log04:ソフィア(03)

カツン、カツンと階段を歩く音が静寂の中に響く。

私は数時間ぶりに地上へと戻った。ヘッドライトのバッテリーは地下を歩きまわっている内に切れかかっている。一度適当な電源を見つけて充電をしなければ地下には再び入れないな…。

さて、今度はダリアとやらの写真か何かを見つけなければならない。やっと地下に入ったかと思えばまた地上に逆戻りとか、中々事は思うようには進んでくれないものだ。

腕時計で時間を確認すれば、もう13時を過ぎている。いい感じに腹も減っているので一度食料庫に赴いた。

昨日食べたものよりもマシな食料はないものかと、棚の隅から隅へと物色してみた所、缶詰ではオイルサーディンにコンビーフ、シロップ漬けのパイナップル缶詰にザウアークラウト缶詰、ボルシチのパック、さらには干して保存性を高めた米などが見つかった。中々の収穫である。


自室に一度戻って昼食を楽しんだ後、私はヘッドライトのバッテリーを電源に取り付け、充電を待ちながら探索を続ける事にした。とはいえダリアの情報は何もないので、例によってスカーレットに聞く。


「スカーレット、ダリアという人物のデータベースはあるか?」

「ええ。ダリア=ブラック。享年35歳。元々機械設計士で様々な労働用ロボットを設計していたみたいね。エドのようなワーカーマシンも彼女の設計品の1つよ」

「何処で亡くなったか、とかは流石にわからんよな?」

「一応私は人々の行動のモニタリングも行ってるから、最後に何処に行ったかのデータは持ってるわ」

「もしかしたら、そこに居るかもしれないんだな?」

「ええ。最後に行った場所は…あら、あなたが目覚めた場所ね」


…と言う事は…だ。


「そう、コールドスリープマシン室」


二度と入らないよう決意していた部屋に、私はあっけなく戻る羽目になった。

恐る恐る部屋に入ると、あの絶望的な臭いは見事に消されていた。さすがにあのまま臭いを放っておくのも躊躇われたのか、スカーレットによって予め消臭、換気されていたらしい。

ダリアのベッドを探すと、彼女は入り口近くのベッドで眠っていた。

どうやら彼女も私と同じように、施設管理部門の人物であったわけで何か機械的なトラブル、特にロボット関連の故障があった際に起こされてその度に修理を行う、という感じの生活を送っていたのだろう。しかしダリアのベッドは、ネズミらしき生き物が電源ケーブルを齧った為に電源供給が絶たれてしまい、そのまま彼女は帰らぬ人となったわけだ。

中の様子を改めて確認してみると、何やら液体らしきものが寝ている彼女の体半分より下を浸している。…中のガラスが凍りついていたりするのを見ると、液体窒素かと考えられる。どうやらケーブル断線後に誤動作で液体窒素が逆流かなにかして満たされてしまったのだろう。

断線している電源ケーブルを元々私が眠っていたベッドのヤツから引き直し、改めて電気供給させるようにした。

液体窒素を元のタンクに戻し、中の温度をある程度室温にまで徐々に近づけるように設定し直してベッドが常温に戻るまで暫く待つ。勿論ダリアの肉体が崩れないように慎重に、だ。


「冷凍保存した魚の解凍みたいなものかしらね」

「やめろ。これ以降冷凍肉が食えなくなる」


果たして1時間程で解凍処理に成功し、ベッドの蓋を開ける事が出来た。冷凍保存されていただけに肉体はそのまま残っていたが、流石に生き返る事は不可能だった。当たり前だ。単純に解凍しただけなのだから。直接液体窒素に浸かってしまったら、肉体の組成が変化してしまって元に戻すことなど出来やしないのだ。

ポケットに何か手帳などはないか、と探っていると、首にペンダントを下げているのを見つけた。どうやらロケットタイプで中を開いてみると、ダリアと幼い少女のセピアカラーの写真がそこにはあった。


