<冒険者>ジェイル

第11話 昼下がりの一コマ

パラト暦 215年 3月某日(異世界滞在2日目 午前)

アトネス 南側3等地区 イリアスの実家


ドスン!


「おっきろーねぼすけー」


 異世界滞在二日目は、毛布越しとはいえ鳩尾みぞおちに深く届いた痛みと、幼くも元気いっぱいな声で始まった。


「うぐぅ・・・」


 一瞬覚醒した意識が、激痛の余韻に引きずられて沈みかける。

 だが先ほどより幾分マシな、しかししつこく感じる程度の打撃が、それを許してくれない。


「こら、おきただろ、いま、おきろおきろおきろおきろ・・・・」

「カイル!もう少し静かに・・・ってこら、今すぐお客様から離れなさい!!」

「・・・は~いママ」


 貫録ある女性の声が部屋に響くと、ようやく打撃が止み、幼い声の主はしぶしぶといった様子でオレを開放した。

 まだ意識がはっきりしていないものの、オレはゆっくりと起き上がってから、この家の主たち2人に挨拶する。


「おはようございます。マーレさん、ルカ」


 ピントが合って間もない視界に、エプロン姿の“おっかさん”と、薄手の長そで長ズボン姿のやんちゃ坊主が映る。


「おはようって、もうすぐおひるだぞ。ねぼsイテッ!」


 ルカが年相応な物言いをして、マーレ母さんの拳骨を食らう。

 その光景を微笑ましいと思うと同時に、ようやく意識がはっきりしたオレは、内心焦りを感じた。

 

 昨日、夕飯を頂いた直後からルカの鳩尾アタックまで、記憶が飛んでいるのだ。


 覚えているのは、聖堂から歩いてすぐの、大通りに面した2階建ての住宅にお邪魔して、イリアスの両親と2人の弟妹きょうだいと対面し、それからピットアや、ギリシャ風サラダなどを一緒に食べながら、楽しく談笑していたところまで。


 皆の皿が空になり、オレがどこで寝るか、イリアス達が相談しているのを聴きながら、意識がフェードアウトしてしまい、次に知覚したのが、冒頭の鳩尾への一撃だった。

 

 ふと自分の身体を見下ろすと、軽装鎧やブーツは脱がされ、半袖シャツに短パン姿。

 ブーツはベッド際の床、それ以外は枕元のサイドテーブルに、丁寧に畳まれて置かれている。


 周囲を見渡すと、ここは寝室。デスクに羽ペンとインク壺、書きかけの書類などがある事から、客室ではなく誰かの居室なのだと判る。

 3列ソファの上に、毛布が乱雑に置かれているということは、本来の主はここで寝たのだろう。

 そして、ベッドすぐ左側の窓からは、向かいの家の屋根と太陽が真上で輝く青空が見えて・・・真上で輝く太陽!?

 

「・・・オレ、どれぐらい寝ていました?」

「そうねェ、昨日の夕食が終わってすぐから中天の鐘が鳴るまで。半日以上になるかな?」


 半日以上・・・・我が事ながら呆れる。

 屋根を借りた身の上でありながら、昼まで熟睡してしまった・・・。 

 そう落ち込むオレに、マーレ母さんは優しく声をかけてくれる。


「あんた昨日、姫様を守って大立ち回りやった上に、城からここまで往復したんだろう?それだけ動きゃあ、並の冒険者だって一日寝込むさ。うちの旦那も冒険者だから解るよ。半日で起き上がっただけでも、褒められたもんだ」


 ああ、やっぱり『お母さん』って、こういう人を言うんだろうなぁ。

 マーレ母さんの温かい言葉に、思わず涙腺が緩む。 


「下に降りて、顔を洗っておいで。それから6人でご飯だよ」

「はやくしないと、ぜんぶたべちゃうぞー」

「・・・はい、ありがとうございます」


 部屋を出ていく二人に、オレは静かに頭を下げ、サイドテーブルの装備を手に取る。


「・・って、これどうやって着るんだ?」


 今更ながら、“気づいたら勝手に身に付けていた”鎧である。

 本来の意味での侍が姿を消して、150年以上経った日本の出身者であるオレは、着用の手順など知るよしもなかった。



暫く後


 悪戦苦闘の末、どうにか着替え終えたオレは、ゆっくりと階段を降りる。足と腰回りが、筋肉痛を起こしていたから。

 鈍い痛みをこらえながら一階へ辿り着くと、そこは昨日夕食を戴いた居間だった。

 すでにテーブルにはイリアスとルカの他、一家の大黒柱であるアイクさんと末妹のレンちゃんが座っており、俺に気付くと皆、それぞれに声をかけてきた。


「よう、お客人。身体の調子はどうだ?」

「どうも、アイクさん。少し筋肉痛が残る程度です」

「こんひちや、じぇぃる」

「ふふ。こんにちは、レンちゃん」


 もうすぐ3才になる幼女の挨拶に和んでいると、イリアスが席を立って告げる。


「お寝坊さん、水場はこっち。案内するね」

「お、気が効くねぇ。ありがとう、イリアス」


 お言葉に甘えて、オレは手桶を持った彼女と一緒に、勝手口から外へと出た。

 



