第18話 招かれざる客

パラト歴215年4月初旬 下水道敷設工事竣工しゅんこうの日 午後


アトネス3等地区東区画 下水最終処分施設前


 パルディオナ城を起点とし、街中を螺旋状に巡ってきた排水管の終点、それがこの最終処分施設だ。

 元々あったパラス教聖堂の一つを大幅に拡張し、建物内に浄水場を設けた。

 ここでは、集まった汚水を砂利のプールに流し濾過する作業が行われる。これは元の世界の下水処理でも行われている行程だ。

 ただ、アトネス周辺には処理した水を逃がす河川がない。なので濾過された水は東側城壁の外、平地となっている場所の地中へ、埋設した碁盤目状の管から少しずつ出していく構造となっている。

 これなら汚水による衛生環境の悪化と、これまで以上の放水による土地の冠水を防ぐことができる、というわけだ。

 また今回の事業に伴い、施設周辺の区画整備もなされ、半径100m程の半円型広場へと生まれ変わった。万が一、施設で事故が起こった場合に、住民への被害を抑える為である。・・・“表向きは”。

 


「我がアトネスの臣民たちに、まずは労いの言葉を。

 この三週間、工匠、魔法使い、及び冒険者諸君は良く働いてくれた。また、その他の者たちにも水の使用を制限するという苦労に耐えてくれた上、女御達は衣食の面で多大な支援を行ってくれた。

 皆に対し、最大限の感謝を送らせていただこう」


 完成したての施設の玄関前から件の広場全体へ、王の声が響く。

 演説台には、拡声器の類はない。ひとえに、王自身の声量が凄いという事だ。


 アトネス王の眼下には、広場に収まりきらないほどの民衆が集まっており、この祝辞の後、皆で祝杯を挙げ夜を飲み明かす、という流れだ。

 この世界では一般的な祝い方だそうで、故に国王も、式典をほぼ全ての住民が仕事を終える日没時に時間を設定したという。


 懐の深い王様だな・・・と考えながら、オレは壇上に立った当人を、来賓達に混じり背後から眺めている。


「ふふ。さすがお父様、まだあと20年は安泰そうですわ」


 オレの隣で姫さんがこっそりと笑った。そのまた隣では、王妃様が扇で顔を隠していたが、持つ手が小刻みに震えていることから、姫さん同様に笑っているのだろう。

 直接目で確認することはできないが、オレ達の後ろに並ぶアトネスの重鎮たちも、同様に王の健全ぶりを確認し、安堵している事だろう。

 これから遠くないうちに起こるであろう事態を考えれば、ただ大声で演説するだけでも、関係者には心強いのだ。


「・・・さて、長々と話していては、諸君らの渇きも限界を越してしまうだろう。我ももう、水なしの状態でピットアを食うのは御免だ。

 アレはやはり、熱々の状態を頬張り、さかずきに満ちた水で流し込むに限るからな」


 ハハハ・・・・


 異世界人のオレには、何が面白いのかわからなかったが、民衆の間に笑いが起こった。後ろから、冒険者ギルドのマスター・グリアムの噛み殺した声まで聞こえた事から、ジョークとしてはうまい方なのだろう。


 とにかく、オレ一人が場の空気において行かれる中、王の最後の言葉がとどろく。


「それでは、この度パラス聖堂の浄化師たちを過労から救い、汚水による疫病の脅威を退けて見せた功労者を称え、皆で乾杯といこう!」


 おおおーーー!


「さ、ジェイル様」


 民たちの怒号と姫さんに促され、オレはアトネス王の傍へ寄った。


「偉大なる2柱の女神に遣わされた、新たなる<グルゥクス>、ジェイル殿だ。

 もう一つ付け加えるならば、我が姫イルマの婚約者でもある」


 おおおお!?


 さっきとは違った、驚きを含んだ歓声が上がる。

 そういえば、まだ公表していなかったな、コレ。


「婚約は先月既に決まっており、発表を工事開始の際にしても良かったのだがな?どうせならこの祝賀に乗じさせてもらおうと考えたのだ。

 結婚は此度の混乱の余波がまだ収まっておらぬ故、当分先だが、今宵はその前祝も兼ねようと思う。ではジェイル殿、杯を」


 アトネス王の合図で、杯が載った盆を持った給仕が数名、壇上へ上がってきた。

 メイド服の女性と、執事服の男性が2列に並び、素早いが整った姿勢で歩いてくる。 


「(・・・なんだ?)」


 その一団を横目で捉えた瞬間、ざわざわとした嫌な感触が、胸のあたりに広がり始める。

 だが、それを感じているのはオレだけのようで、王は全く表情を変えずに、給仕の一人から杯を取る。

 他の給仕たちも、来賓それぞれに杯を配っていた。


「・・・どうぞ、新たな<グルゥクス>」


 オレの傍にそっと寄ってきた給仕が、杯を差し出してくる。

 蒼い髪が顔の左半分を隠している、オレよりも若い少女だった。

 その奥から僅かに赤い瞳が覗いていたが、右の眼は金色のオッドアイ。

 それがやけに、印象に残った。


「あ、ああ。どうも」


 ぎこちなく礼を告げながら、オレも杯を受け取る。

 なおも違和感は続いているが、王はやはり気づいておらず、民衆を向いて語り始める。


「では来賓の方々には、一時起立を願い、諸君らも各々の杯を掲げてもらおう。

 無いものは・・・腰の革袋か袖に隠したツマミでもよい」


 はははは・・・・


 再び民衆たちが笑うが、オレの表情は反比例して強張る。


「(なんなんだ・・・給仕か?)」


 違和感の原因を探り、それが杯を持ってきた一団を目にした時からだと気づく。

 思わず振り向くと、彼らは来賓たちに杯を配り終え、壇上から去るところだった。

 彼らを凝視すると同時に、時間の流れがゆっくりとなる。

 脳が全力で演算処理をしている状態、いわゆる『ゾーン』というやつだ。

 実際のコンマ一秒が、今のオレには数秒に感じられる。普段の十分の一の時間の中で、8人の給仕たちを観察し、そして、違和感の正体に気付いた。


「(・・・やばい)」


 『ゾーン』は継続中であり、最悪のストーリーが頭の中で構築・再生される。

 直後、時間の流れが元に戻る。


「・・・おい、そこの給仕!」

 

