幕間 フリーダム・ファンタジー・オンライン

仮想西暦2025年

地球 ギリシャ オリュンポス山頂 異界


「・・・ふふ、これで準備は整いました」


 白亜一色に彩られた、神話に語られる存在達が住まう世界。

 その一角において、女神アテナは自らの作品を前に、満足げに頷いていた。


 5世代前の先祖が成し遂げた天地創造に挑戦し、失敗してから暫く後。

 次こそはと意気込んだ彼女が、下準備として製作していた、1つの“実験場”が完成したのである。

 

 

「やれやれ。ようやっとあの泣き声からオサラバ出来るな」


 知の女神を背後から見守り、安堵の表情を浮かべるのは海の神、ポセイドン。アテナの父ゼウスの兄弟だ。

 12神のナンバー2でありながら、都市の取り合いに負けたり、勝手に彼女の神殿で女の子とイチャイチャして怒られたりと色々あって、アテナとは『姪と、パシられる叔父』という、残念な間柄である。

 今回も、一度目の挑戦が失敗したアテナに泣き付かれ仕方なく、アドバイザーとして計画に参加させられていた。

  

「あら?私は少し物足りませんけどね?アートちゃんをヨシヨシするの、楽しいんだもの♪ウフフ」


 そう気安く話しかけたのは、海神の孫娘であるパラス。

 アテナとは幼少の頃からの付き合いで、『恋人(本人談)』である。

 

 実験場が出来上がるまでの日々を思い出し、恍惚な笑みを浮かべるパラス。

 自分の世界に入り込んだ彼女から目を反らし、ポセイドンは毒づく。


「全く、トリトンの奴。娘にどんな教育を・・・」

「姪の聖域で、人間の娘とナニした御仁の息子ですもの、仕方がありませんわ」


 気がつくと、目の前に灰と翠のオッドアイが迫っていた。


「うおっ!?・・・未だにアレを根に持っているのか?散々謝罪した上に、アフロディーテと『エリスのリンゴ』で揉めた折、お前に味方してやっただろう!」

「はて?そんなことも有ったような・・・」


 とぼけたように小首を傾げるアテナのに、ポセイドンは頭を抱える。

 

「お前の腹は冥府の岩より黒いと、改めて思い知ったわ。お前たちもそう思うだろう、メデューサ、アラクネ」


 海神が話を振ったのは、彼と同じくアテナの逆鱗に触れた元人間達だ。


 アテナも釣られて、2人へと視線を向ける。


「そうなの?貴女達」

「めっ、滅相もございません!」

「私たちは自らの業により、罰を受けた身の上。こうして主様の傍へ居られることに感謝すらあれど・・・」


 身振り手振りで、2人はポセイドンの言葉を否定した。


「ほら、私の従者は素直でよろしい子たちですのよ?叔父様」

「・・・もういい」


 期待していた答えが得られず、あきらめるポセイドン。

 だが従者二人に対して、彼は怒るよりも同情の心を向けていた。 


 メデューサは『神殿内イチャイチャ事件』でポセイドンと一緒に居た女性で、この一件が原因でアテナに怪物へと変えられた後、英雄ペルセウスに首をねられてしまった。

 その後、彼女の魂は首と共にアテナのもとへと渡り、現在は女神の従者という立場となっている。

 アラクネもメデューサ同様に、アテナの怒りを買った女性。織物が得意だった彼女は、慢心からアテナへ勝負を挑んだが、作った作品がR‐18なテーマだった所為でアテナが激怒。蜘蛛の怪物へと変えられた。

 そしてアラクネは反省し、以後アテナの従者として暮らしている。

 

