第19話 『説曹操  曹操到 (噂をすれば影)』

暫く後

 

 当然ながら、式典は中止になった。

 男が取り押さえられてすぐ、給仕たちの待機場所近くの納屋で、衣服を奪われ気絶させられていた青年が見つかった。栗色の長い前髪が目元を隠した、本物の給仕だ。

 また、その場にいた聖堂所属の魔法使いや、薬物に詳しい冒険者の鑑定により、姫さんの杯から毒物が検出された。致死性のモノではなかったが、王族が狙われたとあって広場は混乱。

 だが、来賓として壇上にいた各ギルマスたちの呼びかけにより、それもすぐに収まり、住民たちは暴徒化することなく、各々の家路についた。

 

 犯人の男は現在詰所で取り調べ中。投げ飛ばされたダメージから回復したものの、黙秘しているという。

 他の給仕たちも、別の場所へ留め置かれ、事情聴取を受けている。


 そして現在、オレを含める壇上にいた来賓は全員、近くの聖堂へ移動。周囲を近衛騎士たちとベテラン冒険者によって警備されている中、オレは皆に経緯を説明している。



東側3等地区某所 とあるパラス聖堂


「・・・最初はオレも、あの男が賊だとは解りませんでした。

 ただ、違和感を覚えたんです」

「違和感?」


 正面に座るアトネス王が尋ねた。その右隣りには腰の柄に手を掛けた状態の近衛騎士団長が控え、反対側には、給仕たちの先頭に居た初老の男性、スタン給仕長が居心地悪そうに立っている。

 そんな給仕長へ同情の視線を向けながら、オレは続ける。


「給仕長たちが杯を配りに上ってきた時、カツラ男の服装が、他の給仕たちと違って見えたんです。

 あいつ、自分の体形に合っていない、少し大きめの制服を着ていたんです」

「なんと!」


 給仕長は目を見張って驚き、続いて恥じらいの表情を浮かべる。見抜けなかった事を悔いているのだろう。

 だが、他の方々はいまいち腑に落ちていないようだ。

 

