幕間 ジェイルのシンボル

パラト歴215年4月初旬(下水道敷設工事竣工しゅんこうの日)午前


 オレがパルディオナ城に拉致・・・もとい連れ帰られてから、2日が経った。

 オレは姫さんが手配した世話人達による、貴族らしい作法や言葉遣いについての短期集中講義を受けていた。

 最初の授業は言葉遣いや振る舞い。これは元の世界での礼儀作法の復習のような物で、新しく学んだ事と言えば、日本人独特な自分を下に置く表現をしない事と、相手を『役職』+『殿』で呼ぶ事ぐらいで、約半日でマスターできた。

 次に待ち受けていたのは社交ダンス。コレはまぁ・・・うん、お察しください。アトネス王が『今回は踊るような展開にはなるまい』と言ってくれたおかげで、オレは足首の軽い捻挫だけで助かった、とだけ言っておく。

 その他にはウエイスト使節団が帰った後もなぜか一人だけ居残ったMr.アラバマから国際情勢を、イリアスから歴史を、イルマ姫さんから(なぜか)化粧のイロハを学び、この世界の一般常識ぐらいは身に付いた・・・はず。


 と、こんなふうに、姫さんの“夫”としてのジェイルのキャラ作りは進んでいったのだが。

 3日目となる今日この日に至って、姫さんからとんでもないダメ出しがされた。


「・・・やはりジェイル様は、影が薄いです!」

「は?」


 城の食堂で、近衛騎士たちに交じって朝食を摂っていたオレは、そこに現れた姫さんに開口一番、そう駄目だしされた。


「私は普段、レオンや護衛当番の兵に用がある時、ここを訪れますが、ジェイル様ほど探し出すのに難儀した方は居ませんでした」


 オレのいるテーブルの横に立つ姫さんの言葉に、周りの騎士たちが「そう言えば・・・」と同調する。


「姫様っていつも、入り口の所からお声掛けをなさっていたな」

「ああ、それも食堂を一通り眺めてすぐ。弓兵並みに視力が優れていらっしゃると誰かが言っていたような」



 へぇ、初めて聞いたぞ、そんな話。

 多くの騎士が出入りするこの空間で個人を識別できるという事は、その人物の顔を細かく覚えているという事だ。

 人望って、その人の優秀さと比例するんだなぁ・・・、とオレは感心しながら干し肉とマッシュポテトをつついていたのだが・・・。


「何を他人事のように感心しているのです!?

 私が言いたいのは、ジェイル様には<グルゥクス>としての特徴、個性が無さすぎるという事です!その装備とか!存在感とか!」


 オレが身に着けている鋼製の軽装鎧を指差しながら、姫さんは叫ぶ。

 日雇いの賃金を貯めて買い替えたものだが、まだまだ冒険者に成りたてのルーキーが手を出せる程度の安物だ。

 有名な冒険者だと、オーダーメイドのデザイン鎧なる物を使うと、防具屋の親父さんが言っていたが、そういう品はやはり“良いお値段”になるらしい。

 また、オレの主戦術は影戦かげいくさ。隠密からの不意打ち担当キャラに、目立てというのはいかがなものか。

 

 という考えが最初に浮かんだものの、姫さんの言う事も一理あると思う。


 今日中に終了予定の下水道工事、アレの現場に居た2週間で、オレがジェイルだとバレた事はなかった。『新しいグルゥクスがアトネスに現れ、汚水問題を解決する策を示した』という事実だけは、しっかりと城下の人間たちに伝わっていたにもかかわらず、だ。

 

『異世界で革命テコ入れを行う』という目的の為には、やはり本人の容姿もしっかり発信する必要があるな・・・。

 長考と朝食を終えたオレは、盆を手に立ち上がる。


「解りました。今日は衣装の新調って事ですね」

「はい。予定通りに工事が進めば、今日の夕刻に竣工記念の式典が行われます。

 その時の為に、アラバマ様風に言う処の『こーでぃねーと』をいたします」


 食器を返却口に届けた後、なにやら楽しげに笑う姫さんに続き、オレは食堂を辞した。




暫く後 とある一室


 いつもの勉強部屋へ行くのかと思ったのだが、今日訪れたのは初めて入る場所だった。

 

