log07:血塗れたメアリー(01)

地下施設管理電算室は、どうも今までの電算室がある場所とは勝手が違うようだ。

秘匿、隠匿されているような雰囲気がある。

メアリーが施設を改造したのかわからないが、そこに辿り着くまでには資材貯蔵区を通り、さらに入り組んだ通路を通過しなければならない。しかも地図を見る限り、通路というよりはもう迷路と例えた方が相応しいほどの構造になっている。明らかに電算室には辿り着かせない、という意思を感じる。とはいえ、今の私には最新版の地図があるので迷う事はあまり無いはずだ。いざとなれば目印の発光球もある。今回は割られないように小さい鉄球にした。これならひしゃげても砕けずに目印としての役割は果たしてくれる筈だ。

今回も、工具箱とタブレットを入れている鞄を持ち、得物のバールを背負い、頭にはヘッドライトを装着して出向く事にした。どうも地下施設は、蛍光灯の電気が点いていない場所が多い。メアリーが独自に管轄している為だろうか?ヘッドライトは欠かせない装備だ。

私は地図を眺めながら地下墓地――資材貯蔵区であった場所――を抜け、電算室に行こうとして、はたと思い出した。


「…電算室に近づこうとしてもメアリーが襲いかかってくるって言ってたな…」


ここまで来ておきながら今更だが、どうやってメアリーの襲撃を回避しようかと悩んだ。私は生身だしあの馬力には敵いそうにない。加えてどこから襲い掛かってくるかもわからないし、現状ではこの先に進むことは躊躇われる状況にある。

…待てよ、メアリーにアンドロイドボディがあるのならスカーレットにもあるのでは?

そうだ、何故その事に気付かなかったんだ。エイダに尋ねて何処にボディが保管されているのか探しに行こう。まずはそちらが先だ。

私は道を引き返し、地下墓地に戻ってきた。

墓地ではエドが相変わらず墓の整備をしている…かと思いきや、何故か区画入り口に仁王立ちで佇んでいる。まるで私の行き先の邪魔をしているかの如く。


「おい、エド?そこに立たれてると邪魔だからどいてくれないか?」


しかし、反応はない。カメラアイも発光しておらず、充電中なのか全く動きが無い。

仕方が無いのでエドの横を通りすぎようとした所、途端にエドが起動音を立てながらこちらにカメラを向けて来た。…明らかに異様な、エド本来の雰囲気ではない。

私は警戒し、工具箱を床に置いてバールを両手に持ち、エドの様子を伺いながらその場から遠ざかろうとする。

エドはノイズ混じりの、しかし今までの旧式の電子音声ではなく女性の声でこう話した。


「お前は私に近づこうとした。お前は私を壊そうとしている。秩序を破壊し、混沌をもたらす者はこの施設には要らない。死ね」


言うや否や、操られているエドは勢い良く私に襲いかかってきた!

踏み込み、右のマニピュレーターでのストレートを私の顔面に向かって打ち込んで来る。私はサイドステップをして躱した。ストレートは空を切り、鋼鉄の壁に勢い良く機械の拳を叩きつけたことにより、金属と金属の衝撃音が墓地一帯に大きく鳴り響く。

旧式とはいえロボットの馬力は明らかに人間よりも上だ。何かしらの打撃を一撃でもまともに貰えば骨折以上の怪我は免れないだろう。

突如、分厚い鋼鉄の壁を貫く耳を劈くような轟音が鳴り響いた。見れば、壁に丸く大きな孔が口を開けているではないか。


「!?」


ここの壁は厚さ20cmはあったはずだが、それを撃ち抜くとは何を使った…?

よくよくエドの右腕を観察すると、岩盤掘削用の杭打ち機、つまりパイルバンカーと思しき機械が装着されている。あんなものを食らったら人間などひとたまりも無い。仮に胴体に直撃すれば内臓を潰し、骨を貫いて向こう側まで大きな空洞が空いてしまう。殺意剥き出しの攻撃だ。

どうやって、ここを切り抜ける…?

