log03:ソフィア(02)
それは確かにロボットだった。
正式には作業用ワーカーマシンと呼ばれるもので、人間の代わりに作業をさせる為に造られた、所謂誰もが想像するロボット。私がコールドスリープに入る前にようやく実用化され、各地で利用され始めたと思う。
ロボットは金属のフレームと関節部で構築されており、動力源は胸元のバッテリーと思われる。腕や足、胴体に絡みつくように動力を伝える為のケーブル、電気供給の為の配線がなされている。
頭部はカメラのようなヘッドパーツが装着されており、ここで視界を得ているらしい。
体高は私と同程度。頭部のモノアイが赤く輝き、首を傾げてこちらを眺めたまま、ロボットは動かない。
「危ナイ。オレガロボットダカライイケド、人ナラ間違イナク怪我シテル」
「…お前喋るのか?」
いかにもな合成音声が左胸に付いているスピーカーから発せられた。右胸には型番WKR-3100と[エド]と刻印された金属製プレートがネジ止めされている。
「オマエ、上カラ来タノカ?ナンダカ物音ガスルカラ変ダトハオモッタガガガ」
このような労働ロボットには当たり前だが自我など無い。人間が命令した事をずっとやり続ける単純な(といっても十分高度だが)機械であったはずだが…。
「ただの作業用ロボじゃないってことか」
「昔ノオレ、タダノロボットダッタ。デモメアリーニ人工知能載セテモラッテ自分カラ動ケル用ニナッタ。代ワリニ仕事、シナキャイケナイ」
「何をしてる…うわっ」
エドが引きずっていたのは干からびて半ば白骨化している死体だった。さっき殴って妙に手応えがないのはそういう事だったのか。
「オレ、墓守ノ仕事シテル。事切レタ人間、回収シテ地下墓地ニ墓立テル」
「地下墓地?そんな場所あるのかスカーレット」
「…知らないわ」
「地下墓地、アッチ二アル。一杯一杯墓立テタ」
頭部をしゃくって場所を指すエド。…あっちは資材貯蔵区の方向だが、つまりはそういう事なのだろう。
タブレットの可愛いアバターがそっぽを向いて震えている。コンピュータではあるが人格を持っている存在だ。感情や動作がプログラムによってエミュレートされているとしても、それは彼女らにとっては紛れもない感情である…。
エドはじっとこちらを見据え、警告する。
「…ナンデモイイケド、隔壁ニハ近ヅクナ。血塗レタメアリー、見境ナイ。近寄ッタ奴、危害加エラレル」
「危害だと?メアリーは地下の管理をしてるんじゃないのか?」
「侵入者トノ戦闘デ頭オカシクナッタ。今デハ隔壁ノ電子ロック、誰ニモ解除出来ナイ」
「ソフィアってのがいるだろ」
「そふぃあ?そふぃあハ寝テテ起キナイカラ無理。…オマエ起コシニキタノカ?」
「察しがいいやつは嫌いじゃない。ソフィアの居る場所まで案内してくれないか?」
しかし、血塗れたメアリーとは物騒な表現にも程がある。どれだけ凄惨な事件だったのかを予感させるには十分な言葉だ。
エドは死体を埋葬するから待っていろ、と言い残して先ほどの白骨化しかけの死体を背負い、この場を後にした。…さっき落ちた腕は何処に行った…?イカン、考えない方が良さそうだ。
私はヘッドライトを消し、ランタンを付けてその場に座り込んで待っていた。ランタンの仄かな灯りが周囲をわずかながら照らして、安心感をもたらしてくれる。
程なく、ガシャコンガシャコンと小走りしてエドが現れた。手には懐中電灯を持っている。
「待タセタ。電算室ハコッチダ」
中々に強力な懐中電灯で、先まで見通せる。これなら何かに引っかかって転ぶとかそういうのは無さそうだ。エドを先頭に、私はその後ろを歩いて続いた。
所々赤茶色の絵の具のような物が壁に付着している。
唐突にエドがこちらを向いて、壁を見ながら話しかけてきた。
「気ニナルカ?壁ノシミ」
「いや、深く考えたくないから言わんでもいい」
「ソウカ。…久シブリニ生キテイル人間、見タ」
「ああ」
「人間ッテ本当ハコウイウ形ダッタンダナ。干物カ骨カ、腐ッテルノシカ暫ク見テナカッタ」
「気味の悪い事言うなよ…」
