第12話 冒険者ギルド~マスター・グリアㇺの洗礼

ギルド集会所 1階ロビー


 イリアスと二人で中に入ると、そこでは様々な身なりの者たちが、様々にたむろしていた。


 とある軽装鎧の若者は、依頼が張り出されている掲示板の前で佇み、その背後にあるテーブルでは、女性ばかりの5人パーティーが、額を寄せ合い作戦会議。

 その隣のテーブルでは、ごつい大剣を傍らに置いた重装鎧の戦士が少年に薬を塗られて、その向かいに座ったゾンビのように不気味な顔の男が、報酬と思われる銀貨を数えていた。

 

 一見するとバラバラな彼らだが、オレには何か・・・言葉にできない部分が共通している、そう感じられた。 

 そんな彼らに見とれていると、アイクさんの声が聞こえた。


「ジェイル、こっちだ!」


 声の方を向くと、『受付』のプレートが置かれたカウンターの傍でアイクさんが、1人の男性と並んでこちらを向いていた。


 近づいていくと、アイクさんの隣、顔に斜めの切り裂き傷がある男性の方から、オレに声をかけてきた。


「君がジェイルか?想っていたより若いな。

 俺はグリアム、アトネス本部のギルドマスターだ。昨日の姫様救出の一件と、君が<グルゥクス>である事はすでに耳に入っている」

「それは・・・どうも、ありがとうございます。ただ、今は<グルゥクス>という肩書は忘れてください。

 まだ何も出来ていないので・・・」


 そう謙遜するオレを見て、熊を思わせるガタイのギルマスは、にやりと笑った。

 

「ほう、あの火薬臭いお調子者、もといウエイスト特使殿よりは使えそうだな」


 ミスター・アラバマを知っているのか、この人は。まぁ、あっちは1年も前からいるわけだし、当然か。

(・・・それと、『“火薬”臭い』か。ちょっと良い事聞いちゃったかも)

 そんな雑念を抱くほど、オレは少し余裕が出てきていた。

 だが次の瞬間には、そんなものはすぐに吹っ飛んでしまった。


「まぁ、言われなくともそのつもりだったがな。

 俺にとって今のお前さんは、毎日毎日、俺の大事な大事な休憩時間を無駄に消費させる、50人近い命知らず共の一人だ!」


 言葉と全身から、グリアムが強烈な威圧感を放ってくる。


 ドン!

 

 そんな幻聴が聞こえるほど、がらりと空気が変わる。イリアスやアイクさんが距離を置いただけでなく、周りの冒険者たちも視線を向けてくる。

 

「お?ギルマスの洗礼が始まったか」

「あの馬の尻尾みたいな髪の奴、あれが希望者?東方の出かな?」

「アレ?一緒に居るの、アイクの旦那じゃね?・・・あの人の紹介なら脈ありだな」

「おや?あの者、もしや昨日の・・・」


 そんなひそひそ声が耳に届くほどに集会場内は静まり、オレ達の成り行きに関心が集中する。


(うわ、メッサ注目されとるし。こういうの苦手なんだけどなぁ・・・。)


 目の前のグリアム氏のオーラも相まって、此処から逃げ出したい衝動が湧く。

 

 が、周りの反応を見るに、これは誰もが通ってきた道なのだろう。

 それに、今のオレは佐村庵じゃない、ジェイルだ。どんな状況もマイペースに切り抜け、かつ楽しむ傾奇者。ここで逃げたら、そのジェイルの仮面が砕けてしまう。

 

 そう考えていると、自然と気持ちが落ち着いてきた。

 すると、オレの心境の変化を読み取ったのか、こちらを見定めるグリアムが口を開く。


「ふむ・・・精神面では合格のようだな。普段来る奴らの半分は、コレで逃げるか腰を抜かして失格にするんだが・・・」


 直後、圧し潰されるような威圧感が、半分程度に収まる。

 オレは額に浮いていた汗をぬぐうと、彼に尋ねる。


「てことは、此処に居る皆さんは今のを耐え抜いた、猛者ばかり?」

「そういうこった。冒険者の依頼ってのは、ヤバいモンスターと出会う事がザラだ。今のマスター『洗礼』に及ばねぇ程度だがな。

 コレのおかげで、この集会場出身の冒険者は殉職ゼロだ」

 

 手当てを受けていた重装鎧の大剣使いが、誇らしげに語った。

 が、救急箱を片付けた少年が、すかさずツッコミを入れる。


「師匠は少しぐらい怖気づいてください!いつもいつも、報酬の3割が薬代で消えて、生活がカツカツなんですから」


ハハハハハ!


