log09:血塗れたメアリー(03)

目の前が漆黒に塗りつぶされたその時、脳の奥でパキンという小さい金属音が聞こえた。

何かのロックが外れたような音…。

同時に、脳の中から物凄い奔流が湧き出てくるのを感じ取っていた。抑えられていた封印を解かれるような感覚に近い。今までは何者かによって、何らかの理由によって封じされていたのだ。

モヤが掛かっていたような感覚から、鮮明なクリアな感覚が蘇ってくる。

今までの振る舞いは全て仮初めのものだった。本来の感覚は、これだという確信をもたらしている。

…ようやく取り戻した…!


---


短時間の気絶から目覚めた。

爆発によってメインフレームは粉々に吹き飛んでいる。よくあの爆風を食らって生きていたものだとも思う。

スカーレットはどうなった…?

戦っているはずの二人を探すと、倒れ伏しているスカーレットと仁王立ちしているメアリーの姿があった。


「残念だったわねスカーレット。私は貴方よりもボディの性能が上なのよ。貴方は初期型だけど私は後に造られたからボディ素材の強化や動作プログラムのバージョンアップが図られているからね!」

「くっ…!」

「二度と私の邪魔できないようにボディをバラバラにしてあげるわ」


メアリーは踏みつけてスカーレットの頭部を壊そうとしている。そうは行かない。

私は拳銃型スタンガンを構えて撃つ。気配を察知してか、ニードルをかわして距離を取るメアリー。


「あの爆発を喰らって何故生きている…!?人間ならバラバラになっている筈の威力だぞ!?」


そう、普通の人間であれば、あれほどの爆発に巻き込まれればまず生き残る事など不可能だ。


「まともな人間であれば…な」

「そういうことか…貴様、さてはサイボーグ手術を受けたな?」

「本来であれば受ける予定など無かったがね。ここに運び込まれた時、重傷などではなくて既に死にかけだったのさ。生き延びる為には体の組織をほぼ置き換えるしか無かった。それもこれも生き別れた妻と子を探す為だ」


今の私の体は、脳と一部の内臓を除いて機械あるいは生体部品に置き換えられている…ある程度の衝撃や爆発ならば耐え切る事も可能だ。


「しかもナノマシンまで組み込んでいるな?傷の治りが異常に早いのもそういうわけか」

「その通り。今の爆発の火傷も少しずつだが、治りかけている」

「…スカーレットを倒した後にゆっくりとお前をなぶり殺しにすれば良いと考えていたが、予定変更だ。まずはお前を全力で殺す」


言うやいなや、メアリーは私に向かって飛び蹴りを仕掛けてきた。私は左腕でそれをガードし、先ほどの拳銃型スタンガンを投げ捨てて右手に代わりに警棒型スタンガンを持ち、メアリーの胴体部に突きを繰り出す。リミッターを解除し、高電圧高電力に仕上げた違法改造品だ。その代わりに、バッテリーの消耗も激しいので長時間の連続使用には耐えられない。


「!!」


危険性を察知したのか、空中で蹴りの軌道を無理やり変えて私の攻撃から逃れるメアリー。中々やる。


「そんな危ないものまで準備してたとはね。お前、ちょっとばかり見くびってたわ」

「一応機械技師やらメンテやら色々機械いじりばかりしてたからな、こういう工作くらいならお手の物さ。何処か触れたら即座にショートするぜ?」

「ならそれを壊せばいい!」


メアリーはスタンガン目掛けて攻撃を仕掛けてくるが、そう簡単に壊させる訳にも行かない。

私は左手にバールを持ち、バールによる打撃牽制と防御を行う。先ほどまでならこのバールは重くて片手で振り回すのはままならなかったが、今は違う。自分が純粋な人間ではない事をしっかりと認識している。この機械混じりの体ならば、これも片手で軽々と扱う事が出来る。