 そんな経緯がある為、2人はアテナの機嫌を損ねる言動は決してしないのである。・・・本音はどうなのかは不明ながら。


「で?人間界へ“それ”を投じる用意はできているのか?」


 話を変えようと、ポセイドンは実験場―4機のスーパーコンピュータ―へ目をやりながら問う。


「もちろん。ヘルメスの手助けにより、4か国でダミー会社を設立しております。あとは“これ”を地上へ配置し、協力者を募るのみ・・・」

「そうか・・・。ゼウスや他の神々も、人間たちの現状に興味を持っている。お前の挑戦、期待しているぞ」


 ポセイドンはそう告げると、淡い光に包まれ消えた。

 それを見送り数秒後、アテナは友人と従者たちを振り返り告げた。


「さぁ、はじめましょう。新しい世界の創造を」



暫く後 仮想西暦 2025年 4月1日 午後7時58分

日本 東京都西部 唄月うたつき


 女子高校生の佐村いおりは、4か月前から待ち望んでいた瞬間を迎えようとしていた。

 彼女の正面、机の上に鎮座するゲーム用PCからは、コントローラーともう一つ、彼女の手に収まった機械の配線が伸びている。


 剣道で使われる『面』のような形のヘルメット。

 表面に『face converter』と印字されているソレは、2週間前に発売されたばかりの最新機器で、対応しているゲームのアバターに自分の顔を反映させられ、さらにプレイ中は喜怒哀楽も現実と同様に再現されるという、早い話が顔面スキャン装置である。


 既存の対応作品としては、花札で有名な某老舗ゲームメーカーが、家庭向けにスポーツ物のソフトを発売しているが、庵の部屋にはない。

 彼女が件の装置を購入したのは、本日より提供が開始されるオンラインゲームに備えてであった。

 

 そのゲームの名は『フリーダム・ファンタジー・オンライン』、アイテム課金制のMMORPG。

 新年早々、ネット上に告知が上がったそのゲームは、『ミネルヴァ・カンパニー』という無名の会社の製作であり、アイテム課金制が昨今では『流行の終わったコンテンツコン』扱いされていた為、世間一般での認知度は低かった。


 それでも、先述の老舗メーカーよりも先んじたフェイスコンバーター対応のMMORPGである事や、告知サイトのBGMが“神が造りたもうた”と称賛されるほどの出来であった事から、ゲーマーの間ではそこそこ知られていた。


 そして本日、4月1日。

 イギリス・ロンドン時間午後12時、中国・北京時間午後7時、日本・東京時間午後8時、USA・ワシントンDC時間午前6時。ゲームは開始される。


「・・・事前登録は、全世界で2万人かぁ。無名処のデビュー作っぽいから仕方ないか」


 社会人や学生、はたまた小学生までMMORPGをプレイしている今日この頃において、“4か国合わせて”2万人というのは極めて少ない。

 しかもこれは事前登録の数字、サービス開始と同時にゲームを始める人数は、もっと減少する。


「ま、それだけサーバーの負荷が少ないから、イライラも減るってことだけど・・・」


 庵は以前、大手メーカーが手掛けたMMOに手を出した際、有名故に初日にプレイヤーが集まりすぎて起こったひどいラグに眩暈を起こした経験があった。


 あんなのは二度と御免だ、と呟きながら庵はヘルメットを被り、コントローラー中央の電源ボタンを押した。


 ファーーーン


 1分ほどでPCの準備が完了し、庵はショートカットに登録しておいたサイトへ接続する。

 右下の時計は、『20:59:50』となっていた。


「・・・3、2、1・・開始!」


 上ずった声を合図に、庵は新たな電脳世界へと旅立つ。



『・・・ようこそ、<フリーダム・ファンタジー・オンライン>へ。まずは利用規約をご確認ください』


 ヘルメット内に音声が響き、PC画面にお馴染みの文言が表示される。

 ゲーム上の権利は全て『ミネルヴァ・カンパニー』が保有する事や、各種犯罪行為の禁止などなど。

 おかしなところはないか確認しつつも、庵は20秒ほどで読み終える。


「要は『自分が不快に思う行為を人にするな』でしょ?」


 いつもの通り、庵は許諾ボタンを押した。


 すると画面が真っ暗な空間に切り替わり、そこへ金髪にギリシャ風の白い衣装をまとった女性が現れる。


『・・・ようこそ、FFOの世界へ。

 私は<導きの女神>、この世界を見守る者です。

 この『アテーナン』には、かつて人類が栄えていました。 

 しかし、つまらぬ諍いが雪原を転がる雪玉のように膨れ上がり、100年前に滅んでしまいました』

 

