第10話 佐村庵と<サムライ>ジェイル

 ネットやゲームの世界では、性格や性別が現実と異なるという事は、よくある事。

 〝仮想”世界なのだから、みな思い思いの仮面をかぶって、普段とは違う自分を演じるのである。

 私も、そんなマスカレードを楽しむ一人。現実での私は、人付き合いが苦手な、内気な女の子。 慇懃無礼で自分に素直なジェイルとは、似ても似つかない。

 そんな私が、ジェイルの仮面をつけるようになったきっかけは、あるトラウマだ。



数年前 とある夏の日の夜

佐村家 庵の自室 


「・・・ん?」


 その日、いつもと変わらない生活を過ごし、普通に就寝したはずだった。

 だが深夜、日付が変わって暫くという時間に、ふと目が覚めた。

 布団の中、腰から膝にかけて、妙な気持ち悪さを感じたから。

 熱帯夜だった為、寝汗を掻いたのかと思った私は、無造作に布団をめくった。


 そして、窓から差し込む月の明かりに照らされた、真っ赤な血の海を見てしまったのだ。


「い・・・いやぁぁぁぁぁ!」


 叫び声で飛び起きた家族が部屋に飛び込んでくるまで、私はその場から動けなかった。

 

 原因は、携帯端末だった。親に隠して、布団の中でいじっているうちに寝てしまった挙句、寝返りをうった拍子に押しつぶしてしまった。

 運の悪いことに、その日は熱帯夜で、私は下着と薄いシャツ一枚という恰好。丸出しの肌に割れた破片が刺さり、その結果があの血の海。

 実際の量はそんなに多くなかっただろうけど、寝ぼけ眼に飛び込んできた光景だからか、かなり大げさに見えたのだろう。


 油断していた。

 あれほど母に注意されていたのに、私はただの小言としか受け取らず、聞き流していた。

 でも母は、そんな私を責めずに、ただ抱きしめてくれた。

 父も姉も、私を安心させる言葉ばかりを投げかけて、文句なく後始末をしてくれた。

 私は、家族の事を避けていたというのに・・・。


 自分の事が恥ずかしく、嫌になった。リセットしたいって思った。


 そんな時に、私はネットゲームに出会った。


 きっかけは、祖父の友人と名乗っていた男の人。

 私も幼いころから何度も顔を合わせていて、ちょっと憧れていたりした人だ。

 事件からしばらく後、祖父の誕生日にふらりと現れたあの人は、私の様子に気付いた。自分では、家族の前ではいつも通りに振る舞っていられたつもりだったのに・・・。


―どうした?この世から消え去りたい、って顔に出ちまってるぞ?


 驚く私に、彼は深く詮索せず、ただ自分のリュックからノートパソコンを取り出して見せた。


-新しい自分になりたいなら、コレを試してみなよ。


 慣れた手つきで、彼はとあるMMORPGを機動させ、私に触らせてくれた。


 新しい自分、成りたい自分。

 

 具体的な形が思い浮かばなかったから、その時は自動作成を選んだ。

 コンピューターが勝手にパーツを選んで創ったそのキャラクターは、日本の侍みたいだった。


-へぇ・・・初めて使うにはいいキャラだな。

 次にキャラネームを決めてみな。


 キャラネーム・・・新しい自分の名前。

 目の前の侍を睨みながら、一生懸命に考えた。


「侍・・・サムライ・・・サムライオリ・・・サムライ・オリ。

 オリ・・・檻、“ジェイル”」


 ジェイル、<サムライ>のジェイル。それが新しい私、・・・いや、


「これが、新しい“オレ”か」


 それ以降、私はMMORPGの世界で、新しい自分を育ててった。

 自分の事を『オレ』と呼び、誰にも気軽に話しかけ、戦いでは真っ向勝負が苦手な分、死角に回り込んでの不意打ちを得意技とする策士。


 今のジェイルができるまで、そう時間はかからなかった。

 佐村庵としての自分も、不思議と再出発することができた。

 オンラインゲームで、顔の見えない誰かと話していたおかげで耐性が付いたのか、学校での人脈が増えた。


 そして、ジェイルと庵の2重生活になじんできた5年前、そのゲームはサービスを終了してしまったが、そのすぐ後に、かの有名なFFOが世に出てきた。

 真っ先に飛びついて、そこでは自分が求めたジェイルを作った。

 

 私にきっかけをくれた、子どもが悪戯を考えている時のような無邪気な笑みが特徴的な、あの人。

 いつの間にか、私の中では彼がジェイルのお手本になっていた。

 