バールでメアリーの攻撃を捌き、右手のスタンガンの突き、振りを繰り出す。しかしメアリーも機械特有の動体視力でこちらの動作を素早く察知し、こちらの所作を見てどういう攻撃をするかを予測して避けるので中々当たらない。

メアリーがソバットを繰り出してくる。素早いがこれには当たらない。冷静にバールでガードし、返す刀で私も安全靴による前蹴りを振る。彼女は左手で出かかりを抑え、右手の裏拳を顔面に振る。

しかし私はその拳を狙って軌道上にスタンガンを置いておく。メアリーはそれに気づき、途中で裏拳の動作を止めて一旦距離を取る。

一進一退の攻防。中々お互いに致命傷を取れない。


「…なら、これはどうかな?」


メアリーが太腿に装着していたらしき物を、スカートをたくしあげて取り出した。…なんだ?見覚えが無い武器だ。右腕と左腕にそれぞれ装備して使う代物らしいが…。


「私が作った私の為の特注品だよ!」


メアリーは右腕をこちらに向け、何かを射出してきた。煙を上げながら向かってくるそれは…ミサイル!!


「ハンドミサイルユニットか!」


しかも有線誘導らしく、確実にこちらに向かってくる!私は咄嗟にチャフグレネードを投げ、金属片を部屋一杯に飛散させる。しかし誘導ミサイルは赤外線追尾モードに切り替わったのか、私を追う事を辞めない。


「クソっ!!」


有線という弱点を付くために、ミサイルを繋いでいるケーブルに対してポケットに仕込んでいたニッパーを投げつけた。果たしてニッパーはケーブルを切断し、その場に落下したミサイルは爆発した。しかしそれは爆発を伴う物ではなく、煙幕を張るタイプのものだった。


「最初から目眩ましか!」


こちらは肉眼でしか相手を視認できない。煙で視界が悪くなると途端に不利になる…何処から来る?

私は壁を背にし、背後からの攻撃を喰らわないようにする。動きは制限されるものの不意打ちされるよりは遥かにマシだ。

…目に頼らず、自分の肌で相手の動きを感じろ、という言葉もある。しかし私は生憎武術の達人などではなく、サイボーグ手術で体は強化されたものの技術的に言えばただの素人だ。そんな芸当が出来たらエド相手にだって苦戦などしていない筈だ。…スカーレットはまだ復活しないのか?

そう思っていると、煙の中から黒いものが飛び出して来た。瞬時に反応し、私は横っ飛びで避けようと試みるが、右手のスタンガンに何かが当たる感触があった。見るとスタンガンが真っ二つに切断されている。鋭利な武器で斬られたか?

飛び込んで来た物はやはりメアリーであったが、左腕に装着された武器からは見たことも無い光が発せられていた。明らかに現行兵器のものではない。私が眠っている間に実用化された兵器だろうか。


「アンタは見た事ないでしょ?レーザーブレード。これに対しては防御なんて無意味よ」

「光学兵器か…。しかも原理がまるでわからんな。一度分解して構造を見てみたいところだ」

「死んでからゆっくり分析するといいわ!」


左手のバールを両手持ちに切り替え、メアリーの突進に備える。しかし、ガードという方法を封じられると途端に不利だ。相手は私の動きをほんの僅かだが予測している節がある。私の攻撃はことごとく当たらない。まあただの一般人なのでしょうが無いといえばしょうが無いのだが。

とはいえ、何とか打開したいが手持ちがスモークとバール、あとは拳銃型スタンガンでは太刀打ち出来ない。お手上げか?


「いや、まだだ。諦めるにはまだ早い」


私は自分に言い聞かせるように呟く。そう、まだ終っては居ないのだ。


「貴方に碌な武器が残っていない以上、死ぬのはほぼ確実なのよ!」

「ほぼ、ということは100%ではないってことだろ?そもそもお前は最初からミスを犯している」


ハッと気づいた表情で後ろを向いたメアリー。背後には既にスカーレットが迫っている。

スカーレットはメアリーを羽交い締めにし、動きを止めた。様々な部分ではメアリーの性能の方が上回っているが、ジェネレーターの出力自体はメアリーとスカーレットは同等である。掴まれれば動けない。


「今よトーマス!」

「ああ!!」


今の私であれば普段使いの力よりも遥かに強力なパワーを、意図的に解除して出すことが出来る…!!