 女神が手の平を掲げると、そこに水晶が現れ、廃墟が映し出された。


『今や『アテーナン』は、モンスターの跋扈する無法の世界。

 時空を超えし旅人よ、どうかもう一度、この箱庭に美しき秩序を・・・」


「なるほど、世界の再建がメインストーリーか」


 独りごちていると、女神が消え、真っ裸のマネキンが現れた。


『旅人よ、無法の世界では、私はもう長く姿を保てません。あなたを導こうにも、その姿を確認する事すら出来ぬのです。どうか、貴方自身の手で・・・』


 これまたお馴染みのキャラメイクであった。

 庵は、先月終了してしまった別のゲームのアバターを再現した。

 

「・・・種族はヒト、性別は男性。細身だが筋肉質。背は程々。髪は黒でポニーテール」

 

 体を設定し終えると、ヘルメットの正面部分が青く光った。顔のスキャニングが始まったのだ。

 すぐに音声案内が始まり、無表情、笑い、怒り、悲しみの表情を作った。

 するとPC画面のアバターに、庵そっくりな中性的な顔が再現された。


『顔を加工しますか?』

「イエスだよ。でないとリアルバレするっしょ」


 庵は当然の如く、顔の細部をいじっていく。ほんの10秒ほどで宝塚の男役のような顔から、極道物のインテリのような顔へと変貌した。

 決定画面を押すと次は職業選択だった。


『言い忘れておりました。この世界では『フェイ』と『マジ』、二つの相容れない因子を組み込まねば存在できないのです。

 『フェイ』は理性を強め、『マジ』は本能を強めます。この地域では、人間はかつて『フェイ』を宿した者を<サムライ>、『マジ』を宿した者を<ジュツシ>と呼んでおりました』


「・・・物理と魔法か。サムライ一択だな」


 庵は迷うことなく、<サムライ>を選んだ。

 すると、肌着のみだったアバターに、軽装鎧と短刀が装備された。


『<サムライ>も<ジュツシ>も修練を積めばより高位の存在へとクラスチェンジできます。

 ・・・さあ、旅人よ。これで準備は整いました。

 あなたの名をもって、その存在をこの『アテーナン』へ導きましょう』


 半透明になった女神と共に、名前の入力欄が現れた。


「・・・やれやれ、これはもう、1つしかないでしょう」


『ジェイル』


 自分の名前『さむらいおり』から『サムライ・オリ』、さらに転じて『サムライ・ジェイル』という訳だ。


「・・・ジェイル。あなたの武運を祈ります。次に会うとき、それはこの世界に秩序がもど・・・」


 再び画面は黒一色になり、右下に『loading』の文字とくるくる回るふくろうのシンボルが点滅する。


「ミネルバだけに、梟ね・・・・ん?」


 運営の遊び心にクスリときた庵だったが、画面に突如、数行の文章が表示されると、急に真顔へと戻る。


・モンスターは居るが、NPCは居ない。

・遺跡はあるが、街はない。

・ダンジョンはあるが、フィールドに安全地帯はない。

・キャラクターに『死』はあるが、『復活』はない。

 

「なにこれ?」


 しかし、意味を考える間もなく文章は消え、代わりに緑と青に染まった世界が現れた。




「・・・ここが、FFOの世界?」


 私・・・いや、“オレジェイル”の第一声はそれだった。

 今いる場所は、森の中に開けた、野球場ほどの広場。そこからトラック3台がゆうに通れるほどの道が真っ直ぐに伸びていた。


 スコーンと吹き抜ける様な空には、本物さながらに立体的な雲が散在し、デコボコとした大地には、きちんと影がある木々や岩が、一つ一つ立体的に自分達を囲んでいる。

 

