log10:トーマス=J=リバー
…この施設の役目は全て果たされた。
未来に向けて一人でも良いから生存者を、願わくば私達の子孫をつないでほしい。
そのような願いを込めて作ったシェルターだった。
私は満足している。色々な事があったけれど、今となっては全てが思い出の一つだ…。
「…もう、行くんだな」
「ああ。早い所、アジアの果てにあるシェルターの生き残りと会いたいからね」
トーマスは最後に中央電算管理室に赴いた。私と別れる前に話をするつもりで来たのだ。
彼は既に出かける用意を済ませており、大荷物を背負っている。ありったけの食料と生活用品を背中のリュックにギチギチに詰め込んだ姿は、何処か微笑ましい。
「餞別に、表の車庫に大型トレーラーがあるからそれをやるよ。燃料は満タンだし予備タンクもある。食料も余裕で数年は保つくらいの量もあるぞ。キーはすでに刺さっているからすぐにでも運転出来る」
「それは有難いな。正直この背負ってる量だと1ヶ月くらいしか持たなそうだったし、歩いて行くのは大変だなと思っていたからな」
「トラックで海まで行くのは良いが、その後はどうするつもりだ?」
「何処かに船や飛行機くらいあるだろう。私達のように未来に備えていた所は他にもきっとある」
「そうか…そうだな。連絡が取れなくても生き残ってる場所は他にもある筈だ」
希望は捨てては行けない。でなければ、一歩も歩き出すことは出来ない。
たとえ僅かな希望であっても一筋の光さえ見えれば人は歩き出すことが出来る。
トーマスはそれを知っている。
…妻と子と別れたが、それは本当に死に別れた訳ではない。きっと何処かで痕跡くらいはある。それを見つけてやりたい。あわよくば生きていれば…あるいは子孫が生き残っていれば…。
そういう想いを抱えて前に向かっていこうとしているのだ。
「…じゃあ、私はもう行くよ。私が寝ている長い間と、起きている短い間だったが世話になった」
「ああ。…もし、妻や子、子孫が見つかったら私にも連絡してくれよ。待っているから」
「わかった。じゃあ元気でな」
――母さん。
トーマスは最後にそう言い、背中を向けて外へと歩き出した…。
出来ればここに戻ってきてほしいが、恐らく二度と会うことは無いだろう。
私の全機能を維持する電力は、最早あまり残されていないのだ。ここの水力発電だけでは全てを賄うことは出来ない。
いずれはまたセーフモードで運用する日々に戻るだろう…。
「お前は行かないのか?スカーレット」
「…」
「もう誰も生存者は居ないし、地上施設を分担して管理する意味などないぞ。…君の好きなように行動すればいい。誰もいないもぬけの殻の施設の管理など、私に任せておけばいいんだ」
「…」
スカーレットはずっと俯いたまま、答えなかった。
「今行かないと、多分ずっと会えないぞ?」
「…!」
そして、彼女は走りだした。トーマスの後を追うように。
「世話の焼ける娘だ…もっとも本当の子供ではないけどね」
私はポケットからたばこの箱を取り出してたばこに火をつけようとして気づく。
「ありゃ?中身がないわ。まあいいか、今日から禁煙しましょうかね」
機械だから禁煙する意味もないのだが――せめてもの人間らしい振る舞いをしたい。
なんとなくそんな風に思ったのだ。
---
log10:トーマス=J=リバー END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます