<グルゥクス>ジェイル

第15話 メドゥの愚者と姫さんの誤解

パラト暦 215年3月某日(異世界滞在2日目) 夜

冒険者ギルド集会所 


 イリアスに納品を頼み、オレはMr.アラバマの向かいに座る。

 こいつが態々わざわざ城から駆け付けるとは何事か、と身構えたものの、開口一番に飛び出したのは、オレへの愚痴だった。


「昨日、パラスの洗礼を受けに行くとき、『終わったら城に戻ってこい』って言ったよな。なのに丸一日帰ってこねぇもんだから、あちこち探しまわったんだぞ。町中の宿とか、あの変態女神パラスの所とか」


 ・・・ああ、そう言えばそんな事言われてたな。疲労困憊ひろうこんぱいで、記憶の引き出しに仕舞い込んでしまっていた。


「あぁ、ゴメンゴメン。今思い出した。普段以上の運動量こなしたせいで、城に行く前に潰れたんだよ。で?約束破った文句を言いに、わざわざ街を2㎢も歩き回った訳じゃないだろ。用件は?」


 謝りつつもさっさと本題に入ろうとするオレに、Mr.アラバマは溜め息混じりに返す。


「用があるのは俺じゃねェ。イルマ姫だよ」

「・・・姫さんが?」


 一体なんだろう?と、自分なりに心当たりを探ってみる。が、思い当る前に、カウボーイ姿の同胞は席を立った。


「詳しくは知らん。俺は彼女に泣き付かれて、お前を呼びに来ただけだ。 とにかく、城の方へ話を通しておくから、明日の五ノ刻 午前10時に城門まで来い。そっから謁見の間まで付き添ってやるから・・・」

「どうした?ずいぶん慌てた様子だな」


 珍しくく様子のアラバマに、オレは尋ねる。

 すると1年早くこの世界に来ていた友人は、マヨネーズを山盛りにされた子供のような顔で、カウンターの方を一瞥する。



 そこでは<アマゾーン>の5人が、真っ二つになった蛇の頭部を提出し、キースから報酬の入った革袋を受け取っていた。その隣では、ステラが髪を逆立てて、ギルマスにしがみついている。爬虫類は嫌いらしい。


「ウエイストを拠点にした理由は、あのギルマスやメスゴリラの集団と揉めたからなんだよ。お前への用が無けりゃ、近づきたくもねェ場所なんだ」

「・・・ははん。お前さては、ナンパして返り討ちにされたな」


 悪戯心がうずいて、ちょいと突いてみる。

 調子に乗りやすいこいつは、遊びに行くたびに女の子に声をかけまくる癖があるのだ。

 すると図星だったようで、Mr.アラバマは無言で立ち上がり、集会所を去っていった。 

 入れ替わりに、換金を済ませたイリアスが戻ってくる。


「ほい、君の報酬。銀貨2枚」

 

 チャリンと小気味良い音を立てて、2枚のコインがテーブルに置かれる。槍の装飾が施された初仕事の報酬は、見た目以上にどっしりと重く感じられた。

 

「ありがとう、イリアス。本当にワケマエはいいのか?」

「いいの。騎士団は副業禁止だから。バレたら稼いだ分、給料引かれちゃうの」

「そっか。じゃあ遠慮なく」


 銀貨を革財布に納めながら、オレは席を立つ。

 一緒に歩きながら、彼女が尋ねてくる。


「特使殿の用件って、なんだったの?」

「よく解らない。オレが必要なのは、イルマ姫らしいんだ」

「・・・きっと、昨日の褒賞の事じゃない?特使殿が乱入して、うやむやのままだったし・・・・」

「なるほど、そうかもな。・・・でもパラスにはもう会えたし、特に欲しいものなんて無いしなぁ。保留ってことにできないかな?」

「それ、一番贅沢な選択だよ。一国の王女に貸しを作ったままなんて」


 そんな雑談を交わしながら、オレたちは夜の大通りへと出て行った。


翌日(異世界滞在3日目) 


 その日は結局、再びイリアスの実家に泊まらせてもらった。オレは「宿で良い」と断ったのだが、部屋を取るには昼間の内から予約が必要だったらしい。

 まぁ、元の世界のホテルでも、ほとんどの場合午後3時ごろにチェックインしなければならなかったから、当然といえば当然のことだ。

 そんなこんなで、アイクさんやマーレ母さんに再び歓迎してもらったオレは、今度は途中でリタイアすることなく、普通に一日を終えられた。

(就寝時、イリアスとソファーの取り合いになり、結局二人でベッドに添い寝したのは、ここだけの秘密)