先ほどの交差路から電算室へと延々と歩いて、もう歩き疲れた頃に突如通路の幅が広くなる区画があった。
ここからが中央施設管理区画のようだ。中央電算室はこの奥にある。この区画だけ電気が通っており、ヘッドライトや懐中電灯の明かりは必要無かった。
「見エタ。アノデカイ扉ガ、電算室ダ」
エドがマニピュレーターを向けた方向を見る。簡素ではあるが重く、分厚く黒い金属の扉で硬く閉じられた扉がそこにはあった。
付属のコンソールは今までのように何かを入力する為のキーボードなどは無く、代わりにカードを通すスリットがあった。どうやらカードキーを持っていないと入れないようだ。
近づいて、ダメ元で自分のネームプレートを通してみる。バーコードが入っているのでもしかしたらこれが鍵として使えるかもと淡い期待をしていたが、
『セキュリティレベルが合致しません』
という簡素なメッセージが表示されるだけでロックは解除されなかった。
「駄目か」
「かーどきーノせきゅりてぃれべる、タリナイノカ?」
「ああ。恐らくルート権限を持つ鍵じゃないと入れ無さそうだ」
「るーと権限…」
エドが首を傾げ、何かを考えこむポーズをしている。チキチキチキチキ、というハードディスク特有のアクセス音が聞こえるので、恐らく記憶の検索か何かでも行っているのだろう。それにしても随分と処理速度が遅い音だ。
部品とかを見る限り私が眠る前のパーツ型番を使っているので、今の時代ではすでに過去の遺物どころか骨董品レベルのものが動作してると考えれば、むしろよく動いているものだと感心する。その前によくもまあそんな物のメンテナンス出来るほどのパーツを残してたなと呆れる。この施設の資材、物持ちが良い以前に、モノを捨てられないおばあちゃんみたいな感じの資材の貯め方だ。
骨董品は1分ほど固まり、唐突にポンと手を叩いて思い出した、と言う。
「りちゃーどノ服ノぽけっとニ、かーどッポイノガ入ッテタ気、スル」
「なんだって!?服の中に?」
「ソウ。りちゃーど埋葬シタ時ニ何カソレッポイノ、アッタアッタ」
「おい、リチャードの墓に案内してくれよ!」
「ヤダ」
無碍に断られてしまった。というかロボットが人間に逆らうとは例の三原則に違反するぞ。解体してやろうかこいつ。いやいや、落ち着け。ここで焦ってはならん。
「なんでだよ!」
「コノ案内ハさーびす。オレ、仕事抱エテ忙シイ」
「お前の仕事のついででいいだろ?」
「墓ノめんてなんす、一杯一杯量アルカラ大変。オマエ、ヤッテミルカ?」
確かに、通常の仕事を抱えているのに更に他の仕事を増やすのは忍びない。忍びないがこちらにも譲れない理由はあるのだ。どうにかして仕事を頼み込まねばならない。
私はエドのマニピュレーターを握り、頭を下げた。
「頼む、私はソフィアを何としても起動しなきゃいけないんだ。施設を復旧しなきゃならないんだ。何が望みだ?何をすればいい?」
「…ソウダナ。オレヲ設計シタ[だりあ=ぶらっく]トイウ人ガ地上施設ニ居ルラシイ。ソノ人ノ写真カ何カヲ撮ッテキテクレレバ、案内シテヤルゾ」
「構わないが、何故設計者の顔写真を欲しがる?」
「オレニトッテだりあハ神様ミタイナ存在ナンダ。ナンセオレヲ創ッタンダカラナ。顔トカ気ニナッテ当タリ前ダロ?本当ナラオレガ探シニ行キタイ位ナンダガ、仕事ヲ投ゲ出シテ行ク訳ニモ行カナイカラナ」
「それはそうだな…。分かった、写真あったらエドに渡すよ」
「本当カ?ジャア、オレ、仕事シナガラ待ッテルカラ、何カアッタラオレノ通信周波数帯ニ連絡シテクレ」
言い残して、エドは小走りでまた資材貯蔵区の方へと戻っていった。…一旦、地上に戻らないとだな。
と、ここでちょっとした疑問が浮かび、スカーレットに聞いた。
「スカーレット、リチャードは病気で死んだとは言ってたが、体の所在まではわからなかったのか?」
「…ええ。メアリーが狂った後に地下に行ってそのままこっちには戻って来なかったし、きっと地下で倒れたんだろうとは思ってた。ただ、私には確認する術も体を回収する手段も無かったから推測でしか無かったけど…墓まで作られてるとはね。それに、まさか資材貯蔵区が墓として再利用されてるとは思わなかったわ。確かに、資材がほとんど無い今となっては、ただの広大な空間だし有効な利用方法ね」
