第20話 vsグシャン

東側3等地区 某所 パラス聖堂


 毒殺未遂の黒幕と目される人物の来訪。

 それにより、聖堂内には2種類の空気が渦巻いていた。


 アトネス王以下、街の重鎮たちの周囲には、ピリピリとした警戒心が。 対するメドゥ帝国からの来訪者一行、というよりグシャンは、色々な意味で場違いな、高慢で楽観的な空気を撒き散らしていた。

 自分が招かれざる客だと、まったく認識していない様子だ。


「アトネスへ着いたのは、つい今さっきたっだ為、本来は明日の朝に挨拶へ伺うつもりでした。しかし、パルディオナ城への先触れを出し今宵の宿へ入った際、此度の事を民たちが話していたのを、ちらりと耳にしたのです。

 『族が姫に毒を盛った』と。

 イルマ姫を敬愛するこの身としては、すぐさま無事を確認せねばと詳細を聴く間もなく、こうして馳せ参じたのでございます。我々はラミアンより、解毒薬を含む多数の薬品を持ち帰っております故」


 芝居がかった物言いをするグシャンに、アトネス王は眉をひそめつつ、感情を表に出さずに尋ねる。


「それはそれは、わざわざのご足労、感謝する。しかし、皇太子殿。貴殿らがアトネスへ戻ってくるのは、まだ数週間先と思っていたのだが?」

「ええ。確かに当初の予定では、まだケェフに滞在しておりました。しかし風の噂で、アトネスで民の生活に関わる大問題が発生し、それを『新たなグルゥクス』と名乗る者が、神の恵みを冒とくする策でもって収めようとしていると聞きまして。

 我々メドゥ人ならば、より良き解決法を提示できると考え、ラミアンとの同盟交渉を予定より早くにまとめた後、急ぎアトネスへと舞い戻った次第でございます」


(よくもまぁ原稿も無しに、ペラペラと語れるなぁ・・・)


 グシャンの言葉を柱の陰で聴きながら、オレは思った。

 ちなみにオレは、先触れの兵士が外に戻った時から、アトネス王の提案でこの場所に身を潜めている。

 おかげで、グシャンのオレに対する評価を、顔合わせ前に確認できた。王の狙いもこれだったのだろう。

 まぁ、オレの考える通りの人物なら、隠れていなくても同じセリフが聞けただろうけど。


 しかし本人がいない(と思い込んでる)為か、皇太子の口は思ったより軽かった。

 アトネス王が求めていないにもかかわらず、先月の事件についても語りだす。


「聖魔法使い達が過労状態であったとはいえ、2大女神からの賜りものである水を垂れ流すなど。

 私は話を聴いた時、その者が誠に<グルゥクス>であるのかと疑いました。

 人手が足らぬならば、隣国から募ればよかった。我らメドゥ帝国には、聖魔法使いが大勢おります故、要請があれば“直ちに”援助いたしましたでしょう」


(ほほう、オレより有能だってアピールしたいのか。だが残念。あんた、自分で自分を追い詰めてるよ、グシャン)


 柱の陰で、オレがそうほくそ笑んでいると、グシャンはついに尻尾を出した。


「今回の一件でもそうです。いくら腕に覚えがあるとはいえ、イルマ姫の目前で賊と争うなど・・・。姫が巻き込まれていたらどうしたのでしょう?私なら、わざわざ壇上に連れて行かず、あの階段で問うていたでしょう」


「(よし、ヒント回収完了♪)」


 言質げんちを取ったオレは、隠密スキルを解除し、柱の陰から姿をさらした。

 

パン、パン、パン、パン


 だらけた拍手をしながら出てきたオレに、皆の視線が集まる。

 それを見計らって、訝しげにこちらを睨むグシャンに顔を向ける。


「いや~、素晴らしい計画の数々、ご説明有難うございます。皇太子殿。

 まったく参考に“しないように”いたしましょう」

「な、なんなのだ、貴様は?」


 あからさまに喧嘩を売ってみるが、グシャンは声を荒げただけだった。

 ちらちらと姫さんへ視線を向けている事から、アピールをしているつもりなのだろう。

 残念、最初っから姫さんのあんたに対する評価は、マリアナ海溝並みだよ。

 そう憐れんでいるのを表に出さないようにしつつ、オレはグシャンに返す。

 

