FFOの<ナスティ>ジェイル

第1話 下劣な策士

仮想西暦2030年 1月某日

『FFO』日本サーバー 死なずの森林


 日本サーバー最高峰の火山、その麓に広がる密林エリア。

 その名の通り、アンデッド系モンスターが蠢く森の中を、6人のプレイヤーが隊列を組んで探索していた。

 引率するのは<オンミョウジ>ヤヨイと<ケンゴウ>サム。その後ろを、<サムライ>のカイト、<ジュツシ>のヨヨヨ、マナカ、エライネコの計4人が続く。


「もう少しで素材がコンプ出来ます。2人とも、ありがとう」


 空中に出現させたアイテム欄を見ながら、カイトは前を行く2人に礼を告げる。


「気にしなさんな。俺たちも知り合いからこの辺で採れる薬草を頼まれてたから。その次いでだ」

「私は特に用事があった訳じゃないけど、暇だったしね♪」


 サムもヤヨイも、嫌な顔をせずに答えた。

 が、ヤヨイはすぐに、少し真剣な顔で4人に付け足す。


「けど、手当たり次第に声をかけまくるのはマナー違反よ。次からは気を付けなさい」

 

 初心者丸出しな行動をしていた4人の姿を思い出しながら、女<オンミョウジ>は釘を指した。

 普通なら、そんなことをするプレイヤーはガン無視されるモノだが、彼女は4人が初心者だと気づき、仏心を出したらしい。

 

 気付いた理由は単純。FFO日本サーバーのプレイヤーは最初に二つの初期職-<サムライ>と<ジュツシ>-しか選べず、そこから熟練度を上げていくことで、<ケンゴウ>や<オンミョウジ>にランクアップするという仕様だからだ。


 案の定、彼らは始めてまだ3日目のルーキーズ。適当に選んだクエストが、よりにもよってベテラン向けの中ランク依頼だったという。

 

「まったく、依頼主も相手を選びなさいよね」

 

 と、面識もないそもそもの元凶に対して愚痴をこぼしつつ、ヤヨイはもう一言付け加える。


「最近は護衛を任されるフリをして、依頼人をモンスターに殺させる奴等がいるらしいよ。俗に言う、MPKっていうやつ。護衛を頼むなら、街頭じゃなくてギルドに行きなさい」

 

 すると隣を歩いていたサムが、次いでとばかりに口を開く。


「ああ、それに付け加えてもう一例。最近の悪質プレイには、MPKより質の悪い連中がいるんだ」


 その言葉に、ルーキーだけでなくヤヨイも興味を示した。


「・・・初耳よ?どんな手口?」


 彼女がそう尋ねると、<ケンゴウ>の男は立ち止まって、4人の方を向いた。


「いわゆる、<グレープレイヤー>ってやつらでな。手口はヤヨイさんが話したのと似ているんだが、連中は複垢ふくあかとBotを使うんだ」



 複垢とは、『複数のアカウント』あるいは『副アカウント』という意味のネットスラング。FFOでは1つのメールアドレスで1つのアカウントプレイヤーデータしか登録出来ない仕様だが、使い捨てのメールサービスでアドレスを入手し使うという裏技により、アバターを複数保有することができてしまう。

 一方『Bot』は、改造プログラムの一種。プレイヤーが操作又はログインすらしていない状態でも、アバターにアイテム採取など一定の行動をさせる事ができるという代物。 


「奴らの手口は巧妙でな。まずは複垢で作ったアバターで初心者を装い、中級プレイヤーに近づく。で、彼らとパーティを組んで、適当な強さのモンスターハントに出かけるんだが、その時本命のアバターにモンスター討伐Botを組み込んで、目的地に潜伏させておく。そして一行がキルゾーンに踏み込んだら、アバターを本命に切り替えて襲いかかるんだ。本命の方は強化しまくりの上級アバター。それも10人くらいの徒党を組んでやがるもんだから、哀れな中級プレイヤーターゲットは瞬殺。直接手を下していない複垢アバターは、再び街頭でカモを探して、最初に戻る。・・・これで合ってるか?」 


 まるで、目の前の新参プレイヤーが答えを知っているという風に、言葉を投げかけるサム。

 すると・・・、


「!?・・・何でわかったんだぁ?“カモ”にした連中は、全員殺したはずだぜ」


 そう言ったカイトの顔は既に、おどおどした少年の物ではなく、外見に不相応な、下品な笑みが張り付いていた。


 ズしゅっ!


