第16話 この世で最も上等な・・・

パラト歴 215年 3月某日(異世界滞在3日目) 午前

アトネス パルディオナ城 談話室


 メドゥ帝国の愚者、もといグシャン皇太子の求婚をかわすべく、オレが婚約者だという芝居を打つ事が決まった。

 そのすぐ後、場所を王族専用の談話室に移し、極秘の作戦会議が始まる。

 参加メンバーはオレを進行役に、国王・王妃夫妻とイルマ姫、レオネイオス近衛騎士団長とその部下から代表数名。そしてMr.アラバマ。


 議題は『婚約者・ジェイルとしての設定』。

 相手は軍略に関しては常人以上に敏い男。単に婚約者だと紹介するだけでは、芝居だと簡単に見破るだろう。

 もしくは、オレと能力を比較し、自分こそがより優秀でふさわしいなどと抜かすかもしれない。

 故に、グシャンを打ち負かす肩書きを、この一ヶ月の間にそろえる必要があるのだ。

 ちなみに現時点でのオレの肩書きは、


『姫様を救出』(たまたま)

神の遣いグルゥクス』(まだ活躍無し)

『冒険者』(実績:ペナルティ付きで賞金首捕縛1、採取系依頼1)


 ・・・うん、深くツッコまれると負ける内容ばかりだ。

 しかも『冒険者』は、特定の国家へ加担することが禁じられているので使えない。


「・・・やはり、<グルゥクス>として、何らかの行動をとるのが一番か」


 オレは呟きながら、『神の遣い第1陣』唯一の生存者へ目をやる。 


 呼ばれもせぬのに勝手に居残っているんだ。知恵ぐらいよこせ。そう無言の圧力をかけてみるが、カウボーイは意に介さなかった。


「そんなふうに見つめられても、オレのアドバイスは意味をなさないぜ。

 オレとお前じゃ、得意分野が異なるからな」

「得意分野?」


 アトネス王が、興味深げに尋ねた。


「オレは外交、国と国の仲を取り持つのを得意としているのに対し、イオ・・ジェイルは内政、国の内側を整備する才にけている」


 ・・・そうなのか?

 オレはアラバマの言葉を、他人事のように感じた。

 

 ヤツが外交面を得意とするのは理解できる。FFOでは、ギルドや個人プレイヤー相手に情報の授受や連携の仲立ちをやっていたのを知っているからだ。

 オレも実際に、アメリカサーバーから日本サーバーに流れてきたプレイヤー殺しPKの情報を、アラバマからもらって退治した経験がある。

 

 だが、オレが内政向き?まったくもって自覚がない。

 そんな考えが顔に出たのだろう、Mr.アラバマが呆れ顔で言う。


「おいおい。FFOの日本サーバーで、『始まりの村』を整備したのはお前だったろうが。 

 他にもいろんなタウンのテコ入れに協力したって、最古参勢じゃ名が知れてんだぞ」

「ほう、それは興味深いな」


 アラバマの言葉に、アトネス王が食いついた。

 

「都市の整備に通じているとなれば、一つ頼みたい事案があってな」

「陛下、よもやを任せようと?