「おやおや、散々けなしておきながら、当の本人が解らないと?」

「・・・まさか!?」


 オレの正体に気付いたのは、グシャンではなく背後の同行者だった。

 本人はポカンとした様子で、その者に尋ねる。


「おいサブアン、貴様は知っているのか?」


 真顔で聞いてくる主人にあきれた表情を一瞬浮かべるものの、サブアンと呼ばれた男は、こちらに聞こえないほどの声で何かを告げた。

 口の動きから察すると、


「で、殿下!?お分かりにならないのですか?あの男の羽織物をご覧ください」


 とでも言ったのだろう。グシャンはこちらを振り返り、オレの衣装に目を落とした。

 そして、ようやく驚いた顔になった。


「ま、まさか貴様、新たな<グルゥクス>か!?」

「やっと気づいたか。まぁ、初仕事を終えたばかりだから、知名度低いよねぇ。

 改めまして、オレはジェイル。一月ほど前にこの世界に遣わされた<グルゥクス>だ。ついでに、イルマ姫と婚約関係にある」

「な!?何を無礼な!?姫はこの私と・・・」

「誰が、自分に毒盛った犯人と結婚したいとか思うよ?」

「「「「!?」」」」


 グシャンだけでなく、その場にいた全員に衝撃が走ったようだ。

 だがオレはそれに構わず、一気に攻めていく。

 そうしなければ、手持ちのカードでは勝てないのだから。


「あんた、ここに来た時言ったよな?

 『アトネスへ来たのはついさっき。事件は宿で、姫が毒を盛られた、と聴いただけ』

 じゃあなんで、オレが犯人を姫さんの傍で取り押さえた事や、階段で捕まえた事を知っているんだ?」


 姫さんを心配していますよとアピールする為に、急いで駆け付けたように見せたのだろうが、この皇太子は自ら墓穴を掘ったのである。


「い、いあ・・あの、・・・それは」


 自分の失態に気付いたグシャンは、うろたえるばかりで言葉が出ない。

 後ろの従者たちも、ほとんどは「駄目だこいつ」と、主人を見捨てるようにあきらめの表情を見せる。

 だが、サブアンただ一人が、俺に喰ってかかってきた。


「だからどうしたというのだ!確かに広場に居た事を偽りはしたが、それはイルマ姫への印象を良くしようとしたが為。

 我ながら悪手だとは思うが、それと此度の毒殺未遂とは関係ない。我らが毒を盛ったという、確かな証拠はあるのか?」


 おっと、このサブアンという男、頭いいな。皇太子の従者にはもったいないぐらいだ。

 オレはちょっと焦り気味に、言葉を返す。


「証拠ねェ・・・」

「ふん、無いのであろう。そもそも我が主は、イルマ姫を好いているのだ。好いた相手に毒を盛る者がどこの世界に居ようか」

「・・・いや、居るには居るぞ?『死ねばずっと自分の物にできる』って考える人種は。オレの故郷じゃ『ヤンデレ』とか『サイコ』とかって呼ばれてるな。

 まぁ、今回の場合は、死なない程度の毒を盛って、“たまたま解毒薬を持っていた”皇太子が姫さんを助けて・・・てな絵図を描いていたんだろうけど。残念だったな、実行役がヘボで・・・・」

