log05:ソフィア(04)

扉を開けた先の部屋は、眩い光が煌々と照らされていた。

通常時なら大した光量ではないのだろうが、今まで歩いてきた通路や部屋は、視界を得るに十分な明かりしか灯されていない。蛍光灯から発する光、白色の壁、床からの反射光に慣れるまで少しの間を要した。

ようやく光に目が慣れてきて、部屋の中にある物は何なのかを確認する。

壁に沿うように大型の白いコンピュータが並べられている。しかしランプが消えている。電源が供給されていないようだ。周辺のコンピュータから太い黒色のケーブルが伸びて至る所から接続されている、更に大型で白色のメインフレームが、部屋の中央に設置されていた。メインフレームには立体ホログラム視覚装置と入力用コンソール画面が一緒に接続されている。

私は中央のメインフレームに近づいた。メインフレームには電源供給がなされているようで、電源ランプは緑色に灯されている。コンソール画面も表示されているが、黒の背景色に緑色の文字が表示されているのみである。文字入力をして命令を入れなければならないようだ。

画面には次のように表示されている。


 RiverSideHill_AISYS_Sophia_OS

 Release XXXX/01/31 Version:10.0.1

 Mode:SafeMode


 >REBOOT?... [Y/N]


私は迷わずYキーを叩いた。

4秒程して、メインフレームのシステム電源は一旦落ちた。メインフレームの電源ランプが消え、再び灯火されるまでに同じく4秒が必要とされた。

スカーレットが自慢するだけに、起動も早い。最初にOSやバージョン情報等が表示されたかと思うと、ログイン画面が表示されるまでに30秒も掛かっていない。

ログイン画面のIDにはリチャードとエイダ、それに他の人々の名前が表示されている。流石に私の名前は無かった。元々私は機械系の人間なのでコンピュータ系をいじる機会などないので当然といえば当然なのだろうが。

IDはリチャードのを利用するとして、パスワードは何だろう?…リチャードのカードキーにヒントは無いかと眺めていたが、バーコードと名前以外に記載されているものはなく、試しにバーコードと一緒に記載されている数字の羅列を入力してみたが、ログインは出来なかった。困ったな。ここにきてまた手詰まりか。


…無精髭をなぞり、白い大理石らしき素材の床にあぐらをかいて腕を組み、思案に入る。流石にこのような重要な施設でパスワードが無いというのはありえない。一応試してみたものの、通る筈もなかった。

リチャードの苗字か?適当な綴りでハモンドと入力してみたがそれも違う。そもそもセキュリティ的に危ないパスワードだ。

私は鞄からタブレットを取り出し、スカーレットに聞いてみる。


「スカーレット、エイダの苗字とか知らないか?」

「多分それも通らないと思うけど」

「いいから教えてくれ。ヒントも何もない以上、思いつく物はなんでもやってみるしかない」

「…エイダ=ブレーズよ」


ブレーズ、ブレーズ…ね…。入力してみたものの、これもまた当然弾かれる。


「駄目か」

「当たり前でしょ」


セーフモード時に表示されていた、RiverSideHillとやらも入力してみたがこれも違う。Sophiaも違う。どうでもいいが、RiverSideHillというのはここの地名のことなのだろうか。


「そうよ。ここはかつてリバーサイドヒルと呼ばれた住宅地なの。実際大きな川もあったと聞いているわ。住宅地として潰しちゃったから、川は地下に移設して地下水脈にしたみたいだけどね」

「ってことは、水の供給自体はここは安定してたってことなのか」

「幸い今まで汚染もされなかったから飲用水としても使えるし、流れを利用して発電もしてるわ。ここの電力使用量を賄うには少し足りないけどね」

「所で、お前はパスワード知らないか?」

「知ってたとしてセキュリティに関することは教えられないわよ。地上管理区画のドアロック開ける時にも言ったでしょ?貴方が自力でなんとかするしかないの」

「まさか私の苗字って事はないよなぁ」


と思い、Riverと入力してみたがやはりというか、通るわけも無かった。何度目だこれで弾かれるのは。

諦めて床に寝転び、私は左胸のポケットから先ほどリチャードの部屋で手にとった聖書の表紙を眺めてみる。

…神の存在を信じ、縋るほどの弱さは無いつもりだが、今回ばかりは神からの啓示に似た閃きが欲しい。そう思わずにはいられない。

しおりを挟んだページを眺め、生命の樹の一節を読み返す…。注釈だか図解だかわからないが、そのページには生命の樹の図式らしきものも付随されていた。


「…待てよ?」


これみよがしに置かれた聖書、くしゃくしゃになるほど読み込まれたページ、しおりが挟まっているこの一節…。

頭に雷撃が落ちたような衝撃を得た。

私はコンソールのキーボードを、このように勢いに任せて素早く叩いた。


[Tree Of Life]


Enterキーを押し、ログインされるかどうかを待つ。

…認証が通り、デスクトップ画面が表示された…!