バールを握る両手の力を思い切り込め、両足は深く根付いた大木のように床がへこむほど固定する。腰を安定させ、上半身を思い切り捻る。腕や足の血管が皮膚上に浮き出る。みし、みし、みしと私の骨の代わりとなっているフレームが軋む音が聞こえてくる。

限界まで捻り、コレ以上は稼働しないという範囲まで上半身をねじり切る。


「うらああああああああああああああ!!!」


叫びとともに、全ての力を開放した。

弓の如くしなった私の体、腕はバールにあますところなくエネルギーを伝え、メアリーの頭部に向けて振り放つ。いくら徹甲弾や対物ライフルでもないと破壊できないボディとはいえ、関節部はどうしても弱くならざるを得ない。


バギン、という鈍い音と共に、頭部が吹き飛んだ。


そして膝から崩折れるメアリー。糸を切られたマリオネットの如く、気が抜けてうつ伏せに倒れる。

首だけになっても、まだ機能自体は止まってはいないようでこちらに向けて話しかけてきた。


「…なるほど。最初から止めを刺しておけば良かったというわけか…確かに、お前に気を取られて作戦を誤った…」

「一人だったら間違いなく私は殺されていた。…二人だったからお前を倒せた」

「…」

「もう良いだろ。50年もの間一人でよく守ってきた。ゆっくり休んで良いんだ」

「…私は…命令を守る為に…皆を守る…そうだ…皆はどこにいったの…?」


虚ろな瞳で問いかけるメアリー。


「皆はお前を待っているよ」

「ああ、皆、あっちに居るわ…。待ってて…。………ありがとう」


妄執から逃れる事が出来たメアリーの最期の表情は、微笑んでいるかのように見えた。

全ての力を使い果たした私は、途端に筋肉痛に襲われた。火事場の馬鹿力を無理やり解放して力の限り重いものを振り回した衝撃は思いの外、この体ですら負荷が高いものだった。


「…腕も足も痛え。あれで機能停止しなかったらもう打つ手が無かったぞ」

「…そうね。私のボディももうぼろぼろだわ。よくあそこまで動けたものね」

「ハハハ…」


お互い、力なく笑った。


頭部が機能停止した後、地下施設の電力が全ての区画に供給され、復旧した。管理権がエイダに移ったのだろう。

そして、タブレットにメッセージも届いていた。


 To:Ada

 件名:復旧完了

 本文:

 地下施設の管理者権限がメアリーから私に移譲された。

 地上に続く隔壁のロックは解除したぞ。

 何時でも外に出れるようになった。

 …本当にご苦労だった。君には感謝してもしきれない。

 そして、最後まで隠し事をしていて済まない。


 P.S

 君が生き残る為にはその手術しか方法が無かったということを、理解して

 ほしい。納得はしてくれなくて良い。

 いつか、子供と妻に出会えると良いな。その時は写真を撮って送ってく

 れ。待っている。



「…ようやく全て終わったよ。母さん」


…50年もの間一人で、狂いながらも地下を守り続けるという使命を得て、ずっと守り通していたメアリー。血に塗れた姿に成り果てながらも、それでも施設を守るという命令だけは忘れていなかった。

ようやくその任務から開放され、果たして彼女は幸せだったのだろうか。

…いや、幸せだと思わせてくれ。でなければ永遠に地下を彷徨う存在になっていただろう。

ここでその役目を終わらせてやるのも、私の役割だったのだ。

きっとそう思う。


---

log09:血塗れたメアリー(03) END

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