 そう言えば、ジェイルのトレードマーク、黒地に朱と金で焔があしらわれた鎧も、彼が時折着ていた着物の柄とお揃いだったから採用した。

 超難関レイドボス由来の希少素材や、レアドロップアイテムが必要だったが、情報交換チャットのカタログであのデザインを見た瞬間から、無我夢中で頑張って、3日間の徹夜プレイの末、手に入れた。 

 出来ればあの鎧も、コッチの世界に持ってきたかったな。

 

・・・とにかく、こうしてジェイルは、FFOの世界に生まれた。


 そこから先は、説明不要かな?

 『魔の1時間』を生き延び、最古参組と一緒に村を造り、現実では、とある大学の法学部に入って・・・。

 そして、そこで得た法知識を基に、グレープレイヤーへの合法的制裁をやっているうちに、『ナスティ下劣な・ジェイル』なんて二つ名で有名になっちゃって、それで女神に目を付けられ、異世界に来る羽目になって・・・。



現在 

異世界『パルターナン』 女神パラスの領域


「・・・まぁ、貴方の事情なんてどうでもいいわ。

 大事なのはアートちゃんや私の役に立てるかどうか」


 面倒くさそうに、パラスは呟くと、再びイスとテーブルを出現させて腰かけた。

 マイペースだなぁ、この女神。

 は呆れ半分でパラスを見つめ、髪を結い直しながら尋ねる。


「もう『グルゥクス』の洗礼は終わったんだろう?

 次はどうすればいい?」

「さぁ?好きにすればいいんじゃない?

 アートちゃんの目的は、この世界をかき混ぜる事だけ。

 ミスター・アラバマみたく、どこかの国で食客やるなり、冒険者として各地を巡るなり。方法は何でもいいみたいよ。世界を滅ぼさなければね」


 世界滅亡って・・・異世界人の一人か二人で、そんな事・・・・。創作フィクションの世界じゃあるまいに。

 だが・・・

 

「好きに行動、か。要するにオープンワールドのRPGって事か」

「そういう事。

 あ、ちなみにいくつか道標をあげるね。

 騎士団に入りたいのなら、レオネイオスに頼みなさい。

 冒険者ギルドは、南の3等地区の大通りの一番奥に。

 噂では東の3等地区には、盗賊ギルドの隠れ家があるらしいわ。『ネズミのしっぽ亭』という酒場がキナ臭いわね」


 わ~お、サブストーリーのフラグがてんこ盛りだ。


「・・・了解した。それじゃあ、オレは戻らせてもらうよ」

「どうぞ~。私はアートちゃんの作った糸電話で遊びたいから、さっさと帰れ~」


 オレの方を見ずに、パラスは「あっち行けしっし」、と手を振った。

 途端に、オレの身体はここへ来た時と同じように、光に包まれ始める。

 

「(・・・っておい、百合っ女神。通信機を腕輪に変えたのは、糸電話を横取りする為か!?)」


 そう叫ぼうとしたものの、猛烈な輝きで目がくらみ、一瞬意識が弾けた。



パラト暦 215年 3月某日(異世界滞在1日目 夜)

都市国家 アトネス 3等地区 パラス聖堂内


 気が付くと、聖堂の彫像前に立っていた。

 ステンドグラスから光は差しておらず、その向こうは青い暗闇となっていた。


「・・・どれぐらい、あそこに居たんだ?」


 ピザもどきをイリアスと食べた時、太陽は中天から斜めに傾いていた。

 聖堂に着いた時、ステンドグラスからは、ややオレンジ色をした光がさしていた。

 そして今は、もう日が沈んでしまっている。

 ・・・2時間は居たのだろうか?


 ふと、司祭様とイリアスの事を思い出し、周囲を見渡す。

 するとオレの背後、聖堂の中央付近で、10名近い男女が動きを止め、こちらを驚いた形相で見つめていた。

 

「あの・・・どうも」


 オレは反射的に頭を下げながら、彼らを見渡す。

 半分は司祭様と同じような古代ギリシャのトーガみたいなのを纏った人たち。おそらく聖堂で働いているのだろう。

 残りは街で見かけたような、簡単に言えば町人Aとか冒険者その1、みたいな服装の人たち。

 オレが声をかけても、彼らはポカンと固まったままだ。

 そりゃ、居なかった人間が突然現れたら、ねぇ・・・。

 とりあえず、彼らの中にイリアスも司祭様も見当たらないので、探しに行こう。


 そう考ていたら、探し人は向こうからやってきた。


「あれ?皆どうし・・・ジェイル!」

 