 集会所に居た全員が、少年の言葉に笑う。オレも釣られて笑いながら、あることに気付く。

 それは、彼らの共通点。彼らは皆、生気せいきに満ちた顔をしているのだ。


 元の世界ではそう多くはない、己の仕事に誇りを持った者たちの顔。

 それはおそらく、この『洗礼』を通過した事が由来なのだろう。

 

 苦しい状況に陥ることがあっても、それと同等か以上の怖さに耐えた、だから同じく乗り切れる。

 そういう自信と、実際に乗り越えてきたという誇りを、彼らは持っているのだ。

 そして、彼らにそれを与えたのは、目の前に居る傷顔のギルドマスター。


 そんな彼は、受付カウンターの裏へと移動する。

 

「最後の確認だ。そこの窓口で待ってろ」


 そう言い残し、グリアムはカウンターの奥、『事務室』のプレートのかかったドアの奥へ消えた。


「そこって・・・ここか?」


 指示されたのは、『報告窓口』のプレートが置かれたカウンターで、一人の男性職員が座っていた。

 茶髪でメガネの彼は、ギルマスの消えた扉を一瞥した後、オレに話しかけてくる。


「・・・・もしかして君、昨日姫様を助けたっていう旅人か?」

「ええ、一応は。騎士団が間に合ったおかげ、というのもあるけど。

 もしかしてあの賊、賞金首?」


 彼が昨日の件を持ち出してきた事と待たされている場所から、そう判断した。

 すると、茶髪の職員は頷く。


「ああ、額はそれほど高くはないが、知名度なら指折りの悪党だ。ええっと、名前は・・・」

「名前はクリット、通称は『血糊ちのりのクリット』だ」

「「うお!?」」


 突然ニョキッと割り込んできたグリアムに、オレ達は素っ頓狂な声を上げた。

 当のギルマスは、気にすることなく説明を続ける。


「・・・罪状は略奪行為が数件と、それに伴う傷害、そして姫様の誘拐。

 家畜の血で剣を汚し、威嚇に使っている事から、『血糊のクリット』と呼ばれていた。 

 懸賞金は、昨日の一件で値上がりし、本人は金30。手下を含めれば合計で金60」


 賞金首の中では「中の下」ぐらいだと、青年職員は付け足した。

 血糊って・・・オレのトラウマを抉ったアレはハッタリだった、って事かよ!

 心の中で突っ込みを入れるオレを見て、グリアムは笑う。 


「その反応、お前さんも見事に引っかかった口か」

「・・・ええ、でも“次”は大丈夫です」

 

(少なくとも、ジェイルの仮面をかぶっている間なら・・・)


 強がりに聞こえないよう、冷静な口調で返す。

 オレの言葉に、グリアムは一瞬眉を動かした後、手に持っていた革袋をカウンターに置いた。

 ガチャリ、と金属がぶつかり合う音が聞こえた。


「賞金首は通常の依頼と違って、ギルドに登録していなくとも報酬を確実に受け取れる。各国の執政官が依頼人、という形式をとっているためだ。だからこれは、お前さんのもんだ。受け取れ」

「え?・・あのギルマス」

「キース、黙ってろ」

 

 青年職員が何やら戸惑いを見せるが、グリアムはそれを抑える。

 それを気にしつつも、オレは素直に革袋に手を伸ばした。


「頂戴します・・・・ん?」


 受け取って中を確認したオレは、即座に違和感を覚えた。

 確か今、あの賊たちの賞金は合計で金貨60枚と言っていたよな?

 革袋の中には、確かに金貨が複数入っている。だが、量が少ない。


「・・・・」


 オレはカウンターの上に、中の金貨を一枚一枚出し、一塊10枚の柱を作っていく。

 その様子を、周りの者たちは黙って見つめていた。

 そして・・・


「金貨、30枚」


 離れたところに立っていたアイクさんは、深刻そうな顔で呟いた。

 他の冒険者たちも同じく、重苦しい雰囲気に包まれている。


「・・・何故かわかるか?ジェイル」


 そう問いかけたグリアムの声は、鉛塊のように重く感じられた。

 そしてオレの脳内に、先ほど自分自身が放った言葉が、再生される。


『命をとうとび、無益な殺生はしない』


 今が吐き出す時か。


「・・・クリットの手下を一人、自分のダガーで殺しました」

「なぜ、殺した?」


 オレを見定めるような目つきで、グリアムは問う。


「自分が助かるために。奴らの抜いた剣から血が滴るのを見て、オレは昔のトラウマを思い出して、固まってしまった。

 それで、恐怖を振り払うために無我夢中で、ダガーを振るった」

「無我夢中、か。それにしては、背中から心臓を一突きという慣れた殺し方をしていたようだが?」


 グリアムの疑問はもっともだ、と俺も思う。つい数分前まで普通の大学生だった人間が、初戦でいきなりあんな動きができるわけない。

 だが、今のオレの身体は、FFOでのステータスがそのまま受け継がれた状態だ。

 