イリアスの実家 裏手


 外へ出ると、そこは小さな広場になっており、中央には井戸が1つ。

 周辺住民が、共同で利用・管理している水場で、生活用水はすべてここから汲み上げて使うという。

 今はオレ達二人だけだが、ご近所さんたちが少し前まで使っていたらしく、井戸の周りが濡れている。

 比較的水たまりの少ない場所で、イリアスは慣れた手つきで桶を引き上げ、持ってきた手桶へ水を移した。


「ほれ、どうぞ」

「ありがとう・・・あの、イリアス?」


 手桶をこちらへ持ってきてくれた彼女に、オレは尋ねる。


「なに?」

「オレが昨晩寝てたのって、君の部屋?」

 

 オレはただ、消去法で推測しただけだった。

 マーレ母さんとアイクさんは、おそらく夫婦で一緒の部屋。ルカとレンちゃんもおそらく同じ部屋だろう。

 あの寝室はベットが1つだけ。そして、書きかけでデスクに置かれていた書きかけの書類は、オレに関する報告書。

 故に、彼女の部屋である可能性が一番高かった。 


「ええ、そうよ。でも気にしないで。騎士団の仕事で城の詰所に泊まることは多いし、ソファで寝るのには慣れてるわ」

「・・・生々しいなぁ、騎士団の実情って。学祭間際の部室を思い出すよ」


 栄養剤や缶コーヒーの空き容器が転がる、埃っぽい部屋での1週間を思い出しながら、オレは桶の水をパシャパシャと顔に浴びせた。

 そう言えばあの時も、給湯室にバケツ持ち込んで、こんなことしてたなぁ・・・。

 

 ちょっと昔を懐かしみながら洗顔を終えたオレは、イリアスと一緒に屋内へ戻り、異世界へ来て3度目の食事にありついた。



七ノ刻(午後2時ごろ)

アトネス3等地区 大通り南門付近 冒険者ギルド前 


ゴーーン、ゴーーン


 城の方から鐘の音が響く街中を、オレはアイクさんとイリアスの2人に案内されながら、大通りを冒険者ギルドの集会場へ向かって進んでいた。


 この世界には時計が無く、時間を知る方法は二つ。

 一つは太陽や月の位置、要するにカンである。これは熟練の冒険者等が用いる方法らしい。

 もう一つは、今聞こえている鐘の音。各都市や村々の中心部には、鐘突堂が必ず設けられており、専門の職員が24時間で12回、一刻2時間ごとに鳴らしている。

 ちなみに、職員たち自身が時間を知る方法は単純。2時間きっかりで燃え尽きる蝋燭を、鐘を突く毎に灯しているという。


 で、今聞こえているのは中天正午の鐘の次に鳴らされた七ノ刻ななのこくの鐘だ。

 昼休憩を終えた労働者たちが足早に仕事場へ戻ったり、余所から来た冒険者たちが宿を探したり。

 様々な人が行き交う中を進んで、俺たち3人は集会所へ辿り着いた。

 冒険者たちの拠点という事もあり、其処はアトネスの玄関口近くの大通り沿いに、どっしりと構えている。

 建物は3階建て。3階部分に『羽の描かれた盾』というシンボルマークと『アトネス本部』という文字が書かれた看板を掲げ、2階部分はバルコニー、1階部分は西部劇の酒場のような木板製の戸が1つ。

 冒険者と思われる者たちが、途切れることなく出入りしていた。


「これが冒険者ギルド。ここは14ある集会所の首脳部として、特に重要な場所だ。

 あの『羽の盾』はギルドのシンボルで、『自由』と『尊命』を意味している」


 入口の前で立ち止まり、アイクさんは説明する。


「いかなる国家とも中立を保ち、命をとうとび、無益な殺生はしない、ということか」

「ほう、良く解っているな。ギルドへの登録前には軽い面接があるんだが、すんなりいきそうだ」


 オレの言葉に、アイクさんは感心しながら、ギルドの戸をくぐる。

 だがオレは、逆に不安な気持ちがこみ上げてくる。


「命を尊び・・・か」


 収まるべきダガーを欠いたまま、腰にぶら下がる鞘を一瞥し、オレはため息をつく。


「・・・ジェイル、大丈夫?」


 イリアスが心配そうに見つめてくる。


「・・・大丈夫になるしかないよ。悪行必罰、こういうのは早く吐き出したほうがいい」


 オレは自分に言い聞かせるように呟くと、アイクさんの後を追う。

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