 “自分達”と言った通り、オレの周囲には、出来立てのアバターでもって新たな冒険の第1陣を飾る同胞達が既に数十人単位で降り立っている。

 

 オレと同じ<サムライ>を選んだ物理攻撃職が多数派な様だが、よくみると<ジュツシ>の姿も、4人に1人ぐらいの割合で見つかった。

 だが、オレの興味は別の部分に向いていた。

 それは、アバターの種族。ヒト種以外にも、エルフやオーク、獣人、リザードマンが選択できたのだが、<サムライ>はともかくとして、<ジュツシ>職のプレイヤーの格好が、なかなかユニークなものになっていた。


 想像して欲しい。深緑の肌をした亜人やトカゲ人間が、平安衣装をまとっている姿を・・・


 ギャップ萌っていうやつかなと思いつつ、オレは動作確認を始める。


「スティックで移動と視野転回。各種ボタンでアイテム使用、攻撃、回避・・・」


 30秒ほどの試運転で、一撃離脱の戦法を使いこなした頃、ふと他のプレイヤーから声を掛けられた。


「そこの<サムライ>さん。間違えてたらすまないが、もしや『USC』でギルド『アカデメイア』に居たジェイルさんですか?」


 音声チャットのプライベートモードで呼びかけてきたその声に、オレは聞き覚えがあった。


 振り返ると、ジェイルの2倍はありそうな背丈のリザードマンと、普通の身長の女性が並んで寄ってくる。

 二人の頭上にはそれぞれの職業と名前が表示されているが、オレはそれを確認せずとも、二人の組み合わせで正体が解った。


「ええ、トラップ大好きジェイルくんですよー。

 ・・・こんばんは、です。 KOMコムさん、姫ゴゼ」


 <ジュツシ>/KOM、<サムライ>/ガラシャ御前


 二人ともMMORPGの玄人で、ゲームでバディを組んだ縁で現実でも夫婦になったという羨ましい人たち。

 オレは、昨年末に終了した別のゲーム『USC』で、KOMさんが立ち上げていたギルドに居た。

 ギルドの解散が惜しかったオレ達は、次に発売されるMMOでの再会を約束していたのだが、まさか初日に再会できるとは・・・。


「おう、回避しまくってからの一撃に『ジェイル』って名前でピンときたんでな」


 ごり押しが苦手なオレは、死角に回りつつ地道に削っていく、という戦い方を好んでいた。

 その癖を覚えていてくれたのだろう。


「このゲームでもそのスタイルでいくんですね。また一緒にギルド作りましょうよ」


 姫ゴゼの顔が、ニコッとした表情に変わる。それを真正面から見たオレは、思わず声を上げた。


「おお、すごい!」

「なにが?」

「・・・ああ、フェイスコンバーターだな。ジェイルくん、君もビックリ顔が再現されてるぞ」

「そう言うKOMさんも、なんかニヒルっぽい・・・」


 単なる表情の変化だったが、3人は無邪気に盛りあがった。

 すると・・・


 ファーン、ファーン!


 画面右上に表示されていたマップに、赤い波紋が表示される。


「・・・救難信号?」

「森の中からだな・・・初心者が高レベルモンスターに出くわしたか?」


 確認すると、東側の森を進んでいったところで赤い点が1つあり、そこから波紋が出ていた。

 点の傍には、発信者と思われるプレイヤーの名前が表示されている。

 が、それも5秒ほどで消え、同時にアラームも鳴りやんだ。


「・・・消えた」

「開始5分足らずで初ゲームオーバー。ご愁傷様だな。 

 俺たちも気を付けつつ、そろそろ動くか」

「ですね。・・・向こうに見える城っぽい遺跡とかどうです?」


 現実世界の駅前で行われるような会話を交わしながら、3人でスタート地点を離れようとするが・・・


 ファーン、ファーン!ファーン、ファーン!