「・・・なぁ!?」


 本性を現したカイトへ目を向けていたヤヨイの背中に、1本の投げナイフが突き刺さる。

 その一撃で彼女のHPは全損し、<オンミョウジ>のアバターは、所持品全てを周囲に撒き散らし、光の粒子となって消えた。


「一撃で即死・・・・『暗殺スキル』持ちか」

 

 隠密状態であれば、HPに関わらず全損ダメージを相手に与えるスキルだと、サムは見抜く。

 相方が殺された直後だというのに、彼は不自然なほど落ち着いた様子だった。


「ごめいと~う♪あんた<ケンゴウ>なんてしょっぼいジョブのくせに、えらく詳しいじゃん?」


 不快な話し方をする声はカイトの物ではなく、短剣が飛んできた方向から聞こえてきた。

 振り返ると、ほとんど半裸状態の衣装にモヒカン頭のオーク男が立っていた。 

 サムがオーク男を見つめると、視野に名前と職種、HPゲージが表示される。


 <アサシン>/勢鬼松


 名前の由来は恐らく、「ヒャッハー」と叫ぶギャングが出てくる古い漫画だろう。

 彼の職を確認したサムは、やはり冷静な口調で、勢鬼松に問いかける。


「<アサシン>は、獲得に隠密熟練度とPK殺害数がかなり要求されるジョブだ。しかも<暗殺スキル>持ち。殺した数は百、二百できかねぇだろ?」

「あひゃひゃ。その通り、2年かけて手に入れたレアスキルだ。苦労したぜぇ?何せこのゲーム、死んだら“全ておじゃん”、だからなぁ。皆死ぬのを異常なまでに警戒してっから、他のゲームみたいに簡単に殺せねぇんだもん」


 勢鬼松が話している間に、2人の周りには、新たに20名以上のプレイヤーが、サムを取り囲むように姿を見せていた。

 職業は確認できた者だけで、<アサシン>、<リッパー>、<マーダー>。名前の通り、どれも数多くのプレイヤーを殺害する事が、獲得条件となっている職種だった。

 全員が集まったのか、勢鬼松はシミタ―曲刀を取り出しながら告げる。


「あんまし長居してっと、モンスターが集まって来るからな。・・・最後に一つ教えろ。俺たちの手口、誰に聞いた?」

「・・・お前らが先月カモにした中に、俺の現実の友達が居たんだ。そいつが死ぬ前に、同行していた初心者がBot化していることに気付いていたんだよ」

「うわぁ、何こいつ。リア充ジャン。さっさと殺そう!」


 何がおかしいのか、取り巻きの一人が言った言葉で、グレープレイヤー全員が笑う。

 

 あはははhhh・・・・


 しかし、その笑いはすぐに収まる。

 彼らの耳に、本来聞こえないはずの笑い声が届いたからだ。


 その声の主は、窮地であるはずのサムだ。


「何がおかしい!」


 勢鬼松が怒鳴ると、サムは笑いをこらえながら返す。


「いやぁ・・・お前らが馬鹿すぎて馬鹿すぎて・・・。そこに転がってるアイテム、よく見てみろよ」


 サムが指差した先には、ヤヨイが所持していたアイテムが散乱していた。

 が、その詳細を確かめた勢鬼松は、自分の目が信じられなかった。


「なまくらナイフ」、「腐った薬」、「鉄の盾(大破)」etc.