「…うおおおっ!」


思わず、私は右腕を振り上げた。難問を自力で解くというのは、これ程快感なものか…!


「ようやく通ったのね。おめでとう」

「ああ…ちょっと苦労した」


私はコンソール画面に表示されたデスクトップ画面を見る。スカーレットのシステムと同じように全く簡素である。ただし、プログラムメニューを見ると色々なソフトウェアの名前がズラリと並んでいて、どれを選べば良いのかさっぱりわからない。一応リチャードのIDでログインしたから大抵の物は使えるようにはなっている筈だが。


「まだ、ソフィアの人工知能は起きてないのか?」

「管理システム自体は電源が入ってる限りどんな状態であれ起動してるんだけど、何かしら聞きたいなら応答インターフェースソフトウェアを起動しないと駄目ね。…このソフトかしら」


スカーレットが指さしたソフトウェアの名前――Sophia――を選択し、起動させる。

すると、ホログラム視覚装置から光が発せられ、そこには純白のローブに身を包んだ女性の姿が映った。


「ソフィア…なのか?」


ソフィアは瞑っていた目を開き、こちらに視線を向ける。


「貴方は…貴方がトーマスですね?貴方が目覚め、私を完全起動させてくれるのを待っていました」

「…ここまで来るのには随分と手間が掛かった。私も知りたいことが沢山ある。答えてくれるだろうな?」

「勿論。ですが、最後のロックを解除して頂く必要があります」

「それはなんだ?」

「申し訳ありませんが、こちらの出す問いかけに答えて下さい。それに正解する事によって、私の全てのロックが解除されます」


またクイズかよ!と口に出しそうになったが、ここまで来たら全部やってやる。


「ここの扉を開いた貴方には簡単な事です。ではいきます」


――ひとときも同じ姿にあらず、絶えず流れて何処にでも在るもの。また生命の母でもある。我は、何?――


一時も同じ姿では無く何処にでもある――。


「生命の母…つまりそれは水だ」

「正解です」


――ひとすじの流れから始まり、其れ等一つ一つが絡み合っていつしか大きな蛇の如くうねるもの。恵みとなれば災厄とも成り得る。我は、何?――


一筋の流れから始まり…。


「それは川だ」

「正解です。次で最後です」


――全てを呑み込み、平らげ、荒ぶる時もあれば穏やかな時もある。全ては循環し、我の元から遠い場所へと旅立ってはまた戻るという事を繰り返す…。我は、何?――


水、川、とくれば次に来るものは決まっている。


「それは、海だ」

「正解です…」


全ての問いかけに正解した瞬間、壁に沿って設置されていたコンピュータが一斉に起動した。

その後、コンソール画面に施設の管理ソフトウェアが起動し、施設のあらゆる箇所に電源供給がなされた事を示すメッセージが表示された。今まで薄暗い明かりしか灯せなかった施設も、眩いほどの蛍光灯の白色の明かりによって照らされ、完全に明るく管理されるようになった。

勿論、施設の外を望むライブカメラ等も起動していることも示されている。


「全システム、チェック完了。些かの設備に問題はありますが、大体の設備が問題なく起動することを確認…。メインシステム起動します…ありがとう、トーマス」


全くもって周りくどいやり方だ。リドルに答えるなど初期のRPGではないのだから辞めて欲しい。

そして次に、ソフィアのホログラムが光輝き、別の女性の姿――ジーンズにTシャツという随分とラフな姿だが――が映し出された。これは誰だ…?


「そして私もようやく本来の姿に戻る事が出来る、というわけだ。50年もの間眠る羽目になったが、これで本来の責務、義務を果たす事が出来る」


姿が変わるとともに口調も変わったが随分とくだけた感じになったものだ。しかし、私はこの女性を何処かでみたことがあるような幻視に襲われた。


「久し振りだね、トーマス。何百年振りかわからないけど生きている顔が見れて嬉しいよ」

「お前は…いや、あなたは誰だ…!?」


ふふ、と微笑むと、彼女は紙巻たばこをポケットから取り出して吸いながら言う。


「私はエイダ。エイダ=ブレーズ=リバー。しかし、人工知能開発者が人工知能の人格をやらされるってのも、中々因果な事だね」

「エイダ…!?」


---

log05:ソフィア(04) END

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