「オレは故郷でゲーム・・・模擬戦を5年以上やっていました。

 実際に人を殺したことはありませんが、格闘で死亡判定をもぎ取った経験は何度もあります」

「彼の言っていることは本当だと思います」


 イリアスがオレの隣に来て、グリアムに語る。


「君は、アイクの娘か。・・・そう言えば君は、近衛騎士団だったな」

「はい。昨日、姫様とジェイルをアトネスに連れ帰った一団に居ました。その道中、“彼の手は震えていました”」

「・・・やっぱり気づいていたのか、イリアス」


 オレは確認するように、彼女を向いて呟いた。

 あの時、姫さんや騎士団全員がオレを疑っている中、彼女だけが信用してくれた。

 それはきっと、オレの本心に感づいたからだ。


「それだけでなく、彼はずっと、死体の方を見ることができませんでした。騎士団の新人が、初めて賊を切った時によく成る状態です」

「それが演技ではないと、なぜわかる?」

「昨日一日、行動を監視していましたから。彼、気を抜くとすぐ本心が顔に出るんです。お腹が空いた時とか、疲れて倒れそうになった時とか」  

 昨日ピットアを買った時と、聖堂で洗礼を受けた後か。

 ちゃんと仕事をしていたんだな、と感心した。すると・・・


「ほら今、私の事を凄いなぁとか、思っていたでしょ」

「うえ!?」


 今のも顔に出ていたのか!?

 オレは思わず、素っ頓狂な声を出してしまう。

 それを聴いたギルドマスターは、同意するように肯く。


「確かに、こいつは嘘がつけない類の人間だな。よし、これが最後の質問だ」


 すぐさま元のいかつい顔に戻り、グリアムは俺に問いかける。


「お前は揉め事を解決したり、賊を捕えるとき、何を頼る?

 腰にぶら下げている武器か?それとも魔法か?それとも知恵か?」


 オレは姿勢を正し、正面から向き直る形で、ゆっくりと返す。


「知恵と言葉、そして仲間を頼ります。

 昨日の一件は、オレにとっては大失敗だった。普段からこの脳みそを武器にしていたくせに、たかがトラウマ如きで、一番の下策を選んでしまった。

 次はもっと賢く戦う。不要な死人を、出さないように」


 オレとグリアムは、そのまま互いの視線をぶつけ合う。

 オレは目を逸らさない。本心であると伝えるために・・・。

 それから暫くして、傷顔のギルドマスターは、口元まで伸びた痕を歪め、笑った。


「・・・ふふ。合格だ、ジェイル。キース、書類を持ってこい」


 おおおおーーー

    

 アイクさんやイリアス、他の冒険者達が感嘆の声を上げた。が、それを抑えるように、グリアムは続ける。


「だが事前に、忠告しておくことが2つある。<冒険者>の大原則、『自由』と『尊命』についてだ」

「・・・はい」


 オレは肯いて、彼の言葉を肝に銘じていく。


「まずは『自由』。<冒険者>は、全ての国家に対して、互いに中立の関係である。

 簡単に言えば、国家はギルドの活動に制約を加えてはならない。ギルドは国家の施策や方針に干渉してはならない。

 具体的な例は自分で調べてもらうが、1つだけ教えてやる。

 お前の同胞Mr.アラバマは半年前に、ギルドの名簿から抹消された。ウエイスト連合の外交官に成ったのが理由だ。

 同じように、いずれかの国家で役職を与えられた者は、冒険者ギルド所属という特権を失う。まあ、ギルド経由での依頼が受けられず、報酬が保障されないだけだがな。

 あと、<グルゥクス>の勤めの為に、“一時的に協力する”だけならば、賞金首と同様に『国家が依頼主のクエスト』という扱いになる」


 おそらく、1年前にアラバマ達が来た時に取り決められた特別待遇なのだろう。

 要は民間企業なんだから、公的機関と癒着したらダメって事だな。


「解りました。2つ目は?」

「お前には改めて言う必要はないかもしれないが、『尊命』についてだ。

 ギルドは、依頼の遂行において、いかなる犯罪行為も許可しない。そう言う内容の依頼も、チェックして受け付けない。

 だが、1つだけ例外がある。賞金首の捕縛だ。

 こいつらは千差万別だ。捕まえるのが簡単なコソ泥から、捕縛時に生死を問われない凶悪犯まで。それ故に、報酬に特別な規定が存在する。

 後者はともかく、前者は必ず、生きたまま司法の場に突き出す。それが絶対のルールだ。

 破った場合は、報奨金が大きく減額される。3人捕まえて、一人死ねば半分に、二人死ねば1/4に。状況によっては逆に殺人犯として裁かれることになる。現にそれで、賞金首になった奴もいる」

「・・・・」

「今回のクリットと手下どもは、一番重い罪が姫様の誘拐。

 無期懲役刑確実の凶悪犯だが、生け捕りで捕えるべき相手だった。

 その手下を、お前は一人殺した。姫様救出の恩赦で罪には問われないが、金30に減額だ」

「はい」

「金30。初めてのエモノとしては、十分に誇れる成果だ。これをバネに、これからも励め。

 だが同時に、本来は60貰える仕事だったという事を忘れるな。

 その革袋の“重さ”と“軽さ”、しっかりと肝に銘じておけ」


 訓戒の後、グリアムはアイクさんへ一言別れを告げ、再び事務室の奥へと去った。

 オレは黙したまま、その背中にむけて頭を下げた。

  

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