 畏れながら、街を区画整備する程度で解決出来るとは、到底・・・」


 レオネイオスが反対の声を上げるが、その途中で伝令役が駈け込んできた。


「陛下!パラス聖堂より緊急の報せです」

「どうした!?」


 パラス聖堂という名で、その場の全員に緊張が走った。


「かねてより人手が不足していた数十の聖堂にて、浄水師が相次いで過労で倒れたとの事。

 現在2等地区の外円地域及び、3等地区全域で、浄化しきれなかった汚水が水路に流出しています!」

「なんと!」

「陛下、近衛騎士団の聖魔法使い全員を、救援に向かわせましょう」


 会議参加者で一番に動いたのは団長殿。続いて配下代表として居たイリアスが名乗りを上げる。


「団長、私も出動いたします。ジェイル君護衛の任を、一時凍結していただきたい!」

「・・・解った。ただちに城下へ出動せよ」


 これまでの会議が無かったかの様に、騎士団員たちは素早く談話室から出て行った。  

 残ったのは王族3名と騎士団長、そしてオレとアラバマ。


「・・・今の騒ぎが、オレに助力してほしい案件、ですか?」

「そうだ」


 応えた王の顔は、10年は老け込んで見えた。


「ジェイル殿はパラス聖堂の職務を存じているか?」

「ええ。『洗礼』の時、そこの司祭様から伺いました。傷病人の治療と、生活用水の浄化作業だと」


 記憶を掘り起こしながら応えると、王妃様が肯く。


「このアトネスは知っての通り、城を頂点とした丘状の街です。

 そして、街で使われる生活用水は全て、城から放流している物。城内にある水源から水をくみ上げ、街中をらせん状に巡っている水路を通じて供給しています。

 当然、上層の住民が使えば水は汚れます。なので、水路上に一定の間隔で聖堂を構え、そこで聖魔法使いの皆様に浄化していただいているのです」


 王が説明を引き継ぐ。


「今問題となっているのは、まさにそこだ。

 治癒と浄化、本来ならそれぞれに専属の人員を配置するのが理想なのだが・・・。

 それを担う聖魔法使いは育成に時間がかかり、現場では人手不足になりがちだ。多くの聖堂では、治癒と浄化を掛け持つ状態が続いてる。

 そういった無理が、とうとう今日になって祟ったわけだ」


 なるほど、人材不足から連結して、オーバーワーク状態でだましだましやっていたのか。

 今回の場合は、高度な訓練が必要な専門職。街の無職を急募、という訳にはいかないだろう。

 ・・・うん、“初日に想定した通り”だ。


 黙ってうなずくだけのオレに、レオネイオスは冷徹に告げる。


「解ったか?一番の策は聖魔法使いの増員。だがその人手は、今日明日にポンと揃えられる訳ではないのだ」

「・・・必要ないですよ」


 団長殿とは正反対に、あっさりとした口調で、オレは返す。

 すると反射的に、獅子団長の全身から殺気じみたオーラが湧き出した。


「なに?」

「ですから、聖魔法使いは必要ありません。代わりに、力仕事を任せられる程度の人材が、山ほど必要ですけどね?」


 レオネイオスの威圧を跳ね返すように、オレはにやりと笑って見せた。




およそ2週間後 4月上旬(異世界滞在 18日目)

1等地区外縁地域 とある裏通り


「いっせーせーのっ、うぃ!」

『『『フロート!!』』』


 オレの号令で、白衣ローブの魔法使いたちが呪文を唱え、鉄製の管を持ち上げる。

 人一人が匍匐ほふく(俗に言うハイハイ移動)できるほどの直径で、長さは1yヤー(約3メートル)、両端の先から約15cmに色が塗られ、片方が一回り大きくもう片方が逆に小さく造られたその管は、地面から10センチほど浮き上がった後、オレの誘導でゆっくりと、傍に掘られた溝へ運ばれる。

 城の方から長々と続くその溝には、すでに同様の物がいくつも埋設されており、先頭の管は先が一回り小さい側を頭にしている。

 オレは溝の中に降り、一回り大きい方がこちらを向いた状態で降ろされた新しい管を、埋設された管に接続するべく合図を出す。


「ハイもうチョイコッチーもうちょいー・・・そこ!そのまま降ろしてーー。そのままー・・・チョイ行きすぎぃーよし。とめてーー」


 10秒ほど後、新しい陶器の管は無事に溝内へ収まった。

 前の筒とも密着し、予め色を付けていなければ継ぎ目が解らないほどだ。

 オレが這い上がると、代わりに紅いローブの魔法使いが筒の上に立ち、件の継ぎ目へ手をかざす。


「『バーニング』!」


 掌の中心から、真っ直ぐな炎の帯が飛び出し、着色された部分を溶接していく。

 紅ローブさんは両手の感覚を調節し、表面をまんべんなくなぞっていった。

 それを眺める間もなく、先ほどの白ローブさんたちが、次の管を持ち上げようとしていた。


「(ああ、忙しいって楽しいなぁ・・・)」


 FFOのチャットじゃ、『この社畜野郎!』とか突っ込まれそうな事を考えながら、オレは次の筒を誘導しにかかる。


「立ち位置に気を付けてー、慣れてきた頃が一番あぶないからねー。

 それじゃ、・・・いっせーせーのっ、うぃ!」



 オレが今やっているのはズバリ、浄化師たちの過労問題を解決する策、『下水道の整備』だ。

 供給が追い付かないなら、需要を少なくすればいい。

 今回なら、浄化作業その物を最低限度まで減らし、聖魔法使いの業務を治癒に一本に絞ればいい、という寸法だ。


 これはオレが異世界に来た日、アトネスを初めて訪れた時に、すでに考えてあったことだ。

 この世界がゲームを基に創りだされたのなら、取水源はあっても、トイレや風呂、そこで使われた水の行先があやふやになっているのでは?という疑問を抱いたのである。


 だってゲームの世界では普通、キャラクターが使うトイレとかステージ上に置かれてないよね?

 あったとしてもセーブポイントや単なるオブジェクト、もしくはちょいと品の無いイベント用・・・。

 

 

 元の世界なら、おそらく中学生程度の学力があればひらめくであろう策だが、こちらの世界では、魔法で汚水が浄化できるとあって、誰も考えなかったらしい。

 いや、一応頭の片隅では誰もがふと思い至っていたが、採用に踏み切れなかったのである。

 なぜなら・・・



2週間前 謁見の間


「・・・汚水を浄化せずに垂れ流す!?貴様、正気か!」


 オレが下水道敷設案を提示した途端、レオネイオスが吠えた。


 本物の獅子が吠えたかと思うような怒声に若干ビビりながらも、オレは詳細を説明する。


「そうじゃなくて、新しい水路をもう一つ造って、そこへ捨てるんですよ。

 汚水だから水路は管状、それも地面の下に埋設する形で造ります。

 こうすれば、汚水で疫病が広まる事も無く・・・」

「衛生面を心配しているのではない!!