 ファファーンン!ファファファファファー―!


 マップのあちこちから先ほどと同じ信号が大量に発信された。それらは移動している事から、発信者の動きと連動していると思われる。


「なんぞいや!?」


 KOMさんのクリクリした爬虫類アイが、さらにクリクリになる。

 だが、その様子を面白がる余裕はオレ達に無かった。

 

 マップ上のSOSサインは数十、下手をすれば100を超えているかもしれない。

 それらは、先に出た物から順に消えては新たに発生する、という周期を繰り返していたが、その赤い点の明滅は、まるで波のように移動していた。

 “東側の森から、こちらへ向かって”。


 他のプレイヤー達は、異変に気づいて武器を構える者も居れば、ポカンとした顔で佇む者もいる。

 後者は今さっきログインしてきたプレイヤーだろう。ここは、ゲームのスタート地点なのだから。

 

「何かくるぞ!かまえろ!」


 先着組の誰かがそう叫んだが、反応したものは少ない上、新規プレイヤーがどんどんログインしてくる状況では、焼け石に水だった。

 

 そんな中でオレは気付いた。


『“死に戻り”してくる連中が一人もいない?』


 マップには、救難信号の発信者名が出るが、それが消えた・・つまり発信者が死んだ後、同じ名前のプレイヤーがスタート地点であるこの広場に現れないのだ。


 いや~な予感がこみ上げ、現実のの背中を、変な汗が伝った。

 

「ジェイル君!森から何かがっ!」


 KOMさんの叫び声で、オレの思考は現実に引き戻される。

 そして、“救難信号の帯”が、スタート地点の広場に達した。


「うわぁーーー!」

「みんな逃げろ!攻撃が効かねェ!」  

 

 必死の形相をしたプレイヤーたちが、森からこちらへ逃げ込んでくる。

 すると・・・


 ブモォォォ!

 

 木々の間に、豚の顔を猿の胴体に載せたようなモンスター、ゴブリンの群れが姿を見せる。

 そしてそのまま、モンスターは“広場へとなだれ込んできた”。

 

 スタート地点に集ったプレイヤー達は、その光景に時間が止まる。

 しかしそれもわずか数秒、逃げ切れなかった最後尾のプレイヤーが背中に一撃を浴びるまでの事。

 彼の頭上に浮かんでいたHPゲージが、満タン状態から一気に全損したのだ。


「嘘だろ!?」


 驚きと恐怖の表情は、現実世界で彼が浮かべているものだろう。

 空中に跳んだ彼のアバターが、霧状のエフェクトを残して消滅する。

 日本サーバーにおける『魔の1時間』は、こうして始まった。



「みんな散れ!群れから距離を取るんだ!」


 音声チャットの全体チャンネルから、悲鳴じみた声が届く。

 オレ達3人は広場の北西の辺りに位置していた為、反射的に北方向へと走った。

 ゴブリンの群れは真っ直ぐ西進しつつ、前にいるプレイヤー達に襲いかかっている。


「くそがっ!氷付けにして・・・」

「ブモォォォ!」

「ブッブー!」

「うわっ、2匹同時とかひきy・・(パーン!)」


 魔法を撃とうとした獣人<ジュツシ>が、発動待機キャストタイム中に挟撃され、倒れた。


 それを見たKOMさんは、オレと姫ゴゼに叫ぶ。


「こっちも群れて動いた方が良いな!孤立してる奴らを拾いに行くぞ」

「解った。ジェイル君、魔法撃つときのカバーお願い」

「イエス、マム!・・・っ!はぐれた奴が一匹来ます!」


 南向きに反転してすぐ、左手の森から、ゴブリンが一匹飛び出してきた。


「ブッブー!」

「防御!」


 ボタン入力で防御姿勢を取ってすぐ、ゴブリンの振り下ろした攻撃が当たる。

 キーンという効果音を響かせ、モンスターの姿勢が後ろへ崩れる。

 そのまま斬りかかる事も可能だが、オレはあえて側面へと回避する。

 読み通り、KOMさんの魔法と姫さんの突撃が連続で顎に直撃。

 ゴブリンは後ろへ飛ばされ、2回跳ねてから消滅した。


「2回で倒れた・・・一度攻撃を防げばクリティカルヒットになるのか?」


 このゲームの戦闘は、単なるゴリ押しではなく、きちんと対策を練る必要があるようだ。

 

