第2話 自由すぎた幻想郷

仮想西暦2025年4月1日。そのゲームは、サービス開始直後から、世界の注目を集めた。


『Freedom Fantasy Online』。


 かつて人類が栄え滅亡した世界を舞台としたFPS一人称視点形式のMMORPGで、日本・中国・EU・USAの4地域でリリースされた。

 また、世界初となるプレイヤーの表情をアバターに再現できる技術を導入しており、それに心惹かれ集まった事前登録者は、全地域で1万5千人。


 女神の案内でゲームを開始した彼らを最初に待っていたのは、お馴染みのアバター作成。

 ヒト、エルフ、獣人などから自分の種族を決め、さらにサーバーごとに特徴の異なる2種のジョブ(物理/魔法)を選んだ時点では、数多あるオンラインゲームと大差ないと思われていた。

 

 だが、最後に女神が残した4つの文言から、プレイヤーたちは異様な何かを感じ始める。

 

・遺跡はあるが、街はない。

・モンスターは居るが、NPCは居ない。

・ダンジョンはあるが、安全地帯はない。

・プレイヤーに『死』はあるが、『復活』はない。


 端的な説明を最後に、唐突に異世界の地へ舞い降りた1万人以上のプレイヤーたち。

 彼らを待ち受けていたのは、草木以外は何もない平原と、半壊し苔むした城。

 そして、こちらへ襲い掛かる、血に飢えたモンスターの群れだった。


・ダンジョンはあるが、安全地帯はない。


 開始直後、それもスタート地点への奇襲に、プレイヤーたちは混乱し、何もできないまま次々にそのアバターを霧散させていった。

 主な犠牲者は、戦闘に不慣れなMMORPGの初心者たち。彼らは操作方法を学ぶより先に、FFOの過酷すぎるシステムを教え込まれることになった。


・キャラクターに『死』はあるが、『復活』はない。


 これは単に、蘇生アイテムがないという意味に捉えられていた者がほとんどだった。

 だが分身を失ったプレイヤーたちが見たのは、自分のアカウントページから“アカウントその物”が消滅する様子だった。


 当然ながら、犠牲者たちはゲーム画面の前で困惑し、中には再びアバターを作成した者もいたが、異世界へ降り立った直後、体格の差が3倍もあるモンスターに一蹴され、2度目の『死』を経験する羽目となった。


 彼らの怒りは、すぐさまネット掲示板などに投稿、拡散された。


『作るのに20分かけたアバターが5秒で消滅!ありえねぇ』

『モンスター強すぎ!10回殴っても死なないとか、バクじゃないの!?』


 プレイ内容を各種動画サイトで生中継していた者も多くおり、FFOの惨状は世界中に広められた。

 

 しかし、それから1時間後。

 それらを打ち消すかのように、FFOを称賛する動画やレビューが、相次いで投降され始める。

 後に、『魔の1時間』と呼ばれる地獄を生き延びたプレイヤー達が、自分や仲間の戦果を誇示したのである。


 兵馬俑の如く整列する、<ブジン>と<チャーシェンレン>の混成集団。

 軽トラックほどのクマにしがみつき、脳天に剣を突き刺す<サムライ>とそれを囲む<ジュツシ>達。

 

 モンスターが撒き散らしたアイテムに囲まれ、勝どきを上げる<ナイト>と<レリック>の連合軍。


 荒野の中で、襲い来るコヨーテを連携して撃ち抜く<ガンマン>達と、彼らにポーションや弾薬を供給する<ウィッチ>。



 彼らはいずれも、RPGを愛し、やり込んできた玄人たち。自らの功を誇るだけでなく、1時間の中で検証した「ゲームの自由度」についての報告も上げた。

 曰く、


・安全地帯は存在しないが、フィールド上にバリケードや建築物を設置することは可能。

・アイテムと通貨はモンスターがドロップし、それをプレイヤー間で交換することが可能。またその際、譲渡に条件を付ける事が可能で、応用すればプレイヤーがクエストを作成することができる。

・すべてのダンジョンが改造可能。平原でも廃墟でも、好きな場所に拠点を設けることができる。


『魔の1時間』はFFOの過酷さだけでなく、最大の魅力をも見せつけたのである。

 『自分たちが、世界を創造できる』という、誰もが思い描いた事のある夢を。


 俗に言う『廃人』プレイヤーたちは、先を競ってFFOに飛び込んだ。


 ある者は廃墟と化した旧人類の街を復元し、城壁を築いて安全地帯を自作た。またある者は、ダンジョン奥深くに眠る財宝を掘り当て、それを元手に商いを始めた。


 1周年を迎える頃には、賛否両論の評価を受けつつ、プレイ人口は全世界で500万人を突破。

 ただの平原だったスタート地点に、有志によって村が形成され、プレイヤー同士の戦闘でHPを全損させないというローカルルールが徹底された為、新参者が即死するという事もなくなった。


 だが人が集まるという事は、それだけ悪質な輩も出てくるという事でもある。

 クエスト詐欺やプレイヤー殺しPK、モンスターに殺させるMPK、もっと単純に、街の破壊や略奪を働く連中が現れた。

 『安全地帯がない』という仕様の為に、一般プレイヤーはそれらに対し、自衛を余儀なくされた。

 一応、ゲームへのクラッキングなど、ゲームそのものを改変する行為は運営が規約で禁じていたが、ゲーム内のほとんどのものはプレイヤーメイドな為に、略奪や破壊は運営の基準において『プレイヤー同士の対戦』とみなされた。