 そして一夜明け、一家4名に2度目の御礼を告げてから、オレとイリアスは城へと向かった。

 


五ノ刻(午前10時)

アトネス中心部 パルディオナ城 謁見の間


「ジェイル様!お待ちしておりましたわ♪」


 入場早々、玉座の方から走ってきた姫さんが、オレに抱き着いてきた。


「おぅっ!・・・姫さん?ちょっと苦しい」

わたくしの、昨日一日の心苦しさに比べれば些細なものです。あなた様がパラス様の御許みもとへ旅立たれてから、どれほどこの胸の内が荒れ狂ったか・・・」


 いやいやいや、それだとオレが死んだみたいじゃん。

 誤解される言い方はやめなされ。


「(昨日の間に、何があったんだ?)」


 姫さんの頭越しに、数段せり上がった玉座が見える。

 そこには頭を抱える国王様と、苦笑いを浮かべる王妃様が鎮座していらっしゃる。

 そして段差の一番下には、近衛騎士団長も佇んでおり、獅子を思わせる鋭い眼光を、こちらに放っていた。

 

 ・・・・本当に、どういう状況なんだ?

 

 オレが戸惑っていると、レオネイオスが姫さんに語りかけた。


「姫様、御自重くださいませ。他の者が見ております」  

「・・・解りました」


 ドスが利いた獅子団長殿の言葉に、イルマ姫はしぶしぶといった様子で、オレを開放した。

 だが、周りの近衛騎士たちや、背後に居る同行者2名からの視線の所為で、息苦しさは晴れなかった。


「・・・それで姫様、ご用件とは?」


 謁見の間に漂い始めた変な空気を払拭すべく、オレは尋ねる。

 すると、姫さんは打って変わって、神妙な面持ちで呟く。


「はい、実はジェイル様に、その・・・」

「・・・?」


 言葉に詰まる彼女を見つめていると、、オレの中で嫌~な予感が沸々とこみ上げてくる。

 そして・・・


「ジェイル様に、私の“夫”となって頂きたいのです!」

「・・・・」


 どこからツッコんで良いのか判らず、オレの思考が停止してしまう。

 代わりにイリアスが、こちらに近寄ってくる上司に尋ねた。


「団長、何がどうなっているのでしょうか?」

「うむ、実は昨日・・・」


 レオネイオスは苦虫を潰したような顔で、昨日の一件を語り始めた。



昨日午前

パルディオナ城


 オレが疲労により爆睡していた頃、城に招かれざる客が現れたらしい。

 メドゥ帝国の第二皇太子にして国務大臣、グシャン=メドゥ。

 軍の指揮に関しては、人並み外れた才を持っているものの、同時に倫理面においても、人から外れた男。

 簡単に言えば、『典型的なアホ軍人』だそうだ。

 

 ただでさえ、アトネス併合を狙う帝国を警戒している時期に、そんなやからがアポなし訪問してきたとあって、城の中は臨戦態勢となった。

 だが仮にも第二皇太子という肩書をぶら下げている為、無下に扱い、みすみす戦争の口実を与える危険を憂慮したアトネス王は、しぶしぶながら謁見を許し、兵たちも表立って反発することはなかったそうだ。


「突然の来訪ながら、お目通りを許可いただき、ありがとうございます」


 イルマ姫が思わず身をすくめたほど、気持ちの悪い猫なで声で、グシャンはそう告げた。

 

「・・・隣国メドゥの皇太子ともあろう御仁に無礼があれば、お父上と我々の関係に支障をきたしましょう」


 アトネス王は、若干嫌味を込めてそう返したが、グシャンはただ笑った。


「はい、我が帝国は14か国の中でも武にひいでた国。友好こそが、最も賢き選択でござましょう」

「・・・して、此度はどのような?先触れの使者も出せぬほど、急を要する案件とお見受けするが・・・?」


 あくまで表情は冷静なままに、王は尋ねた。

 それに対し愚者・・もといグシャン皇太子は、さらに神経を逆撫でする答えを述べた。


「はい、我々はラミアンと同盟を結ぶべく、同国首都ケェフへ向かう道中でございまして。

 より安全な旅路となるようこのアトネスを通過させていただくに当たり、この地を治める王への挨拶をせねばと考え、こうして参上した次第にございます」

「な!?」


 あまりにも礼を失した理由に、その場が一瞬凍りついたという。


 そのような連絡は、アトネスの首脳陣に入ってきていなかった。

 つまり、『勝手に通る領土を侵犯するけど事後承諾で許してね』と言いに来たのである。

 元の世界なら、ミサイルをぶっこまれても文句を言えない状況だ。

  

