第5話 都市国家アトネス

パラト暦 215年 3月某日 

異世界『パルターナン』 とある街道


 山賊たちが捕縛されてすぐ、街道のど真ん中で、今度はオレが騎兵達に囲まれていた。

 馬車の後ろでは捕まっていた女性が、救出部隊を率いている、獅子のような風貌の男に、荷台から降ろされていた。

 身長から考えれば少女と言える年頃に見えるが、大人びた表情で実年齢が解りづらい。

 

「姫様!ご無事で!?」

「ええ何とか。最悪の事態にはなりませんでした。そちらの御仁が助けてくれたのです」


 男の短剣で木枷を外してもらいながら、彼女はオレの方を向く。

 すると、オレの近くに居た騎士が、馬から降りて声をかけてきた。

 

「姫様を助けてくれた事、感謝する。

 貴殿は・・・ずいぶんと簡素な格好をしているが、旅人か?」

「えっと・・・」


 鎧の凹凸や声から女性だと判るその騎士に、オレはどう返そうか考える。

 正直に話しても、女神云々を信じてもらえる訳がなく、嘘をついても、多分バレて余計な疑いをもたれるだろう。

 ・・・というわけで。


「さるお方のめいにより、アトネスという都市へ行く道中なのですが、道に迷ってしまって。

 やっと道を見つけたと思ったら、その馬車と出くわして・・・」


 よし、嘘をついていないし、これなら疑われない。

 ・・・そう思っていたのだけれど。


「アトネスだと?」


 女騎士や周りに居た一同の警戒や好奇をはらんだ視線が、オレに集中する。


 あれ?・・・もしかしてこの方々、敵対勢力?


 そんな不安が脳裏によぎったが、すぐに杞憂だと解った。

 木枷を外された女性が、オレに声をかけたからだ。


「“我が国”を目指していたのですか?でしたら、私達とご一緒しましょう♪」

「へ?我が国って・・・もしかして!?」


 そう言えばさっきの山賊、『王女』って呼んでいたな。

 唖然とするオレに、少女は自らの素性を明かした。


「私はイルマ=アトネス、あなたが目指している都市国家『アトネス』の第2王位継承者です。改めて、助けて戴きありがとうございます。お名前は、確か・・・」

「・・・ジェイル、と申します」

 

 予想外の展開に思考が止まったオレは、どうにかその言葉をひねり出した。

 

「ジェイル様。此度の御礼をしたいので、我々と共に城へ参っていただけませんか?

 あなた様の用件というのにも、できる範囲でお力添えをさせていただきます」  


 にっこりと笑みを向けてくる姫さんに、頷くことしかできなかった。



暫く後


 期せずして、目的地への道案内とこの世界の権力者へ謁見の機会を得たオレは、イルマ姫やその護衛達と共に、街道を進んでいた。

 

 姫と部隊長の男は、山賊の使っていた馬車の御者席に座っており、その後ろには元の持ち主共が縛られた状態で転がされ、それを騎士2人が同乗して見張っている。

 この4人とおまけが乗った馬車を中心に隊列は組まれ、オレは馬車の御者席あたりを並走する位置にいる。

 乗っている馬は、馬車で見張りに就いている騎士が使っていたのを借り受けているのだが、よく調教されているのか、嫌がる様子もなく乗せてくれている。

 

「へぇ、馬の扱いに慣れているようね。

 その子、乗り手の判別が厳しい方なのに・・・」


 心地よい蹄のリズムに耳を傾けていると、隣からふと声をかけられた。最初にオレに話しかけてきた、あの女騎士だ。


「いえ、慣れているというほどでは。

 生まれ故郷に居た時、乗馬の体験を何度かやらせて貰った程度で・・・」


 何年も前の事だが、身体はやり方を覚えていたらしい。おまけに身体能力がかなり強化されているおかげで、当時よりも楽に乗りこなせている。

 もしかして、苦手だった跳び箱や登り棒とかも出来たり?なんて事を考えていたが、ドスの利いた声がそれを邪魔した。


「ほう、道楽で馬に乗れる生活か。さぞかし裕福な家に生まれたのであろうな?

 そんな者が、貧相な身なりをして、誰かの遣いで一人旅とは・・・」


 声の主は、あの獅子風の男。アトネス近衛騎士団の団長、レオネイオスだった。

 うわぁ、めっさ疑われてる・・・。

 

「山賊どもを倒した技量も考慮すると、どこかの武門の出かな?そんな人間が供も無しというのは、さらにおかしい。考えられる答えは、お前がメドゥの・・・」

「レオン!そこまでになさい!!」


 ドス!


 隣に座るイルマ姫が、レオネイオスの鳩尾に手刀を叩き込んだ。

 ちょっ!?今、結構イイ音がしましたけど!?


「ふぐっ!?ひ、ひめさま?」

「単なる憶測だけで判断するのは、愚者のやる事です。

 今のジェイル様は、私の恩人。粗相はなりません」

「しかし・・・万が一にも奴らの刺客であったなら・・・」

「あら、お忘れ?いま城には、ウエイストからの使節として、“あの方”がいらっしゃるのですよ?