 しかし『好ましくない』、グレーゾーンなプレイであることは確実で、故にこの様な者たちはいつしか<グレー・プレイヤー>と呼ばれ始めた。


 そんな頃、彼らの取り締まり、システムや規約の改変を求める声ばかりが寄せられていた運営への問い合わせページに、ある書き込みがなされる。

 質問者のハンドルネームは『J』。


『Q:ゲーム内で、いわゆる『グレー・プレイ』を行う者たちに対して、同等の手段で制裁を加える事は許される?』


 それに対する運営の返答は


『A:あなた方が実行可能であるなら、どうぞやってみてください』


 その日のうちに、免罪符を手に入れた一人のプレイヤーによる、(グレープレイヤーにとって)下劣ナスティな制裁が始まった。

 

 それから、時は流れ・・・

 


仮想西暦2030年1月某日 『死なずの森林』での騒動直後 

東京都西部 唄月うたつき

 

 ジェイルのログアウトを確認した後、佐村いおりはほぅっと熱い息を吐きながら、フェイスコンバーターを脱いだ。

 精密機械が内蔵されたプラスチック製のヘルメットから解放されると、皮膚に浮きあがった汗が外気に触れ、換気の為に開けられた窓から吹く風が、ひんやりと心地よく感じられた。


 正面のパソコンには4つのブラウザー画面が開かれており、そのすべてがFFOのアカウントページ。

 ただしジェイルを除く3つの画面では、消去が完了したというメッセージが浮かんでいる。ヤヨイとサム、そしてアンデットモンスターを誘導するのに使った、名前すらまともに付けていなかったアバターの物だ。


 仕込み作業を含め3時間近くプレイしていた庵は、風邪を引いた時のように火照っている顔面を一旦上へ向け、しばらくしてからジェイル以外のページを閉じた。

 

「お疲れさん・・・3人とも」


 捨て駒たちへねぎらいの言葉を呟き、庵はジェイルのアカウントページから、チャット画面へ移動する。


掲示板:G対策本部


名前:J  投稿日:01/** 17:14

・終わった。死なずの森林に新しい住民が増えた・・・かも?

名前:Y(故人)投稿日:01/** 17:15

・乙です。

 >>新しい住民が増えた。

 いやいや、あの連中なら、モンスターたちも受け入れ拒否でしょww

名前:S(故人)投稿日:01/** 17:18

・まぁ、灰色連中の今後なんか興味ないね。

 今言いたいことはただ一言。JGJ(洒落ではない)。


 チャットの相手は、勢鬼松や麻酔銃使いの犠牲となったプレイヤー達で、ジェイルの複垢はこの2人をモデルに作成されていた。 

 3人は5年前からの最古参組で、幾度かパーティを組んでダンジョンに潜った程度には付き合いのある間柄。

 今回の一件は、オリジナルのヤヨイとサムの敵討ちでもあった。

 

 その後、二人が新たに作成したアバターに、盗賊から奪還できた元の所持品を返却する算段を話し合い、チャットは解散した。



「ふぅ・・。頭脳を使えて、友達も助けて、いい仕事したなぁ♪」


 机に常備していた板チョコを取り出し、庵は豪快にかぶり付く。顔にニキビが増えるだろうが、滅多に外出しない庵は気にしない。

 すると、開きっぱなしだったジェイルのアカウントに、一通のメールが届いた。


「・・・運営?」


 差出人は『ミネルヴァ・カンパニー』、件名は『採用通知』となっていた。


「・・・採用って、入社試験なんか受けてないのに・・・」


 悪戯か、と疑う庵。

 だが、その送付元のメールアドレスは、FFO公式サイトの『お問い合わせ』に明記されているものと同じであった。

 念の為に電源ケーブルへ手を伸ばしながら、庵はメールを開いた。


『‐拝啓‐ 平時はFFOをご贔屓くださり、また悪質なプレイヤーの対処にいただき、ありがとうございます。この度、その功績を鑑み、佐村様にの一員として、その才能を発揮する機会を。つきましては、下記の期日に・・・』


「・・・本社への来訪、お待ちしています、か。なんだこれ?」


 あちこちに不自然な日本語表現が見られるそのメールを、庵は何度も読み返す。

 普通はまず、内定の通知が来るものだと、庵は認識していた。

 だがメールによれば、いきなりの本採用。また、そもそも庵は『ミネルバ』に就職しようなどという気持ちは全く持っておらず、試験はおろか企業説明会の類にも参加した覚えがなかった。疑うのも無理はない。

 庵は、いわゆる『シューカツ』というものをしてこなかった。就職浪人になろうとしていたのである。両親や姉から向けられる視線については、ガン無視していた。


 だが・・・、 

 

「・・・まぁ、どうせ暇だし、行くだけ行ってみようかな」


 ネットで調べてみると、メールに書かれていた住所には、『ミネルバ・カンパニー』の本社がきちんと存在しており、場所も日帰りで行ける距離。

 

 翌日、庵は半信半疑ながら、メールに書かれていた所在地へと出かけて行った。


 それが己の人生を大きく変える選択だったことを、庵はまだ知らない。 

 

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