第6話 <グルゥクス>
パラト暦 215年 3月某日
都市国家アトネス パルディオナ城 謁見の間
オレ達が入ったのは、『ここはどこ?』と問われて、RPG経験者ならヒントなしに正解できるほど、典型的な『謁見の間』だった。
左右等間隔に大理石の柱が立ち、中央には自動車2台がすっぽり収まるほど幅広い赤絨毯。それを進んでいった先は、数段せり上がっており、そこに設けられた王座には、威厳あふれる中年の男性と、気品ある同年ほどの女性が、
そして壁際で槍を持った衛兵が、これまた等間隔に立ってこちらを見張る中を、オレは姫さんと獅子風の団長殿に続いて進んでいく。
「ここで止まれ。そして跪け」
前を向いたままレオネイオスは呟くと、見本を見せるように片膝をつき、叩頭する。
姫さんは立ったまま、スカートの裾をわずかにつまんで、軽くお辞儀。
そしてオレは、言われたとおり団長殿に
・・・なんだか、道のど真ん中で靴ひもを結んでいるような、恥ずかしさを感じる。
イルマ姫が最初に口を開いた。
「お父様、お母様、ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「いや、イルマ。
我々皆、次が起こらぬように気を付ければよい」
イルマの父、アトネス王はそう言ったが、団長殿は納得できないようで、下を向いたまま謝罪の言葉を告げる。
「恐れながら、国王様。姫様が
次に気を付けるとおっしゃるならば、なおの事、私めに罰をお与えください」
・・・なるほど、お客様を大事にし過ぎて、キャスト側への警戒を緩めてしまったわけか。
と、オレは蚊帳の外にいるつもりで、事件のあらましに考えを巡らせていた。
すると・・・、
「顔を上げよ、レオネイオス。お主の心意気はよく理解した。
しかし、先に済まさなければならない事がある故、この件はしばし待て。
して、ジェール殿、だったかな?わが娘、アトネスの王女を賊の間の手から救ってくれたというのは」
不意に、国王から声がかけられる。
「ジェ“イ”ル、でございます。国王陛下。さる高貴なお方の使いとして、このアトネスへ向かう道中でありました。道に迷い、街道をようやく見つけたと思った矢先に、姫様を
どうにか説明できたけど、すっごい緊張しておりますです。
こんな風にか~な~り目上な御仁と話したのって、正月以来だよぉ。
だがそんなオレの内心は、周囲には気づかれていないようで、国王は再び声をかけてくる。
「これは失礼した、ジェイル殿。うむ、礼儀を知った言葉遣いに、質素だが乱雑ではないその身なり。高貴な身分に仕えているというのは、本当のようだな」
いやまぁ、装備の状態に関しては、卸したての新品ですからねぇ。
「それだけではありません、お父様。
“怯えるフリ”をして山賊を欺き隙を作ると、その華麗な身のこなしで、賊3人を目にもとまらぬ速さで打倒した、武と才に秀でたお方です♪」
イルマ姫はそう言って、オレの株を上げようとする。
でも姫様、美化しすぎだそれ!
ビビッていたのはフリじゃなく本当だし、倒したのは二人だけだし、最後は詰んで突っ立ってただけだし!騎士団来なけりゃ助かってなかったし!!
