片方の戸が金具を残して消えている入り口へと、歩を進めた。



「ネズミのしっぽ亭」 店内


 ここは本当にアトネスなのか?入った第一印象はそれだった。

 どんな都市にも、どこかに必ずアウトローの巣窟-『悪所』-がある、という知識はあった。

 だがそれでも、目にした光景は衝撃的だった。


 『血濡れのクリット』や、昨日討伐した盗賊団と似たり寄ったりの連中が、あちらこちらで酒を煽っている。


「(これが・・・アトネスの“影”、か)」


 社会とは、千差万別の個性の集合体、いわばジグソーパズルのような物だ。

 だが人間ピースの中には、その個性社会設計図とかみ合わず、影の中へ弾き出される者たちがいる。


 それがアウトローであり、彼らによって創られた、もうひとつの社会がアンダーグラウンド。

 表の世界とは全く異なる価値観で営まれる空間、それが目の前の光景なのだ。


 『表住民』としての感覚が、この場所からの退避を促している。

 ここは、自分が居ていい場所じゃない、と。


 しかし・・・


「・・・『国をるときは、底をろ』。

 祖父じっちゃん、オレは今から、『アトネス』を視にいくよ」


 <グルゥクス>としてのオレがそれを押さえ込み、片方の戸が金具を残して千切れ飛んでいる入り口へと、歩を進ませた。



『ネズミのしっぽ亭』 店内


 中に入った途端、中に居たアウトローたちの視線が、一斉にこちらへ向いた。

 胃が握られた様に縮み、軽い吐き気を覚えるが、それをこらえて奥へと進みつつ、目だけで周囲を観察する。


 一階部分は全て酒場となっているようで、入り口正面奥がカウンター。入り口からそこまでの間に、左右計6つの円卓が置かれている。

 客は10人前後。店員はカウンターに初老の男が一人、ウェイターは彼と同年代と20代ぐらいの女性2人。若い方は腰回りと脹脛ふくらはぎから下が露出した服装だ。


 客やウエイター2人は無言のままだが、カウンターでグラスを磨いている男は、オレが近づくと警告するように睨んで告げる。


「ここはアンタみたいな、身なりの良いモンが来る場所じゃないぞ。

 酒が飲みたきゃ大通りに戻んな」

「・・・情報屋を探しているんだ。冒険者ギルドで、ここにいると聞いたんだが?」


 男の威圧に負けじと、オレは余裕ぶりながら、カウンターにもたれ掛かって問い返す。 

 すると男はグラスを置いて、興味を失くしたという風に言う、


「ここは酒場兼宿屋だ。それも見ての通り、その日暮らしな連中相手のな。誰に聞いたか知らねェが、はずれを引かされちまったわけだ」


 オレはそれを聴いて、がっくりとカウンターに崩れる。


「はぁ・・・最悪だ。じゃあ、何か酒をくれ。なんも無しで帰るのは嫌だ」

「・・・なら『ウーズ』だな。ツマミを付けて銅貨5枚だ」

「それでいい」


 『ウーズ』は元の世界でいう『ウゾ(ギリシャ周辺特産の蒸留酒)』だ。

 アトネスでも焼酎やワインのような感覚で出回っており、オレも夕食の時に時折嗜んでいる。

 銅貨をカウンターに置くと、男はオレの背後を見渡して付け加える。

 

「・・・ここで飲まれると、周りの連中と揉めそうだ。上の一番奥、『双剣』の部屋を貸してやる。先に行って待ってろ」

「どうも」


 礼を言ってから、オレは席を立ち、向かって左手にある階段へと向かう。途中でこっそりテーブル席の連中を盗み見たが、オレが2階へ向かうと判って、興味を失くしたようだった。