「だからその証拠を見せろと言っている!我々が姫に毒を盛ったという、直接の証拠を!」


 第三者から見れば、オレはサブアンの求める答えを出せず、推論でしか反撃できていないように見えるだろう。オレの狙い通りに。

 そして・・・


「そうだ、サブアンの言うとおり。まぁ、貴様には無理であろう。“チェルノブ草の煎じ薬”など、害虫駆除用に広く出回っているのだからな」


 俺がサブアンに圧されているとみたグシャンは、勝ち誇ったように言った。

 その直後、聖堂内の空気が止まる。


「・・・・」

「・・・?どうした?」

「・・・愚者皇太子がっ!」


 優勢だったサブアンの表情は一変し、主人に聞こえないように毒づいた。 

 対するオレは、釣り上げの成功に顔をほころばせながら、ゆっくりとグシャンに近づく。


「へぇ・・・姫さんに盛られた毒って、チェルノブ草っていうんだ?」

「・・・は?」


 ポカンと口を開けるグシャンに、キルカーが告げる。


「我々は姫の杯に盛られた毒を調べたが、民衆を落ち着かせる為にやった簡易検査でな。猛毒ではない』という事ぐらいしか、まだ判っておらんのだ。

 詳しい種類が判別できるまで、あと半日は必要でな。現時点で正体がわかるのは、犯人だけじゃ」

「!?」


 いわゆる、『秘密の暴露ばくろ』というやつだ。元の世界では冤罪云々で問題になっているけど、今回は遠慮なくやらせてもらう。

 自分の失態に気付いたグシャンは腰を抜かし、とっさの判断でサブアンの後ろに逃げる。それに追い打ちを掛けようと、オレは口を開く。


「いやぁ、サブアンさんが優秀だったせいで手こずったけど、上手く引っ掛かってくれた助かった。

 さて、姫さんに毒盛ったって事は、アトネスに喧嘩を売ったという事だぜ?このオトシマエ、どうするよ?」

「ひぃ!?」


 仁王立ちになって見下げるオレの姿に、グシャンは悲鳴を上げる。

 もはやさっきまでの威勢はどこへやら、ただの半可通に成り下がっている。


「さ、サブアン!どうにかしろ!お前はメドゥの誇る賢者だろう!?」

「・・・もう無理です、殿下。あなたの失言は、私でも庇いきれません」


 吐き捨てるように告げると、サブアンはアトネスの重鎮たちの前へ行き、土下座した。


「此度の騒動、並びに先月の誘拐事件は、全て我らが絵図を描いたものです。イルマ姫様をメドゥに迎え、アトネスを併合するのが狙いでした。

 しかしこれは、みかどや第一皇太子は存ぜぬこと、我ら第二皇太子一派のみの策略でございました」

「・・・?えらくあっさりバラすんだな。さっきまで食い下がってたのはなんだったんだ?」


 目前の男の態度に違和感を覚え、オレは尋ねる。


「ここまでこじれてしまえば、我らに残されるのは有形力の行使のみ。

 それで勝てぬと踏んだ故に、あのような策をろうしたのです」


 それが失敗に終わったから、負けを認める?

 筋は通っているが・・・なんだ?このもやもやは・・・。


 ひれ伏すサブアンを目にし、グシャンは不本意そうにしながらも、降参するように両手を頭の上に掲げた。他の従者たちは、既にサブアン同様に跪いている。 


「・・・」


 予想外の結末に、アトネス側は誰も言葉を発せずにいた。

 すると・・・


「よう、一件落着したようだな」

「・・・Mr.アラバマ?」


 突然聞こえた第三者の声に振り返ると、そこにはギリシャ建築に不釣り合いな、カウボーイの姿があった。


「おまえ、今までどこにいた!?」


 前もって式典不参加を表明していたとはいえ、今朝から姿が見えなかったこいつの事を、どれだけの人間が心配した事か。

 だが、そんなことを知る由もないアラバマは、糾弾が心外だというふうに返してくる。


「後輩<グルゥクス>の初仕事に、不備がないか見て回ってたんだよ。そこの皇太子が、お前を妨害するためにテロでも起こすんじゃないかと考えてな。

 ちょいと当てが外れちまったわけだが・・・・」

「貴様は・・・・ウエイストの!?」


 アラバマの姿を認めたグシャンは、一瞬でこいつの正体がわかったようで、目を大きく見開いた。

 

 ・・・ヤツの方が1年先に来ているとはいえ、なんか悔しいな。


 とにかく、何の前触れもなく現れたもう一人のグルゥクスに、メドゥ・アトネス双方の視線が集まる中、アラバマはアトネス王に進言する。


「アトネス王、皇太子の処遇について、意見を述べてよろしいかな?

 事のあらましは承知している。<隠密>使って聞かせてもらっていたからな。」


 それでいきなり現れやがったのか。

 こいつはオレと同じく件のスキルは最大まで強化されてる。オレの索敵にも引っかからないぐらいだ。


「・・・普通ならば断わるが、<グルゥクス>殿が相手とあらば一考しよう」


 王は額に皺を寄せつつも、これを了承した。


「どうも。なに、こいつらへの罰を減免しろってわけじゃねェ。いくら皇太子と言えども、隣国の王族に手を出したんだ。

 だがそれ故に、ただ罰するだけじゃ足りねぇだろ?」

「・・・何が言いたいのだ?」

「死刑よりむごい罰、皇太子位を剥奪してからの終身刑、および、メドゥからアトネスへの賠償。・・・これでどうかな?」

「・・・」


 オレを除くアトネス側の面々は、皆一様に苦い表情を浮かべた。


 パルターナンに召喚されて間もないオレには、それがどれほどの罰なのかは解らない。

 だが、アトネス王やギルマスたちの表情を見るに、相当重い罰なのだろう。


「身分の剥奪と親不孝。貴族にとって、この二つは死よりも恐ろしい事なのです」


 オレの傍に寄ってきた姫さんが呟いた。


「・・・なるほど。位が無ければ只の人、そいつの個性をまるっきり奪われる事になる。

 そして賠償はメドゥの帝、グシャンの父が支払う。つまりは、親に恥をかかせる事になる、か」


 メドゥ帝国皇太子である事をアイデンティティにしていたヤツにとっては、確かに極刑となるだろう。

 その証拠に、グシャンは血の気が失せた顔でアトネス王の前に這いずり、許しを請い始めた。


「も、申し訳ございません!陛下!しかし私は、アトネスにあだ・・あだなすなどとは!