顔が熱くなってくる。きっと周りからは顔が真っ赤になっているのが解るだろう。
すると姫さんの母、王妃様が扇で殺し切れていない笑みを隠しつつ、オレに声をかけてくる。
「うふふ、恩人殿は恥ずかしがり屋さんなのですね。
・・・ところで、あなたの『お遣い』とはどんな内容なのですか?イルマを助けてくれたお礼として、ご助力しましょう」
「えっと、アトネスに“居る”という事は判っているんですが・・・。
その・・・」
ヤバい、答えに詰まる。
オレの予想が当たっていれば、いや、ほぼ確実に当たっているだろうが、
『パラスという御仁を探している』と率直に言っても、協力を得られるかどうか・・・。
「・・・?どうしました?」
無言になったオレに、この場にいる一同の視線が集まる。
うん、我ながらめっさ怪しいよね、オレ。
レオネイオスとか騎士の皆さんとか、剣の柄に手をかけてるし・・・。
・・・正直に言っちゃおうか。既に奇人扱いされてるみたいだし。
だが、オレがそう腹を括った直後、背後の大扉が乱雑に開け放たれ、覚悟は無駄になった。
「ヘイ、イルマ!無事にご帰還なされたようで何より・・・」
良く通る青年の声が、謁見の間の空気を一変させる。
・・・?今の声、聞き覚えがあるぞ。
「使節殿!困ります。・・・今はまだ先の謁見の最中で」
大扉の傍で伝令役をしていた兵士が、慌てて
しかし青年は、忠告を全く聞かずに押し入ってくるようだ。足音が近づいてくる。
「謝罪をするのは早い方がいいだろ?誘拐犯の一人は、俺たち使節団の中に紛れていた上に、逃走に使われた荷馬車もウチの管理下にあったもんだ」
接客中に乱入しといて『謝罪』とか、どんだけ自分勝手なんだ。
どんな奴か気になって、オレは跪いた姿勢のまま、視線だけを背後に向ける。
すると、そこに居たのは・・・。
「とにかく、もう暫く外でお待ちください。ミスター・・」
「Mr.アラバマァ!?」
兵士を引き剥がそうとしている、“カウボーイ姿”の青年を認めて、オレは思わず立ち上がり叫んだ。
するとあちらも、オレの存在に気付いたようだ。
「お前、もしかして・・・ナスティ・ジェイルか!
そうか、お前もあのヴィーナスに頼まれたクチか!!」
カウボーイのはしゃぎ様で、謁見の間の空気が
「使節殿・・・もしやこの者も、あなたと同じく?」
相変わらず柄を握りながらも、団長殿はさっきまでより少し警戒を緩めて、アラバマに問うた。
すると闖入者の青年は、大げさな身振り手ぶりで、オレの事を皆に紹介する。
「ご名答~♪こいつは俺と同じく、あんた達が“アトネー”として崇める女神様が遣わした、<グルゥクス>って奴だ」
暫く後 パルディオナ城 客室
騒ぎのすぐ後、オレとMr.アラバマは、こいつの滞在に用意された部屋に移った。
中に居た他の使節団の方々は別の部屋に移り、、二人きりの中、オレが先に口を開いた。
「久しぶりだな、Mr.アラバマ。使節団ってことは、どっか別の国で外交官でもやっているのか?」
すると目の前のカウボーイは、意外そうな顔で返してくる。
「おいおい。二人だけの時までロールプレイか?
こっちは久々に同胞と会えたんだ。頼むからリアルネームで呼んでくれよ、“イオリ”」
「・・・解ったよ。ただし、この世界の情報よこせよ、“シド”」
そう、オレとこいつ=シド・グリーンヤードは元の世界で、現実・仮想両方において友人という間柄だった。
詳しくは言いたくないが、シドの親父さんとウチの
同い年ということもあって、こいつはオレを気に入っているようだが、オレはシドが苦手だ。
悪い奴ではない、あちらのスクールで飛び級するほど成績優秀で、オレの事も家族同然に扱ってくれる好青年。
だがその一方で、かなり調子に乗りやすい性格なのである。
それはこいつのキャラネーム、<Mr.アラバマ>の由来からも明らかだ。
数年後には、その名は有名な大会荒らしとして、ゲーマーたちに知れ渡っていた。
そしてFFOがリリースされると、シドはアメリカサーバーでの『魔の1時間』を余裕で生き残り、そのまま最古参勢のボスとして君臨した。
これだけなら只のいやな奴だが、先述の通りシドは違う。
・・・話を戻そう。