 2階へ上がると、薄暗い廊下が伸びており左右に3つずつ扉があり、一番奥にだけ、プレートが掛かっていた。

 意外と掃除が行き届いている廊下を進むと、そのプレートが交差した二振りの剣を模っているのが解った。


「ここか」


オレは部屋の前まで来ると、右手に拳を作り、それを目の前へと持ち上げる。


 コンコン


「どうぞ~」

     「開いてるよ~」


 ノックした直後、部屋の中からかなり幼い、よく似た二人分の声が返ってくる。


「失礼します」


 そう一言告げてから、部屋へと入る。


 中は6畳ほどの一室で、壁際にベッドとサイドテーブル、中央に円卓と椅子が1つという簡素な造り。窓は明かり取り用の一つだけ。

 その窓から延びる、光のカーテンの向こう側で、二つの人影がベッドに腰掛けている。

 暗い廊下から明るい室内へ移動した為、目が明順応を起こし、人影の委細は判らない。


 オレはその人影に、迷うことなく挨拶を述べる。


「初めまして、情報屋のお二方ふたかた


 すると、明かりに慣れてきた視線の先に居る、燕尾服姿の子供たちが笑みを返してくる。 


「畏まらなくていいよぉ♪」

           「<グルゥクス>のジェイル~♪」

「僕たちの事は~イヤヤと~」

             「コヤヤって、呼び捨てで良いよぉ」


 キャラキャラという、二人の容姿に相応な笑い声が、部屋の中に響いた。 



 二人に関しては、ステラ嬢から事前にネタバレされていた。


『ジェミナンス共和国は、ネライダ妖精族っていう他種族の国家なんです。彼らは100年も200年も生きる長命種で、かならず双子として生まれてきます。

 そして、人間が使えない様な高度な魔法に長けています。その為、容姿と実年齢が異なるのが当たり前なので、注意して下さい』


 姿を思いのままに変えられる。そんな魔法を使いこなせる種族故、ネライダは能力の悪用を恐れてジェミナンスの外には出てこないらしい。

 イヤヤとコヤヤの双子も、アトネスに居るとはいえ接触にはかなり厳重な守護を通過する必要があった。

 それが先ほど、カウンターに居た男だ。

 オレは最初、カウンターに凭れ掛かった際、体の陰に隠す形でステラ嬢の紹介状を見せた。

 そして適当な会話をしつつ、情報屋の居場所へ誘導された、という訳だ。


 以上の流れは、全部ステラ嬢から聴いていた事(ゴロツキのたまり場になってる事は教えられてなかったが。・・・帰ったら泣かす)。

 

 とにかく、そんなこんなで接触できた情報屋に勧められるまま、オレは中央のテーブルに腰掛けた。

 そしてまずは、素朴な疑問を投げかける。

 

「・・・オレの事、どうやって?この陣羽織のおかげ、って思いたいけど」


 自称シンボルマークをひらりと見せて尋ねるが、二人はくすくすと笑って返す。


「僕たちの能力は~」

         「君の世界でいうテレパシー」

「君が部屋に来る途中に~」

            「“中”を観させてもらったの~」

「<グルゥクス>のジェイルは~」

               「本当は『サムラ イオリ』~』

「依頼の内容はぁ~」

         「奇怪な魔法少女~」


 メトロノームの様にゆらゆらと揺れながら話す二人に、オレは僅かに興奮を覚えた。


「すごいな、その能力。情報屋としての仕事も、それを使って?」

「そうだよ~」

      「正解~」

「千里眼に~」

      「読心術~」

「此処にいるだけで~」

          「なんでもお見通し~♪」

「「キャラキャラキャラキャラ・・・」」

「か、可愛いなおい!」


 思わず抱きしめたくなって、オレは前のめりになる。

 だがその瞬間、能力で察した二人は、後ろへでんぐり返りして避けた。


「当店では~」

      「おさわりは禁止~」

「何処で、んな言葉覚えたよ!?」

「イワンナとクーヤ~」

          「下のウェイター二人の~」

「「口癖~」」

「・・・ゴロツキのたまり場の癖に、しっかりしているな」


 冷静さを取り戻したオレは、元の位置に戻って尋ねる。


「それで、この似顔絵の女・・・と言うか少女?の情報、何かあるか?名前とか目的とか、・・・そもそもヒト種かどうか」


 すると、妖精の情報屋は、困ったように互いの顔を見合わせた。


「・・・どうする?コヤヤ」

            「どうしよう?イヤヤ」

「全部教えても~」

        「未来は変わらないけど~」

「面白味は~」

      「減っちゃうよね~」

「???なんだその意味深な発言は?」


 とりあえず、この二人がオレの求めた情報を持っている事は確実だ。だがやり取りを分析してみると、オレと謎の給仕との間で、何かイベントが発生するようだ。


「・・・ネタバレは大いに結構だ。むしろオレは、小説や映画は結末を知ってから、見る見ない、買う買わないを決めるタイプだ」


 オレは『フィクションなんだからハッピーエンドで良いじゃん』と考えている人間だ。

 一部例外はあるものの、主人公や主要メンバーが死んだり、うつエンドを迎えたりするのが嫌いだ。 

 だから可能な限り、小説なら巻末数ページを立読みしたり、映画ならネタバレ感想レビュ―を漁ったり、友人から聞き出したりしてから財布を握る。


 オレの心の中を読み取ったのか、再び顔を見合わせる2人。


「どうする~?」

       「教える~?」

「是非是非!なんなら謝礼を倍払うよ?」


 椅子に腰かけたまま、オレは身を乗り出す。

 すると・・・

 

「う~ん。謝礼は~」

         「定価で良いよ~」

「だって~」

     「もう時間切れ~」

「・・・は?」


 時間切れ・・・だと?


 2人の言葉の意味を、オレは真剣に考える。

 その為、天井の窓が外された事に、気付くのが数秒遅れた。


 フゥーーー


「・・・?風、上から?」


 空気が流れるのを感じ取り、立ち上がって窓の方を向いた。

 その瞬間、黒い何かが、上から覆いかぶさる。

 それが人一人分の重さを持つと察した頃には、オレはその何かに押しつぶされ、床に倒れ込んでいた。


「なんだおま・・!?」

「『眠れ、泥の雲に包まれて』」

「(・・・この・・・こえ・・・)」


 聞き覚えのある女の声が聞こえると、オレの意識が急速に暗闇へと沈んでいった。 

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