 中には数名の女性とアフロ頭が目立つ男性(!?)1名が、ドレスや礼服の仕立てをしていた。

(!?)をつけたのは、マッチョマンなガタイをしているのに対して、衣服がメイドのアレ、なのである。

 しかし姫さんは全く気にしない様子で、、そんなマッチョでアフロでメイドな人物に話しかけた。


「被服長、皆さん、朝からご苦労様です。今日はジェイル様の身だしなみを改善するのに、どうかご協力お願いします」

「あらぁ?その子が新しいグルゥクス?・・・聞いていたとおり、平凡ボンボンね」


 野太い声で、そう率直にオレを評するアフロ頭の御仁。予想通り、オネェ系なヒトだった。

 偏見かもしれないが、こういう人ってファッションの大御所だったりするよなぁ。

 などと考えながら、アフロさん(仮)に苦笑を返すオレ。

 オレを直接知らなくとも、オレに関する情報をきっちりと押さえている事から、耳聡い人物である事が解る。


 すると・・・


「ふふ。クルト被服長の見立ては相変わらずですわね」


 親しげに接する姫さんの言葉から、やっぱり大御所だった事が解った。


「(被服長って、確か団長の次に偉い地位だったよな?)」


 元の世界に居た時、雑学系の番組で知ったのだが、宗教の力が強かった中世の騎士団では、礼服やマントなどを扱う被服職は、かなり立場が良かったらしい。某宗教が国家すら意のままにしていたの時代、礼拝その他もろもろの行事での服装が、戦の勝敗並みに重要視されていたと言うわけである。

(読者の方々には、馬に乗ったナポレオンの肖像画で、かの皇帝の衣服がジャージや半袖短パンであったら・・・と想像していただくのが手っ取り早いだろうby作者)


 人の印象という物は、やはり初対面時の外見によって作られるモノ。

 オレがグルゥクスであると、周囲に正しく認識されるかどうかは、このアフロ頭に委ねられるという訳だ。 

 今後の進退を握る御仁に、オレは練習がてら、これまでの授業で習った作法で振る舞う。


「この度、新たにグルゥクスの任を拝命しました、ジェイルです。

 お初にお目にかかりますが、どうぞよろしくお願いします、被服長殿」


 「ふつつかものですが・・・」等、癖になっていた台詞を呑み込め、我ながら上手く行ったと思う。

 それに対して、被服長は品定めをするような目付きで返してくる。


「ふ~ん。2,3日の付け焼刃にしては、及第点な振る舞いね。

 物覚えがいいのか、それとも、どこかイイトコの坊ちゃんなのかしら?」


 オネェな被服長は甲高い声で、オレをそう評した。


 ・・・この人の観察眼、とんでもないな。


 たった一回、それも初対面の相手との会話で見抜くとは・・・。

 人となりを知るという事は、コーディネートにおいて重要である。王族、貴族、修道士、それぞれ衣装に求められるものが違っているからだ。

 それを僅かな間に推察してみせるこの技量が、この御仁が被服長たる所以なのだろう。


「オレは後者です。祖父の代からですけど、それなりに位の高い役職に就いてきた家系です」

「“それなり”、ねぇ・・・」


 何かに感づき、探りを入れてくるクルト被服長。

 だがいちいち反応していては、話が進まない為、オレは彼(?)を急かす。


「あの、被服長殿?出来れば挨拶はこれ位にしてほしいのですが。

 オレの身の上話なら、またの機会に・・・」

「あら?せっかちね。イチゲンさんの仕立てをするには、その人の色々を知らないと、ちゃんとできないのだけれど・・・」


 残念そうに言いながらも、被服長殿は話を切り上げテーブルに向かうと、そこに置いてあった道具を取り上げて戻ってくる。

 蝸牛の殻のような形の陶器で、そこか細い帯が伸びている。

 城下の大工達も使っていた、元の世界でいう巻尺である。


「とりあえず、鎧を脱いで頂戴。まずは採寸してソレを手直しするから。あなたはそれで良いかもしれないけれど、量産品だからサイズが合ってないわよ」


 獲物を前にしたライオンのような眼光をこちらに向けて、被服長は告げた。


 

数十分後


 最終的に、鎧どころか下着まで新調された。

 一応、女神アテナからの支給品だったのだが、被服長にとっては関係ないようで・・・


「神様のセンスには敬意を表するけど、やっぱり人間の着るものは人間が仕立てなきゃ」


 そうまくしし立てて、図ったサイズに合う一式を押し付けられた。

 