「エドとか言うロボットの存在には気づいていたのか?」
「まだ作業用ロボットとして動いてた頃、あんなの居たなとおぼろげには記憶してるけど、人工知能搭載して自律駆動してるとは夢にも思わなかったわよ」
自分達以外に人工知能を搭載したロボットを作るなんて、メアリーは何を考えているのかしら、とスカーレットは憤慨していた。狂った奴に理由を求めた所で、我々が納得できる答えなんざ返って来ないと思うが。…そう考えると、この施設を設計してコンピュータに人工知能を組み込もうと思った奴も、中々の狂いっぷりだ。私を含めて常識人とされる人々ではそんな事、思いつかないだろう。偏屈や頑固の一言で片付けられない。
「何はともあれ、地上に戻るか」
私は地上への階段を目指して、先ほど通った道を戻っていく。目印のために発光塗料を塗りつけたガラス玉をさっき行く際に道の合間合間に落としており、それを頼りに元の道に戻っている。一応スカーレットからもらった地下施設の地図もあるのだが、所々で抜けがあったり、道が違っていたりと齟齬があるのでこのような措置も取る必要があった。
もうすぐ階段だ。階段付近は明かりが点いているので、ほっとする。…が、何かがおかしい事に気づく。私が目印で置いていた発光ガラスが砕かれている。誰の仕業だ?エドか?
じっとガラスの残骸を見ていると、タブレットからスカーレットの声が聞こえた。
「…この辺の監視カメラの録画データちょっと見てたんだけど、人影らしいのが映ってるわ」
「人影?生存者は居ないはずだろう。亡霊か何かでも通ったってのか?生憎私はそういうのは信じない性質でな…」
「亡霊の方がまだマシかもしれないわね」
「まさか、メアリーが居たとでもいうのか?」
「姿形はハッキリは映ってないけど、メアリーが普段使ってたアバターに近い人影が居たわ」
監視カメラの映像をタブレットに転送させ、私も映像を見る。黒いゴシックロリータ系の服装に身を包み絹のように美しい髪を腰あたりまで伸ばした、西洋人形のような人影がガラス玉を踏みつぶしている。まるでスカーレットのアバターと瓜二つで双子みたいだった。
ただ、その服と顔は赤錆びた血の色で酷く汚れており、不気味な幽霊の如き印象も受ける。
一心不乱にガラス玉を踏みつける様は、まるで気に入らない事があって地団駄を踏む子供にも似ている。髪を振り乱し、一心不乱に粉々になるまで踏みつけを続けている。…少なくとも本当にまともな精神では無さそうだ。何がここまで気に障ったのだろうか。
階段周辺のガラス玉をあらかた潰した後、人影は壁にあるダクトの蓋を開けて何処かへと潜り込んで消えた。
「異常だな」
「…」
スカーレットは苦虫を噛み潰した表情で立ち尽くしていた。久しぶりに見た自分の姉妹に近い存在がこのような有り様となって、一体どのような心境なのか。私には想像もつかない。
だがこれで解ったことがひとつある。それは隔壁周辺に近づくなという警告はまるで役に立たないということだ。メアリーらしきモノは地下を巡回している。遭遇した時、どうやって危険を回避するかを対策しなければならないだろう。機械に効きそうな武器とか無いだろうか。無ければせめて大型の打撃武器みたいな物が無ければ太刀打ち出来ないかもしれない。
ともあれ、まずはエドの頼み事を解決しなければならない。武器等は後回しだ。
私は階段の手摺に手を掛け、地上へと歩を進めて行く。
…血塗れたメアリー…か。
果たして彼女は何を考え、何を思ってひとりで50年も地下を彷徨っているんだろうな。
勿論そんな事、私にわかるはずもないのだが…。
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log03:ソフィア(02) END
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