 ただ、イルマ姫と結ばれて、両国の繁栄をと・・・」

「おだまりなさい!グシャン!」


 オレのすぐ隣で、姫さんが叫ぶ。か、片耳がぁ・・・!

 耳鳴りに顔をしかめるオレをよそに、姫さんはグシャンの傍へ寄った。


「い、いるまひめ」

「わが名を気安く呼ぶな!下郎!真に皇太子であることを自覚し、それを誇りとするならば、潔く罰を受けるべきだった。

 なのにあなたは、汚泥より這い出る虫より醜く、己が保身を図った。ならばそのまま、虫以下として朽ちなさい!」


 おおう、きっついなぁ。

 グシャンは姫さんの一括で粉砕された様で、その場で赤子の如く泣き崩れ、周りにいた一同は、何とも言えない表情でそれを見つめる。


 色々あった1日は、いくつかすっきりしない点を残しつつ、こうして一応の解決を迎えたのであった。



数日後


 あの後、アラバマと姫さんの言葉を追認する形で、アトネス王から正式な罰が下った。

 だが、位の剥奪や賠償の支払いは、メドゥ帝国に権限がある為、グシャンらは事件の詳細や求める罰を記した書面と共に、本国へ連行される事となった。

 王の沙汰の後、重鎮たちは解散。オレは労いの言葉を貰いながら彼らを見送った後、姫さんたち王族3名及び近衛騎士たちと共に、パルディオナ城へと戻った。

 グシャンらはそのまま聖堂に見張り付きで拘束され一夜を明かし、昼前にメドゥへと送還された。

 アトネス王家の保有する早馬によって、本国へはグシャンより先に事件の知らせが送られており、国境で一同を引き渡したという。


 護送に当たったイリアス曰く、引き継いだ帝国兵は、皆グシャンを虫のように見下していたという。


 “第2”皇太子という立場に、あの言動だ。不平不満を抱いていた者が少なくなかったのだろう。



 以上が、『犯人側のその後』だ。こちらはあの夜以降、問題なく処理が終わった、と思う。


 だが、『アトネス側のその後』は、ちょっとした“しこり”を残していた。


パルディオナ城 廊下


 グシャン撃退により、許嫁の芝居が不要となった(事件翌日、王が事の顛末と共に周知した)オレは、冒険者の仕事をしつつ、資金調達と戦闘の練度を向上させる日々を送っていた。

 だが今朝方、逗留していた宿にイリアスが現れ、城へと呼び出されたのだ。


「・・・あの娘、なんだったんだろうねェ」


 謁見の間で渡された報告書を見つめながら、オレはあの夜に起こっていた“もう一つの事件”について考える。

 

 じつはあの日、すり替わられた給仕は“2人居た”のである。

 1人はすでに判明している、あの栗毛の彼。周りのフォローにより、仕事に復帰できたそうだ。

 

 問題なのはもう一人、女性の給仕の方だ。事件当日、あの場に居たと誰もが思っていたが、実は朝から高熱をだし、2日間寝込んでいたという。

 その彼女が医者のカルテを持参して出勤したことで、事態が発覚したのだ。


 あの日、杯を配った給仕は、確かに8人いた。

 では、彼女の代わりに居たのは誰か。誰がその人物から、杯を渡されたのか・・・。

 事が事だけに、城では慎重かつ迅速に調査が行われた。

 その結果、杯を渡された人間だけが判明した。

 ・・・オレだった。


 謁見の間でそれを告げられたオレの脳裏に、あの夜の記憶が蘇った。

  

『・・・どうぞ、新たな<グルゥクス>』


 蒼い髪に紅と金色のオッドアイの女・・いや、少女だった。

 当然、そのような容姿の者は、給仕の中にはいなかった。

 だが当日、誰もその者について、違和感を感じなかったのだという。


「・・・幻術使いか、はたまた幽霊の類か。いったい、どんなクエストなんだ?」


 城を出て、ふと見上げた空は、どんよりとした雲に覆われていた。

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