パルターナンのジェイル

第4話 女神の箱庭

パラト暦 215年 3月某日

異世界『パルターナン』 とある森林地帯


 え~。そんなこんなで、オレ-佐村庵-は、ライトノベルに有りがちな異世界での冒険を始めることになったんだが・・・


「なんだお前?しょっぼい装備だな、どこの田舎もんだ?」


 早速、ピンチに陥りました。


「かしらぁ、こいつもついでに捕まえましょうぜ?この顔なら娼館も買い取ってくれまさぁ」


 明かに犯罪者だと判る4人組に、品定めをされております。


 なんでこうなったか?あの“腹グロ女神”がオレを転送した先が、どことも解らぬ森の中だったせいだ!




数分前


 鏡に吸い込まれた後、気が付いたら池の畔に倒れていた。

 起き上がると服装が変わっていて、元の世界じゃ絶対に売っていないような、RPGでは見慣れた軽装鎧の姿になっていた。


「これ、FFOの初期装備だよな?」


 手持ちの品を確認してみたが、腰のポーチと小刀、財布とおぼしき皮袋、兵隊が持っているような瓦状の水筒、そしてアラクネがくれた通信機。当然、ポーチも財布も水筒もから

 ゲーム時代に溜め込んだアイテムはひとつもなく、装備品もいわゆる初期装備。FFOで、キャラメイク直後に支給されたものだ。

 唯一ゲームと違うのは、池の水面に映った顔が、オレがキャラメイクで作った根暗なインテリではなく、佐村庵としての中性的な顔立ちである事。

「もしや性別事故とか起こしてないだろうな?」


 そう思って服の上から触ったり、腰ひもを緩めて中を確認してみた。

 ・・・・手足や各部の筋肉が明らかにたくましく成っているものの、幸いなことに、“余計なモノが付いていたり、逆に大事なモノが減ったり“というのはなかった。


 まとめると、顔は佐村庵、肉体はジェイルという状態。

 それを確認したオレは、次に五感の働きを確かめるべく、神経を研ぎ澄ます。


 息を深く吸い込むと、香るのは腐った土と葉っぱの匂い。

 空を向くと、目に届くのは純粋な青と白。

 耳を澄ますと、聞こえるのは風とそれに揺らされる木々の音。

 地面を触ると、伝わるのはチクチクとしているが柔らかい草の感触。

 池の水を掬い上げると、口の中に広がるのは冷たさとわずかな土臭さ。


 化学物質や毒に汚されていない、本当の意味での自然を、オレは今感じ取っていた。 


「ああ、素晴らしきかなパルターナン」 


 フランスの思想家、ジャン・ジャック・ルソーは、その著書『エミール』で『人間は、自然の中で育てるべきだ』と述べた。

 人間に最も必要なもの、それは豊かな心。物事をとらえる広い視野も、そこから得た情報を整理する洞察力も、全ては広大で千変万化な自然の中でしか培われないというのである。


 都会では味わえぬ喜びに、オレはしばし浸った。


 だが、いつまでも森の中にいるわけにはいかない。

 かのフランス人は同じく『エミール』にて『人間は、人間の中でしか育たない』とも主張している。


 どうすれば人付き合いがうまくなるのか。その答えは大勢と交流し、場数を踏む事。

 何が人を不快にするのか、何が世の為人の為になるのか。それを試行錯誤の末に獲得することで『人間』と成る、という事だ。


 『異世界革命テコ入れ』を行うには、この世界の住民と接しないと始められない。

 街を探すべく、オレは水筒に池の水を汲む。

 すると、何かの気配を感じた。


「・・・?馬、いや馬車か・・・え!?」


 何となく呟いた自分の言葉に驚いた。 

 聴こえるのは風が雑草を撫でる音のみ。しかしなぜか、見えないはずの森の向こうに、馬車が走っていると判った。それだけでなく、その馬車に5人の人間が乗っている事、こちらに近づいている事も感じ取れた。

 

「なんだ、これ・・・そうか、<索敵>!」


 

 今のオレの身体は、ゲームでのジェイルのモノ。つまりゲームで使えた各種スキルをも、オレは使えるという事。

 ジェイルの能力の一つは、<索敵>スキル、それも熟練度MAX。周囲の動物や人間の気配を、ゲーム内の単位で300yヤー―現実だと・・・確か 900メートル程先―まで察知できた。

 

「・・・流石に距離は無理か。場数を踏めばなんとかなるかな?」

 

 気配はさっきより強まるが、自分とどれ程離れているのかは解らない。馬車はゆっくりと、こちらに向かってきているが、同時に左の方へ流れていく。

 どうやら森の向こうに、道があるようだ。

 