幸いエドは動力ケーブルも電源ケーブルも剥き出しになっている。つまりこれらを切断して、行動不能にさせてしまえば良い。

が、肝心の切断する為のボルトカッターは工具箱の中だ。どうやって足止めして工具箱から取り出して、更に肉薄してケーブル類を切断する?

そんな事を考えている間にも、ゆっくりとした足取りでエドはこちらに向かってくる。…とにかく、最低限相手を転ばす事を念頭に戦わなければ。パンチ及びパイルバンカーの直撃を避ける事を考え、墓を間に挟んだ動きを基本にエドと相対する。障害物だけは豊富にあるから早々直撃を食らうことは無いはずだ…。

ジリジリとした動きを続けるエド。こちらは出方を伺いつつ、工具箱の位置を目配せして確認しながら一定距離を保つ。


「…」

「…」


先に動いたのはエドだ。こちらから見て右手側の方向から跳躍し、左手で殴りかかって来る。私はダッキングで躱し、左手にバールを持って足払い気味に横薙ぎに振る。重心になっている足を掬い気味に払った。ガキン、という鈍い金属音が鳴り、エドは仰向けに倒れた。

即座に私はダッシュで工具箱まで向かい、素早くゴム手とボルトカッターを装着する。エドが立ち上がるまでいま少し時間があるようだ。

しかし、ボルトカッターを持つという事はバールは持てない。相手の攻撃を躱しながらケーブルを切るというのは並大抵の事ではない。が、それでもやらなければならない。

起き上がる前に切ってしまおうかと考えたが、不用意に行って殴られでもすれば私はもう行動できないだろう。ここは待つ…。

エドがゆっくりと起き上がり、再び相対する。今度はより難しい対応を迫られる。即座に、エドは行動に出た。墓石を蹴り飛ばして破壊し、破片をこちらにぶつけてきたのだ。


「!?」


特に大きい破片の直撃だけは不味い。私は咄嗟に腕で顔を守り、ステップで避ける事を試みるが、少し大きめの破片が左太ももにぶつかった。


「ぐっ!」


骨は折れてはいない。打撲程度の怪我だ。しかし、痛みで一瞬動きが止まったところを相手は逃さない。

左腕を大きく振り回し、ラリアットのような形で私を体ごと吹き飛ばそうとしている。

咄嗟にボルトカッターを盾にし、直撃は防いだものの衝撃を殺す事はできずに私は数メートルほど吹っ飛ばされた。痛みを感じる暇も無く、エドが更に跳躍して私を踏みつぶそうとしてくる。なんとか転がって事無きを得る。即座に立ち上がり、再び先ほどのように墓を盾にしながら相対するが、墓石を壊して攻撃してくるとなるとこのやり方もあまり上手い方法では無いな…。


「はっ、はっ、はっ…」


一撃でも喰らえないという緊張感が息を上がらせる。

やはり片手にバールを持ち直すべきだったか?選択の誤りを後悔するも今から取りに行くには遠ざかってしまった。隙を見出そうにも相手は中々素早い。どうすべきだ?

手足の動力ケーブルは動き回っているから狙いづらい。…となると、胴体部分のバッテリーケーブルや動力部分を狙うのが確率が高いだろうか。しかし、そこを狙う為には手足の攻撃を掻い潜らないといけない。馬を狙うか将を狙うか…?

迷っている暇などない。一気に行動不能を狙う為にバッテリーに直結している胴体のケーブルを狙う。

次の行動を掻い潜って一回で終わらせる。

ジリジリと距離をお互いに詰める。…あと数メートル、という所でエドがステップインしてきた。

右腕を振りかぶり、パイルバンカーの一撃をかますつもりだろう。それは見えている!

私はギリギリの距離で右腕を躱し、胴体のケーブル目掛けてボルトカッターを差し込む!