「娘と一緒に…という写真かな」


私はロケットペンダントを拝借し、右胸のポケットにしまいこんだ。

これでエドとの約束を果たす事が出来る。自室に戻り、充電の終わったヘッドライトを再び頭に装着した。


「しかし・・・何かしらの得物、どこかにないものか」


手に馴染むような長物がほしいなと思い、地上施設の見取り図を眺めながら考えていると、リチャードの仕事部屋がこの近くにある事に気づいた。その隣は施設管理の為の工具や道具が一部保管されている部屋もある。なんという僥倖。

早速リチャードの部屋に赴くと、部屋は乱雑に散らばっており、そこかしこに書類やらテーブルから落ちたものやらで埋まっていた。部屋に置かれている家財道具自体はそれほど多くないようで、リチャードが仕事に使っていたと思われる木製のガッシリしたデスクに、ゆったりと座れる総革張りの椅子、あとは書類と衣類を保管しておく棚とクローゼット程度である。

デスクを眺めると、これ見よがしに聖書がぽんと置かれている。かなり読み込まれているようで至る所にシワなどが見受けられる。リチャードは余程神を信じていたのだろうか。

更に、しおりを挟まれているページは何度も何度も開かれた形跡がある。私はそのページを読んでみる事にした。


「主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた――」


生命の樹という部分の一節のようだ。ここで読みかけて、挟み込んだのだろうか。何かが隠されてないかとカバーをめくったりもしたが、特には何の仕掛けもないようだ。私は何気なく左胸のポケットにその聖書(ポケット版)を仕舞いこんだ。睡魔が来るまでの暇つぶしにたまに開いてみるのも良いかもしれない。

他にも棚を調べていると、施設の詳細な見取り図や配線図、更には私の身長程にまで長さのあるバールを見つけた。

付属の説明書を読むと、なんでもこのバールは特殊な鋼で出来ており、多少重さがあるものの剛性と粘性を兼ね備えて強度を高く保つ製法で作られている。遠い昔にアジアと呼ばれた地域の、さらに極東の職人に態々作らせた代物で、物好きにも程がある。が、そのお陰なのか極めて丈夫で、荒っぽい使い方をしてもこのバールが壊れたり歪んだりした事は無いらしい。バールが壊れるような使い方など余程の無茶でもしない限りありえんとは思うが。

両手で軽く握りこみ、使い心地を確認する。私の手に吸い付くような感触があり、良く馴染む。まるで数十年来の相棒との再開の気分だ。

何となくこれがあれば、余程の化け物でもない限り相対できそうな気がした。

リチャードの部屋の探索を終えて隣にある工具保管部屋にも入ってみたものの、こちらは逆に金属製の棚しか残っておらず、資材や工具らしきものは何も見受けられなかった。とんだ肩透かしだ。

ともあれ、得物と見取り図を見つけられたのは実に助かる。これで地下の復旧もすぐにでも行えるだろう。


…私は再び、地下に戻ってきた。

エドが「仕事」をしているという資材貯蔵庫もとい地下墓地は、ここから5分程度歩いた先に入り口のゲートがある。とはいえ、地図を見る限り広大な空間らしいので辿り着いたら連絡しよう…と思った所で気づいた。アイツに連絡できる周波数帯域、聞いてないぞ。


「しまった…大事な部分を聞き逃しとはな」

「あいつの周波数帯域なら○○MHzよ」

「知ってるのかスカーレット?」

「大体のデータなら私の記憶領域に収まってるわ」


ふふんと鼻を鳴らして自慢気な顔をするスカーレット。そりゃ、コンピュータだしデータが入力されていれば検索して調べることも容易いだろうがね。今まで何度も利用させてもらっているしな。

とここで、スカーレットのアバターの動きが悪い事に気づいた。アニメーションの所々が抜け落ちるようなカクカクした動きだ。…何が起こっている?