「給仕の制服など、寸法は3種だけであろう。体格が合わぬ者など、居ても不思議では・・・」

「いいえ、陛下。あの場に限ってはありえないことです」


 アトネス王に、給仕長が反論した。


「比較的些末さまつな式典であったと言えど、陛下や姫様はもちろん、ギルド長の皆様をお相手とするのです。

 職務への態度や作法に関して人選し、かつ被服官達による寸法の調節も全員が行っておりました」

「そ、そこまで気を使って・・・・」

「それが給仕の品格というものでございます!」


 真顔で熱弁を振るう給仕長だが、聴く側のお歴々はあきれ顔だ。


「(不味い、なんかコメディ風な空気に・・・)んんっ、給仕長殿のおっしゃったとおり他の7人は皆、清楚な服装でしたが、カツラ男だけが袖や腰元にたるみが見られました。

 そして、杯を配り終えた後、階段を降りようとしている時に確信を持ちました。

 カツラ男の手、斜めに傷があったんです。口を塞いだ相手に引っかかれたような傷が」


 サイズの合わない衣服に、争った形跡、そして王族を含む来賓へ飲食物を届けたという状況。

 確証はなかったが咄嗟に動いた、という次第だ。


「そして結果的に、姫さんが狙われていた事が判明した・・・」

「そうだったのか。・・・くっ」


 オレの話を聴き終えたレオネイオスは、王の前に膝をついて詫びた。


「陛下、申し訳ございませぬ。間近で警備に当たっていたにもかかわらず、賊を見落とすなど・・・」

「いえ、団長殿に責は有りませぬ。元はと言えば私が、部下が賊とすり替わっていた事に気付かなかったが故。いかなる処分も覚悟しております」


 レオネイオス以上に後悔にさいなまれる給仕長はその場にひれ伏す。

 確かに、今回の事件は彼のミスが大きく影響している。

 わざわざ選別した部下と賊の入れ替わりに気付かなかった、コレが一番の原因だ。


「(・・・でも、アンタが全部背負う必要はないだろう、給仕長殿)」


 当時の状況を思い返し、オレは彼を弁護しようとする。

 だがそれより先に、アトネス王が口を開いた。


「そこまで自分を責めるでない、給仕長」

「・・・陛下?」


 思わず顔を上げた給仕長の傍へ、アトネス王は近づき片膝をつく。


「あの時間、日が地平線に沈む前後は、人間の目が最も利かなくなる。

 特にお前たちが控えていたのは、魔法使いたちが光球を浮かべ明るさを増していた場の脇。人物の認識は、より困難であっただろう」



 夜間の運転中、対向車のライトで目が眩むのと同じ原理だ。

 日没の前後は、明暗の変化が激しい。「たそかれ(あなたは誰?)」と尋ねなければならないほど、人間の目が惑わされる時間、それが『黄昏たそがれ』なのだ。


「・・・それだけではありませんよ、給仕長殿」


 王に先を越されたが、オレも擁護の声を上げる、


「あのカツラ男、最後の詰めは甘かったけど、準備段階ではそこそこ頭を使っていたみたいです。

 おそらく、ずいぶん前から入れ替わる相手を選別してたんじゃないかな?自分と似た背格好してたり、人相でバレにくい、前髪の長い人物を選び、衣服を分捕るだけでなく、カツラまで用意して成りすました」

「そしてそのカツラも、態々わざわざ人毛を使っておった」


 灰色のローブに身を包んだ、見た目年齢に反して老齢な雰囲気の青年が告げた。

 騒動のすぐ後、カツラを鑑定した魔導ギルドのマスター、キルカーだ。


「人毛と言っても毛根が見られなんだ故、おそらく長髪を切ってまとめた物じゃろう。

 そして、手の込んだ染色加工がなされておってな、明るい場所で比べても、すり替わった本物と区別がつけられんほどじゃった」

「つまり、今回の犯人は手練れであった訳です。

 よって給仕長殿の過失は、相殺されても良いんじゃないでしょうか?」


 オレの言葉に、アトネス王と魔導ギルドの長は頷く。

 そして、


「私も、同意見です」


 姫さんは力強く言い放ち、自らの足でこちらへ近づいてくる。


「私は、貴方へ厳罰が下されることを、望んでおりません。非があるのは、我がさかずきに毒をもった者たち」

「ひっ、姫様・・・!」


 給仕長は涙を流しながら、姫さんを見上げる。

 そんな彼に一瞬笑みを見せた後、姫さんは凛とした声で、この場の全員に告げた。


「来賓の皆様、このような騒動に巻き込んでしまい、申し訳ありません。

 しかし、只今我が父王とジェイル様の論じた通り、給仕長の責はそう重くありません。

 今この場にて、一週間の謹慎を言い渡す。これにて彼への処罰を終わりとさせて頂いても宜しいでしょうか?」


 ほとんど間を置かず、周囲からは『異義無し』の声が挙がった。

 給仕長は嗚咽を堪えながら、騎士の一人に付き添われ、聖堂を去った。

 

 それを見届けた後、アトネス王は騎士団長を向く。


「さて、レオンよ。私は、給仕長と同じくお主にも責を問おうとは思わん。だが、お前の事だ。己へのけじめとして、何らかの処分を欲しておろう。なので、お主も同じく一週間の謹慎とする。が・・・ジェイル殿、ワシの言葉のつづき、解るかの?」

「(え!?ここで振って来るのかよ。意地の悪い王様だな・・・)」


 突然、視線を向けられたオレは、内心そう毒づきつつ、期待に応える。


「・・・事件の全容解明まで、執行を猶予、ですか?」

「ほほほ・・・、猶予ときたか。ワシは『恩赦で免責』と考えておったのだがな」


 満足げに頷きつつも、オレの答えを訂正したアトネス王。

 ・・・恩赦って、この王様、懐深すぎだろ。臣下が影で汚職とかしてねぇだろうな?


「・・・ん?ワシの慈悲で国が腐っておらぬか心配しておるのか?心配無用、誠に罰が必要な者には、2大神の罰が下る故・・・」 

「はぁ・・・左様で」


 元の世界では愚王の部類に入れられそうな言葉だが、その2大神に“実際に後見されている”立場としては、肯かざるを得ない。


「納得したようだな・・・さて。紆余曲折を経てしまったが、そろそろ本題へと参ろうか」


 穏やかだった表情を引き締めて、アトネス王は聖堂に居る重鎮達を見回す。

 これまでのやり取りで、半ば緩んでいた空気が、事件直後の状態に巻き戻される。

 

「・・・黒幕について、ですな」


 王の言葉を確認するように、グリアムが言った。

 全身から漏れ出る威圧感と、重装鎧の上から羽織った巨大な猛獣のコートが相まって、彼を獲物を狙うヒグマの様に演出している。

 正直に言うと、ギルド入会試験の時より怖い。

 

