log08:血塗れたメアリー(02)

…草木が風に揺られてざわめいている。

私は誰かの背中におぶられてうとうとしている。大きく広く力強さを感じる背中だ。

時折、こちらを向いてはあやしている。まだ若い時の父親のようだ。

二人の目の前には建設途中の建物がある。おそらくリバーサイドヒル・シェルターだろう。

出迎えてくれるのはメガネを掛けた若い女性。…エイダだろうか?

二人は笑顔で、私の事を見ながらシェルターが出来上がった時の事を話し合っていた。

それは紛れも無く、普通の穏やかな家族の姿に違いなかった。

訳もなく私は悲しくなった。今となっては取り戻す事のできない過去の出来事…。


---


「グッドモーニング、トーマス。そろそろお目覚めの時刻よ?」


スカーレットの声で私は目覚めた。時刻を見れば午前7時半である。


「…ああ」


今の光景は夢だったのか…。懐かしい過去の記憶。

私はベッドから降り、昨日の戦いで被った怪我の様子を確認する。…?


「おかしいな。結構な打撃をくらった筈なんだが…」


太ももに受けた破片の痣や口中の切り傷がほぼ治りかけている。怪我の治りも早いのだろうか。

ともあれ、朝食を手早く済ませて身支度を整えた後にスカーレットのボディの軽いメンテナンスを行う。

昨日なんとか稼働したとはいえ、やはり50年の間放置されていた機械なので見ておかないと心配といえば心配だ。

スカーレットに着せている服を脱がせ、1パーツごとにチェックする。…ちゃんと下着まで着せているんだな。等身大ドールフィギュアと言って良いほど美しさにも力を入れている。


「しかし、見事な出来栄えのボディだな。誰が作ったんだ」

「エイダとダリアが共同で作ったって聞いてるわ。外見はエイダ、設計はダリアね。見た目に反してかなりの強度と信頼性はあるわよ」


さもありなん、といった感じだろうか。特に見た目辺り。

最初に作られてからもアップデートやボディ素材の換装をこまめに行われていたようで、古さは感じさせない作りになっている。さすがに資材が無くなりかけてからはそのような事は行われていないようだが。


「肘や膝関節部の交換だけで良さそうだ。幸いパーツも資材貯蔵区にあったものが使用出来る」


私は1時間程度でスカーレットのメンテナンスを終了した。

これで動作もよりスムーズに、力強く動く事が出来るだろう。次は武器の調達だ。やはりバールでは心許ない。


「といっても、前の反乱で武器の類は破棄されちゃったみたいだし…何が残ってるか」

「無ければないでどうにかするさ」


私はリチャードや反乱者達が密かに隠してた武器を探す。

まずリチャードの部屋に赴いた。地上施設のリチャードの部屋には隠し地下部屋があり、そこにはアサルトライフルや手榴弾、グレネードランチャーなどが置かれているという情報があった。が、既にそこはもぬけの殻で、わずかに拳銃やスモーク、チャフグレネードに防弾ベストがあるくらいだった。


「スカーレット。拳銃弾ってそのボディに効くかね?」

「普通の拳銃で傷つくほどヤワなボディしてないわよ。私達を壊したかったら対物ライフルでも持ってこないとね」


無闇に頑丈に作りやがって…。

しかしスモークとチャフは使えるかも知れない。持って行こう。

次に反乱者達の隠し部屋に赴く。ここもあまり物は無いが、それでも使えそうなものはいくらか見つかった。

警棒型のスタンガン。これは出力を上げる改造を施してやれば大型の動物ですら気絶させるほどの威力を持っている。


「いいもの見つけたわね。私達の体は金属部分もあるからそこに接触させれば通電させてどこかショートさせることは出来るかもしれない」

「流石にアース処理されてるだろ?」

「普通の静電気程度ならアースできるけど高電圧・高電流の電撃は流石に何処かのコンデンサとか回路にダメージ出るわよ。どうやって当てるか、が問題になりそうだけど」


他にもニードルを射出するタイプの拳銃型スタンガンも見つけた。牽制程度には使えそうだ。グレネードランチャーのように榴弾を発射出来る武器があれば良かったのだが、贅沢は言えんか。


「…こんなところか」

「じゃあ、行きましょう。ケリをつけに」


私とスカーレットは地下施設管理電算室に向かった。



---



地下施設管理電算室への道のりは距離の割に長いものだった。

無闇に入り組んでいたり、至る所にピットや落ちてくる天井といったレトロなトラップ、そしてガンカメラによる射撃など様々な罠が待ち受けていた。

スカーレットに先導してもらって罠を探知し、それらを私が解除して先に進むという事を繰り返してようやく電算室の目前とされる場所まで辿り着いた。

が、皆目入り口らしきものが見当たらない。…入り口が偽装されているのだろうか?


「私のスキャンモードのカメラでも入り口が把握できないわね…」

「もしかしたら入り口を溶接して封鎖したのかも知れないな」


実際、コンソールが置かれていた場所らしき跡はある。騒動の後にメアリー自身が侵入者に入ってこられないように何らかの手を加えたのかもしれない。

部屋の入り口らしき場所は見取り図でわかっているので、そこをバールでゴンゴン叩いてみると反響音が響くのが聞こえる。やはりここが入り口である事は間違いない。

試しに力任せにバールで叩いてみたものの、私の手が痺れるだけで開く気配は無い。


「さて、どうしたものかな」


二人で悩んでいると、通路の奥からガチャリガチャリと歩く音がする。…メアリーの足音ではない。


「…ここでもトラップか」

「全く性懲りも無いわね…」


通路の向こう側から姿を現したのは中世ヨーロッパの騎士が装備するような全身鎧だった。勿論中身が人間であるはずがなく、関節部から見え隠れするのは形態からして恐らくマネキンだ。

右手には大型のランス、左手には中型のカイトシールドを装備している。

やれやれ、まさかの騎士との決闘とはね。


「しかし、一対一で戦うという約束事をしているわけではないしな」


私はバールを取り出し、スカーレットは拳法の構えを取る。

騎士は勢い良くランスを構えながら走って来て突撃をする。私はサイドステップで躱し、スカーレットは高く跳躍して相手の裏側に回り込む。私が相手の足を引っ掛けて体勢を崩すと、スカーレットが騎士に対して踏み込み、背中を向けて相手の胴体にそのまま体当たりを仕掛けた!