「どうなってる!?ごみアイテムばっかじゃねぇか!?」


 落ちていたのは、作成に失敗したり耐久値が尽きたりした物ばかり。フィールド攻略に出掛ける者の所持品とは、到底思えない内容だった。


 勢鬼松は、罠にハマったのは自分だと、即座に気付いた。

 同様に、最初はただ驚くばかりだった盗賊達の間では、次第に怒りと殺気が満ちていく。

 そんな勢鬼松達を尻目に、カモであるはずの<ケンゴウ>は、なんともないといった様子で、蔦に覆われた樹木にもたれ掛かり、<グレープレイヤー>たちを見下す。


「お前らの情報を知っていて、カモられるような装備を持ってくるわけねぇだろ?クエストを完了できる最低限度のアイテムしか用意せずに、お前らの話に乗っかったんだ。手口がばれてた時点で、対策が練られてるって気づけ♪」

「・・・るっせぇあうるせぇこのやろらぁこの野郎ぉ!」


 サムの上から目線な物言いに、気の短い数名が飛び掛かる。


 彼らが突き出した片手剣や長槍で、サムのアバターは樹木に磔にされる。

 隠密ではない攻撃故、暗殺スキルが発動しなかったが、それでも数の暴力により、HPが全損するほどのダメージが入る。

 が、自分のHPが減っていくのを笑って見ながら、サムは盗賊達に告げる。


「最後に良い事教えてやる。ヤヨイとサムは、俺のだ♪」

「!?・・・まさか」

「キシシシ。さて、問題。“本当のオレ”は、いまどこでしょう?」


 その直後、<ケンゴウ>のアバターは砕け散り、アイテムが撒かれるが、その中に黒い球体が数個。


 バチバチと火花が散るそれは・・・


「ば、ばくだn(ドーーン!)」


 逃げる間も無く、4人のアバターが消滅した。

 それだけでは終わらない。


 スパンッ! タンタン!


 さらに三人の盗賊が、背後からの不意打ちで倒される。

 いずれも一撃で即死、暗殺スキルが発動していた。

 

「畜生!俺たちの真似をしてやがる!!・・・我餓牙ガガガ!千里眼使え!」


 居場所を暴けば<暗殺>は発動しない。

 勢鬼松は、索敵スキルを持つ仲間に指示を出した。


 <ジュツシ>ヨヨヨを操っていた<マーダー>の男は、スキルを発動させるために周囲を見渡す。

 が、その動きが仇となり、『千里眼持ち』と見破られた我餓牙は、敵の姿ではなく自らを貫く鋼鉄の矢じりを捉えることになった。


 仲間の体がポリゴンの粒子となって砕けるのを見つめるしかなかった17人。しかし矢の飛んできた方向から、敵の位置を特定し、視線をそちらへ集中させた。


「あそこだ!防御陣形!!」


 楯を持った者を先頭にし、輪形に集まる盗賊達。すると森の暗闇から、弓を担いだ人影が現れる。

 黒いポニーテールに黄色おうしょくの肌、黒地に朱と金で炎をあしらった軽装鎧に身を包んだ、ヒト族の青年だった。

 盗賊達の視野に浮かび上がった名と職業は、


<オニワバン>/ジェイル


 炎がデザインされた黒鎧、<オニワバン>という職種、そしてジェイルというキャラネームの組み合わせを、彼らは1人だけ知っていた。


「な、なな、<ナスティ>ジェイル!」

「おーう♪よく知っていたなぁ。オレの事を知っていて、このゲームで荒らし行為をやった、と?」


 多勢に無勢であるにも関わらず、ジェイルは余裕を見せている。


「う、うるせぇ!最古参だか運営の代弁者だか知らねぇが、調子にのってんじゃねぇ!」


 明らかに怯えが含含まれていると解る声で、自分に言い聞かせるように言い放つ勢鬼松。


「てめぇの噂はさんざん聞いたが、何て事はねぇ。こそこそ隠れて不意打ちするだけの臆病者を、馬鹿どもが大袈裟に怖がってるだけだ」


 するとジェイルは、諦めるように首を横に振る。


「ヤレヤレ。おとなしく降参していたら、教えてやったのに・・・」


 意味深な言葉に、勢鬼松は顔を硬直させる。


「は?・・・なんの事だ?」

「・・・もう間に合わないから、お情けで教えてやる。盾担当から離れた方がいいぞ・・・あと4、3、2、1」


 ドーーン


 盗賊グループの先頭にいた盾をもった3人組が、ほぼ同時に爆散した。

 しかも彼らの背に隠れる様に密集していた為、今度の爆発では合計9人のアバターが消滅した。


「な!?何が起こった!?」

「グレネードのスリ入れは、隠密プレイの基本だろう?まぁ、入れてから最長5分も猶予があるのは、このゲームぐらいなモンだけど」

「5分!?」

 

