第14話 蛇もどきと女傑たち

パラト暦 215年 3月某日(異世界滞在2日目)

八ノ刻(午後4時ごろ)

アトネスより南方へ1.2km サロニック平原 



 言い訳を許してもらえるならば、依頼主側からの情報が乏しかったのが原因だ。

 

・採取クエストの依頼者が、なぜ負傷したのか。

・『ネェル・スネェク』の被害者が、正確にはどこで襲われたのか。

 

 この2つの情報を事前に知っていれば、この辺りも、後ろに迫る化け物のテリトリーだと気づけた筈だ。


 まぁ、普通に考えれば依頼人の事情など、細かく知る必要のない事だし、受けるのを辞めた別の依頼の情報も、あえて調べようとも思わない。

 だから、依頼人を責めたり、ギルドに苦情を入れたりするつもりは一切ない。

 

 とにかく、オレが今、最優先で望む事は、ただ一つ・・・ 


「誰か助けてくれぇ!」


 アトネスへの道?んなもん、とっくに見失っております。

 自分たちがどこにいるのかも解らぬまま、ひたすらに逃げ続けております。


「こんちくしょぉ!蛇に足とか、要らないモノの代名詞だろうがぁ!!」


 <俊足>スキルを使っても逃げ切れない速度で迫る化け物に、オレは八つ当たり気味に叫ぶ。

 すると、オレよりも重い装備を付けているはずのイリアスが、横に並びながら言う。


「叫ぶ余裕があるなら走る!あいつのスタミナは、速達郵便の馬車並よ」

「んなモンに例えられてもわからん!」

「人間よりはタフって事!」


―シャーーー!


 イリアスの叫びを肯定するように、背後から呼吸音が聞こえる。

 心なしか、どやぁ、とこちらを嘲っているような声だ。

 

・・・決めた。あの蛇モドキ、ぜってぇシメる!


「イリアス!1,2、の3で二手に分かれるぞ!

 後ろのトカゲが追わなかった方が、背後から攻撃!OK?」

「・・・それしか方法なさそうね。

 いいよ。1・・・2・・の・・3っ!」


 イリアスは右に、オレは左に。『八』を逆にした軌跡を描いて回避した。

 同時に、オレの後ろに迫っていた気配が消える。

 という事は・・・

 

「きゃーー!こっちきたーー!」 


 イリアスの悲鳴が耳に届く。


「・・ぉらあ!」


 オレは地に着いたばかりの左足を踏ん張り、前に出しかけていた右足を、回し蹴りの要領でぶん回す。身体が同軸旋回した勢いそのままに、眼前に揺れる緑の巨体へ向けて再スタートする。

 距離は5メートルちょっと。ダガーを逆手に引き抜き、『ネェル・スネェク』の背中へ飛び込むべく、速度を上げにかかる。

 ・・・だが、


 キラッ!


 視界の上端、茜色に染まり始めた空で、何かが光った。

 咄嗟の判断で、前に傾けていた重心を、無理やり引き起こして後ろに跳ぶ。

 地面が大きく抉れ、蛇モドキとの距離が空く。

 その直後・・・


 シュタタタタッ!  シーー!?


『ネェル・スネェク』の背中、そしてオレの身体が寸前まで在った場所に、10本近い矢が突き刺さった。


 シューー!!


 その内の一本に、地面と胴体を縫いつけられたようで、『ネェル・スネェク』はその場で四肢をバタつかせ、身をよじる。


「ジェイル!大丈夫!?」


 ヤツを挟んだ向こう側から、イリアスの心配する声が聞こえる。

 オレが矢の雨にやられてないか、気になったのだろう。

 

「大丈夫!結構危なかったけどな!」


 用心の為にダガーを弓に持ち替え、矢を番えたオレは、『ネェル・スネェク』を迂回し、イリアスの方へ移動しながら応えた。

 すると彼女とは別の、男勝りな女の声が届く。


「そりゃ、悪かったねぇ。新人さん」


 視線を向けると、イリアスの回りには5人組のパーティーが、彼女を輪形に守るように陣取っていた。さっきギルドの集会所で見かけた、女冒険者達だ。

 その内3人は暴れる『ネェル・スネェク』に向かって弓を構え、残る2人はそれぞれハルバードとグレートソードを軽々と担いで佇んでいる。

 ハルバードを担いだ方の女冒険者が、ニヤリと笑いながら、オレに近づいてくる。


「あんた、ステラに騒がれてた奴だろ?アタシはシレイア。このパーティ、<アマゾーン>のリーダーだ」


「(アマゾーン・・・ギリシャ神話に登場する女性だけの戦闘民族。日本では『アマゾネス』という呼び方の方が主流だっけ?)」

 