私には見たこともない体術だが、機械のパワーと正確な動作、相手の倒れこむ勢いが相まってその威力は強烈なものとなる!

騎士は私の目には追いつかない程の速度で吹き飛び、壁をぶち抜いて向こう側へ吹き飛んだ!


「…丁度良い入り口を作れたな」


偶然にも電算室入り口の元扉だった箇所にぶつかったのか、大穴が開いて行き来が可能となった。

そして、いくら鎧を着込んでいたとはいえ中身のマネキンが衝撃に耐えられなかったらしく、鎧騎士はバラバラになって動かなくなっていた。

味方とはいえ、アンドロイドの攻撃をまともに喰らえばこうなるということか。

思わず背筋がぞっとする。


地下施設管理電算室の中は、スカーレットの部屋である地上管理電算室とほぼ同程度の広さであった。

中で大暴れしても支障ないほどの広さはある。

中にはメインフレーム一台が部屋の中央にぽつんと置かれているだけで、付属のケーブルなどは全て引きちぎられている。

ここにメアリーの本体が居るのだ。

傍らに、メアリーのアンドロイドも居た。それはこちらを赤く輝く瞳で睨みつけている。


「ようこそいらっしゃい。あれだけの罠をくぐり抜けて来たのは褒めてあげるわ」

「…メアリー。君は外の嵐が収まった事を知っているか?」

「何のことよ?」

「ライブカメラで外の様子を知った。…もう、戦争も、嵐もない。外には平穏が戻ったんだ。ここを意固地に守って閉鎖する必要はない。…仲間割れする人々も居ない。私一人だ」

「…」

「こんな風に争うのは最早無意味だ。君みたいに賢い子ならわかるだろう」


メアリーは床を大きく踏みつけた。地団駄を踏む子供の如く、何度も何度も。その度に床には亀裂は走り、ひび割れが大きくなる。


「お前の言葉は耳障りだ。ここはずっと閉鎖する、私が守る!リチャードの最期の命令なんだ!!誰が何と言おうと外へは出さない…」


なるほど、そういう事か。狂っても最期の命令だけは守り続ける、施設の管理者として在り続けていたのだな…。しかし今となっては守るべき者もない、意味のない命令でしかない。


「行くぞ、スカーレット。やはり戦うしか道はないようだ」

「…ええ。引導を渡してやりましょう。トーマス、これを持って」


スカーレットから一枚のカードを渡された。メモリーカードだ。


「私がアンドロイドの方を足止めするから、貴方はこれをメインフレームに挿してウイルスプログラムを実行して。それでメアリーを止められる筈だわ」

「ああ」


私は真っ先にメインフレームへ向かい、スカーレットはメアリーの方へと向かう。

勿論メアリーは私を止めに来るが、スカーレットがメアリーの行く手を阻む。


「貴方の相手は私よ!」

「邪魔をするな!!」


スカーレットが半身に構えて左腕の肘打ちを繰り出すが、メアリーはギリギリの距離でそれを躱し、逆にその腕を絡みとって背負い投げを仕掛ける。

スカーレットは自ら投げられる方向に飛び、受け身を取りながら投げの威力を軽減する。

続いてメアリーが右ミドルキックを放つも、スカーレットは肘と膝を使って挟み込んで抑えこみ、右手をメアリーの膝を砕こうと振り下ろす。

メアリーは即座に逆の足でスカーレットの頭を蹴り、よろめいた隙に足を抜いて距離を取る。

お互い接戦で、すぐに決着がつきそうな雰囲気ではない。

足止めとしての役割をキッチリ果たしている。…これならすぐにでも本体を止められるのでは?

事実、私はすぐにメインフレームに辿り着く事ができた。メモリーカードスロットにスカーレットから貰ったウィルスプログラム入りカードを挿し、即座にプログラムを起動する。

プログラムが走り、メアリーのシステムが全てダウンした。電源が途切れ、メインフレームのランプが完全に消灯した。


「これで地下施設もソフィア…エイダの管轄下に置かれて復旧するはずだ」


…しかし、地下施設が復旧する様子は無い。何分待っても電源は回復せず、隔壁のロックも解除される様子が無い。


「…おかしいわ。管理システムをダウンさせたなら今すぐにでもエイダが管理権を持つはずなのに!」

「そうだな?おかしいな?」

「…まさか、そのボディに管理システムやその他全てを完全にダウンロードした!?」


メアリーの強烈なハイキックがスカーレットの側頭部に炸裂し、スカーレットが壁まで吹き飛ばされた。


「50年前に私が持つ全部のデータ、管理権はこのボディにコピーした。あの置物は既に単なるガラクタだ。まんまと引っかかってくれたな」

「…トーマス!そこから急いで離れて!!」


瞬間、衝撃が私を襲う。走りだす暇もなかった。

スカーレットの叫びも間に合わず、メインフレームに仕掛けられた爆弾による爆風で私は吹き飛ばされ、壁に思い切り叩きつけられた。

背中と頭を強かに打ち付け、意識を失った…。





---

log08:血塗れたメアリー(02) END

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