 気づけばオレは、なりふり構わずに彼らを呼び止め、その中の1人の左腕を、袖の上から掴んでいた。


「な、何を!?」


 戸惑いを見せる8人の中で、その人物は特段に驚いていた。

 長い栗毛で顔の半分が隠れている男だ。

 列の中ごろに居て、階段を下りかけているその男を掴んだ状態のまま、オレは壇上へ向かって声を張り上げる。


「この人から杯を受け取ったのは誰!?」


 すると、来賓席にいた一人が、戸惑い気味に手を上げる。


「私です、ジェイル様」

 

 ・・・イルマ姫だった。


「あの、どうかしましたか?」


 列の先頭から、王に杯を渡していた初老の男性が尋ねてくる。おそらくのこ一団の責任者だろう。


「ジェイル君・・・じゃなかった<グルゥクス>殿、突然いかがされた?」


 階段下で警備に当たっていたらしい、近衛騎士姿のイリアスが、仕事中の口調で問うてくる。

 だが2人からの問いかけは、頭の中で続く演算に邪魔されてオレの脳には届かない。


 “狙われた”のは姫さん、犯人は、目的は・・・?

 タイミングを考えれば・・・・対処法は・・・。


 現実の時間で5秒、考え抜いた末に、オレは口を開く。


「そこの近衛騎士さん、階段下を見張っといて!あんた、ちょいと話がある」

「え?・・・ちょっと」

「!?・・・・・!」


 イリアスは戸惑いながらも、その場にとどまる。他にも近くにいた騎士が2人、こちらへ来ようとするが、彼女にとどめられる。

 階段を登りながら周りを見渡せば、他の近衛騎士たちも何事かと身構え、また、冒険者だろうか、民衆の中にも表情が異なる者たちがあちこちにいる。


 ・・・これなら、暴れても大丈夫そうだ。


 心の中でほくそ笑みながら、オレは姫さんの前へと、栗毛の男を連れて行く。

 男がオレの意図を察したのかは判らないが、オレの手を振りほどいて逃げようとする。

 が、所詮は普通の人間。女神の力で強化されているオレの筋力には勝てない。

 半ば引きずる形で、オレは男を壇上へと連れてきた。

 アトネス王、王妃、姫さんの他、グリアムら各種ギルドの長、聖堂の大司教といったメンツが、皆一様に疑わしげな眼をオレに向けており、住民たちからも、ぼちぼちブーイングが飛び出してきてる。

 

 突然叫んだ挙句、説明も無しに給仕を一人拉致ってきたんだから、仕方ない。

 

「ジェイル殿、突然どうされたのだ?その者は・・・」   


 3度目の質問を、アトネス王が投げてくる。声の大きさは演説の時のまま。民衆に聴かせる為だろう。

 オレもそれにならって、出来るだけ腹から声を出し告げる。


「水を差して申し訳ない。だが彼は酷く喉が渇いている様子だったのでね。

 今すぐにでも、飲ませてあげようと思ったのです。

 彼が配った、この毒入りの水をね・・・」


 そしてオレは、呆然とこちらを見つめる姫さんの手から、杯を取り上げようとする。


「!?」


 栗毛男の反応は素早かった。

 掴まれていない方の腕を振りかぶり、袖に仕込んでいたナイフを取り出した。


「(シラを切ればよかったものを・・・・自白と同じじゃん)」

 

 こちらの急所、脇腹へ向かって突き出されたナイフをさばきながら、オレは心中で男を哀れむ。

 しかし手加減をするつもりはさらさらない。

 男を正面から見据え、オレは呟く。


「1(ナイフを握った腕を左手で、男の襟元を右手で掴む)、

 2(そして右足を浮かせ、そのまま相手の膝付近へ時計回りに最短軌道で絡める)のっ、

 3(絡めた足を引き戻しつつ、右半身で押し倒し・・・)!」


 ドン!


 凶器を突き出してから僅か3拍子、男は左肩を地面へ強かに打ちつけた。

 その衝撃で握力を失い、手からナイフが零れ落ちる。


 大外刈り、柔道の技の一つである。高校時代、体育の時間に教わったのが役に立った。

(読者の方々は犯罪者相手以外には真似しないでください。特に柔道未経験者相手は絶対ダメby作者)


「ごふぁ・・・・」


 何をされたのか認識できないまま、男は肺からの空気を吐きだす。

 オレはすでに男から離れ、落ちたナイフを回収。入れ替わりに、男の凶行を確認した騎士たちが壇上へ駆けあがり、拘束した。 

 すると・・・


 バサッ!


 騎士二人に担ぎ上げられた男の頭から、栗色の塊が落ち、より色の濃いこげ茶色の丸刈り頭が露わになる。

 

「・・・かつら。ここまでやっておきながら、“詰めが甘いな”」


 本物の毛髪のようなかつらを眺めている間に、男は連行されていった。

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