第7話 14か国

引き続き パルディオナ城 客室


 まずは地形図を確認する。

 シド=Mr.アラバマ曰く、これがパルターナンという世界の全域との事。

 1×0.5㎡の図面には、一つの大きな大陸だけ。形を言葉で表現するならば、アフロ・ユーラシアアフリカ+ユーラシアとほぼ同じ、というのが一番しっくりくる。

“ほぼ同じ”というのは、元の世界では分離している二つの大陸が、こちらでは完全に融合しており、イオニア、ティレニア、メディテレーニアン地中海の三海域が消え、その場所にアフリカ大陸のエジプト、リビア、チュニジア、アルジェリアにあたる部分が陸続きになっているから。

 また、某赤い飛行艇が飛び回ったことで有名なアドリア海と、ミノア文明で有名なクレタ・エーゲ海は大陸の融合で平原に、その以北は大きな湖となっている。 


 地形図を向かい側から覗き込み、シドは説明する。


「ヨーロッパ南端や地中海周辺、それとアフリカ北端にあたる部分を除けば、地形や気候は元の世界と同じだ。

 問題のエリアだが、全域が地中海性気候で、起伏がほとんどない森林地帯だ」

「だろうな。そうでなきゃ、オレはとっくに溺れ死んでいた」


 地図で確認すると、オレが目を覚ました森林地帯はアトネスから南東へ20km。元の世界ではエーゲ海になっている場所だ。

 ついでに解った事だが、姫さんを誘拐した賊達が進んでいた街道の先には、アトネスの砦があった。

 

「(あの連中、ここをどう突破するつもりだったんだろう?)」


 ふと気になったが、それは衛兵の仕事だろうと考えるのを止めた。

 そして次に、視線を地形図から国家の勢力図へと移す。

 こちらには盾の形をした記号が全部で14、大陸上に散らばっている。


「この世界の主要国家だ。これら以外にも、属国や自治領という形で、二ケタ程度の村落がある。

 どれも一つの城塞都市とその周辺を領地としているが、範囲はバラバラだ」


 それからシドは諸国の概略を、西から順番に説明していく。


・イギリスに位置し、シンボルは牡羊のケェト王国。


・ヨーロッパのベルギー・ドイツ・フランス・スイス辺りを領域とする、サテュロ王国。シンボルは山羊。


・北欧を治め、獅子をシンボルとするグリフィー帝国。


・トルコからイラク周辺までを支配し、蛇をシンボルとするメドゥ帝国。


・アラビア半島を領域とし、牡牛をシンボルとするウエイスト連合。


・アルジェリア・リビア・エジプトなど、元の世界ではサハラ砂漠にあたる(こちらでは地中海性気候の森林地帯)一帯を治めるケントゥー国。シンボルは弓。


・アフリカ、コンゴ・ナイジェリア近辺(こちらでは砂漠地帯)のオアシス都市連合・スフィア。シンボルはサソリ。


・スフィアより南、水瓶を象徴に掲げるシクロプ王国。


・ロシア一帯、というより旧ソ連圏を支配するのは、乙女をシンボルに掲げる王国、ラミアン。


・中国の西半分、タクラマカンやゴビ砂漠周辺を治め、天秤をシンボルとするリベレー諸王国群。


・同じく東半分、いわゆるチャイナプロパーと呼ばれる地域は、蟹がシンボルのキャンシル皇国。


・東南アジア一帯で、二振りの剣をシンボルとするジェミナンス共和国。


・インド周辺を治め、魚をシンボルに存在しているオピオン王国。


 どうやら黄道13星座をモチーフにしたらしいこの13国に、オレ達が今居る、アテネを中心にギリシャに相当する地域の南半分を治め都市国家アトネスを加えた14の国家が、この世界の統治機構となっている。


「まぁ、14全部を今覚える必要はねぇよ。コッチの世界は、馬車が一番早い交通手段で、人間たちの行動範囲もそれ相応だ。

 用があるとしても、メドゥかケントゥー、せいぜいがラミアンあたりだ」


 つまり、遠方の国との行き来はそう頻繁にある訳ではないと言うこと。だが、オレはそこにふと疑問を覚えた。


「FFOを基にしているなら、ライド可能な魔獣がいるはずだろ?空路はこの世界にないのか?」

「ない。俺も来たばっかの頃は不思議に思ったが、理由を知ればすぐ納得するさ。

 イオリは、この世界がゲームじゃなく現実だって認識は、当然持っているよな?」

「ああ、もちろん。来て早々に殺されかけたおかげで、実感したよ。

 ・・・そうか」


 シドの言うとおり、空路が確立されていない理由はすぐに理解できた。

 FFOでライド、つまりモンスターに乗って空を飛ぶのは、そう難しい事ではなかった。

 プログラミングされた範囲内でしか行動しないモンスターに、素材さえあれば自動で調合される調教アイテムをぶつけるだけで良かったのだから。

 だが『パルターナン』のモンスターは違う。思考に限界のあるAIではなく、正真正銘の脳みそで行動する生物だ。

 動物の調教の難しさは、犬か猫を飼った経験のある人間なら察しがつくだろう。

 しかも調教アイテムも、自分でってこねて作る、効果の不確実な物。

 