だが瞬間、私の視界は暗転した。


「…!???」


一瞬の気絶の後、見えているのは天井の鈍いオレンジ色の光。アゴにズキズキとした痛みがある。口が鉄臭い味でいっぱいだ…。口の中をズタズタに切ったようだ。血が溢れて来るのでベッと吐き出すと、床が粘着性のある赤色に染まった。

アゴを触って骨折していないか確認する。…かろうじて骨は折れては居ないが、ちょっと噛み合わせがおかしいか…?顎関節の違和感が物凄い。

エドの方を見やると、左腕のショートアッパーのモーションを取っていた。どうやらアレを貰ったらしい。右腕のストレートはフェイクか…。

立ち上がろうと膝を立てるも、足がガクガク震えて上手く立ちあがれない。アゴを打たれて脳を揺らされた?

一歩一歩、ゆっくりと近づいてくるロボット。それはまるで死刑台に登らされているような感覚に近い。


「クソ…!ここまでか」


足をバシバシ叩いて奮起を促すが、どう足掻いても足は言う事を聞いてくれない。思った以上のダメージを被っている。

私の眼前に機械の足が迫った。見上げれば、赤く輝くカメラアイがこちらを見下ろしている…。


「死ね」


ノイズ混じりの女性の声が冷たく私に言い放った。そしてロボットは右腕を振りかぶる。パイルバンカーの駆動音が煩く響き渡る…。

駄目なのか。私は観念し、目を瞑った…。



「…?」



しかし、最期の一撃は何時まで経っても無い。

…ゆっくりと目を開くと、目の前には赤いゴシックロリータ系の服に身を包んだ、金髪の女の子が作業機械の右腕を掴んで抑え込んでいる姿があった。


「スカーレット…!?いつの間に!?」

「驚いてる暇があったらさっさとケーブル切断して!!」


声に押され、私は慌ててエドの両足の動力ケーブルを切断する。

膝から崩れ落ち、立てなくなったエド。丁度私の視点と同じくらいの高さになった胴体のバッテリーケーブルを続いて切断。エドのカメラアイの光が消え、糸が切れた人形のように床に倒れ伏した。

…なんとか、なった…。

ホッと一息つき、私も床に転がって仰向けになる。


「間に合って良かったわ。もうすぐで貴方が死ぬ所だったもの」

「アップデート意外と早く終わって良かったよ…そして君も現実世界用のボディを持っていたんだな」

「勿論よ。地上施設でも諍いとかあったからそれを抑える為に良く現実世界に身を降ろしたわ。それにメアリーと相対するとなったら、生身の人間では太刀打ちできないもの。私が相手しないとね」

「本当に助かった。ナイスタイミングだった。この先もよろしく頼む…にしても、何処にボディ格納してあったんだ?」

「丁度、この資材貯蔵区の労働用ロボット保管庫の中に、ワーカーマシンと一緒に保管されてたわ。50年前に恐らく反乱者達が隠したんだろうけど、偶然とはいえ助けるのには丁度良かったわね」


しかし、ちょっとばかり体が痛い。今日このまま突入は流石にしんどいものがある。


「今日は一旦、部屋に戻って休む。アゴを打たれて口の中が血だらけで辛いんだ」

「そうね…それとメアリー対策に改めて準備する必要が有ると思うわ。出来るだけ武器になりそうなもの、探してから向かいましょう。私のボディも改めてチェックして、不良箇所が無いようにしたいし」


私達は、地上施設に戻る事にした。

自分の部屋に戻り、晩飯を済ませて私はベッドに横たわる。

地上でも何時襲撃があるか知れないので、スカーレットが私の部屋の前に立って体の機能チェックと平行しながらボディーガードをしている。機械だから寝なくても平気というわけだ。非常に心強い。

時折、関節の駆動域を確かめるように体操をしたり、何らかの格闘技の型の動きをして瞬発力を見たりなどしている…。そして、何処から調達したのか潤滑オイルを関節部に射したりとチェックに余念が無い。

明日改めて、一緒に機能チェックしてみるか…。


…それにしても今日はとにかく、疲れた。

明日、めぼしい武器を探して再突入を図ろう。


「寝るか…」


私は部屋の電気を消し、目を閉じて眠る。

全ては明日に決着を付ける…そう思いながら、私の意識は闇に溶けていった。



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log07:血塗れたメアリー(01) END

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