 向かって左側の通路、確か診療所になっていたところから、白衣姿のイリアスが駆け寄ってきた。


「イリアス・・・えっと、ただいま?」

「もう、ただいまじゃないよ!突然光って消えちゃって。

 司祭様はパラス様に呼ばれたって言っていたけど、一刻も帰ってこなかったからちょっと心配してたんだよ!」


 一刻・・・約2時間程か。オレは20分ぐらいしか居なかったと感じていたけど、こちらとあの領域とは、時間の流れが違うらしい。

 ・・・と、イリアスの後ろから、司祭様も現れた。


「ジェイル殿・・・お戻りになられましたか。

 どうやら『グルゥクス』の洗礼も無事に終わったようで・・・」

「ええ、パラスとお会いして、新しい力も授かりました」


 聖堂を見渡せば、『診療所はこちら』など、さっきまでは記号にしか見えなかった文章が、普通に読めるようになっていた。


-おおおーーー


 離れたところに居る一般人の皆様方が感嘆の声を上げた。

 傍にいる二人も、感心した様子で、オレを見ている。


「それで?女神様にどういう言葉を賜ったの?」

 

 イリアスが興味津々といった様子で訊いてくる。

 ごめんなさい、そんな大層なことはありませんでした。


「この世界の文字が読めるようになったり、魔法が使えるようになったぐらいだよ。

 あとは、この世界に・・・えっと、・・・新しい風を吹き込め、って言われた」

「新しい・・・風?」


 イリアスも司祭様も、首をかしげる。

 だって「世界をかき混ぜろ」って原文のまま言ったら、悪の化身みたいに思われるじゃん。


「とりあえず、魔法とか新しい力に慣れないと、何ができるのかわからない。

 だからこのアトネスで、人助けをする所から始めたいなぁって」

「そっか、じゃあ冒険者ギルドに行ってみる?

 あそこに登録しておけば、依頼をこなして生活資金を稼ぐことができるよ。

 個人でも引き受けることができるけど、報酬の確実性はギルド仲介の方が圧倒的ね。

 あと、宿や道具で割引が効くし、他の国へ行った時の身分保障にもなるの」


 ほう、冒険者ってそれなりに信頼される職業なのか。

 パラスの助言にも含まれていたし、活動資金を稼ぐためにも、ギルドに登録しておいた方がいいだろう。

 司祭様も、イリアスの提案を薦めてくる。


「私も賛成です。『グルゥクス』としての役目を考えれば、情報収集という面でも、ギルドは役に立ちますよ。

 冒険者ギルドは、アトネスと同じように、いかなる国においても中立の立場ですから。

 まぁ、モンスターの襲撃や国からの侵害行為を除いて、ですが」

「司祭様、お詳しいんですね」

「来た時にも説明したとおり、聖堂では傷病者の手当てを行っております。

 その一番の利用者は、冒険者の方々でして・・・」


 なるほど、自然と強い結びつきが出来ているのか。

 もしかしたら聖堂の方からも、何か依頼を出したりしているのかもしれない。


「色々と教えていただき、ありがとうございます。

 じゃあさっそく、冒険者ギルドへ行ってみます。場所はパラスが教えてくださったので」


 今日中にやれる事をやっておきたい、オレはそう考えていたのだが、イリアスに止められた。


「そんなに急がなくてもいいじゃない。あなた、今日この世界に来たばかりでしょう?

 自分の身体の状態に、もっと気を付けたほうがいいよ・・っと」

「・・おぅわっと!?(ドシンッ!)」


 彼女に軽く肩を小突かれただけなのに、オレは糸が切れた人形のように、崩れ落ちてしまった。気づかぬうちに、足腰の筋肉が悲鳴を上げていて、女騎士殿はそれを見抜いていたようだ。

 幸い、小突いてすぐに腕を掴まれたおかげで、背中や頭を床に打ちつける事はなかった。


「ほらね?今日はもう休みなさい。私の実家、この近くだから泊めてあげる♪」


 オレを支え起しながら、イリアスはニッコリと笑顔を向けてくる。


「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて」


 どうにか自分の足で立てたオレは、自分の不甲斐なさに苦笑しつつ返した。


 それから、オレ達二人は司祭様に礼を告げた後、すっかり夜の闇が広がった中、イリアスの実家へと向かった。

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