 それが元ネタ、かどうかはともかく、5人の冒険者は皆、その名に恥じぬ武闘派といった印象だ。


「ジェイルだ。助けてくれた事、感謝する。こいつが、ギルドに駆除依頼が来ていた・・・?」


 疲れてきたのか動きが鈍っている蛇モドキを指して、オレは問う。


「ああ。情報より若干デカイが、『ネェル・スネェク』は成長が早い。逆算すれば、こいつが犯人だろうさ。

 ウチらは半月以上、こいつを西側で探してたんだが、どうにも見つけられなくてね・・・。

 それで、こっちに移動したんじゃないかと踏んで、昼過ぎからこの辺を見回っていたんだ」


 なるほど、ギルドでやっていたのは、蛇モドキこいつへの対策会議だったのか。


「そしたら、あんたらの悲鳴が聞こえてね。ヤバそうだったから、弓を盲撃めくらうちさせてもらった。

 ・・・さてと」


 説明を終えたシレイアは、ハルバードを上段に構えながら、『ネェル・スネェク』を見据える。


シーー・・・

 

 身体の数ヵ所を矢で射抜かれた蛇モドキは、最早身動きすらできず、こちらを忌々しげに見据えるのみ。

 

「どうする?討伐系の依頼は原則、とどめ刺した奴が手柄を一番に主張出来る。

 依頼を受注して探していたのはウチラだけど、見つけたのはアンタらだ」

「・・・どうぞお気遣いなく。オレ達は逃げ回っていただけだから」


 『ネェル・スネェク』討伐の報酬は、銀6枚。シレイア達への分配があるとしても、少なくない額が手に入る。

 だが元々、実力不足で無理だと諦めた依頼だ。未練はない。

 イリアスの考えも同じらしく、あっさりと譲る。


「私はジェイルに同行しているだけで、お城から給金が出るので・・・」


 そんなオレ達を、先輩冒険者はあきれ顔で一瞥する。


「かぁ~、欲がないヤツラだねぇ。ギルド加入の祝いに譲ってやろうって言ってるのに・・・。そんじゃ、遠慮なく・・・せい!」


 ぐしゃっ!


 かわす隙すら与えぬ速さでハルバードが振るわれ、蛇の頭部を斜めに切り裂いた。

 


半刻(1時間)後 アトネス南側3等地区 冒険者ギルド付近


 都市の門は原則として、日の出に開けられ日没に閉じられる。

 オレとイリアス、チーム・<アマゾーン>の計7人が帰還したのは、閉門時間ギリギリだった。

 本来、もっと早くに帰れるはずだったのだが、『ネェル・スネェク』から逃げ回っていた事と、モンスターハントのお約束、『剥ぎ取り』に時間を要した事で遅れた。

 特に『剥ぎ取り』は爪や鱗、尾や皮だけでなく、討伐の証明になる頭部も回収したので、荷がかさばり行軍が遅くなったのだ。

 7人がギルドに着いた頃には、太陽は西の彼方へ沈み、建物から漏れる明かりだけが、石造りの道を照らしていた。

 

「はぁ、疲れた。素材集め程度でコレって・・・。<グルゥクス>としてやっていけんのかね」


 ズキズキと痛む脹脛ふくらはぎを揉みつつ、オレは自虐的な笑みを浮かべる。こりゃ明日も半日寝込むか?


「な~に、じきに慣れるさ。今日の一件は、初日の新人にはキツかろうが、あれぐらいのハプニングはしょっちゅうさね」


 ハプニングネェル・スネェクお土産頭右半分をぶら下げたシレイア姐さんが、労いの言葉をかけてくれる。

 残りの左半分を手に持った、大剣使いのオーレイさんや、剥ぎ取った素材が詰まった革袋を引っさげた、ポリー、ティオ、メラニーの弓師3姉妹も同様だった。

 皆疲れていながらも、その表情は、達成感に満ちていた。

 ・・・オレも、こんな顔をして生きていきたい、そう思えるような笑顔だった。

 


少し後 ギルド集会場


 そんな風に、初仕事の余韻に浸りながら、納品と報酬受け取りの為に集会所へ入ったオレとイリアスを、思いがけない人物が出迎えた。


「ハァイ!イオリ。ずいぶんと遅かったじゃねぇか」

「ジェ・イ・ル・だ!・・・何であんたがここに居る?特使の仕事はどうした?」


 シレイア達が作戦会議に使っていたテーブルに座り、こちらを振り向いているのは、パルディオナ城に居るはずの悪友、Mr.アラバマだった。   

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