 告げられた時間に、グレープレイヤーたちはどよめく。

 最初にサムを襲った4人が吹き飛んだ時点で、既にジェイルは盾役達に仕込んでいた事になる。・・・誰にも気づかれることなく。

 それは、ジェイルがその気であれば、自分たちはとっくに死んでいたことを意味していた。 

 そして、同時に気づく。彼が現れ、16名の盗賊が葬られるまでに、たった5分しか経過していないという事に。  

 それは、彼らの精神を崩壊させるには十分な情報だった。


「うう、うわあぁぁぁ!さっさとヤッちまえ!!」


 一方的にやられ、勢鬼松達は考えることを放棄。純粋な暴力を叩き込むことにした。

 ジェイルの武器は弓だけで、腰に剣は差されていない。新たな爆弾を投げられる前に、残った8人で袋叩きにしようという算段だ。

 だが、その作戦もすぐに崩壊する。


 パン、パン、パン、パパン!


 乾いた破裂音が響き、盗賊5人が倒れ込む。


「な、なんだ?動け・・・ない」


 HPはあまり削れていないものの、全員に黄色いエフェクトが発生し、立ち上がれなくなった。

 無事な3人は構わず突撃を続けるが、ジェイルは素早く横へ飛び退く。その手には、リボルバータイプの拳銃が握られており、彼は横への回避行動をとりながら、器用に弾を装填していく。


「『銃』だと!?アメリカサーバー限定の武器を、なぜ貴様が!!」

「向こうからわざわざやってきて、MPKやらかしてた奴の遺品だよ。威力は低いが麻痺スタン性能付きの弾丸を撃てるんでね。没収しといた♪」


 話している間に、3発分の弾を込めたジェイルは、接近してきた3人に向けて放つ。

 が、二人を倒したものの、彼の動きに適応し始めた勢鬼松には、間一髪で弾丸を避けられた。


「当たらなければ、どうってことはねぇんだよ!」

「それと同じセリフを言った奴は、その後何度もフルボッコにされたぜ?」

 

 古いSFアニメをネタにしたジョークで返すと同時に、ジェイルは弾切れとなった銃を勢鬼松へ投げつける。

 盗賊の頭領はそれを自分の武器で弾くが、その所為で腹がガラ空きになってしまう。


「やべっ!」

「フィニッシュ♪」


 銃と同様にショートカットに仕込んでいた短刀を取り出したジェイルは、無駄のない動きで、それを勢鬼松に突き出した。




「なぜ・・・殺さない?」


 麻痺毒が塗られた短刀を忌々しげに見つめながら、地面に付した勢鬼松は問う。

 地面に散らばった盗賊の所持品から、レアアイテムを素早く検品・回収したジェイルは、マップを確認しながら返す。


「オレの二つ名の由来は知ってるだろ?お前たちには、犠牲者たちと同じ苦しみを味あわせたいからな。ヤヨイを操っていた時のMPKの話、覚えているか?」


 がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃん、


 横たわっている勢鬼松の耳に、地面を通して無数のアンデットモンスターの足音が届く。


「・・・あれな?最初の数件はこの麻痺銃を持ってた奴の仕業なんだが、最近起こっているのは、お前らみたいなグレープレイヤーを相手に、オレがやってたんだ」


 がしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃん


「方法は簡単。Botを入れた複垢にモンスターの巣を突かせてトレイン引率し、こんな風に麻痺させた奴らになすりつける。・・・じゃ、サイ・・・ヨナラ」


 ぐるるるrrrrr


 ゾンビタイプのモンスターが勢鬼松たちに襲いかかる中、地獄の業火を防具に描いた青年は、何食わぬ顔でログアウトボタンを押した。


「ちくしょぉーー!ナスティジェイルぅ!!」


 この世界を去る下劣な策士に罵声を浴びせかけながら、グレープレイヤーたちは無残な最期を遂げていった。

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