 交通網がオレたちの世界ほど整備されていないパルターナンにとって、空は可能性の宝庫だ。だがそのために、命がけで獰猛なモンスターを捕まえるというのは、

 実現までの費用と労力に対して、支払うものが多すぎる。


「でもやっぱり、無視はできないからな。

 オレは今、ウエイスト連合に居を構えてるんだが、サブクエストとして、ライドモンスターの安全なテイミングって奴を研究中なんだ」

「ウエイスト・・・お前と一緒に居た使節団もそこの?」


 思い返せば、あの使節団はアラブ系の顔立ちだった。


「ああ。彼らは連邦の外交官と、軍の参謀たちだ。ちょうどいい、最後に世界情勢について教えてやる」


 シドの顔から、これまでのちゃらけた雰囲気が消えた。

 この世界で生きていくうえで、生死にかかわる情報だからだ。


 うっかり紛争地域へ踏み込んで、誤解されてザシュッ!なんてシャレにもならない。

 オレも気持ちを切り替えて、二人の間には、重い空気が漂い始める。


「ヴィーナスから聞かされてるだろうが、この世界は停滞している。

 各国は自分だけではこれ以上の発展が出来なくなったんだ」

「・・・で、どうにかするためにアテナは、外から刺激を与えようとした。それがオレ達<グルゥクス>」


 オレの言葉に、シドは肯く。


「ああ、第一陣である俺たちは、EUみたいな共同体構想を、各国に持ちかけた。あちこちを冒険して、知名度上げて、首脳陣と謁見できる身分を得てな」


 まさに冒険小説の王道を行っていた訳か。ちょっとうらやましい。

 そう考えたオレの心の内を読み取ったのか、シドはどや顔を向ける。


「いいだろ?あっち現実じゃ何世紀もかかった事を、俺たちは3人で、半年で、達成しかけていたんだ!

 だが、他の二人が脱落したせいでその工作もストップ。そうしたら、メドゥの奴らが〝事”を起こした」

「・・・事?」

「このアトネスを、自分たちの領土の取り込もうとしているんだよ。

 この都市はパラスとアトネーのお膝元、いわば俺たちにとってのエルサレムだ。

 だからこれまで他の13国は、位置関係の問題は置いといて、誰もアトネスに手を出さなかった。

 事実上の完全中立国だったわけだ」

「そんな場所を自分の物に?・・・他国からの反発を承知で、世界の中心を自分のものにするメリットを選んだ?」


 この世界で政教分離が出来ているかは、まだわからない。

 が、宗教の聖地を自分たちが支配している、というのは、その国の国民たちに限定すれば、かなりの効果がある。

 

 現実でも、宗教の魔力はすさまじい。

 元々は、太古の知識人が考え出した『人間が皆より良く暮らせる』方法を説いたルールブック。

 それを己の生きる支えとする者が大半だが、中には暴力の言い訳として用いる連中が現れてしまう。 


「イルマ姫が連れて行かれそうになったのは、アトネスから東の方角だったんだろう?その先にあるのはメドゥ帝国だ。

 おそらく姫を人質に、アトネスを明け渡せとか要求しようとしたんだな。

 だがイオリ、もといジェイルに遭遇して、それは失敗した、と」

「はぁ・・・ここにくる道中、メドゥの刺客だとか疑われまくったのはその所為か」

 

 こういう、政治の泥沼話は大っ嫌いだ。

 辟易したオレは、荒い口調で尋ねる。


「・・・で?それにお前らウエイストはどう関わっているんだ?」

 

 するとシドは、話すのに疲れたのか、地図の一か所をトントンと指で小突いた後、棚に置かれた小瓶とグラスを取りに行く。

 小突いたところを覗き見る。・・・なるほど、言いたいことは判った。


 アトネスのほぼ真東にメドゥ帝国は位置している。

 だがそのさらに南側には、アラビア半島全土を治める大国、シドの居るウエイスト連合が陣取っている。

 使節団の目的は、アトネスとウエイストとの友好を目に見える形で示すこと。そうすれば、

『もしメドゥが軍をアトネスに向けたら、背後に居るウエイストが襲いかかるぞ』

 と警告しているのと同義になる。いわゆる「そう言うお前を、わしゃ喰った」の絵図だ。


「大体分かった。オレもパラスに会った後、しばらくこの街に留まるよ。

 メドゥ帝国の事もあるけど、<グルゥクス>がどれほどの影響力を持つのか、まだよくわからない。

 おまけに、この身体にも慣れたいから、アトネスをホームにして活動したい」

「そうか・・・じゃあ『洗礼』が終わったら、この城に戻ってこい。

 俺からも城の奴等に、お前の身分を保証しといてやるよ」


 オレに水の入ったグラスを寄越し、自分も喉を潤しながら、シドは笑った。


「・・・悪いな、シド。ある程度余裕が出来たら、今度はオレが助ける番だな」


 それからオレ達は、互いの健闘を祈りつつ、握手を交わし、オレは部屋をあとにする。

 久々に会った友人が、ちょっと良い奴になっていたことに、ほくそ笑みながら。

 

 だがその直前、背後からそれをぶち壊す言葉が投げ掛けられた。


「あ、最後に一つアドバイス。

 他人のロールプレイに口出しするのはマナー違反なのは承知しているが、お前は“性別に相応な”キャラの方が似合うぞ、イオリ」

「・・・」


 前言撤回。やっぱりこいつは苦手だ。 

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