「あれ…?通信が上手くいかない……?電波障害?」


この辺りに電波が通らないようなノイズを発生させる物質など無かったはずだが…。


「まさか!!!」


スカーレットが叫んだ瞬間、タブレットに表示されていたスカーレットのアバターの動きが止まり、ビジーという表示がなされて消えてしまった。

…まさかと言っていたが、そのまさか、もしかしてと言うやつなのだろうか。

私は背負っていたバールを右手に持ち、何処から来るかわからない敵の襲来に備える。

コツ、コツ、コツ、というブーツの音が遠くから聞こえてくる。

それは近づいてきたかと思えば、一定の距離からいきなり音が消えてしまった。

全周囲を警戒する。とここで、いきなりタブレットに着信音が。…メール?タイトルなし、送信者…メアリー…!本文を開くと



「わたしメアリー。あなたの足元に居るわ」



という文章だけが記されていた。

足元…?足元からどうやって…?ふと足元に視線を下ろすと、下は電気配線が互いに絡みついているピットがあり、金属製の蓋がなされている部分だが…


「!!!」


気づいた時には遅かった。金属製の蓋は勢いよく天井まで弾き飛び、私はそこから飛び出てきた物体に首を手で押さえつけられて壁に叩きつけられた!


「ぐっ…!」


恐らく、こいつがメアリーだ…!

今動いているアンドロイドボディは姿形はスカーレットに似ていて可愛らしいが、その姿に似つかわしくない程力は強く、かろうじてバールで首元を防いでいるお陰で骨折や窒息を免れている状況だ。私も力は人並み以上にあるほうだと自負していたが、それでもメアリーの手を外せそうにない。


「貴方は誰?」

「…かはっ!」

「貴方は、誰だと聞いているのよ…?」


メアリーの瞳が赤く輝く。明らかな敵意をこちらに見せている。


「と、トーマス…トーマス=J=リバー…!」

「リバー…。そう。貴方も、なのね」

「…?」

「警告する。外には出るな。外に出ようとするなら殺す。バラバラに引きちぎって、肉塊にしてやる。私の警告を聞き入れなかった奴は全てそうなった」

「…50年前の、野盗との戦いの記憶を、未だに引きずっているのか。もう私以外の生存者などいやしないんだぞ!」


メアリーはきょとんとし、私の首から手を離した。そして冷笑を湛えながら私に言い放った。


「誰がそんな事を言ったか知らないが、野盗なんか来ていない。…あれは醜い仲間割れよ」

「!?」

「…この辺りを彷徨くならまだしも、隔壁に近づくならば問答無用で殺す。忘れるな」


そう言った後、私が咳き込んでいる間に彼女は音もなく何処かへと消えてしまった。

…野盗が来ていない…?それどころか仲間割れ、だと?どういう事だ。リチャードの指揮・統治はそれこそほとんど誰もが従っていたと聞いたはずだが…。そう思っていたところでピンと来た。


(全員が心の底から賛同して従っていたわけではない、か)


人は神のような権力も武力も持っているわけではない。それでも一人の代表が人々を導かなければならないのであれば、いずれは誰かが不満を持ち、反乱を起こすだろう。ここではそれが遅かっただけの話だ。他のシェルターと全く何もかもが違ったという訳ではない。人が閉鎖空間に密度高く住まう以上、争いは必至だ。

…どちらにしろ、寝ている奴に詳しく話を聞いてからじゃないと外に出る気にはなれんな。

電波障害が解除されたのか、スカーレットが通信を開いてこちらに問いかけて来た。


「大丈夫!?何かあった?」

「今さっきメアリーの襲撃を受けたよ。警告も貰った。外に出ようとすればお前を殺す、ってな」

「…!」

「それと、50年前の争い。あれは野盗なんかじゃない、仲間割れだとさ。お前、知ってて私に嘘ついてたんじゃないだろうな?」

「…」


俯いて、こちらに視線を合わせようとしない。当たり、って態度で示してるようなもんだ。


「何故そういう大事な事を隠す?今更隠し事など全くの無意味だ。もうじき全員が死んで誰もいなくなる。お前たちの目的は何だ?生存者を生かして未来に繋ぐことじゃないのか?私に不利益な事は今後許さんぞ」