「・・・お!?」


 しぶしぶ付けて見ると、驚くほど伸縮性のある素材で作られており、肌に程よい加減で密着してくる。

 試着室で軽くストレッチをしてみると、前の奴と違って裾が舞わず動きやすい。


「・・・どう?付け心地は」


 外から被服長殿が尋ねてくる。

 迷うことなくブラとパンツを渡してきた事から、オレの性別について既に知っているようだ。中に入ってくる様子もない。


「凄いです。元の世界でも滅多に無い代物ですよ。これ、素材は何を?」

「ふふ、神の遣いに褒められるなんて光栄だわ。それ、私の考案した試作品なの。ええっと、素材は・・・・」


 何か書類を探っているような音を聴きながら、オレは被服長殿に尊敬の念を抱いていた。

 オレにも一応、女子としての感性は備わっている。

 被服長殿の試作品という事は、これから世に出ていく品という事。そしてこれは、絶対に流行る!

 流行の最先端を体験するというのは、全ての女性にとっての憧れ、それを体験できた。喜びを覚えぬはずがない!


 と、久方ぶりにはしゃぐわたしだったが、被服長から告げられた真実に、その熱は急速に失われた。


「ああ、あった。それね、この間<アマゾーン>って冒険者パーティーが討伐した、ネェルスネェクの胃の筋繊維で編んだ奴だわ。魔法でほぐして・・・」

「・・・・」


 頭の中で、あの蛇足野郎が『ざまぁみろ』と舌を出すイメージが沸き起こる。

 ・・・・次行こう!次!!



暫く後


 蘇りかけたトラウマをどうにか封じ込めたオレは、次に細部を手直しされた防具を試着した。

 今夜予定されている式典のような、比較的気安いイベントの場合、参加者は普段の格好を清楚にした程度で出席するそうだ。

 よってオレも、軽装鎧の上に何かを羽織る格好になるらしい。


 で当の鎧だが、改造中にオレが隠密と遊撃主体の戦い方を好むと説明してあったので、動きやすさ優先の改造が施された。

 明らかに魔法が使われていると判る特殊な道具により、金属部分がかなり削られ(鉄をバターのように切り取れるって、武器にしたらやばいんじゃないか?)、急所を守る箇所のみが残る歪な形ではあるが、手足の可動域に引っかからないように仕上げられている。


「・・・て、これはもう被服じゃなくて鍛冶の領域では?」


 そう素朴な疑問を抱き被服長に尋ねたが、返ってきたのはあっさりとした答えだった。


「あら?鎧に細工を施すのは、立派な被服分野よ?」

「・・・なるほど」

「それより、付け心地はどう?あちこちに下着と同じ筋繊維を仕込んでおいたから、激しく動いてもずれないはず」


 へぇ、それはすごい。

 お言葉に甘えて、技の幾つかを素振りしてみる。


 単純な前後左右へのスウェイ移動を始め、垂直ジャンプにバック宙。そして斬撃3連コンボ。


 シュッ、バッ、ブン、ヒュン、フッ!


 心地よく風が切れるだけで、鎧がずれるカチャカチャという雑音はない。

 装備の重さも半分以上減っており、思いのままに動く事が出来た。


「いい感じです!ありがとうございます」

「そりゃどうも、それにしてもあなた、良い動きをするじゃない。

 ねぇ、良ければ私と一緒に<庭師>を・・・」

「では被服長!最後に羽織物の仕立てをいたしましょう!」


 何かを言おうとした被服長を遮るように、姫さんは急かした。


 なんだ・・?庭師?


 ふと引っかかるものを感じたが、考える間も与えまいとするように、姫さんが場を仕切ってしまった為、うやむやとなってしまった。


 この違和感が払拭されたのは、これよりしばらくの後、アトネスに危機が迫った時であった。



 話は戻り、いよいよ最後の仕立ての段に至る。

 

 アトネス流の作法では今回、王族はマントかカーディガン、騎士はそれぞれの役職に応じたコート、聖堂関係者は一律にローブ、などとドレスコードが決められているそうだが、グルゥクスにはそういうのは無いという。