 が、心の内でガクブル状態なのはオレだけのようで、他のギルマスやお偉方は、彼に続いて口を開いていく。


「犯人の行動を考えれば、ヤツの単独という事はありえないじゃろう。すり替わりの為に、わざわざカツラを作るほど用意周到ながら、実行時には服装の乱れに気づかず、疑われるとすぐに凶行へ及ぶなどの粗さが目立った。

 絵図を描いた、頭の良い者が別にいると考えるのが妥当じゃ」

「そもそも、王族に毒盛るとか普通のチンピラが考える事じゃねぇだろ?特に姫様の場合、アトネス内外から慕われこそすれ、恨み憎みなんてものは『なにそれ美味しいの?』 ってぐらいだ」


 冷静に意見を述べるキルカーに続き、鍛冶ギルドマスターのエリックが、冗談交じりながら的確な意見を述べた。


 彼の言うとおり、アトネスの民は皆、姫さんの事を好いている。オレが市井しせいで働いていた間、彼女に関する不快な話は、一つとして耳に入らなかった。


「・・・って、あの、皆さん。実はもう、犯人の目星ついてますよね?回りくどい事止めません?」


 ふとそんな声が、エリックの隣から上がった。

 彼の弟で3等地区の商工会会長、ニオス。今の地位について一年足らずという、この中ではオレに次いで新参という立場にいる青年だ。


 議論の流れを無視した弟の言葉に、エリックが釘を刺す。


「お前な、空気読めよ。何の脈絡もなく、“アレ”を犯人扱いしてみろ。次の瞬間、アトネスには火矢か砲弾が飛んでくるぞ。

 今は別の可能性を潰して、最後に“アレ”しか考えられないって結論を出す段階なんだ」

「まぁまぁ、エリックギルド長。もうほとんど結論に至っているのと同じなのですから、構わないでしょう」

 

 二人の向かいに座った大司教クリムトが、そう言って立ち上がり、オレの近くまで歩み寄ってくる。 

  

「今回の事件、まとめるとこうですね。

 1つ、綿密な準備が行われたにもかかわらず、実行は杜撰。故に黒幕は別にいる。

 2つ、狙われたのは姫様、しかしアトネスの民には動機がない。故に外部の者。

 そして2つ目からの発展として。では姫様を狙う動機があるのは誰か?

 現在私の頭の中には、先月起きた二つの騒動に関わった“ある人物”が浮かんで・・・・」

 

 その時、聖堂の外が慌ただしくなった。

 何やら言い争う声が聞こえ、その直後、見張りについていた兵士の一人が駆け込んできた。

 

「ほ、報告します!現在聖堂前に、姫様と陛下に謁見を願う者どm、いえ一行が参られております!」


 兵士の口調から、聖堂内に居た一同は招かれざる客の正体を察し、一様に驚きと警戒の表情を浮かべた。


「馬鹿な!まだ数日は先のはず」

「今朝の“庭師”からの情報では、まだケェフの迎賓館に居ると・・・影武者を置いたのか?」

「・・・陛下、如何なされます?」


 『説曹操シュオツァオツァオ 曹操到ツァオツァオダオ (噂をすれば影)』の、“現代における”凡例のようなタイミングで現れた“ある人物”に、一同は動揺を見せつつも、王の判断を仰いだ。

 アトネス王は、(少なくとも見た目だけは)平静を保ち、駆け込んできた兵士に伝える。


「ここへ通せ。例えいかづちはらんだ雨雲であっても、遠くから眺めるだけで災厄の種と判ずる事は、理に矛盾する。

 それにここで断れば、それを口実に邪な推論を立てられるやもしれぬ」


 限りなく黒に近い灰色であっても、それだけでは黒とは呼べない。

 王は皆に、あくまでも冷静な対応を求めた。


 そして返事をことづかった兵士は外へと戻り、しばらくして、一人の男を筆頭とした一団が現れる。


「こんばんは、イルマ姫、陛下。そしてアトネスを司るお歴々。

 夜も深まる時刻に突然の来訪という無礼を働く事、申し訳ございませぬ」


 まったく謝意のこもっていない口上を述べるのは、喜劇役者のような極彩色ごくさいしきの旅装束に身を包む男。


『百聞は一見にしかず』というのが世の常だが、今回ばかりは例外のようだ。


 姫さんから伝え聞いた通りの、『フィクション作品において典型的な、アホ軍人』。


 それがオレの抱いた、メドゥ帝国第二皇太子の印象だった。


「しかしこのグシャン=メドゥ、イルマ姫がまたもや安寧を害されたと聴きつけ、居てもたっても居られなかったのです」



 ・・・ムカついた、徹底的に暴れてやろう。

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