「ジェイルくん。大丈夫?」

「ええ、毒とか状態異常はな・・いっ!?」


 姫ゴゼの言葉で、ステータス画面を確認したオレは、思わず目を見張った。

 ・・・今の一撃、防御したのにHPを3割も持っていかれた!

 慌てて所持品欄を開くが回復薬はなく、ゴブリンの戦利品と思われるこん棒と10Gのみ!


「・・・オワッター」

「大丈夫だ、ジェイルくん。回復魔法があった」

 

 KOMさんの手が緑色に光り、オレのHPが回復した。

 魔法職が居てくれて助かった。


「ありがとう、KOMさん。・・・急いだ方が良さそうだな」


 ゴブリンとプレイヤーの戦いは、両者入り乱れて続いている。

 あちこちで<ジュツシ>が魔法を放っているが、それらはモンスターだけではなく、プレイヤーにも当たっている状況だ。

 ・・・くらったプレイヤーは、断末魔を残してアバターを弾けさせた。


「フレンドリーファイア有かよ。ジェイルくん、ガラシャ。僕の射線上に出ないように!」

「了解!」

「アイサー!オレが一撃離脱で隙を作ります。KOMさんはそれに合わせて遠距離攻撃、姫ゴゼは援護。ですね」


 前作で3人パーティを組んだ時の陣形だ。4か月のブランクがあるものの、先ほどの一戦を見るに、連携は大丈夫そうだ。

 簡単なブリーフィングの後、3人はゴブリンの群れへ挑んだ。



暫く後


 最初は混乱し、一方的に倒されていたプレイヤー側。

 しかし今では、生き残った者たちが攻略パターンを見つけ、複数のグループを作って反撃に転じていた。

 ゴブリンの数も、あと20体ほどまで減っている。


 オレはKOMさんが指揮するグループで、新たに加わった数名と前衛を担当していた。 

 3匹のゴブリンが後衛の魔法攻撃に倒れたのを見計らい、一人のプレイヤーが話しかけてきた。

 プレイヤーネームは<ケンゴウ/大・勇者王> 。

 名前の元ネタに似せたのかライオンのような風貌のヒト族で、乱戦の中でジョブがランクアップしたようだ。


「・・・やはり、死に戻りはないみたいだな」

「ですね。チュートリアル終了時のあの文言、ガチだったみたいです」


 ダッシュ斬りで新たな一匹のバランスを崩し、スウェイでKOMさんの炎をかわしつつ、オレは回想する。


・ダンジョンはあるが、フィールドに安全地帯はない。

・キャラクターに『死』はあるが、『復活』はない。


 これまでやってきたMMOでは、村や基地など、モンスター居るフィールドとは区切られた安全地帯がスタート地点になっていた。


 だがこのFFOでは、プレイヤーが降り立つその場所に、こうしてゴブリンが大挙してきている。

 確認できていないが、おそらくログインして数秒でゴブリンにやられた者もいるだろう。

 そして二つ目、『死』はあるが『復活』はないというのは、HPがゼロになった場合、スタート地点に再召喚されるのではなく、ゲームそのものからはじき出されるという事。最悪の場合、キャラデータのリセット、なんてこともあるかもしれない。