オレは再会の挨拶もそこそこに、アテナに指示されたメインクエストの情報を求めた。
「お前の今も気になるけど、やっぱり自分のこれからが知りたい。
オレはこの街で、パラスを
「ああ、もう1年くらい前の事だ。ただしオレの時は、アビーやラオ坊やと3人で一緒に送られたけどな」
イギリス人のクイーン・アバディーンと漢民族の
オレ達と同じように、テコ入れ要員として送り込まれたが、リタイアしてしまった二人だ。
やはり最古参組で、オレも現実での面識はないがネット上ではつるんだことがある。
「知ってる。アテナに頼まれてから転送されるまで、2か月の猶予を貰ってね。その間に、FFOのチャットで二人に訊いてきたよ。
姐さんはワイバーン相手に討ち死に、ラオ坊やは自己破産してギブアップ宣言だっけ?」
二人とも、もうコリゴリだと言って、多くを語らなかったが、異世界では気を付けろ、とアドバイスをくれた。
「知ってたのかよ?二人の失敗談を肴に一杯やろうと思ったのに・・・。
まあいい、それよりパラスだな。お前さんも察してると思うが、やっこさんはギリシャ神話に出てくる、あのパラスで間違いない」
「やっぱり、パラディオンか・・・」
パラス:海神トリトンの娘、つまりポセイドンの孫娘である。
アテナとは幼馴染という関係で、一緒に剣の稽古をするほどの仲だった。
しかしある日、その稽古中に事故が起き、彼女はアテナの剣に刺されてしまう。
そして悲しんだアテナによって、彼女を模した像が造られた。
ホメロスの詩において伝説の都市トロイアに不敗の加護を与えたとされる、パラディオンである。
「神話じゃ死んだ事になってるが、神様が剣に刺された如きで死ぬはずがねぇだろ、って本人が笑っていたよ。事故の後も、日本でいう『百合』な関係を続けているらしい。
こっちの世界じゃアテナの頼みで、『女神パラス』として2大宗教の片方で主神として崇められている。もう片方は言わずもがなだな。
お前さんが目指すべきは、アレが祀られてる聖堂だ。アトネスの1等地区から3等地区まで合計12か所もあるが、どこでもいい。行けばパラスから、<グルゥクス>として認定される」
「それって、いわゆる『選ばれし者』と同義なのか?
グラークス、ギリシャ語の『
「まあ、そうだな。アテナ、こちらでのアトネーが世界を混沌から救うべく派遣し、パラスが後見する存在だ。
つまりはこの世界のツートップの使者、という風にコッチの人間たちは認識している。
詳しい事はパラスに聴けばいい。ただ、3等地区の聖堂はやめとけ。あそこは貧乏と病気の塊だ」
・・・最後の余計なひと言は忘れよう。
気に入らないものをとことん悪く評するのも、オレがシドを苦手とする一因だ。
「解った。詳しい場所は兵士の誰かに聞くとするよ。あと知っときたいのは・・・」
「地理や経済、世界情勢か?モンスターや魔法、スキルについてはパラスに聴いた方が早いからな」
シドはそういうと、自分の手荷物から二つの紙製ロールを取り出した。
どちらも地図で、片方は地形が詳しく描かれ、もう片方は都市や中小規模の村の位置が書かれていた。
「こいつはオレの自作だが、勢力ごとにぶつ切り状態になってる奴なら、主要都市の商人ギルドが販売している。行商人も販売目的で余分に持ってる場合があるな。
・・・そんなモノ欲しそうな眼をしてもやらねぇぞ?これを持ってることは誰にも言ってねェんだから」
「解ってるよ。それぐらい・・・・」
図星を突かれて、オレは不機嫌な声で返した。
市販されている地図というのは、おそらく略地図だろう。シドの物ほど詳細な地図は、軍事機密の類に当たる。作られているとしても、各統治者が厳重に管理しているはずだ。
江戸時代後期にオランダ人医師シーボルトが、日本地図の写しを土産に持ち帰ろうとして国外追放となった事件は、教科書に載る程度には有名だ。
「(でもそれって、この世界が乱世ってことを示唆してるんだよなぁ・・・)」
メンドクサイことになりそうだと、内心愚痴をこぼしながら、オレは地図に目を落とした。
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