 ・・・貴様のいた世界では、水が豊富にあったのだろうがな。我らの世界では、女神パラスとアトネーより賜った有限なモノ。

 特にこのアトネスでは、水源が城の地下のみで、特に貴重なのだぞ!」


 そう、一番の障壁は、レオネイオスが言った“有限性”だ。

 

 元の世界でも、アテネのあるギリシャ周辺の地域は『夏喉渇く地中海』こと、地中海性気候。

 冬に雨が降り夏は乾燥、つまり水が不足しやすい土地柄だ。

 日本では、無駄遣いの慣用句として『湯水のごとく』という表現があるが、コレは特別な事。

 地球規模で考えると、水は貴重な資源である事は国際社会では常識である。


「・・・団長殿の意見はよく理解できます。オレのいた世界でも、水が有限なのは同じでしたから」


 オレは水の入った水筒を腰から外し、周りから見える位置に掲げると、その飲み口に指先を当てる。


「オレの世界では、有名な例えがあります。世界中にあるすべての水を、この水筒の中身だとすると、人間が使えるのは、この指先に付いた一滴程度でしかない」

 

 水筒を一度傾け、すぐに元に戻す。指先を飲み口から離すと、数ミリ程度の水滴が付いている。

 ちなみに水筒は、250㎖サイズだ。


「オレたちの世界には、魔法がありません。だから水は使い回しが出来ず、アトネスのソレ以上に貴重なんです。

 下水道は、そんなオレたちの世界で普及している策です。

 でも、オレ達は災害とか非常事態にならない限り、水不足に悩むことはありません」


 あくまでも平時の日本の場合は、と心の中で付け加えておく。

 世界では今でも、水不足に頭を抱える国は数えきれないほどあるのだ。 

「なぜ?」

 

 王妃様が問う。戸惑っている様子だが、説明を最後まで聴こうとしてくれていると判った。

 だからオレも、全力でこの提案を続ける。


「使う側の心がけ、が一番の要因です。水が有限であると自覚し、無駄使いをしないよう心がける。そうして、自然から必要最低限度だけを貰い受けるんです。

 あと、貯水池とか、天然の水源以外にも、水のストックを日頃から備えてる、というのもあります」


 幸い、アトネスの街には空き地がいい塩梅で点在している。下水道と一緒に、そういう場所の設置も同時にやる予定だ。


「今の団長殿の言葉から、アトネスの人々が水を大事に使っていると解りました。

 ならば、下水道を整備しても、水不足で苦しむことはない。オレはそう考えています」


 オレの説明はこれで終わりだ。一礼をして、皆の反応を待つ。

 

 Mr.アラバマは、支柱にもたれてこちらを静観している。

 どうやらこの問題では、観客に徹するつもりらしい。

 

 姫さん、レオネイオス、王妃様は、そろってアトネス王へ視線を向けている。

 判断の全てを、彼に一任するようだ。

 そして・・・


「・・・街が落ち着いた後、私と騎士団長、街の有力者たちを集める。

 その場でもう一度、今の策を説明してくれるか?」

「・・・陛下」

「レオン。どの道、我々だけでは手詰まりだ。ならば、二大神が遣わした彼の策に賭けてみようではないか。

 その影響が良きか悪しきか、まずはやってみなくては、変化は判らぬ」


 実質的に、OKの返事がもらえた事になる。


「ありがとうございます。陛下」


 オレは自然と、頭が下がった。 




 それから2日後、汚水流出は沈静化した。

 聖魔法が使える冒険者や、聖地巡礼に訪れていたパラス教・アトネー教の両信者たちが協力してくれたそうだ。

 そして発生から3日目。オレは、事故の事後処理会議に王の招きで出席し、改めて下水道敷設案を提唱した。


 この時、オレの方も準備を整えておいた。

 2日間の間に、街の見取り図を見せてもらい、水路の予定経路をチェック。

 町の中心を起点に“らせん”状に敷設されており、それに並行する形で、下水道を敷設できそうだった。 

 また、パラスから貰った腕で元の世界と通信し、アラクネに下水道に関する知識を調べてもらった。管の形状や、敷設の方法はここから学んだ。


 極めつけは、パラスへの謁見。城の聖堂を使わせてもらい、女神直々に、工事のゴーサインを貰っておいた。

 予行練習がてら彼女に案を説明してみると、「面白そう」と二つ返事で了解してくれた。

 この最後の根回しが効いたのか、有力者たちも最終的には了承。さらに、鍛冶屋ギルドや魔法ギルドからも、技術提供の申し出があり、鉄製の排水管を町中の鍛冶屋で製造。その運搬や接続、果ては土木作業にも、所属する魔法使いを出して貰える事となった。

 おまけに、物体の劣化を防ぐ魔法陣を研究中とのことだったので、その実証実験を排水管でやってもらう事にした。

 

 こうして、オレの予想よりもかなり恵まれた状況下で、最初のテコ入れ異世界革命はスタートした。  

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