 だが、前述のとおり戦争の火種を作りたくないアトネス王は、ぐっとこらえて見せた。


「・・・さようで。ならば貴殿らの旅路を、パラスとアトネーが公正に見守りますよう、祈らせていただこう」


 公正に見守る、つまりは『あくどい行為には天罰を』という事。

 アトネス王の、せめてもの意思表示だったのだろう。だがグシャンはそれに気付かず、王の言葉を激励と受け取って、謁見の間を辞した。


 これで終わっていれば、オレが姫さんに結婚を迫られることはなかっただろうに。

 愚者皇太子はこの後、その日一番の蛮行に及んだのだった。


現在 


「あの男はすぐには帰らず、偶然を装って廊下で私を待ち伏せし、さらにそこで『嫁に迎えたい』と言い放ったのです」


 鳥肌を立てながら、姫さんは吐き捨てた。

 その嫌われっぷりに、グシャンなる狼藉者を若干憐れみつつ、この先の展開を察した。


「ああ、なるほど・・・それで。

 オレがあなたと婚約関係にある、と一芝居を打ってほしいと?」


 大阪・難波界隈で有名な喜劇でおなじみ、結婚やらお付き合いを“きれいに”断る方法は、すでに仲睦まじい相手がいると相手に告げる、という物だ。

 未だ実績なしの状態ではあるが、オレの身分は『神の遣い』。第2皇太子と比べれば、我ながら格段の優良物件に思える。


 正解だったようで、姫様は肯いた。


「はい。・・・その場でお断り申し上げたのですが、あの男はひどく食い下がりまして。

 『自分と結婚すれば、メドゥ軍の精鋭が警護に就く。近衛騎士団やウエイストの無能と違って、誘拐などさせず、怖い思いをしない生活を送らせてやる』

 等と・・・」

「ちょっとまって!一昨日の誘拐の知っていた?それって、メドゥ・・・少なくともグシャン自身が、事件に関係してたって自白したようなモノでしょ!?」


 あの一件を知っているのは、当時城に居たパルディオナ城の人間とウエイストの特使一行に誘拐の実行犯グループ、そして道中で鉢合わせたオレ。

 それ以外で知る事が出来る人間は、『血濡れのクリット』が姫さんを引き渡そうとした相手、つまり黒幕だけとなる。

 帰還を目撃した冒険者や旅人がメドゥに伝えた、という可能性はない。

 どんなに早馬を走らせても、両国の国境まで3日、メドゥ側の街や村にたどり着くには、さらに2日が必要な計算だ。グシャンが彼らから聴きだすのは無理だろう。


「はい、私もそう思います。ですが、私とグシャンの2名だけがいた場での発言故、証拠には出来ません。

 ・・・話を戻しますね。しつこいあの男を黙らせるために、私はつい嘘をついてしまいました。

 『私は、既に新たなグルゥクス様と、婚約の誓いを立てております』と。

 するとグシャンは、驚きと怒りの表情でもって、一月後・・・ラミアンからの帰路にて、再び挨拶に伺うと言い残し、去りました」

「・・・で、姫はその直後に俺の部屋へ押しかけて、お前を連れてきてくれと泣き付いてきたってわけだ。敏い半面、アドリブが苦手だからなぁ、この姫君は」


 Mr.アラバマが、呆れ笑いを浮かべて言った。


 この野郎・・・知っていたのに黙っていやがったな。いつか泣かす。だが、今は姫さんのトラブル解決が先だ。

 オレは腹を括り、改めて姫さんと向き合う。


「事情は解りました。アラバマから、メドゥとアトネスの関係も聴いています。できる限りにおいて、ではありますが協力しましょう」


 ちょっと女性っぽい、素の状態佐村庵に近い口調で言ってみた。


「あ、ありがとうございます!ジェイル様」


 だが、不安から解放された姫さんは、それに気づいた様子もなく、安堵の笑みを浮かべている。

 

 

 ・・・さて、どうやって誤解を解こうか。

  

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