 現時点で唯一の情報源を逃がすまいと、オレは小走りのつもりで森を駆けた。・・・のだが、


「うおぁ!?早すg (ゴーン)」


 少し地面を蹴っただけで視界が歪み、次の瞬間、オレは横に延びた枝にラリアットをかけられていた。


「いったぁ!・・・・」


 目の前にチラチラと星が飛び、身体は地面に倒れ込む。

 幸い、地面が腐葉土だったお陰で、後頭部は打たずに済んだ。

 なるほど、痛覚は普通にあり、運動には無条件でジェイルの時に獲得した補正が効く、と。


「<駿足>スキルかぁ・・・」


 FFOではアイテムに重量が設定されていた。

 なので、爆弾や回復アイテム、使い捨て武器を大量に持った状態でも素早く動けるように、脚力をガン上げしていたのだった。

 現在はのオレの装備は、あの頃と比べると手ぶらの状態。もしかすると、世界記録を更新できてしまうやもしれない。

 

 走るときは『運動会の入場行進』ぐらいにしておこう。

 そんな事を考えながら、オレは再び、馬車との合流を謀った。


 

 そして冒頭に戻る。

 ジェイルの身体能力を慣らし運転 (?)しながら走っていると、馬車の前方3メートルくらいのところで、オレは道へ出た。

 森の中を直線状に整地してあり、街道だと思われるが、舗装はされていない。

 右方から来る馬車は、2頭の馬で引かれており、御者ぎょしゃは男が1人。オレの姿に気づいたようで、手綱を引いて馬車を停めた。

 そしてオレが挨拶をする前に、荷台にいた男と共に、こちらにイヤらしい視線を向けてきたのだ。



「なんだお前?しょっぼい装備だな、どこの田舎もんだ」

「かしらぁ、こいつもついでに捕まえましょうぜ?この顔なら娼館も買い取ってくれまさぁ」


 風呂に入っていないであろう薄汚れた肌に、赤黒いシミの付いた毛皮のチョッキ。

 ・・・うん、間違いない。コイツら賊だ。

 オレがそう直感すると同時に、荷台から女性の声で、判断材料が追加される。


「お逃げなさい!この者共は山賊です!」


 そう叫んだのは、男達とは正反対に高貴な身なりをした、まだ少女といってもいい外見の女性だった。

 ちらりと見えた両手は体の前で、鎖の延びた木枷がはめられていた。


「黙ってろ!商品にするから顔は殴らねぇが、痕が残らねぇ程度には痛め付けるぞ!」

 

 頭と呼ばれていた荷台の男は、御者席に立ってそう怒鳴ると、ほかの3人の男達に命令する。


「王女はオレが見張っとく。お前らはあの・・・男か女かを捕らえろ。

 ただし、抵抗したら構わず殺せ。もったいねぇが時間が・・・」


 刻限を気にするように空を睨むリーダー(仮)。

 釣られて見上げると、太陽がゆっくり上っており、もうすぐ天頂に達するあたり。


 手下の3人は残念そうにしながらも、馬車を降りて剣を抜き、こちらに迫る。

 得物は一般的なロングソード。しかし、ごく最近に誰かを斬ったのか、血糊がこびりついていた。

 

「血!?」


 オレの意思に関係なく、身体が賊達から距離をとろうとする。



―赤く染まったベッド、同じく両手が赤く染まった自分。

 

 そんな自分を安心させるように、抱き締めてくれる母親―



 過去の光景が、脳裏にフラッシュバックする。


 オレの行動を怯えと取ったのか、山賊達は余裕の笑みを浮かべて、3方向から囲むように近づく。


「へへ、怖いか?大人しくすれば痛くはないぞ?」

「そうそう、ついでにその着ている物をきれいに脱いでくれたら、ふふふ」


 左へ回り込む山賊Aと、正面の山賊Bが語りかけてくる。3人目の山賊Cは、無言のまま右へ。

 

 他方オレはというと、トラウマの再現は治まったものの、未だ心と身体は別々のまま。


「(落ち着け、オレ!アレはもう昔のことだ!もう終ったことだ。オレはもうあの時とは違う!!オレは・・・オレは、“私は”・・・)」


 主導権を取り戻そうと、オレは心のなかで自分に言い聞かせる。しかし、そこから先が続かない。

 そのままオレは、山賊Aに左腕を掴まれ、馬車の方へ引っ張られていく。

 すると御者席に近づいた辺りで、頭の男が話しかけてきた。


「へへ、賢い奴だな。ところでお前、名前は?」

「さむ、・・・いや!」


 本名を言いかけて、はたと気づく。

 そうだ、今のオレは・・・


「オレの名は、“ジェイル”だ!」


 瞬間、体の主導権が戻った。

 すかさずオレは、腰に差したダガーを右手で逆手に握って引き抜き、同時に身体を、左足を軸にぐるりと捻る。


「おまっ、なにうぉあ!?」


 突然のオレの大声に驚いて、左腕を掴んだままだった山賊Aは、逆に腕を引っ張られ、前のめりに倒れ込む。

 オレは右肘を曲げた状態でダガーを構え、そのまま身体の回転を継続させる。

 そして、遠心力で勢いの付いたダガーは、Aの背中から左胸へ貫通した。

 対人暗殺技の一つ、<テイクバック・ダウン>。ボタンひとつで繰り出せるようになる、ショートカット枠に仕込んでいた技の一つだ。


「かはぁ!?」

 

 激痛にかすれた悲鳴を上げながら、Aは絶命する。

 周りに居る他の者達は、突然の事に認識がついてこれない。

 

 キャリーン!