 時計を見ると、サービス開始から15分。たまに周囲を見渡しても、新規のプレイヤーは現れない。


「まったく、ここまで鬼畜なゲームは初めて、だっ!」


 正面のゴブリンが突き出した剣を避けようと、オレは『回避』ボタンを押す。

 が直後に指が滑り、うっかり『掴む』と『攻撃』に触ってしまう。


「やば!・・・え?」


 すると、ジェイルは意外な動作を見せた。

 突き出された腕を『掴み』、くるりと体を捻って背中に回ると、ゴブリンの脊椎へ剣を振り下ろした。

 ゴブリンの頭上にあったHPバーは、その一撃で全壊した。 

 直後、左下のシステムアナウンスにメッセージが届く。

 

『ショートカットに、<必殺技/カウンター・刀>が登録されました』

「・・・返り討ちコンボか」

「すごいじゃないか、ジェイル!」


 大・勇者王さん(言いづらいので以下『ダユウ』さん)が賞賛を送ってくれた。ゴブリンに蹴りを入れながら・・・。


「回避、掴み、攻撃を連続入力したら出ました」

「コマンド入力で覚醒か。・・・お?俺のは違うやつが出来たぞ」


 別のプレイヤーが手近なゴブリンに試すと、今度は片腕で羽交い絞めにして、残った方で前から胸を突き刺した。


「俺もだ、・・・なんかすごい事になった」


 ダユウさんの方を見ると、なんとゴブリンを真上に投げ、落下してきた所を切り裂いた。

 さらには・・・

 

「ラスト10体!後衛、スイッチ・・・うわ!?」


 離れた所で戦っていたパーティから、悲鳴と爆炎が上がった。

 

「あぶねぇーな!」

「ここまで残れたのに殺す気かコラ!」

「スイマセン!!」


 幸いプレイヤー側の死者は居ないようだったが、罵詈雑言ばりぞうごんが飛び交った。

 その標的となったのは<オンミョウジ>にランクアップしている獣人の少女。


「ターゲティングを何回もミスっちゃって、慌てて『ホムラ』を発動させたら、なぜかマップ攻撃になって・・・。

 ええっと・・・<必殺技/カグツチ>だそうです」


 どうやら発動条件が『複数の目標を狙ってから発動』だったようで、それが偶然できてしまったようだ。

 事故だと判ると、文句を言っていたプレイヤー達は不満げながら引き下がる。


 その様子を見ていたダユウさんが呟く。


「ほう、マナーをわきまえた連中だったみてぇだな」

「というより、そういう冷静なプレイヤーしか生き残れなかった、って事じゃないですか?」

 

 最後のゴブリンが倒されようとしているのを眺めながら、オレは返した。

 生存者たちの動きを見れば、こういったゲームをやり慣れている、つまりはMMORPGの玄人達だと判る。

 即席とはいえ、リーダーを中心に前衛と後衛に分かれ、『スイッチ交代』等の独特な指示を理解している。

 

「ははっ・・・♪」

「どうした?ジェイル」


 不意に笑いがこみ上げ、ダユウさんが不思議そうに尋ねる。


「このゲーム・・・楽しい」

「・・・だな」


 ライオンの顔に、ニヤッと笑みがつくられる。


 ブモォォォ!


 そして、サービス開始から20分。ようやく最後のゴブリンが討伐された。

 

「イエアー――!」

「ラッシャー―!」


 プレイヤーたちが、勝利を祝う歓声を上げる。

 ゲーム開始直後の大乱闘、それを生き抜いたという達成感を、オレはダユウさんやKOMさん達と分かち合った。


 だが、それはつかの間の休息でしかなかった。


 この初戦の後も、スタート地点は幾度となく、モンスターの襲撃を受けた。

 後に『魔の1時間』呼ばれる生存競争は、これからが本番であり、その中でKOMさんやガラシャ御前、大・勇者王が頭角を表していくのだが、それはまたの機会に語ろう。



 とにかく、今のオレ、グルゥクス神の遣いこと、ナスティ・ ジェイルの軌跡は、ここから始まったのである。

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