「黙っていた事は悪いと思ってるわ。御免なさい。でも、貴方に知らせたくなかった」

「それは、何故だ?」

「…」

「喋れない、か。都合の良いプログラム処理だな…?まあいいさ。これからあの眠り姫を叩き起こしてそいつから直接聞き出せば良い事だ」


…貴方もなのね、とは一体どういう意味を含んでいるのか。それだけがやけに引っかかる。

やはり洗いざらいぶち撒けて貰うしかない。私の事について、そしてこの施設での本当の事を全て。

幸い大きな怪我もしなかった(させないようにした?)ので、そのまま私はエドの所へ向かう。途中でメアリーの襲撃が再びあるかとヒヤヒヤしたが、何事もなく地下墓地へとたどり着いた。

資材貯蔵庫であった場所はかつてはこの広大な空間にすし詰め状態で資材が所狭しと置かれていたのだろうが、今では見る影もない。代わりに、エドが立てた墓が空間の奥の奥まで等間隔で並べられている。


(大きな施設だとは思っていたが、ここまで多くの人々が生きて、暮らしていたというのか…)


かつての賑わいと今の姿を比較すると、ただ一人残された私は何の為に起こされたのかわからなくなってくる。もしかしたら、コールドスリープで眠ったまま死んだ方が良かったのではないだろうか…?

そのような事を考えていると、遠くからガションガションと金属音を鳴らしながら小走りでこちらへ向かってくる人影、いやロボットの影があった。エドだ。


「マチクタビレテ足ガ棒ニナルトコロダッタゾ。デ、依頼ノ品ハ?」

「ここにある。このペンダントの中を開いて見てみろ」

「オオ…コノ御方ガ、我ガ創造者、[だりあ=ぶらっく]…!!ナント神々シク美シイ女神…!!!」


流石にそこまで形容するほどではないだろうが、美人である事には間違いはないな…。


「それで、私の頼みを聞いてくれるか?」

「任セロ。りちゃーどノ墓ハコッチダ」


エドは足取り軽くリチャードの墓へと案内をしてくれた。文字通り、小躍りするほど嬉しかったのだろうか、スキップも交えながらエドは進んでいく。そこまで喜んで貰えるとはな…。


「ココダ」


リチャードの墓は、流石に指導者だけあって立派な物に仕上がっていた。大きな白い十字架の墓石が鎮座し、墓碑には名前と生年月日と死んだ日にちが記されている。


[リチャード=ハモンド=--- XXXX/09/21~XXXX/05/27]


名前の最後の部分が傷で擦れて読み取れなくなっているが、まあ大したことではない。

墓碑を退けて埋葬された遺体と対面すると、エンバーミングを施された遺体は今もなお眠っていて、今すぐにでも起きだしそうな雰囲気を持っていた。正直気味が悪いのでこんな処理はしてほしくないものだ――と思ったが、腐敗してる遺体や骨と対面するのはもっと嫌なのでこちらのほうがまだマシか。

遺体とは違い、服は流石に風化には耐えられず所々が傷んでいた。私はリチャードが来ている服を慎重に探ると、胸ポケットからカードキーを見つけた。恐らくこれがマスターキー、ルート権限を持つ鍵だ。

これで大概のロックが掛かったドアは開く事が出来るだろう。


私はエドに墓の後始末を頼み、再び中央電算室までやって来た。

果たして、これでロックが開くだろうか?

古ぼけたカードキーを、電算室前コンソールのスリットに通す。…3秒程度した後に、電算室前の黒く重そうな金属扉の明かりがオレンジ色から緑色に変わり、ロックが解除された事が示された。



「ようやく、来たぞ」



私は重い扉を開き、ソフィアが眠る電算室の中へと入った…。

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log04:ソフィア(03) END

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