 仮にこの方が賊であったとしても、神の御業には叶いませんよ」


 そう言って無邪気な笑みを浮かべる王女に、団長はそれ以上口を開かなくなる。

 代わりに、オレと並走していた女騎士が詫びた。


「申し訳ない、ジェイル殿。今アトネスは、メドゥ帝国と仲睦まじいとは言い難い状況で・・・」

「気にしませんよ。王女様が誘拐された直後だ。よそ者を疑わない方がおかしい。・・・あの姫さんも、本心ではちゃんとオレを警戒しているよ」

「!?・・・気づいていたの?」


 女騎士は、意外そうに目を見開き、口調も素の状態になった。

 ・・・まぁ、常に頭を回転させていないと気づかないだろうけどさ。

 

 判断材料は、今のこの配置。これが姫さんの指示したものだという事。彼女は御者席の左側に座り、右側にレオネイオス。そしてオレは、馬車の右側へ来るように言われた。この配置なら、オレが刺客だったとしても、姫さんを襲う前に獅子風の団長殿に阻まれる。

 しかも、もっと念入りなことに、今一緒にいるこの女騎士を見張り役に置いたり、一見左右均等に割り振られているように見える護衛も、顔つきを観れば熟練の猛者と解る騎士たちが、オレの周りへ多めに置かれている。

 まぁそれに気づけたのも、さっきからオレにピリピリとした視線を向けてきているから、なんだけどね。全然誤魔化せてねぇぞ。


「まぁ、安心してくれ。オレは丸腰だ。唯一の武器は、荷台に転がっている・・・死体に突き刺さったままだし」


 荷台を振り向こうとしたが、なぜか首は、すぐに正面へ戻ってしまう。

 まるで“見たくないものがそこにあるように”。

 オレの様子から、女騎士は何かを察したようだ。 


「あなた、もしかして。・・・解った、信用してあげる。

 あ、私の名前、まだ言っていなかったね。近衛騎士のイリアスよ、よろしく。・・あ、見えてきた。あれがアトネス、そしてパルディオナ城よ」


 イリアスの指示した先には、レンガ造りの城壁と、その向こうにそびえる西洋風の城があった。 

 門までたどり着くと、隊列は止まり、騎士たちは馬を降り始める。

 オレも彼らに倣って地面に足を付ける。僅か20分足らずの事だったのに、土の感触が懐かしく感じる。

 その後、馬は中から来た警備兵が率いていき、オレたちは徒歩で城門をくぐる。山賊たちは警備兵に引き渡され、どこかへ連れて行かれた。

 

「姫様だ!」

「騎士団長様が連れ帰ってくださった!」

「イルマ姫ぇ!よくぞお戻りにぃ!」


 あちらこちらから無事を喜ぶ声が響く街中を、オレ達は進んでいく。


「ずいぶんと慕われているんだな、あの姫さん」

「そうよ。祭事にはほぼ欠かさず出席してくださるし、この3等地区で慈善活動をなさっているの」

「3等地区?・・・もしかして、城を中心に3重の同心円になっているのか?」


 イリアスの説明で、オレは街の構造に既視感を感じ、そう尋ねた。


「あら?よく解ったわね。その通りよ。

 城と堀のある1等地区。貴族の邸宅とか城への来賓用の宿、高級な商店が集まる2等地区。そして今いる3等地区。アトネスの玄関口で、一般人の住居や商店、旅人向けの宿や酒場、各種ギルドの集会所もここに有るの」


 今の説明で確信した。アトネスはFFOの『始まりの街』と同じ構造だ。

 FFOでは、各サーバーのスタート地点から平均3キロほどの場所に、必ず城の廃墟があった。

 最古参のプレイヤーたちは、スタート地点に村を形成した後、次の大型拠点としてその遺跡を修復、『始まりの街』を作り上げた。

 そしてその構造は偶然にも、中心部の城を除き、万国共通で3重の同心円というデザインになった。

 理由は単純。古参プレイヤーと新参プレイヤー、ホームタウンとしているプレイヤーと来訪者等、ある程度の住み分けを行い、混雑やトラブルを回避するためだ。

 アテナはこの世界を、オレたちのプレイ内容を基に創ったと言っていた。間違いなく、あの街を参考にしたのだろう。


 ただ、この形式がうまく機能するのは、あくまでFFOの中のみ。

 『こまけぇこたぁ、イインダヨ』なゲームでの構造を、そのままコピーしただけであったなら、色々と問題が発生しているはずである。


 そしてオレの予想は、3等地区から2等地区へ入り、街の様子を観察していくうちに、的中していると判明した。


「(早速見つけちまったなぁ・・・最初の『テコ入れ』案件。

 でもこれ、『おもかる石』みたいな感じがするんだよなぁ)」

「・・・ジェイル?何考えているの?

 もうすぐ城だから、きちんとしといたほうがいいよ?」


 普段からの癖で、色々と考えていたら、イリアスが注意してきた。

 正面を見ると、蛇腹状の階段があり、さらにその上には、舞浜にあるような西洋風の城がそびえていた。


「ここがパルディオナ、アトネスの中枢よ。

 謁見の間では、姫様と団長について行って。私は脇に控えておくから」


 階段を登りきった辺りで、イリアスはそう告げて、俺から離れて行った。

 ・・・どうでもいいけど。あの女騎士、いつの間にかタメ口になってたな。


 その後、城の入り口で一度止められ、しばらくしてからイリアスの言った通り、イルマ姫とレオネイオスについて行くように言われた。

 姫さんはにこやかに先導してくれるが、獅子団長殿は威圧感バリバリの状態で、オレのすぐ横に並ぶ。


「・・・王の前では、許しがあるまで跪いておけ。発言も、尋ねられたことだけ、私語は一切禁止だ」


 それ以降、レオネイオスは黙ったままになった。

 ・・・あれ?もしかして。アドバイスくれた?


 意外とツンデレなんだなぁ、と内心で考えながら進んでいると、あっという間に謁見の間についた。


「イルマ姫様、レオネイオス近衛長、旅人のジェイル――!」


 傍に控えていた兵士が声を張り上げると、重厚な扉がゆっくりと内側へ開いた。

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