 まあ、Mr.アラバマら第一陣が現れたのが一年と少し前の事だから、当然のことではある。なので、鎧の上の羽織物も、下品でなければなんでもよい、と言われた。


「・・・参考までに、先達の3人はどんな衣装で?」

「う~んと。ウエイストの特使殿は、今の格好がそうよ。

 あとの二人も、『エフエフオー』とかいう催しの衣装を元に作ったわ。

 女騎士さんが絵図を描いてね、アレもいい仕事だったわ」


 満足げに当時を思い出すクルト被服長。女騎士というのは、アビィ姐さんの事だろう。確か花嫁修業のために、芸大に通っていたはずだ。

 

「なるほど、3人はFFO時代のキャラクターデザインを流用したのか。だったら・・・、オレも同じにしていいですか?」

「同じ?」

「オレが絵図に起こした通り、羽織を作ってもらうっていうの」

「・・・へぇどんな感じなの?」


 デザイナーとしての魂に火が付いたようで、被服長は食いついてくる。

 細長い木炭と、木枠に張られた良質な紙を手渡してくれた。

 好奇心を抑えつつ、オレは木炭を手に取った。

 そこに描いて行くのは、勿論・・・・



数時間後


 中天の鐘が鳴り、昼食休憩をはさんでさらに暫く後。

 日が傾き、伝令役の騎士が下水道施設の完成を伝えに来た頃、オレの一張羅も同時に完成した。


「ふぅ・・・こんな仕立ては初めてだったけど、いい仕事が出来たわ」


 汗をぬぐいながら、被服長が満面の笑みを浮かべる。

 周りにいる部下たちや、一部始終を観覧していた姫さんも疲れた様子はなく、まるで演劇か映画を見終わったような空気が、この部屋を満たしていた。


 そして、その中で一番喜んでいるのが・・・


「あはっ、あははは・・・♪」


 鏡の前で、出来立ての羽織を身に着け踊るオレだ。

 注文したのは、FFOには存在しなかった種類の装具、『着物』である。

 もっとも、本物は見たことはあれど、実際に身につけたことはなく、また詳しく学んだわけでもなかったので、出来上がったのは着物モドキ・・・聞こえ良く言えば、袖の長い『陣羽織』風な衣装だった。

 だが、オレが一番重視した部分ついては、オレの望んだとおりになった。

 ジェイルのシンボルであり、オレがこの仮面を被るきっかけをくれたあの人とそろいの柄。

 黒地の衣に金と朱であしらわれた焔、FFOで使っていた『獄炎龍』シリーズと同じデザインである。

 

 身に着けていると、己の身体が炎を纏っていると錯覚するこの感覚。

 パソコンの画面越しである事を歯がゆく感じていたこの衣装を、今実際に身に着けている。


「(私は今、本物のジェイルに成った!!)」


 数分ほど、クリスマスの時の子供みたいにはしゃいだ。この時の自分が、庵としての“私”だったのか、ジェイルとしての“オレ”だったのか解らないぐらいに。

 

 そんなオレに歯止めをかけたのは、姫さんの言葉だった。


「大変お喜びしている所、申し訳ありませんが、ジェイル様?そろそろ城を出立する準備をしなければ、式典に間に合いませんよ」


 それを聴いて、ふと我に返る。

 そういえば昼食の最中、工事完了の知らせが届き、竣工式典が日没の前後に行われると決まっていたのだった。

 城からは馬車で移動するが、式典には街中の人間が集うと予想されており、大通りの渋滞を見越して、日の高い内から現地入りする手はずとなっていた。

 主賓が遅刻とかシャレにならんからね。

 ふと西向きの窓を見ると、太陽はすでに窓枠の上側に映り込んでいた。

 オレは慌てて、被服長たちに礼を述べる。


「装備の新調、ありがとうございました。大満足な出来です。また機会があれば、ぜひお願いします!」

「こちらこそ、一年ぶりの大仕事を楽しませてもらったわ。ほら、早く行きなさいな」


 入口の戸を指すクルト被服長に今一度頭を下げ、オレは姫さんと共に部屋を出た。


「それでは、私はお色直しをしてきます。ジェイル様も準備ができ次第、城門前の広場に向かってください。そこに馬車がございます」

「解りました。ではまた」


 オレは姫さんと別れ、自分の客間へと急ぐ。


 

 この時、普段のオレなら感じていたのかもしれない、この夜に起きる事件の気配を。

 だが念願のアイテムを手に入れ浮かれていた所為か、オレは胸のうちが騒いでいる事に気づかず、廊下を駆けて行ったのだった。

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