 そして、Aの腕から力が抜け、持っていた剣が地面に落ちる音で、ようやく何が起こったのかを理解したようだ。


「てめぇ!?」


 山賊Bが叫び、ロングソードを上段に構えながら、こちらに突っ込んでくる。

 オレはそれを横に飛んで避けるが、力が入りすぎて、茂みの中へ突っ込んでしまった。


「あっ、痛っっつう~」


 肩から落ちたオレは、なんとか起き上がるも、その場にしゃがみこんだ。


「なっ!?どこに消えた!?」


 剣を降ろして、街道からこちらを見回す山賊B。


「???」


 いくら草の中に居ると言っても、オレとの距離は5メートルと離れていないはずだが?


「(見えていない?・・・<隠密>か?)」


 ジェイルがもつ2つ目のスキル、<隠密>。当然、5年かけて熟練度はMAXにしてある。

 しゃがみ姿勢であれば、例え目の前30㎝に居ても、<索敵>がMAXの者か、直接触れない限りバレないという、自分でもチートずる過ぎると思うスキルだ。

 

「なんだ、あいつは!新種のモンスターか!?」


 山賊の頭も、荷台に移って見張る。

 更に山賊Cは、Bの隣に来ると、どこから出したのか、弓を構えて中腰になる。


「うわ、射手かよ。・・・次はあいつだな」


 ごく自然に、そんな言葉が口からでた。

 しかし反面、心臓が早鐘を打って、耳の裏がぎゅっと縮まる感じがする。


 ・・・恐い。


 唯一の武器であるダガーは、Aに刺さったまま。

 敵はロングソードと弓、こちらは丸腰。

 改めて自分の状況を見直すと、あまりにも劣勢な立場に立っていて、左胸の辺りが、心拍でピクピクと震えてくる。 


「ふぅ・・・」

 

 それを抑え込むように、オレは深呼吸を一つ。

 そして・・・全力で飛び出した。


「・・・・らぁ!」


 叫びながら、オレは地面を蹴り、両足を山賊Cへ向けて持ち上げる。


 ドグシャッ!


「くぁ!」


 渾身こんしんのドロップキックは、Cの顔面と右肩を捉え、その身体を馬車の左前輪にスタンプする。

 オレは反動で宙に浮き、後ろ向きに半回転して着地する。

 続いて山賊Bへと目を向けると、右肩に矢が刺さった状態で倒れていた。どうやらオレが山賊Cを蹴りつけたとき、弓が暴発したらしい。

 山賊Cは白目をむいて崩れ落ち、これで手下は全滅状態となった。

 ・・・とは言いつつ、状況は好転したわけでなく・・・


「若造!好き勝手やりやがって!!」


 山賊の頭が、鬼の形相で荷台から飛び降りてくる。荷台に寝かせていたのだろう、オレの身長と同じぐらいのグレートソードを担いでいる。

 しかも、 

 

 グラリッ

 

 反射的に立ち上がろうとしたが、視界が揺らぐ。慣れていない体に、急激な運動、そのツケが疲労という形で一気に現れたのだ。ゲーム風に言えば、スタミナ切れである。

 

 思わずその場で片膝をつく。弾みで額の汗が地面に落ちる。


「はっ、もうバテたのか?だったらそのまま、永遠に眠っとけやぁ!」

「おやめなさい!お願い、やめて!」


 山賊が大剣を振りかぶり、捕まってる女性が必死に止めようとしている。


「あはは、やっぱオレには無理だったか」


 所詮、ジェイルは仮想の存在。“私”が空想した、究極の自分。

 『究極―イデア―とは、人間の想像の中にしか存在しない』ってプラトンも言ってたし。

 ああ、そういえばプラトンって、アテナイに学校を創ったんだっけ?あの女神アテナとも、面識があったのかな?


 どうでもいい事ばかりを思い浮かべ、オレは死の瞬間を待った。

 しかし・・・


 ドドドドドド・・・・


 <索敵>スキルが、山賊の背後から多数の気配が迫るのを察知した。

 そうでなくとも、地面に接する膝を伝って、地面が小刻みに揺れるのが感じられ、耳には無数の打音が届く。


「・・・騎馬隊?」


 視線を、気配がくる方へ向けると、土ぼこりを巻き上げながら猛進する、西洋風の鎧の群れが見えた。

 同じく一団に気付いた山賊は、その正体を知っていたようで、担いだ大剣を取り落しながら呟く。


「くそっ!王国の警備隊か!」

「間に合った・・・レオン」


 山賊が怯える一方で、荷台の女性は安堵の声を漏らした。


 オレ一人だけが事態を呑み込めないまま、馬車はいつしか30人近い騎士たちに包囲され、山賊の生き残り3人は捕縛された。

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